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8-1  帰郷

この回より、アンリ帰郷編です。そんなに長くはならないんじゃないかな……

 盗賊騒ぎがとりあえず決着して三ヶ月が過ぎた。


 情報収集に出たみんなはまだ戻ってきていない。リュミエラとローラとの打ち合わせで週一回は集まっているが、家もちょっと閑散としている。ちなみに、テルマは家を含むカルターノに完全になじんでしまっているのか、神出鬼没である。学舎にも、ぼくが外に出る出ないにかかわらずやってきたりしている。




「少し案内して」


 あるときテルマが突然言い出した。言葉は足りないが学舎の中を、である。


「ええと、いちおうテルマは部外者なので、あまり歩き回らないほうがいいかな」


 実は最近、学舎内に不審者を見かけたという噂がときどき流れる。いちおう、そんなことはあり得ないとの意見が強く、見間違いということに落ち着いてはいるのだが、ぼくは彼女が勝手にぶらついているのではないかと疑っている。確認すればいいじゃないかって? そんな地雷を踏みに行くようなことはしないよ。実害ないし。


「おぼえのある匂いがする。前から気になってた」


 聞き届けてくれたのかくれてないのかわからない返事が返ってきた。それにしてもこのおかたの嗅覚はどうなっているんだろうか? 方角を聞いてみると、森のほうである。それでその匂いの持ち主はだいたいわかってしまった。加齢臭も記憶に残るらしい。それはうらやましくない。


「夕方過ぎからでいいですか? 同級生がそこに行っているかもしれないので、はち合わせは避けたいです」


「問題ない。それまで散歩してくる。行くときに呼んで」


 やっぱり聞き届けてもらってなかった! 呼び止めようと思ったが手遅れで、さっさと転移してしまっていた。噂がまた流れないことを祈ろう。




 日がだいぶ傾いてきたころにテルマを呼んだ。間髪をおかずに現れた彼女を連れて森の中へ向かう。




 ジルの小屋には幸いベアトリーチェはいなかった。しばらく前に帰ったらしい。セバスチャンはテルマにも深々と礼をした上で、小屋の中にぼくたちをいざなった。


「アンリ、おま、な、なんというとんでもないヤツを連れてくるんじゃ!?」


 ジルの目は驚愕のあまり見開かれ、こころなしか全身が震えている。


「落ち着くといい、ジル」


「テ、テ、テルマ! おまえがいるから落ち着けないんじゃ!」


 やはりこの二人は古い知り合いだったらしい。しかも予想どおり、ジルが一方的にひどい目にあっている関係のようだ。タニアとの因縁といい、けっこうジルも苦労してきているんだね。


「しばらく女王国を拠点にしていたらしいんですけど、ちょっとしたいきがかりで、当分カルターナにいてもらうことになりました」


 ジルはがっくり肩を落とした。


「地獄じゃ。ノスフィに続いてテルマが現れるなんぞ、魔王と龍王の遊び場に一人で放置されるようなもんじゃ」


「ノスフィリアリがいるの? 会いたい」


「ここに来るように言ってみようか? なんどか来ているからすぐわかるし」


「やめんか! わしの精神をズタズタにせんでくれ! わしのいないところで頼む!」


 相当にヤバい記憶があるようだ。この日のジルは魔法オタクの姿もスケベジジイの姿もさらすことなく、ただひたすらテルマの無自覚のいじりに翻弄されるだけの悲しい男のままだった。




 学舎ではもうすぐ夏期の長期休暇に入る。ぼくはあいかわらずのんびりと過ごしているのだが、ほかの生徒はそろそろ卒業後のことが視野に入ってくる。


 たとえば、騎士課程の生徒の多くは、この夏に騎士団で実務研修の機会を得る。だが、もちろん騎士団の受け入れ能力は無限ではない。希望が重なれば、当然成績順での受け入れになる。


 単なる実務研修という事なかれ。二年後に実際に入団を希望したとき、そこで研修を受けたかどうかが関係してこないはずはない。競争はすでに半分くらい終わっているのだ。このあたり、日本の就職活動と似てるよね。


 リシャールは当然のごとく近衛騎士団での研修が決まっている。リシャールに人間的に問題があろうはずがないし、この時点でよほどのことがない限り近衛騎士団入団は約束されたといっていい。


 問題はマルコだ。マルコは実のところ、成績は悪くない。騎士課程の上位三、四番手を争っている。そして、近衛の研修の枠は三人だから、うまくすれば潜り込めるかもしれないところにいるのだ。それがダメでも、王都カルターナの警護を担当する第一騎士団には間違いなく受け入れてもらえる。しかし、進路について煮え切らない状態を続けている彼は、どこにも希望を出さなかった。


「マルコ、おまえ研修どうするんだよ? このまま何もしないで過ごすのか?」


 リシャールは本気でマルコを心配している。


「騎士のことはわからないけどさ、ぼくもどこかで研修をした方がいい気はするよ。近衛じゃなくてもいいとは思うけど」


 ルカも魔法局で研修をうける。実のところ、原則として魔法局は研修を受け入れていない。ジョルジュ兄様経由で少し話が上にとおって、めでたく受け入れが決定した。ちょっとだけコネだね。


「どこにも行かないなんて言ってないよ。考えてることはあるんだ」


 考えてるだけじゃものごとは動かないぞ、マルコ。


「アンリの実家で研修受けられないかな?」


「はい?」


 あまりのことに、とっさにうまく反応できなかった。


「ド・リヴィエール伯爵家は、自前の騎士団を持ってるだろ? そこで研修を受けられないかな、って思ってるんだ」


「いや、だって、しょせんは領地騎士団だぞ? 研修なんか受け入れたことないんじゃないか?」


 面倒に巻きこまれるのはごめんなので、なるべく意欲をそぐ方向でコメントした。


「おもしろいかもな。ド・リヴィエール伯爵は剣の達人だし、伯爵家の騎士団もその実力は鳴りひびいてる。規模の大きな王都の騎士団より学ぶことは多いかもしれない」


 おいバカ、リシャール、あおるんじゃない!


