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9-3  王女シャナ・ラグシャン

ついに女王国第三王女が、そのヴェールを脱ぎます!

「同級生と元同級生がこんな秘密基地を持っているとは、さすがに想像できませんでした」


 ぼくとエマニュエルに連れられて拠点にやってきたマイヤは、ぼくに対するいつもの毒が影を潜めた、素直な感嘆の声を上げた。


「持っているのはアンリで、ぼくは居候いそうろうしているだけだけどね」


「もっと大きい隣の家をポケットマネーでポンと買ってくれたのはエマニュエルじゃん」


「十三歳同士の会話じゃありませんね……」




「ぼくの学舎の友人のマイヤ・ジレスさんです。このたびちょっと協力をお願いすることになって、来てもらいました」


 打ち合わせ部屋に主要メンバーに集まってもらって、ぼくはマイヤを紹介した。ちなみに、リュミエラにはさすがに席を外してもらっているし、念のためにローラも隠してある。マイヤがローラを見つけたら話どころではなくなってしまう可能性があるからだ。


「いきなりだね。それは、今後ここの常連になるという理解でいいのかい?」


 ビットーリオが当然の疑問を提起した。お友達を遊びに連れてくるような場所じゃないからね。


「常連になってもらうかどうかはわからないけど、ぼくとエマニュエルの秘密は話してあるよ。それに、彼女も同じような境遇にあるんだ」


 ビットーリオはそれでいちおう引き下がった。引き下がらなかったのはマイヤだ。


「この方はどういう方ですか? とてつもない異常者の気配を感じます」


 アッという間にビットーリオの本質を言い当てた。ちなみに、彼女はニケのとなりの席に陣取ってモフモフと彼女の耳や尻尾を愛でている。ストレスをかなりの速度で溜めているニケにぼくは目で謝った。すまん、ニケ、逃げ遅れたきみが不運だったんだ。


「重度のマゾだよ」


 ぼくは、彼女とぼくにしかわからない用語で説明し、彼女も即座に納得した。他の面々はポカンとしているが、無視だ。




「協力というと、ボルダンの件でありますか? いまのところ、素人さんに任せられそうな役割は思いつかないでありますが……」


「ぼくも同感だ。そこに外部の人間をいきなり連れてくるというのは、アンリくんらしくないね」


 シルドラとビットーリオの指摘はもっともだ。背景を説明してからにしたかったのはヤマヤマだが、そうせずにいきなり連れてきたのは、今日のチャンスを逃すと、マイヤを引っ張ってくるのがさらに大変になると予想できたからだ。実際、ひと月に渡す紙の量は百二十枚に増えている。


「このあいだ打ち合わせをしたとき、最大の問題はシャナ王女とどうやって接触するか、だったよね? マイヤはその問題についての最終兵器なんだ」


「ずいぶん仰々しいでありますな。たしかにただ者でないという話は聞いていたでありますが、いま必要なのは中途半端な魔法の力ではないと思うでありますよ」


「なんですか、このおかしな話し方をする残念美人の方は? 失礼な方ですね」


「そっちの方が失礼でありますよ!」


 どっちもどっちだな。それにしても、シルドラの残念さを見抜くとは、マイヤの眼力はあいかわらず侮れない。


「まあまあ、ここで時間をとってもしょうがないし、中途半端に説明してもややこしくなるだけだから、とりあえずぼくを信じて話を進めようよ」


「信じる気にならない最大の原因はアンリ様の説明不足でありますよ!」


「そこはわたしも同じ意見です」




 二人から思わぬ逆襲をくらい、数分にわたって人格を根本から否定されるような罵詈雑言ばりぞうごんにさらされたあと、ようやく場が落ちついた。四、五回は心が折れた気がする。


「で、どうすればいいでありますか?」


「ぼくとマイヤを、シャナ王女のところに連れていってほしいんだけど、できる?」


「二人連れて、となると、何度か転移を繰り返さないと無理でありますな。わたしの魔力では途中で時間をとる必要もあるであります」


「問題ない。わたしがビルハイムまで三人を連れていく」


 スーパーチートのテルマさんの登場で問題が解決してしまった。シルドラは非常に渋い顔をしている。


「じゃ、じゃあテルマにお願いしよう。いいよね、シルドラ?」


「わたしに頷く以外の選択肢はあるのでありますか?」


 たぶん、ないよね。そこはあえて言葉にするのはやめておこう。


「アンリさん、アンリさん、先ほどから転移とかビルハイムとか、わたしたちが日常なじみがあるべきではない言葉が連発されているのは、どういうことでしょう?」


 マイヤがぼくに小さな声で尋ねた。さすがに、目がマジだ。


「言いたいことはわかるけど、ここは黙って流れに乗ってくれるとうれしい。日本のファンタジーものになじみがあるなら、たぶんその方がわかりやすい」


「よくわからないけどわかりました。そっち方面のネタなワケですね?」


 同郷人はなんだかんだで話が早くて助かる。




 テルマはさっさとゲートを設置してしまい、一時間後には、テルマがビルハイムで転移ポイントに使っていた小屋に四人で立っていた。チートこの上ない。


 転移初体験のマイヤはさすがに転移酔いのような状態になっていたが、それ以上に大興奮である。ファンタジーのテンプレ中のテンプレ、転移をあっさりと経験してしまったのだから、無理もない。


