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7-16 テルマとシルドラ

ほぼ全体が魔族姉妹のお話となっております。

「要するにシルドラは小さいころから、お姉さんであるテルマさんにきびしく鍛えられてきたと?」


 とりあえず家に戻ったぼくらは、応接間でシルドラの告白を聞いていた。彼女には兄がひとり、姉がひとり、弟がひとりいるらしい。いちばん歳が近いのがテルマさんで、一緒にいる時間も長かったらしい。シルドラを一人前にするのは自分の義務だと公言していたそうだ。


 どことなくイネスとかぶるところがある。個人的にはシルドラの気持ちもわからないではない。


「い、いいお姉さんじゃない?」


「あの人は、『かまう』と『しごく』の区別も、『かわいがる』と『いたぶる』の区別も,まったくつかない人なのでありますよ」


 しょげかえったシルドラがボソボソと小さい声で話す。申し訳ないが、彼女を囲むぼくらは笑いをこらえるのに必死である。


「テルマさんはどのくらい強いのですか?」


 麗龍邸であの強者のオーラを目の当たりにしたリュミエラがたずねた。


「ここ二十年ほどはやり合ってないでありますが……物理だけなら、いまはわたしのほうが少し上だと思うであります」


 なんだ。シルドラがそこまでビビってるからどれだけかと思った。


「魔法はどのくらいなのでしょう?」


「同じ世代の魔族で最強を争うくらいであります」


「メチャクチャ強かったっ! 魔族最強ってどんだけ?」


「ちなみに、最強候補のもうひとりはマスターであります。物理の差で総合力最強はマスターでありますが」


「世代って、何年くらいをいうのかな?」


「百年くらいであります」


 わかってはいたけどタニアもメチャクチャすごかった! しかも百年に一人なんてえげつないレベルだとは……。本気で怒らしちゃ絶対にダメだ。


 だが、最強を争う二人が、どちらも人間の社会に居着いているって、どうなの?


「そんなすごい人、会ってみたいな」


 ローラが無邪気にコメントした。いや、きみはタニアもテルマも見てないから気楽にそう言うけど,実物見たらそうはいかないぞ?


「なかなか良い家」


「「「「「「「わあっっ!」」」」」」」


 振り返るとそこにそのテルマさんが、さきほどと同じ無表情で立っていた。




「シルドラの匂いを追ってきた。この子はすごくいい匂いがする。けど、ちょっと修行が足りない」


 依然として無表情だが、匂いをたどるとか、怖さがいろんな意味でシャレにならない。シルドラは真っ青になってガタガタ震えている。


「ど、どうやって入ってきたんですか?」


 おそるおそる聞いてみる。いちおうこの家にはシルドラが張ってくれた結界で囲まれている。そう簡単に入ってこられるはずは……。


「ふつうに玄関から。少し不用心だから結界を張っておいた」


 とても簡単だったらしい。結界があるという認識もなかったようだ。シルドラのまわりの空気がさらにすすけてきた。この人は無自覚で他人にクリティカルなダメージを与えられる人だな、きっと。




「えー、もうだいたいわかってると思うけど、テルマさんです。Aランク冒険者のジュゼッペさんの補佐をされてます。これからしばらく、ぼくらとのあいだの連絡役を務めてくれますので、そのつもりでみんなもよろしく」


 今さらだとは思ったが、いちおう一同ににテルマさんを紹介した。


「テルマでいい」


「そ、それで今日はどのような御用で?」


 つい卑屈なしゃべり方になってしまった。だって存在感すげえんだもの。


「特に用はない。様子を見に来ただけ」


 なんの様子を見に来たというのか? シルドラがまた怯えてるぞ?


