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8-10 情報整理

世界の情勢は刻々と動いて……もいないかな?

 ぼくの身のまわりのゴタゴタはおいおい考えるとして、とりあえずはみながせっかく集めてきた情報という食材を、新鮮なウチに調理しなければならない。




「ボルダンのスラムは、そろそろ領主の制御がきかない状況になってきています。かなり女王国の人間が入りこんでいるのも確認しました。動きが出るまで半年はかからないと見ます」


 ヨーゼフは現在スラムを仕切っている面々を特定し、誰に女王国が食い込んでいるかを特定してきた。スラム内の勢力争いを装いつつ、女王国と関係を持たない有力者が淘汰され始めていることもつかんでいる。スラムが女王国の支配下に入った頃合いで、大規模な実力行使がおきることになる。


「テルマ、ペドロはどれくらいで動けるだろうか?」


「知らせを入れてから二十日くらい。移動を含めてひと月」


「ヨーゼフ、二ヶ月以内に動きが出る可能性は?」


「かなり低いと思います。独立系の実力者がいなくなるまで、もう二ヶ月は最低でもかかります」


「ペドロにはひと月後に準備を始めてくれるように知らせてくれる? ヨーゼフはフレドと一緒に現地で引き続き情報収集」


「了解」「承知しました」


「リュミエラは、ペドロの動きとタイミングを合わせて、領主とわたりをつけてくれるかな? えーと、ローラが一緒に行ってくれる?」


「了解! リュミエラさん、よろしくお願いします!」


 リュミエラはうなずいたが、まだひと月以上さきの話だぞ? あわてて旅支度にかかったりしないように。




「女王国は、王都ビルハイムの様子は表面上平穏だね。特に不満を買いそうな統治もしていないようだし、治安は安定してた。物価も安定していて重要な物資の品不足とかもなさそうだし、人々の暮らしはうまく回っている。もちろん、ビルハイムの外との生活レベルの差は当然あるみたいだけど、困窮しているってほどでもないみたい。兵隊を動かすならいま、と思っている王宮関係者は少なくないんじゃないかな」


 エマニュエルは女王国の様子をかいつまんで説明した。確かに、ヤル気であれば中を固めないと動くに動けないよね。


「そのなかで、シャナ王女の立場はどうなんだろ?」


「外から見る限りは別に変わった様子はないね。そこについては、シルドラさんがなにか知ってるはず」


「シャナ王女は本物の引きこもりであります。ふだんはまったく自分の部屋から出てこないでありますよ」


「見てきたように断言したね」


「見てきたであります」


 一瞬、場が静まりかえった。みな、自分がなにを耳にしたのかわからなかったようだ。もちろんぼくもだ。ただひとり、テルマだけが満足そうにうなずいている。


「……どうやって?」


 ぼくはおそるおそる訊いてみた。


「シャナ王女の部屋の天井裏からこの目で見てきたであります」


「入ったの?」


「入ったであります」


 なにも言うまい。これが現実だ。


「侍女以外は、第二王女のブリギットがたまに部屋に来たでありますが、言葉を交わすのは三回に一回くらいだったであります」


「どんだけボッチをこじらしてんだよ!」


「あと、部屋にたくさんの人物胸像が置いてあったであります。ほとんどが男の裸体像でありましたが」


 背筋がゾクゾクッとした。ひょっとして……腐ってるのか?


「それはなんのために?」


「とっかえひっかえ大事そうに運んでは、机に向かっていろいろ書いていたであります。なにを書いていたかまでは、わからないであります」


 間違いない。腐ってる。ここはこれ以上触れるまい。そういえば、最近ほかにも腐ったものに近づいた気がするんだが、なんだったかな?


「王宮の中は、好戦と慎重とでどんな感じ?」


「第一王女のシャーリーはることしか考えてないでありますな。ただ、シャナが乗り気でないところにブリギットが同調してるでありますので、なかなか押しきれないようであります」


「王女の話しか出ないんだけど、肝心の女王はどうなんだろうか?」


これにはローザが答えた。


「女王は表だって国政には関わらないんです。今のテレーズ陛下も、即位前はガチガチの武闘派で声も大きかったのですが、即位後はあまりお考えが伝わってくることもなくなりました。王女時代は、国民の人気を争う競争のような側面があります」


「ブリギットは武闘派、という話だったけど、おとなしくない?」


「ええ、五年前には、ほとんどシャーリー王女と意見が対立することもなかったのですが、いったい何があったのか……」


 そのあたりは、もう少し詳しく探る必要がありそうだね。このままだと、主戦派が勢いを得てしまいそうでイヤなのだが、慎重派の考えていることがいまひとつつかめない。いちど行ってみることも考えていいかもしれない。




「ところで、女王国って男児の扱いはどうなるわけ? ヨーゼフみたいに男でも軍務についているんだから、女しか公職につけないわけじゃないよね?」


「大半の職業は性別関係なく開かれています。ただ、王位は女性に限られていますから、王家に生まれた男児は、出生後すぐに有力貴族に養子に出されます。近衛は王家を守る存在ですので、女性だけが任官されます」


