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Interlude 4-2 ベアトリーチェ・ニスケス(後)

ベアトリーチェ視点の後半です。本日、このページから入ってくださったかたは、ひとつ前の話に戻って、前半からお読みいただければ幸いです。

 それからこのアンリくんが少し気になるようになり、ときどき様子をうかがうようになった。彼はあいかわらずひょうひょうと毎日を送っており、マイヤとの話で彼が話題に出るときも、「あまり真面目な方とは言えないようですね」という厳しめのひと言をもらった。この子はときどき妙な情報を聞き込んで来るところがある。


 そして、学年がかわり、魔法学の授業がなくなったことで接点も少なくなり、話すこともそれまでより少なくなっていった。でも、彼はそんな形で落ち着きつつあったわたしの心を、ある日突然揺さぶってくれた。




 学年が進むにつれて、勉強する範囲はどんどん広くなっていったが、わたしの悩みは教わる内容や分量ではなかった。授業の水準と自分がたどりつきたい水準の差がどんどん大きくなっていくことだった。授業はわたしひとりで受けているわけではないから、その内容についてわがままは言えない。だから、その差は自習で埋めることになる。


 六回生になるころには睡眠時間もかなり短くなって、ときどき立ちくらみがするようにもなった。週末に家に戻ったとき、お母様にも「顔色がひどく悪い」とたいそう心配されてしまった。そして、ひとつしっかりクギを刺された。


「ニスケス侯爵家の女は弱いところを見せてはいけません。いつも毅然として美しくなければなりませんよ? そのためにも、体調には常に気を配らなければならないのです」


「申しわけありません、お母様。気をつけます」


「きつい言い方をしてごめんなさいね。でも、あなたはわたしよりもずっと美しい女に成長するわ。そんなあなたが、不健康な顔色を人に心配させるようなことになるのは悲しいの。だから、体調をしっかり管理することを約束してくれるなら、お化粧で顔色をごまかすやり方を教えてあげる」


 わたしはその提案に飛びついた。そのちょっと前、ついにマイヤに心配をさせてしまっていたのだ。


 化粧はうまくわたしの顔色をごまかしてくれたようで、友達は元気そうになったことを喜んでくれたのだが、意外なひとに不調を言いあてられてしまった。アンリくんだ。


 アンリくんは、わたしが化粧で顔色を隠していることまでわかっていた。女の子にも気づかれなかったのに。そして、剣術と魔法がわたしの悩みの根幹であることを見抜いて、学校の授業の選択を解除するよう勧めてきた。そしてそのかわりに、王宮魔法局の重鎮であり、学舎の魔法課程の主任でもあるザカリアス様と、その執事のセバスチャンに指導してもらうよう取りはからってくれた。剣術と魔法についての悩みは即座に消え去り、心おきなく授業の選択も解除したし、そのおかげで体調が悪くなることもなくなった。


 わたしは本当に彼に感謝していたし、この不思議な人をもう少し知りたいと思った。そんなわたしが強引に押し切ったせいもあって、彼はわたしをベアトと呼んでくれるようになり、この何年かに比べて距離も縮まったような気がした。


 なぜザカリアス様がアンリくんとそんなに親しいのか、一度ザカリアス様にきいてみた。でも、ザカリアス様は「変わり者同士で気が合うんじゃろ」としか言ってくれなかった。




 わたしは、どうしてもアンリくんにお礼がしたかった。その気持ちが強すぎて、少し感情がうわずっていたかもしれない。普通にアンリくんにお礼を申し出てもスルッとかわされてしまうような気がしていたので、すこし話の持って行き方を工夫して、屋敷への招待を彼が断りにくい状況を作った。冷静に考えればこんなことは彼が一番嫌いそうなことなのは明らかで、よく彼が受けてくれたものだと、いま思ってもヒヤヒヤものだ。


 しかし、問題は彼でなく、お父様から出てきてしまった。わたしはアンリくんをお茶に招待し、そこにお父様に挨拶に来てもらうようにするつもりで、当初はお父様も快諾してくれたのだが、ある日突然、お父様が正式な招待者となることを告げられた。


 わたしはそこまでおおごとにするつもりはなかったし、それではアンリくんに変に思われてしまうと思い、お父様に抗議したが、逆にお礼をお茶ですますのは非常識だと一喝されてしまった。そして、罰として家に軟禁のような形で閉じ込められ、アンリくんにことの次第を伝えることもできなくなってしまった。いまでもお茶への招待が非常識だとは思わないし、アンリくんも「そのほうがよかったかも」と言ってくれているのだが、あのときのお父様の真意はまだわからない。




 当日は、大食堂で待つことを命じられ、お兄様とお姉様がアンリくんを迎えに出ることになった。お父様のなさることは徹底している。食事が始まるまで、わたしとんアンリくんの接点を作らないのだ。彼が大食堂にお兄様たちと入ってきたときも生きた心地がしなかったし、申し訳なくてアンリくんの顔をまともに見られなかった。食事中は泣かずに心をしっかり保つのが精一杯で、食後のお茶を用意させるために食堂を出た後は、自分が立っているのか倒れているのか、わからないような感じだった。


 応接の間でアンリくんがやってくるのを待ちながら、わたしの気持ちはさらに沈み込んでいった。アンリくんに切り出したときはあれほど楽しみにしていた今日が、こんなにつらい日になってしまうのが、たまらなく悲しいのだ。アンリくんが断りにくいように持っていく、なんてことを考えた自分への罰なのかな、とも考えてしまっていた。


 ここで中座するお父様と部屋のすぐ外でなにやら小声で話していたアンリくんを、わたしは必死の笑顔で迎えた。そして侍女を下がらせた後、わたしは彼に謝罪した。泣いては卑怯だと思い、涙がこぼれそうになるのを必死でこらえていたが、身体が少し震えているのがわかった。アンリくんが「気にしてない」と言ってくれて、「今日話せなかった分も話そう」と続けてくれたとき、わたしは膝から崩れて座りこんでしまいそうなくらいの安堵感に襲われた。




 アンリくんが言っていたとおり、お父様に「アンリくんはお茶の方がよかったと言っていた」と少しむくれてみせながら伝えると、お父様はものすごい勢いで謝ってきた。そして、「大事なベアトに近づく男を見極めるために、やむをえずああした」と言い訳してきた。わたしは五日間お父様と口をきかないことにして、それをお父様に告げながら、わたしはアンリくんを気にする心がどんどん大きくなるのを感じていた。


 約束の五日後、「これで許してあげる」と言うと、お父様は本当にうれしそうに笑ってくれた。ただ、そのあとにちょっと真顔になった。


「ベアト、アンリくんが気になるなら、わたしはそれを止めない。また家に招待したいと思うようなことがあるなら、こんどはちゃんと協力もしよう。しかし、アンリくんをふつうの十三歳の少年だと思ってはいけないよ。彼は、、いまのベアトが見えていない、いろいろな顔を持っているとわたしは思う。彼を知ろうとするなら、そういうところも受け止める覚悟を持たなければいけないよ」


 お父様にしては、めずらしく歯切れの悪い言葉だった。お父様は、いったいアンリくんの何を見たのだろう? 彼が普通の子と違うというのは、言われなくてもわたしが感じていることだが、そんな単純なことをいっているのではなさそうだ。


 お父様、その言葉はわたしの興味をかきたててしまうだけみたいです。 


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


次の話から、新しい展開となります。第四部をお楽しみください。

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