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9-1  アッピアの蠢動(しゅんどう)

第四部、開始です。七回生になったアンリが、活動の範囲を徐々に広げていく……予定です。

 七回生になると、生活の自由度がずいぶんと増えた。


 学舎では、七回生と八回生は高等課程と呼ばれる。授業や実技における選択科目の幅が一気に広がって、自分の関心に応じたカリキュラムが組めるようになるのだ。もちろん、純粋な関心だけでなく、卒業後を見据えた選択も重要だ。自分の選択に責任を持つ、という意味で、大人の準備段階と言えるかもしれない。




 ちなみに、過去半年で最大のイベントは、イネスの正式な婚約だった。人間的にはきわめてユルいひとであるアウグスト殿下だが、腐ってもギエルダニア皇族である。「婚約しました」で済むわけもなく、シュルツクで婚約披露のパーティーが開かれた。


 当然ながらぼくたち家族は全員参加、ということで、ロベールとマリエールとシャルロット様はあたりまえとして、カトリーヌ姉様と夫君、フェリペ兄様とジョルジュ兄様家族全員にタニアとシャルロット様付きのメイド、という大所帯で出向いた。往復に七日ずつ、シュルツクに十日とけっこうな長旅で、ひと月近く学舎を休むことになったが、貴族の子弟の多い学舎ではそういうこともたまにあるらしく、問題なく許可された。


 セレモニーっぽいものはいくつか行われたが、特に語るべきコトはない。一回ごとにイネスのストレスが目に見えてたまっていくのがわかって、面白くもあり恐ろしくもあったくらいだ。本番のパーティーも、特に問題なく終わった。イライラが頂点に達しているっぽいイネスを除いては、だ。こういうイライラは、そのつどぼくが受け止めることになるのだが、嫁に行ってしまえば、それもできなくなる。せめてそれまで、と思って黙ってサンドバッグになっていた。


 シュルツク行きの最大の収穫は、王宮をこの目で見られたことだ。特に第一皇子ハンスと第二皇子ユルゲンの人となりを、直接確認できたのはラッキーだった。ぶっちゃけ、どっちも悪人というわけではないが、あぶらっこい。


 二人とも、私利私欲で皇位を狙っているという感じではない。ただひたすらに、強いギエルダニアを実現させることを考えている。協力し合えば無視し得ない力になると思うのだが、お互いに自分のやり方を押し通すことしか考えていないように見えた。ビットーリオによれば、すでに貴族の取り込み合いが相当程度進んでいるそうだが、早晩アウグスト殿下をめぐってのさや当てが始まるだろう。そのことは、いちおうフェリペ兄様にも耳打ちをしておいた。




 そんなこんなで、表面的には比較的平穏に過ぎた六回生の秋と冬だったが、その反動は七回生になるとすぐにやってきた。これまでわりといじめられ役にまわっていたアッピアがきな臭くなってきたのだ。


 ペドロたちによる、アッピアとラグシャン女王国の国境近くの街ボルダンのスラムの掃除は、予定どおり昨年の秋に行われた。うちからはビットーリオとローザが手伝いをかねて参加した。もちろん、テルマは手伝いというよりジュゼッペ一派の一員として参加だ。オペレーションは完璧に実行され、スラムはみごとにペドロたちの手に落ちた。あまりにスムーズに進んでジュゼッペが欲求不満になりかかったらしく、ペドロは最後までむずがった一派の処理をジュゼッペに一任したそうだ。ビットーリオがあとから報告してくれたところでは、その一派は物理的、生物的に完全に消滅したそうな。くわばらくわばら。


 そのペドロが、ボルダンでアッピアの軍の動きが活発になってきたという報告を持ってきたのである。ペドロ自身がそのためにやってきたのだから、穏やかではない。いきなりテルマが寮にやってきて、有無を言うまもなく連行された。


「久しぶりだね、アンリくん。あいかわらずゴソゴソ悪賢い動きをしているとか」


「ハッハッハッ、なにを言うんですかペドロさん、人聞きが悪いですね」


 ペドロのぼくへの対応は、ボルダン襲撃前に再会したあたりからこんな感じだ。悪意はないので、軽く流している。


「それにしても直接お越しとは。バレリオさんに任せられないような話ですか?」


 バレリオさんは、スラム掃除のあと、繁華街経営の指南を兼ねてバルデが貸してくれた彼の懐刀ふところがたなだ。酸いも甘いも裏も表もかぎ分けたベテランで、ペドロも全幅の信頼を置いているらしい。


「傭兵の動きも絡んでいるからね。そのあたりもあわせて話しておきたい」


「バルデも呼んだほうがいいですか?」


「そんなの、バレリオがぼくに話す以前に報告しているに決まっているじゃないか」


 まあ、バレリオさんの上司はあくまでバルデだしね。そのへんを飲み込んだ上で関係を構築しているなら、ボルダンのスラムは万全だろう。


「それじゃ、聞きましょう」


 こちらも主要メンバーがそろって準備は万端だ。ニケは庭で猫形態で寝てるけどね。




ペドロの話のポイントは、ここ何年か、女王国に仕掛けられ続けている間には考えられなかった規模で、軍がボルダン周辺に集まる兆候がある、ということだ。すでに先遣隊は街から少し離れたところに野営をはじめており、宿舎の設営や倉庫の建築など本体の到着に備えた作業に着手しているとのこと。