「あと今日からわたしもここに住む」


「ちょっと待つでありますよ姉さんっっ!」


 たまらずにシルドラが爆発したが、これはムリもないだろう。ぼくもまったく意味がわからない。


「ええと、たしかジュゼッペさんと、たぶんほかに何人かこちらに残ることになっていたと思うんですが、その人たちをみな受けいれるというのは、ぼくらもちょっと」


 シルドラへの援護射撃として、いちおうテルマにブレーキをかけてみる。


「予定変更。ジュゼッペはみなと一緒にシュルツクに向かった。心配いらない」


 すまんシルドラ、心配いらないんだそうだ。


「迷惑はかけない。シルドラと同じ部屋で十分」


「わたしが十分じゃないのでありますよっ!」


「シルドラ、部屋に案内する」


 シルドラの必死の抗議を完全にスルーしてそう言ったテルマは、シルドラの頭を抱き寄せた。理屈はわからないが、シルドラがとたんにおとなしくなる。「ウーッ」と唸りながらテルマと一緒に自分の部屋の方に歩いて行った。




「す、すごかったね」


 ポカンと口をあいたままだったローラが、何かに感じ入ったような口調で言った。それにローザとヨーゼフが同調したようにうなずいた。


 ローラはシルドラ以外の魔族というものも初めて見たかもしれない。だけど、あれとシルドラを魔族の判断基準にしてはダメだと思うぞ?


「シルドラさんが完全に遊ばれていたね。あの我が道を行く姿勢はすごい。ちょっと見習いたいものだね」


 エマニュエル、見習わなくても十分きみは我が道を行っている。


「でも、テルマさんはシルドラさんが可愛くてしょうがないんだと思います。シルドラさんがいい匂いがするっておっしゃったとき、なんとなくホッコリしちゃいました」


「可愛がられすぎるのも、ときにはストレスなんだけどね。おまけに可愛がりかたを少しまちがえてるらしいし」




「連絡役がここに陣取るというなら,ボルダンの調査も少しずつ進めないとね」


 ビットーリオが話の内容を落ち着けてくれた。シルドラはテルマと一緒に部屋に戻ったままだ。拉致されているに近い状況だな。


「基本はヨーゼフにお願いしようと思う。なにか要望はある?」


「フレドが使えるなら、一緒に行かせてもらえると助かります。ああ見えて要領のいいやつなんで」


「どう思う、ビットーリオ?」


「いいんじゃないかな。忠誠心とかで動くヤツじゃなさそうだから、しばらくはそれなりに役に立ってくれるよ。ヨーゼフならあいつをどう使うかも心得てるだろうし」


「じゃヨーゼフ、そういうことで」


「ありがとうございます」




 さてと……雰囲気的にお開きの感じだし、そろそろ学舎に帰りたいのだが、シルドラがテルマと一緒に部屋にこもったまま出てこない。そしてぼくは、部屋まで押しかけて「姉妹の団らん」を終わらせるような勇者ではない。


