8-5 遺跡
遺跡調査がけっこうおおごとになって参りました。
一日待て、とテルマに言われてしまったので、ぼくらはできる範囲で遺跡の情報を集めることにした。このあたりならリュミエラも大っぴらに出歩けるので、ギルドや街の警備の兵士などから手当たり次第に話を聞き出してくる。
酒場も重要な情報源で、半ば色仕掛けに近い手管も使っているらしく、一夜明けた翌日、ローラがガックリと肩を落としていた。
「ぼくにはムリだよ」
たしかに、ボクッ娘と色仕掛けは相性が悪い。それに、ローラも美少女ではあるのだが、まだまだまっすぐな若々しさが魅力の中核で、実年齢ベースではなく十三歳としてのぼくから見ても、多少子供っぽい。たぶん、ずっと押さえていた少女の部分が、今になってあふれ出しているのだろう。だから、彼女はそのままでいいのだと思う。
「ギルドでもあまり詳しい情報はつかんでいないようですが、ここを根城にする冒険者も数名未帰還になっています。すでに騎士団とも話をし始めているようで、さらに被害が広がる場合には、騎士団が出動することもありえるようです」
「え? うちの騎士団が? だれがそんなことを言ってたの?」
「アレハンドロ男爵です。ゆうべ酒場においででしたので」
リュミエラはニッコリ笑ってみせた。アレハンドロ男爵は、ロベールと親しいアレハンドロ侯爵の長男で、ロベールが侯爵から是非にと頼まれて預かっている。彼が騎士団に来たときはぼくは四歳だったが、ときどき屋敷に遊びに来ていたのを覚えている。マジメな好青年なのだが……。
「あれ? でもアレハンドロ男爵はリュミエラと歳が……」
「わたくしよりひとつ上でいらっしゃいます。学舎でもときどきお見かけしました。いきなり声をかけてこられて、はじめはちょっとヒヤッとしましたが、名前も違いますし、まさかわたくしがリュミエラ・アンドレッティと同一人物とは思わなかったようです」
要するに、ナンパしようと思ったわけだ。それで相手の正体に気づかないうかつさと、口をスベらすうっかりは、団長としてマイナス査定要因ですよ、男爵。
「ただ、気になる点も。ギルドがつかんでいる限りでは、その遺跡から戻ってこなかった冒険者は、各地のギルドあわせて三十人ほどになるようですが、その中には、事態を重く見たあるギルドが派遣した、調査任務に熟練した冒険者のグループも含まれているようです」
「ひとりも戻ってこないのはおかしいっていうこと?」
ローラの着眼は悪くない。危険そのものを調査に行くのだから、万が一を考えて連絡役は生き残れるようにするのが、調査に熟練した冒険者の普通の行動だ。ということは、そういう連絡役も帰らぬ人にしてしまう要因がある。
踏みこんだ時点で詰んでいるような凶悪な遺跡なのか、安全を確保しているはずの連絡役を始末する別の要因があるか。後者であればもちろん人為的な要因だ。遺跡の罠は相手を選別しない。
「シルドラの活躍と、ニケの野性が重要だね」
「なんです? 呼んだですか?」
打ち合わせの場でひたすら食事を続けていたニケが顔を上げた。
「頑張って戦ってもらうかもしれないけど、よろしくね」
「まかせるです。運動不足を解消しないといけないのです」
ま、まあ、動機はなんでもかまわないんだけどね。
「ニケは武器はなにを使うの?」
「この姿の時は素手なのです。武器とか、しちめんどくさいものはつかったことがないのです」
「了解。それから、ローラは悪いんだけど、今回は……」
「え、仲間はずれはイヤだよ!?」
「そうじゃないって! ただ、ビットーリオもいないし編成が偏ってるから、今回は騎士役で防御重視で戦ってくれる?」
なにを早とちりしてるんだこのボクッ娘は!?
「なあんだ。それなら問題ないよ。まだ、騎士として動く方がラクなくらいだし」
それはそれで問題ありだぞ、ローラ。早く新しい役回りに慣れてくれ。
「ただ、それだとちょっと武装がこころもとないよ。軽装しか持ってない」
「わかった。ニケのグローブと防具も必要だろうし、買いに行こう。今回は臨時の出費だから、家でもらったぼくのお小遣いから出すよ。小さな街だから、たいしたのはないと思うけど」
「やったね! アンリのおごりだ」
それはちょっと違う。メシをおごるつもりはないぞ?
「いったい何なのでありますか? ごはんを食べ損ねたでありますよ」
テルマがシルドラを拉致して戻ってきたのは、夕方頃だった。またまたテルマに頭を抱えられたシルドラは、首筋をつかまれた猫のように無抵抗であらわれた。
テルマがどうやってシルドラを捕捉したかを知りたかったが、また、匂い、とかいわれそうで怖かったからやめておいた。
「シルドラさん、本当にごめんなさい。こちらでどうしてもシルドラさんの力が必要になってしまって」
リュミエラ、ナイスフォローだ。シルドラは以外とおだてに弱い。
「そ、そうでありますか? お安いご用でありますよ。それで、どうしてそんなことになったでありますか?」
「お金が足りなくなっちゃったんだ」
あ、バカ、ローラ!
