8-7 探索 後
前回に続き、ほぼ全編遺跡探索です。タイトルが「探索」ですから、そうでなければ詐欺ですが……。
第一階層は簡単な迷宮構造というだけだったが、第二階層に入ると部屋ごとに敵が待ち構えているようになった。いずれもスケルトンの兵士で、さしたる脅威ではないのだが、気楽にスタスタ進むというわけにもいかなくなって。少しストレスがたまってくる。
五つ部屋を抜けたところで、ぼくはスケルトンとローラを先頭からリュミエラのポジションまで下げ、逆にリュミエラを前に出して、シルドラを含め三人で先頭をとる形にした。
「シルドラ、リュミエラ、めんどくさいから最初から全部焼こうよ。一度で焼き切れなくなったら、そこで隊形を組み直す」
「それが正解でありますな。そろそろスケルトン相手にまじめに戦っても、得るものはなくなってきたであります」
シルドラの言葉にリュミエラも頷いた。
たしかに、犬っころのあと三回ほどスケルトン狩りをしたら、そのあとの二回はローラもコツをを覚えてスムーズにダメージを与えるようになったし、ニケはヒト型に戻ってサボりはじめた。いちばん真面目に働いているのが、状況を見てサボるということを知らないうちのスケルトンくん、という始末だ。
「タニア、この湧いてくるスケルトンは、そのバルというヤツとは関係ないんだよね?」
「はい。殉死した兵士の魂が永久に戦い続けられるように、死体に魔方陣を埋め込んで埋葬したものと思われます。肉が失われて骨に魔方陣が届くと、そのすべてが魂に吸収されて精神体として存在しつづける、と聞いております。今は失われた魔法ですね」
せめて人間の姿のままで戦えるようにしてあげられなかったものかねぇ。肉は保存が利かないからダメ、ということなんだろうか。
「アンリ様、一時的ではありますが、わたしの使役するスケルトンの制御をお渡ししておきます。念じていただければ、その通りの動きをするはずです」
「了解」
とにかく使いこなしてみせろと言うことだ。
さらに四つほど部屋を進むと、出現するスケルトンが五体になった。個々の力も上がっているらしく、火魔法速射二発が必要になった。
「ローラ!」
ぼくの声に反応してローラが討ち漏らしのスケルトンに飛びかかっていく。マジメなうちのスケルトンくんは、それに呼応してもう一体に飛びつく。「彼」が一体を押さえている討ちに、残りの一体によってたかってダメージを喰らわせ、距離をとって焼く。そしてもう一体も同じように処理する。ミッションコンプリート。
「ローラ、次から前に出てくれる?」
「りょうかーい」
よい返事だ。スケルトンくんにもまた前に出てもらうことにする。
「あと、残りは一体ずつ集中砲火で潰していこう。手が回らないところは、ニケに任せるから、大猫モードで相手しててくれるかな?」
「承知したです」
相手が強くなってきたら、基本どおりいかないとね。
と思って分岐を通過すると、出現したのは一体だった。特大の一体だ。馬に乗っていなくて首のあるデュラハンというところだろうか。いや、無理にデュラハンになぞらえる必要はないのだが、やはりぼくにとってスケルトン系の王様はデュラハンなのだ。
「タニア、牛でも鬼でもないよ!」
事情の変化があるかとタニアに急いで確認すると、落ちついた声が返ってきた。
「これはこの墓のもともとの番人でしょう。おそらく、これを倒した直後にバルの死霊が湧いてきます。このスケルトン相手に力を使い切らないようお気をおつけください」
そういうことか。しかし、タニアにとってはあくまでスケルトンなんだな。攻め方も原理は同じだろうが……抵抗力も上がっているだろうから、漫然と魔法をぶつけてもダメかも知れない。
「ローラ、スケルトンと一緒に、あいつの盾を弾くように攻めてくれるかな」
「やってみるよ。シルドラさん、小技でいろいろあいつの意識をそらしてくれるとありがたいんだけど」
「それるような意識があれにあるかどうか微妙だと思うでありますが、了解であります」
「ニケはしばらくの間ぼくとリュミエラを守っててね」
「合点なのです」
あとは急所を見つけてそこに炎の槍を撃ちこもうと思うのだが、ひとりでそれをやると時間を食いすぎる。ぼくのほうがリュミエラより魔力量が多いから、分担するなら射手はぼくだな。
「リュミエラ、合図をしたら出来るだけ大きな炎の槍を作ってくれる? それをぼくがあいつにぶち当てる」
「わかりました」
「じゃ、いくよ!」
前衛の戦いはかなり苦労した。なにせ、ぼくらが両手で持ち上がるかどうか微妙な大剣を、盾を片手で操りながらもう一方の手で振りまわしてくる。一撃かすったら大ケガだ。回復役の必要性を痛感する。この世界にそういう存在がいるかどうかは知らないが。
なかなか盾が弾かれるようなダメージを与えられずに推移したが、うまく剣を持つ手の側にダメージが集中し、デュラハンが焦れて大剣を振りまわした瞬間、ぼくはニケに合図した。
「リュミエラは準備! ニケ、盾にぶち当たって!」
ぼくのとなりに炎の槍ができあがっていく。ニケはあっという間にデュラハンに肉薄し、盾をはじき飛ばした。デュラハンの胸の奥に赤く光る塊が見える。あれだ。手札を切った以上、あれじゃなければ詰みだ。
ぼくは炎の槍に魔力を注ぎ、その光の塊に向けて力一杯撃ち出した。槍はデュラハンの胸を貫き、光は砕け散った。デュラハンは動きを止め、そしてその場にばらばらと崩れていった。