 そんなことを考えていたら、エマニュエルが突然問題提起をはじめた。


「アンリ、そろそろ女王国やギエルダニアにも直接情報収集に行ったほうがいいと思う」


「気がかりでもある?」


「ぼくらは女王国の計画ばかり立て続けに潰すわけだけど、このままだとしびれを切らしてどこかでアッピアに力攻めをはじめる気がする。それは間違いなく歴史を進めるよ」


 たしかに、それはちょっとよろしくない。


「そうすると、ここらで少しはシャナ王女に花を持たせなきゃならないね。しかも、それがほかの国に大怪我にならないように」


「あと、ギエルダニアの後嗣争いも、一応追いかけといたほうがいい。皇太子はまだしも、第二皇子だと行動が読めないからめんどくさい」


「場合によって、アウグスト皇子、という可能性はある?」


「これまではなかったな。それに、あの人は平時にはいい皇帝になると思うけど、歴史が動いているときはどうなんだろうね」


 たしかに、戦乱の時代には脊髄反射で方向を決める才覚が必要な場面が多い。イネス攻略でのアウグスト殿下の煮え切らない部分は、そういうものを感じさせないのはたしかだ。


「じゃあ、ちょっと本気で情報収集にかかってみようか。女王国にはローザは行かない方がいいよね?」


「申し訳ありません。その方向でお願いできれば……」


「じゃあ、ギエルダニアには土地勘のあるビットーリオとローザで。女王国は……どうしようか?」


 残るメンバーは、シルドラ、リュミエラ、エマニュエル、ローラの四人。シルドラは転移魔法が必要なので、ここにいてもらわなければ困る。リュミエラは金庫番兼秘書としての存在感が圧倒的で、これもいてもらわなければ困る。エマニュエルは喜んでいってくれるだろうが、戦力的に低いから相方次第か。ローラは情報収集については経験不足だしなぁ。


「たまにはシルドラを外回りに出す」


 声のした方を見ると、どことなく生き生きしているテルマと、グッタリしたシルドラだ。


「この子はひとところにとどまっていると怠けるクセがある。女王国に行かせるといい」


 どこから聞いていたんだ、この最強魔族さんは?


「でも、それだとぼくの学舎からの出入りが難しくなってしまってですね……」


「わたしにまかせる」


「え、いや、お客さまにそんな面倒をかけるわけには……」


「問題ない」


「わかりました。おまかせします」


 この期に及んで、そう言う以外にどんな選択肢があろうか? ぼくとて自分がかわいい。


「それじゃ、女王国はシルドラと……エマニュエルにお願いできるかな?」


 ぼくはエマニュエルを見た。シルドラの反応は見る必要がない。彼女も選択肢はおそらくひとつだ。


「いいよ。行ってみたいと思っていたしね」




「ねえ、ぼくは? ぼくは何かやらなくていいのかな?」


 ローラがなかまになりたそうにこっちをみている。いや、もう仲間だけどね。


「ローラはまだ経験不足だからね。リュミエラにいろいろ教わりながら、ドルニエで情報の収集を勉強してほしいな。王宮関係の情報なんか、意外と持ってないしね」


 侯爵家から離れて長いとはいえ、食いつく勘どころみたいなものはリュミエラがよく知っているだろうし、情報の取り方も勉強になるだろう。ローラがこの先もこのままやっていけるかはまだわからないが、実践の中で自分で考えてほしい。


「わかったよ! リュミエラさん、よろしく!」


 仕事が出来たローラは嬉しそうだ。リュミエラもニッコリ笑ってうなずいて見せた。ぼくの目から見たローラが、どんどん子供っぽくなっていく気がする。




 シルドラの転移で学舎の中に戻ってきた。転移地点を記憶するために、テルマも一緒にきている。


「ここにお願いすることになるんだけど、いいですか?」


「問題ない」


「いつ外に出なきゃいけないかわからないんで、シルドラには午後、けっこうマメに学舎に来てもらっていたんですが、そんなに迷惑かけられませんよね」


「頭の中でわたしを呼んでみる」


「え?」


「いいから念じてみる。はやく」


 ぼくはテルマに向かって「来てくれ」と念じてみた。これがどうなるというんだろう?


「わかった」


「わ、わかったって、なにが?」


「あなたの念の形。この街くらいならどこでもわかる」


 要するに、来てほしいと念じれば、テルマがどこにいてもそれを感じることが出来る、ということ? そんな趙便利なこと、タニアだってやってなかった気がするよ?


 ぼくはシルドラを見た。ブンブンと首を振る。まったく心当たりがないようだ。ぼくはその規格外ぶりに度肝を抜かれながら、挨拶をして寮に戻った。ぼくの後ろで姉妹が仲むつまじく転移を開始して気配が消えた。その瞬間に「やめるであります! 離すであります!」とか聞こえた気がするのは、きっと気のせいなのだろう。


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


シルドラのお姉さん、かなり気に入った仕上がりになっているのですが、いかがでしょうか?

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