「ぼくもおもしろいと思う。なにかあって真っ先に実戦に出るのは領地騎士団だしね」


 ルカぁ……。


「そういうわけで、アンリ。口利き、頼めないかな?」


 そこはぼくだのみかい……。もう勝手にしやがれ!




 動き始めると、話は順調すぎるくらい順調に進んでしまった。フェリペ兄様に紹介状でも書いてもらおうと屋敷に行ったら、ロベールが来ていたのだ。ざっと経緯を話したら、なんとロベールがマルコを気に入ってしまった。しばらく王都を離れられないというので、ロベールが直々に騎士団長のアレハンドロ男爵に紹介状をしたためた。


「アンリ、おまえ、マルコくんと一緒に領地に行け」


 そして災厄はぼくのところに降ってくる。


「え、なんでぼく?」


「経緯を知っている人間が一人はいた方がいい。わたしもフェリペも今は王都を離れらないからな。おまえに行ってもらうのがいちばんいい」


「おまえも領地に帰るいい機会だろう。この間の春は帰ってないじゃないか」


 フェリペ兄様もまったく止めてくれる気配はない。そしてこうなると……。


「話は全部聞いた!」


 アウグスト殿下だ。どこらへんから何を聞いていたんだよ?


 でもあ、帰ることが確定なら、いい機会かもしれない。アウグスト殿下も、だいぶ剣がこなれてきた。そろそろイネスに引き分け狙いの勝負を挑んでみてもいいころだ。 




 その夜、みんなにコトの次第を説明し、しばらくカルターナを離れることを告げた。


「よろしいのではないでしょうか。カトリーヌ様も嫁がれ、フェリペ様もジョルジュ様もカルターナで勤務されています。イネス様がそばにいるマリエール様はともかく、シャルロット様は寂しい思いをされているでしょう。実の子ではないとはいえ、たまには男の子が顔を出せば喜ばれると思います」


 リュミエラは交流はなかったとはいえ、しばらく伯爵領で訓練を受けていた。うちの家の大ざっぱな感じはわかっているらしい。


「マルコくんねえ。三年前に学舎側の手伝いでチョコチョコ動いているのを見たよ。元気な子、っていうイメージしかないけど、おもしろいことを考えるようになったんだね」


 元気な子で間違いはないぞ、ローラ。元気すぎてカッ飛んだことを考えついたんだからな。


「わたしも行く」


 そしてテルマが、とんでもないことを言い出した。




「あのさ、テルマ。今回はアウグスト殿下の一行に便乗しなきゃいけないから、テルマもみんなも、行くわけにはいかないんだ」


「別に行けばいい」


「どうするの?」


「そこの魔方陣、ノスフィリアリの術式。ノスフィリアリのところにつながってるはず」


 はいそのとおりです。そして当然それを見抜くテルマさんなら起動も簡単だってわけですね。


「わたしは街の宿屋に泊まる。ただの旅人。問題ない」


「それならぼくも行ってみたい! アンリの師匠にも会ってみたいし、伯爵領も見てみたいよ。ちょっとカルターナにも飽きてきたところだし、ちょうどいいや!」


 いや、ちょうどよくないだろローラ。カルターナでの情報収集がきみの重要な任務じゃないか。飽きてきたのはカルターナじゃなくてそっちだな?


「わたくしも、久しぶりにタニア様にご挨拶がしたいと思います。アンリ様、ご迷惑はかけませんので、お許しいただけませんか?」


 大移動かよ!? いや、迷惑がかからないならなんの問題もないんだけど、間違いなく何かやっかいごとが起きる気がするから渋っているのだよ、ぼくは。


「今から行ってもいい」


「それだけは止めてくださいテルマさん! いまタニアはお茶の時間です! それを邪魔されたときのタニアはシャレにならないほど不機嫌になるんです! わかりましたから! みんなでいきますから!」


 ぼくは文字通りテルマに抱きついて止めた。だってもう魔方陣に向かって歩き始めてるんだもの。


「ほんとかいアンリ!? やった! 久しぶりの夏期休暇だ!」


 おいローラ。騎士団やめてからここに来るまで、ずっと休暇のようなものだったじゃないか?


「みんなでのんびり、というのもいいものですね」


 ぼくだけは絶対にのんびり出来ないから! それよりも君たち、タニアに会いたいっていう話はどこに行ったんだよ? ただの慰安旅行になっちゃってるじゃないか!


 心の叫びは誰にも届かなかった。

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


はやばやとアンリくんはテルマさんに振りまわされています。次回、タニアとテルマが対面しますが、ゴジラ対キングギドラになるのでしょうか?

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