「問答無用で養子? それもかなりひどい話だね」


「引き取った貴族には、年金の加算と養育費の支給があります。かなりまとまった額ですので、けっこう競争が激しいんですよ。養子になった男児も成人後の昇進も心なしか早いようですし、王家からの有形無形の便宜はあります。不満はないとは言いませんが、これまでは、おおむね『そんなもの』と考えられてきています」


「なんか貴族社会が腐敗する元凶みたいな制度だな」


 ぼくの感想に、ローザとヨーゼフはすこしシニカルな笑いを浮かべた。


「否定はしません。実際、社会不安が起きるときには、たいてい王家出身の男性が絡んでいます」


 ふむ、なにかの時に使えそうなネタだな。覚えておこう。




 ギエルダニアについては、もともとビットーリオのホームグラウンドだ。情報収集の勘どころもわかっているだろうし、期待していいだろう。


「特にこれといった情報はなかったな」


「ダメじゃん! 五年の間に何か変わってたでしょう!?」


「もともと、良くも悪くも変化の少ない国なんだよ。昔から軍事偏重の国で、多少国民の生活を犠牲にしても、強いギエルダニアを実現してくれれば文句は出ないんだ。大陸でもっとも豊かなドルニエ以外とは、基本的にいつコトをかまえてもかまわないつもりでいるんだよ」


「ドルニエに対する姿勢は変わってないの?」


「女王国を抱き込めれば話は違うんだろうけどね。それでもまず矛先はアッピアに向かうと思うね。それに、現状、女王国もドルニエとはできればやり合いたくないと思っているはずさ。こういう状態だから、アッピアが生き残っていられるともいえるね」


「アッピアと組んで女王国を、という考えはないの?」


「アッピアがもっと信用にたる国だったらね。あそこは経済的な基盤が弱いだけに、金目かねめの話ですぐ右から左に転ぶ。これは女王国からしても同じで、四カ国が睨みあってる構造を、不確定要因の少ない三カ国にしたがるのはそのせいだ」


「ということは、アッピアを生き延びさせることがぼくの目的にかなう、ということになるかな?」


「そう思うよ。あと、皇位争いにはすこしだけ動きがある」


「なんではじめに言ってくれないんだよ! それだよ! それを最初に教えてほしかったんだよ!」


「まあ落ちつこうよ、アンリくん」


 くそ、誰のせいでこんな……。


「基本的状況が変わってるわけじゃないんだ。第二皇子ユルゲンは、公言こそしていないが、皇位を狙って有力な貴族を抱き込みにかかっている。皇太子ハンスも、切り崩しを防ごうと躍起やっきになっている。だいたい、主だった貴族はどちらかについている状況だ」


 まあ、アウグスト殿下から聞いている話もそんな感じだったよね。目新しい話じゃないのは間違いないか……。


「そこで二人とも、手つかずの状態で残っている重要人物に目を向け始めた」


「それは?」


「第三皇子アウグスト」


「それやっぱりいちばん大事な話じゃない!」


 冗談じゃない。そりゃ、アウグスト殿下がどちらかを支持するのは自由だ。だが、跡継ぎ争いに関わりたくないと言っている殿下を無理矢理引き込むとしたら、家族や親しい人たちに狙いをつけるのは自然だ。


 ロベールやフェリペ兄様は大丈夫だろう。シャルロット様やマリエールも、そばにタニアがいる限り心配ない。イネスも、まあ大丈夫だろう。子供が出来てしまうと話は違うが、自分の身を守るには問題はあるまい。


 カトリーヌ姉様とジョルジュ兄様については、フェリペ兄様と相談しなければならない。最悪、ジョルジュ兄様は王宮から出ないように、城の中に泊まり込んでもらえば大丈夫だろう。カトリーヌ姉様は。夫君のウォルシュ男爵や義父のウォルシュ侯爵に話を通せば、必要な手は打ってくれるだろうし、そこを押し通ってまでドルニエの侯爵家とコトをかまえるとは思えない。


 残るはぼくだが……。


「あれ? ひょっとしてなんの問題もない?」


「アンリくん、どういう考えが頭をめぐったか、すこし話してくれないか?」


 最初はしてやったという表情をしていたビットーリオが、怪訝そうに言ってきた。


「父様、フェリペ兄様やイネスは大丈夫だし、伯爵領にはタニアがいて、カトリーヌ姉様やジョルジュ兄様も守る方法がある。無防備に見えるのはぼくだけだ」


「アンリ、悪い顔をしてるよ?」


 ローラが突っ込みを入れた。それでぼくは自分が薄笑いを浮かべていることに気づき、両手で頬をパンと叩いた。


「手を出してくれれば思うつぼ、という顔に見えますね」


 リュミエラもヤレヤレ、という感じでコメントする。


「ギエルダニアの皇族がすこし気の毒になってきたでありますよ」


 シルドラが追い打ちをかけた。みんな失礼だな。因果応報という言葉の意味を。ギエルダニアの皇族の方々と一緒に考えようと考えているだけじゃないか。  

 

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


ギエルダニアの皇族を嵌めにいくためのフラグ立ちましたぁ。

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