「わたしはここで待ってる。用が済んだら戻ってきて」


 そういったテルマは、小屋の中に設置してあるベッドにゴロリと横になり、速攻で寝息を立て始める。それを見ていたシルドラが大きなため息をついた。


「この人の特技は、いつでもどこでも横になって五秒で寝られることであります。さあ、それじゃ行くでありますよ。ここからなら、一度で跳べるであります」




 シルドラの言ったとおり、次の瞬間にはぼくたちは天井裏にいた。うまい具合に下をのぞける穴が開いている。夏の間、シルドラはここから情報を収集してくれたのだろう。それなりに見栄えのいいシルドラが、ここに這いつくばって下を覗いている様を想像すると、ちょっと涙ぐましいものを感じてしまう。


 穴から覗いてみると、少女がこんもりと盛り上げた白い土を前に、手をかざしたまま精神を集中させている。数瞬ののち、土がモゾモゾと動き始めてた。ウネウネと意味不明な動きを見せた土は、次第にその動きをなめらかにしていく。いつしか、その形は人の形をとりはじめた。そして……少女は体勢を崩して膝をつき、土は重みで次第に形を崩していく。


「なにをしてるんだろう?」


「夏に来たときは、わき目も振らずになにかを描いているだけだったでありますよ。それにしても、なかなかの魔力でありますな。造形魔法というのは、あまり役に立たないわりに魔力を大量に喰うのであります」


「マイヤは……」


 どう思う、と続けようとして、ぼくは言葉を飲み込んだ。下の様子を見つめる、その体勢は微動だにせず、視線はあらゆるものを破壊するかと思えるくらい、強く鋭い。そして……口もとは薄く笑いを浮かべ、全身からは禍々しいオーラが立ち上っている。


「シルドラ、さっさと行ったほうがよさそうだ」


「なんだかわからないでありますが、同感であります」


 シルドラも、なにかヤバいものを感じ始めているらしい。慌ててぼくとマイヤに触れて、真下に短く転移した。




「驚いた」


 ドレスと言っていいような白いワンピースを身につけた黒髪の少女は、表情を変えずにそう言った。まったく驚いているように見えない。


「こんな形で失礼します。ラグシャン女王国のシャナ王女ですね? ぼくは……」


 口上はみなまで言えなかった。マイヤがぼくをぐいと押しのけたのだ。


「モチーフの絵はどこ?」


 彼女は白い土のまわりに素早く目を配り、ぼくを睨みつけるようにして言った。


「知らないよ」


「訊いて! 早く!」


 怒鳴られた。そっか、マイヤは女王国の言葉はできないんだ。ぼくは子供のころからタニアにあっちこっち連れられて言葉もたたき込まれていたし、ほかのみんなにしても、あちこちで生活している経験から、言葉で問題が起きたことはない。


「あ、あのね、彼女が、もとにした絵はどこか、って訊いてる」


 女王国第三王女との初めての会話がこれでいいのかとは思うが、自分で作った流れなので、このまま行くところまで行くしかない。


 だがシャナ王女は、無表情のままではあるが目の光を幾分強め、土をのせた机の引き出しから一枚の紙を取り出して差し出す。もぎ取るように紙を手にしたマイヤは、それを食い入るように見つめ、机に近寄って置いてあったペンでその上からなにかを描き足していく。それを見ていたシャナ王女は、依然として無表情のまま目の光だけをどんどん強めていった。そしてマイヤからペンを受けとると、さらになにかを描き込む。


 ちなみに、ぼくの位置からはその「なにか」は全て見えているのだが、ぼくは心の目を閉ざした。


「い、いったいなんなのでありますか?」


 シルドラが恐怖に震えながらぼくに尋ねる。だが、ぼくは首を振る以外に彼女に対する返答を持ち得なかった。




 何度目かのやりとりのあと、シャナ王女は大きく一つ息をついて机の上の土に向き合うと、再び土に魔力を注いでいく。こころなしか、先ほどよりも迷いがないようだ。土も、先ほどよりもスムーズな動きで形を変えていく。ほどなく……その……絡み合う二人の男の造形が完成していった。


 シャナ王女はもういちど大きく息を吐くと、無表情ながら目の光だけを生き生きと輝かせ、マイヤの方に向き直る。マイヤは大きく頷くと、シャナ王女に右手を差し出す。王女はその手を両の掌で包み込み、ギュッと握った。ここに一つのきずなができあがったことは間違いないだろう。決して関わりを持ちたくないきずなが。




「彼女はわたしの迷いを断ち切ってくれた。本当に感謝している」


 シャナ王女は、無表情のままぼくに言った。ぼくに言ってもなんの意味もない言葉なので、マイヤに通訳しろというのだろう。ぼくは心を空っぽにして通訳に徹することにした。


「迷いを断ち切ってくれてありがとうって」


 それを聞いたマイヤは静かに首を振ってシャナ王女を見る。


「彼女の才能はすばらしいです。わたしは、ここまで先達がいなければたどり着けなかったというのに、彼女はひとりでそれを成し遂げましたから」


 淡々とそれをシャナ王女に伝えると、彼女は改めてマイヤの手を取り、ギュッと握った。シルドラの方を見ると、目は完全に死んでいる。気持ちはわかるぞ。




 しばらくマイヤと目で語り合っていたシャナ王女は、突然ぼくの方を向いた。


「転移魔法」


 淡々とポイントだけを述べてくる。依然として無表情だ。


「はい、その通りです。失礼の段は、じゅうじゅうお詫びを……」


「どうでもいい。それより、あなたたちのところに連れていって」


 えーと、これは願ってもない展開ではあるんだけど、彼女が言うところの「あなたたちのところ」って、間違いなくマイヤがセットだよね? というか、マイヤ抜きだと無意味なんだよね?


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


マイヤとシャナの組み合わせは、ある意味で最強でしょう。

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