「全然ダメダメでありますよ!」
ちょっと荒れそうになったシルドラをテルマが強引になだめ、なんとか話を再開する雰囲気に戻った。
「なるほど、話を聞くとたしかに不穏な雰囲気がびしびししてくる遺跡でありますな。」
「中に入りこむとすれば、シルドラの斥候としての力と、ニケがカギになってくると思うんだ」
「サラリと触れてくれたでありますが、この猫娘はなんでありますか?」
「聖猫族のニケなのです。よろしくお願いしますです」
「なんで猫野郎がこんなところをウロウロしていたのでありますか?」
猫野郎と言っていたのはシルドラだったのか……。
「猫野郎はやめてほしいのです! アンリさんの領地の森が居心地がよかったのです。つい長居してしまったです」
「食事のめんどうを見るのとひきかえに。一緒に来てくれることになったんだ。遺跡にも一緒に行ってもらう」
「そうでありますか。まあ今回のような調査には向いていると思うでありますよ。よろしくお願いするであります」
「そういえば、女王国の方はなにか面白い話はあった? あと、エマニュエルはおいて来ちゃったの?」
「エマニュエルは置いてきたであります。姉さんに拉致されて、状況を言い置いてくるのがやっとだったであります。でも、『いってらっしゃい』とか言っていたので、大丈夫だと思うでありますよ」
「あいかわらずだね」
「それから女王国の方でありますが、いろいろわかったこと、やってきたことがあるでありますが、エマニュエルがひとりでやったこともあるでありますから、合流してから説明した方がいいと思うであります」
「そうか、そうだね。そのころには、ビットーリオやヨーゼフたちも戻ってくるだろうしね」
いかんいかん、いろいろ手を広げようとしてはダメだ。いまは目の前の遺跡調査に集中しないと。
夜になり、ぼくはタニアに遺跡調査に行くことを話した。多くの冒険者が戻っていないことを説明すると、タニアはすこし考え込んだ。
「ちょっとテルマと話があります。一緒に来てください」
そういうと、ぼくの返事を待たずにさっさと転移を開始した。
「なにか用?」
タニアの気配を感じて宿から出てきたテルマのシンプルな問いかけに、タニアは頷いた。
「遺跡に行くそうですね。わたしも同行します」
さすがにテルマが目を見開いた。ぼくはあまりの驚きにひたすら固まっていた。
「少し妙な予感がします。あなた方の邪魔をする気はありませんし、テルマがいれば問題はないと思いますが、聞いたところでは冒険者の被害が大きすぎます。想像が当たっていれば、同族が絡んでいます」
ぼくは驚きのあとにやってきた衝撃でまったく身動きが出来なくなった。
テルマは小さく頷いた。
「それなら納得。狙いは何?」
「転移地点の確保でしょう。だとすれば、おおもとにゴルドノフがいます」
テルマの目が凶悪な輝きを宿した。
「ノスフィリアリは手を出さないで」
タニアは首を横に振った。
「誰であろうと、マリエール様を危険に陥れかねない真似をするものを放っておくわけにはいきません。邪魔をするならあなたでも容赦はしません」
タニアとテルマはしばらく睨みあい、そしてどちらからともなくため息とともに力を抜いた。
「そのときの成り行きに任せるしかありませんね」
「とどめだけは譲らない。あとは好きにするといい」
「それでは、明後日に」
タニアとぼくはふたたび転移し、屋敷に戻った。
「なぜぼくを連れていったの?」
部屋に戻ってすぐ、ぼくはタニアにたずねた。先ほどの話は、ぼくが口を挟むスキのないものだった。ぼくがそこにいる理由など、まったく感じられなかった。
「そこでアンリ様に、いろいろなことを考えていただきたいからです」
「さっきの話を聞く限り、ぼくがその場で考えることなんてなさそうなんだけど?」
「先ほどテルマにも言いましたが、わたしは相手が誰であれ、マリエール様に危険を及ぼす可能性のある何ごとも許すつもりはありません。そして、アンリ様も気づかれたと思いますが、テルマはゴルドノフという同族に強烈な怒りを抱いています。わたしも彼女も、予想が当たっていれば感情だけで動くでしょう」
だろうな。さっき二人が睨みあっているところとか、横で見ているだけでおしりがビリビリ痺れたもの。
「わたしもテルマも感情だけでやりたいことをやります。ですが、アンリ様はご自分でご自分の都合をお考えください。そして、もしわたしやテルマのやることがご自分の利益にならないとお考えになるのでしたら、わたしたちを説得してご自分のお考えを通してください」
ちょっと、ちょっと待ってくださいいぃ! そんな、バンカーバスターの真下に自分を持っていくような真似、出来るわけないじゃないですか!
「もちろん、わたしたちのやることをただ見ているだけでもかまいません。それがアンリ様の理性の求めることかもしれませんし、それによってわたしがアンリ様との関係を変えることはありません。しかし、この先、常にわたしの感情がアンリ様の理性と同じ方向を向くとは限りません。なにせ、わたしはアンリ様でなくマリエール様にお仕えしているのですから。そのときにどうするのか、ということにも思いをはせながら、お決めください」
ジルが「魔王と龍王の遊び場に一人で放置されるようなもの」と言っていたが、その気持ちがよくわかった。ぼくはなにか出来るんだろうか? それ以前に、身動きがとれるんだろうか……?
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
あいかわらず、キャラが自由に動いています。テルマとタニアの一触即発は、まさに書いている途中で二人に説得されてそちらに持っていった、という感じです。




