8-13 侯爵への回答
くせ者の侯爵に行動で示す回答を考えていくことに……。
「ほじくりかえされることで、何が起こるかを見極めなきゃならないと思うんだ」
愛玩奴隷ネタが一段落したところで、ぼくは強引に話題を変えた。ぼくを見る視線は依然として生暖かかったが、無理にでも切り換えないとますますドツボにはまる。
「三人が絡んでいる以上、阻止しないといけないんじゃないかと思うが?」
ビットーリオがひとつの常識論を口にした。彼は、必ずしもそう考えているから発言した、というわけではない。場を活性化するためにあえてこういう発言をしてくれる。なんだかんだで、大人だ。
「必ずしもそうじゃないと思うんだ。まず、公爵と伯爵親子の死にぼくらが関わっていることは、いまさら調べたとしても絶対にわからない。そういう方法をとった上に、もう五年たってる」
科学的な捜査があるならともかく、あれこれ話を聞くだけでは、真相はわかるはずがない。リュミエラはすでにこの世の存在ではないし、ぼくとシルドラをこの事件に絡めて考えるひとがいるなんてこともあり得ない。
「この話を蒸し返したい人だって、別に真相が知りたいわけじゃないはずだ。その人の目的は、ニスケス侯爵の力をそぐことだよ。事件に侯爵が関わっていたとすること以外は頭にない」
「そこを心配する必要がないなら、無視してもよいのでは?」
ヨーゼフがそう考えるのも当然だ。必要がないなら、王宮を巻きこむゴタゴタにこちらから足を突っ込むのは、誰でも避けたい。
「もちろん無視するのもひとつのやり方だよ。ニスケス侯爵も、その可能性は十分考えていると思う。そこで、ここにリュミエラがいる、という事実が効いてくるんだ」
「表沙汰になっては困る事実を抱えている、ということですね?」
「そういうことだよ、ローザ。侯爵はおそらくリュミエラが生きていることを知っているんだと思う。そして、ぼくの近くにいるということもね。死んだはずの人間が生きている。探られてもかまわないなら聞き流せばいいし、困るならなにをするべきかを考えろ、ということじゃないかな」
「なるほど、そして、なにをするかによって、ニスケス侯爵はこちらがどれだけ困るかを判断できる、というわけか」
ローラの考えは的を射ている。侯爵にとっては、多少のダメージはあるにせよ、致命的となるような問題ではないだろう。そのていどのことをわざわざぼくにきかせてきたのは、ぼくがどう反応するかを見たいからではないだろうか。
「ぼくらの立ち位置は、探られないに越したことはないけど、探られても奴隷として買ったということしか出てこないから致命的ではない、といった感じだよね」
「そうでありますな。八歳にして愛玩奴隷を買った豪傑ということで、アンリさまの評判がガタ落ちになるていどであります」
「それは今はいいから! だとしたら、どういう行動が正解だと思う?」
「過激な行動に走るのは得策ではありませんね。ですが、今後侯爵との関係をどうしたいか、ということも考えた方がいいのではありませんか?」
リュミエラが新しい視点を提示してくれた。無視しても問題はないが、おそらくそこで侯爵との関係は切れる。ベアトリーチェをぼくたちの行動に巻きこまないようにするためには、切った方がいいのだろう。そうすれば、侯爵は今後彼女がぼくに近づくことを決して許さないだろう。
一方で、侯爵の情報収集力は、このまま素通りするには惜しい気もする。この夏期休暇の間、ぼくとリュミエラはカルターナにいなかったのに、彼はリュミエラの生存と冒険者リアンにたどりついた。
ベアトリーチェを巻きこまないことは重要だが、そのために情報という希少価値をフイにするのはあまりに惜しい。
「多少なりとも彼に恩を売ることが出来るようなやり方はあるかな?」
「軽はずみな行動に出なくなるように、脅しをかけることは出来ないかな? 意気込んでいたやつが急に矛を収めれば、たぶん侯爵には伝わると思うよ」
「エマニュエルの発想はいいと思う。でも、ぼくらはまだ誰に仕掛けたらいいかがわかってないし、あまり時間もかけられない。できるかな?」
なにせ、夏期休暇はもう一週間ほどで終わりなのだ。それまでにカタをつけなければならない。
「バルデさんに訊いてみるよ。そういうことを仕掛けてきそうなのは誰かは心当たりがあるんじゃないかな」
「わかった。じゃあ、それはたのむよ。テルマ、悪いんだけど、バルを引っ張ってきてくれないかな?」
「了解」
テルマはひとこと言い置いて、魔方陣のある奥の部屋に消えていった。
「バルを呼んでどうするでありますか?」
「リュミエラそっくりの死霊っていないかな、と思ってさ。それか、スケルトンに造形するとか。それをけしかけてみたら効果ありそうな気がしない?」
「自分そっくりの死霊を見るのは、ちょっと度胸がいりますね」
さすがにリュミエラも、いまのぼくの発想に顔色を蒼くしている。
「さすがにこのように美しい死霊はそうそう手に入るものではありません」
バルがしみじみとリュミエラを見つめてそう言った。リュミエラはどう反応していいのか困っている。いちおう褒められてるんだと思うよ?