「中央の商店では食料と燃料類、そして簡単な工具の取引量が急に増えたらしい。こちらの方では、娼館に来る軍人が急に増えた」


「その人たちが腰を据えて滞在しているとみる理由は?」


 ペドロはニヤッと笑った。


「どいつもこいつも、なじみの女を作ろうといっしょうけんめいだ」


 なるほど、すぐに立ち去るなら、なじみは必要ないわな。何度も通うことを前提とした話だ。


「本体の到着はいつごろになるんだろう?」


「先遣隊の作業自体はそう時間がかからないだろうけどね。一部の食料の取引がひと月先の渡しになっているらしいから、すこし余裕を見てひと月半、っているところじゃないかな」


「傭兵の方は?」


「いくつかの大きい宿に、聞き覚えがある名前で予約が入っている。やはりひと月ほど先からだ。ギルドは理由を明かさないまま、国内から有力な冒険者を集めようとしている。直接依頼がありそうなことをにおわせつつ、報酬を積み増しして気をひいている」

 

「動員の規模はどのくらいと?」


「千人に傭兵や冒険者が二、三百というところじゃないかな」


 この世界、普通の街で人口が五千いれば大きい方で、ボルダンはそれより少し少ないくらいだったはずだ。そこに千二、三百はたしかに多い。守りを固める、という感じでないことはたしかだ。


 千人規模の軍となると、だいたい複数の領主軍と中央の直轄軍の混成になる。うちの領地だと、領地の全人口が二万くらいで、騎士団が五百。うちの騎士団は規模としてかなり大きい方なので、普通の領主が動かせるのはだいたい二百から三百。千人だと、中央から四百、三百程度の領主軍がふたつ、といったところだろう。これまた、どうみても守る構成ではない。


「先遣隊は、領主軍か直轄軍かの見当はつきます?」


「見たところ、職業軍人という感じだったね」


 先遣隊は中央からだ。うちの軍が騎士団を名のることを許されているのは、全員が職業軍人だからだが、そういう例は他にはほとんどない。ふだんは農作業など家業にいそしんでおられる勤労者のかたがたが招集される。


「目標はどう見ます?」


「街道沿いに進むとなると、人口二千人のライハナ、そして千五百のリガン、かな」


「距離はどのくらい?」


「レイハナまで軍の足でだいたい二日。そこから四日でリガンだ」


「ビットーリオはどう思う?」


「千人と傭兵二、三百だと、レイハナで止まりだろうね。本体はともかく、傭兵たちは最初の街を落としたあとはまともに働かなくなるだろうし、先に進むにしてもレイハナに何人かは残していかなきゃならない。そんなギリギリの状態で、人口千五百の街を取りには行かないんじゃないかな」


 いい感じの読みだと思う。ぼくはペドロを見た。


「ボルダンの物資は大丈夫そう? 街の状態が急に悪化するのは避けたいし、いちおうバルデと相談していってもらえますか?」


 バレリオさんから連絡が行っているなら、そのへん、バルデはもう判断を下しているだろう。


「了解だ。今のところは大丈夫そうだけどね」


「あと、女性もふやした方がよくないですか? 本隊がついて、傭兵が来ると、急に忙しくなりそうな気がするけど。それと、酒」


「一番の問題はそこだな。あいかわらず、目の付け所が子供じゃないね」


「アンリ様を子供あつかいするのは、ここではペドロだけでありますよ」


 なんてことを言うのだ! 当然の配慮じゃないか!




「さて、アッピアの動きを踏まえて、ぼくたちがどうするか考えよう」


「放置、はないんだよね? だとすれば、こんどは女王国に少し勝たせるのかな?」


「このあたりで女王国に少しはかりを傾けるべきでしょうね。以前、アンリ様がおっしゃっていた、シャナ王女に花を持たせるうまい機会ではあると思います。彼女にどう接触するかが問題ですけど」


 実際のところ、ローラとリュミエラが問題のほとんどを言いあてている。残るポイントは少ないが、これが意外とめんどくさい気がする。


 そこへビットーリオがカットインした。


「レイハナをとらせてから取り返すのか、とらせずに追い返すのかを考える必要はないかな? 女王国の国民に与える印象、それからアッピアが戦果をどう評価するかが違ってくると思うが。」


 いいポイントだ。


「これまでの失敗で女王国の国民に王室への不満が出ているなら取らせない。国民の危機感を煽る必要があるなら、取らせてから、という感じじゃないかな」


「取らせる場合にも、取らせ方も考えた方がいいよ。街が使い物にならなくなると、長期的にどういう影響が残るかが読みにくいよ」


 こんどはエマニュエルだ。商人らしい着眼点と言えるだろう。


「ローザ、国民に不満は出ていると思う?」


「目立つ形で失敗が伝わっているわけではないですから、さほど影響はしていないと思います。影響があるとしたら、王室内でのシャナ王女の立場でしょう」


 そこだ。脳筋はぼくには扱いにくいし、いちど話をしてみるまでは、シャナ王女には失脚してほしくない。聞いた話を総合して、シャナ王女が、失脚しても気にしなさそうな雰囲気を感じるのが怖い。引き籠もってなにやら描いていられれば幸せ、というようなことを言いそうな気がしてならない。


「アッピアについては、『運が悪かった』ぐらいに考える気がするでありますよ」


 シルドラのコメントで方向は定まった。


「じゃあ、被害を押さえつつレイハナを渡して、それから取り返す。そういう感じでなんとかシャナ王女と相談する機会を作る。そんな感じでいくよ?」


 一同、異論は出なかった。そうすると、問題はシャナ王女との接触となる。シルドラたちのおかげで、接触するだけなら可能だが、王宮の中で「はじめまして」とやるのはどうしたって警戒されるよな……。


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


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