「気を抜かないでください」
タニアがぼくの背中に手を当てた。魔力が流れこんでくる。このあたたかい感覚は久しぶりだ。なんとなく嬉しくなってくる。
「わかってる。みんな、次に備えて!」
デュラハンが崩れ去ったその奥の地面がまばゆく光り、ヒグマより少し大きいくらいの巨体が姿をあらわした。鬼……のようだが、顔が半分腐り落ちている。身体もところどころ骨まで見えている。ゾンビ犬のサイズではギリギリ気にせずにすんだようなところが、否応なしに目に入って非常に気分が悪い。
「リュミエラはとりあえず目を狙って!」
ぼくらと腐れ鬼の身長差があるので、リュミエラの腕があれば近接戦をやっている最中でも射かけられる。スケルトンとニケで腐れ鬼の巨体をコントロールしながら、シルドラ、ぼく、ローラで足回りに攻撃を集中してみた。むこうの動きが鈍いせいもあって攻撃は当たり続け、脚の肉がおおかたそげ落ちて骨が見えてきた。だが、あまり動きは変わらない。鈍いながらもスケルトンとニケを押し込みはじめている。
そのとき、腐り落ちてないほうの目にリュミエラの矢が突き立った。とたんにヤツの動きがメチャクチャになり始める。助かった。いちおう目は使っていたらしい。
鬼といえば、ツノだ。間違いなく急所はそこにある。だが、身長差のせいでぼくらの攻撃はそこに届かない。魔法をあてようにも、さすがにピンポイントでそこを狙えるほどヤツの動きは鈍っていない。
「ローラ! 少しのあいだニケと代わって! ニケ、助走つけていいから、骨だけの脚に思い切りぶち当たって!」
「そんなに保たないからね!」
そう言いながらローラがニケと位置を替える。身体を翻して大きく跳んで距離をとったニケが、ものすごい勢いで腐れ鬼の骨だけの脚に激突した。脚は大きく崩れ、身体全体がバランスを崩す。
「ローラ、離れて!」
すぐさまローラが距離をとった。ぼくはスケルトンに力一杯ヤツにのしかかっていくように念じた。スケルトンは、ヤツの上半身にすべての力をかけ、ヤツはこらえきれずに地面に倒れ込んだ。ようやくツノの付け根がぼくらの前にさらされた。
「ローラ、ツノを!」
ローラが剣を力いっぱいツノの付け根にたたきつける。剣は食い込み、そこで止まった。
「クソ、もう一撃……」
ローラは剣を抜こうとするが、ツノの根元に食い込んだまま動かない。腐れ鬼は苦しそうに身悶えているが、そのうち体勢を立て直すだろう。
(ノスフィリアリのスケルトンは道具。仲間じゃない)
テルマの言葉が頭に蘇った。ぼくは一瞬迷って、そして心を決め、スケルトンにヤツの頭を全力で押さえるように念じた。
そしてぼくは、小さな火球をイメージし、頭の中でその温度をどんどん上げていった。どんどん凶悪になる火球はやがてぼくの頭の上に顕現する。ぼくは、残った魔力の大半を使ってその火球を、ツノに食い込んだローラの剣をめがけて射出した。ツノと剣と、それを押さえ込んでいるスケルトンが一瞬で消失する。そして腐れ鬼は動きを止め、今度こそ本当に腐り落ちた。
デュラハン戦のあとは持ちこたえたぼくも、こんどは全身の力が抜けてすわり込んだ。覚悟の上とはいえ、スケルトンを自分の意思で消滅させたのは、やはりたまらなく後味が悪い。
ほかのみんなも同様に脱力しきっているようだ。ニケは猫のままでヘチャッと潰れている。
「これは驚いたね。人間がこの墓の番人とぼくの死霊を両方倒してみせるなんて……ああ、人間以外もいるね。同族も一人、か。面白い」
ぼくらにそんな声をかけてきたのは、タキシードをしっかり着込んだ中年の優男だ。墓場の奥でこんなカッとんだファッションをしているのは、この男が人間ではないからだろう。
「面白いけど、ここから先に行ってもらっては、ぼくもちょっと困るんだ。欲の皮以外まとっていない、どうしようもない主人だけど、ぼくも命令には従わなきゃならないからね。安心したまえ。鬼の代わりにぼくのとっておきの死霊にしてあげ……ん?」
気分よさそうにとうとうと話しつづけていた男が、不意に言葉を切った。そして、不器用に身体をじたばたさせたかと思ったら、ドッと地面に倒れ込んだ。
「なかなか威勢がいいですね、バル」
どこからともなくタニアの声が聞こえてきた。ちょっと探してみると、バルの後ろだ。いままでそんなところで気配を消してたとか、すごすぎるよ。押しまくられてたぼくらはもちろん、腐れ鬼もまったく気づいてなかったぞ。それから、この男には今一体なにが起きているんだ?
「え……なっ、ノスフィリアリ! おまえ、なんでここ……」
「あいかわらず死霊がいないと役立たず。このくらい、妹でもすぐ抜けられる」
「ヒッ、テルマ!」
バルと呼ばれた男の首のまわりにかすかに魔力が動いた。首にしわが寄り、男が首を押さえてもがき苦しむ。ああ、魔力をひも代わりにして縛り上げてるのか。引き合いに出されたシルドラを見ると複雑な顔をしている。あれは自信がない顔だな。
「わたしが誠心誠意お仕えしている方の領地で、しかもその屋敷から遠くない場所で、あなたがなにをしているのか、じっくりわたしに教えてもらえますか、バル?
丁寧な言葉で微笑みながらバルと呼ばれた男に歩み寄っていくタニアは、まさに神々しいまでに死神だった。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
やっぱり慣れない探索、戦闘の書き方は難しいです。精進せねば。