「スケルトンに造形をほどこすとかも無理?」
「このかたの美しさはもう、芸術に近いものがありますからな。この方を死霊にすれば、闇の世界の美しさが加わって、それこそ高価な芸術品そのものといっていいでしょう。とてもそのようなものは、わたしには作り上げられません」
この男は、領主の座を継いだばかりの時、気が大きくなったのか、リュミエラの美貌に惚れ込んで自分の死霊コレクションに加えたいとか言い出し、テルマに半死半生の目にあわされている。
「そうかぁ。いいアイデアだと思ったんだけどな」
「バル、ヘレネがいる」
テルマがぼくの知らない名前を出した。なんだ? なにか思いついたのか?
「なるほど……アンリさん、死霊は難しいですが、リュミエラさんを化粧などで死人に見えるようにすることはできます。ヘレネというのはわたしの知人で、目の前の存在そっくりに自分の姿を造りかえる能力を持っています。彼女を使えば『死霊っぽい何か』には出来ると思いますが、いかがしますか?」
ドッペルゲンガーみたいなモノか。でも、あれって対象の本質的なものを写し取るんじゃなかったかな? 化粧みたいなものまでコピーできるんだろうか?
「存在そのものだけじゃなくて、化粧まで写し取れるの?」
「お考えになったことはわかります。ヘレネは彼女の同族の中でも特殊でして、存在の本質を写し取る力が劣るかわりに、見たままを写し取る力が並外れているのです」
「動きとかはどう? 動きに生気があったりすると台無しなんだけど」
「アンリさん、わたしたちは人間よりは死との距離が近いところで生活しています。ふつうの人間に見破られるていどの演技はいたしませんよ」
こうして、リュミエラが死人になることは確定してしまった。見ると、さすがに悪いものを食べたあとのような顔をしている。すまない!
翌日、エマニュエルはバルデから目指す情報を聞き込んできた。
「侍従長のネグレドが、先代のアンドレッティ公爵と非常に近い関係にあったらしい。公爵が生きていたころは、彼を通してかなり潤沢に王室の経費が流れこんできていたらしいんだけど、最近は非常に渋いらしい。以前は売り掛けでの取引に応じていた商店が、のきなみ現金決済に変えているみたいだよ」
それはさぞお困りだろう。手に入れてから金策を考えるのと、手続きを踏まなければ身動きがとれないのとでは、自由度が天と地ほども違う。
しかし、これは由々しきことだ。安定が王室に膿を作り始めているとすると、ドルニエを守ってばかりもいられない。ドルニエにも適度に危機感を持ってもらわないと、ぼくの目指す大陸の四すくみ構造が内側から崩れて行きかねない。
「王宮か。ここの王城がどの程度の作りなのか、ぼくはよく知らないけど、仕掛けるのもけっこう大変だぜ」
ギエルダニアでは近衛騎士団にもいたことのあるビットーリオが呻くように言った。
「シュルツクの王城でいえば、要所要所に魔方陣で通行制限がされていて、権限を持っていない人間が通ろうとすると発動する。近衛の詰め所でそれを感知できるだけのものもあれば、けっこう凶悪な魔法が発動して一巻の終わり、っていうのもある」
「リュミエラはなにか知ってる?」
「さすがにわたくしも、あまり王宮の奥までは入ったことはありませんが、同じような仕組みはあったように思います」
そこはちょっと慎重に行った方がいいな。どこで侍従長に仕掛けるかも見極めなければならない。
「シルドラ、下見に行けるかな? 魔方陣の見極めと城の構造の把握。侍従長の行動は……時間をかけられないから、最低限でしょうがないや。二日ぐらいしかかけられないと思う」
「二日だと……かなり駆け足になるでありますな。優先度を聞いておきたいであります」
「そうだな……罠かな。侍従長クラスが歩き回るところは、魔方陣がヤマほど描かれているだろうからね」
覚悟はしていたが、かなり危なっかしいな。情報収集にもう少し時間をかけられればいいのだが……。
「問題ない。わたしがシルドラと一緒に行く」
天の助けだ! テルマさん最高!
「いらないでありますよ! ひとりで充分であります!」
「遠慮はいらない」
「どこをどう聞いたら、遠慮しているように聞こえるでありますか!?」
かわいそうだが、ここは慎重にことを運ぶべきところだ。情けは無用。
「シルドラ、達者でいってきてね」
シルドラが膝からガックリと崩れ落ちた。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




