7-15 取引
冒険者同士だと、ギブアンドテイクが成立しやすい感じがしますね。でも、そればかりだと話に厚みが出ない気がしますし、易きにあまり流れないようにしたいと思います。
「わたしはペドロといいまして、ジュゼッペの補佐のようなことをしています。なんでもジュゼッペに御用とのことですが、ちょっと取りこみ中でもありますので、とりあえずわたしがお話をうかがってもよろしいですか?」
いきなりアポなしでやってきた十三歳のお子様相手にこの応対は、どう考えてもおかしい。いちおう女王国から連れてきたっぽい頭の悪そうな冒険者が顔をそろえてはいるが、さきほどの立ち回りを見ていれば、無力なのは明らかだ。なのに、なんの警戒もしていないかのように、ぼくに話しかけている。ジュゼッペがどれだけヤバいかはわからないが、この男もそこそこヤバい気がする。
「ぼくはリアンといって、冒険者です。この二人はぼくの仲間でアメリとリエラ。今日は少し仕事の話をしたくて来たんです」
「はて、冒険者の方なら、われわれが仕事でこちらの街にお邪魔していることはご存じと思いますが、そこにギルドも通さずに仕事の話ですか?」
「その仕事が、少しうまくいっていないんじゃないかと思いまして」
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、ガキが!」
うしろに控えたモブ冒険者がありふれた怒鳴り声を出す。ペドロがとくに反応を示さないので、動きかけたシルドラを制して、極小のかまいたちを飛ばしてその冒険者の前髪を短くしてやった。モブは呆然としているが、それでもペドロは無反応だ。
「うまくいってない、とはどういうことでしょうか? 商隊を襲っていた盗賊はこのあいだ始末してご覧に入れましたが?」
「あなた方は仕事の終了を宣言してませんよね? まだ襲撃が続く可能性があると言っていたはずです。ところで、三日ほど前に、同じあたりで商隊が一つ襲われたのをご存じないですか?」
知らないはずはない。カルターナのギルドにも情報が入っているはずだからな。
「聞いています。残っていたかいがあったとみな奮いたっていますよ」
「それはカルターナのギルドも心強いでしょうね。ところで、襲われたのはラグシャン女王国の商隊と聞いていますが、お仕事に差し障りはないですか?」
ここで初めてペドロの表情に変化が出た。眼光が一段階強くなり、口元にかすかな笑みが浮かぶ。そしてうしろに立っていた冒険者を部屋の外に出した。
「できれば、そちらのお二人にも外していただきたいのですが?」
「それでは、ぼくも彼女たちも身の安全を確保できません。場所を変えさせてもらわなきゃなりませんよ?」
ぼくがどうこうよりも、ジュゼッペとやらが女に対して野獣同然だと、二人が絶対安全とは言えないからな。なにせ相手はAランクだ。
ペドロは一つため息をついた。
「わかりました。それではこちらももうひとり呼びましょう」
ほどなく、ひとりの女が入ってきた。リュミエラより少し年上という感じかな。だが、持っている雰囲気がヤバい。気分次第で人を殺すオーラだ。魔力もかなり強く感じる。シルドラも表情を少し強ばらせた。
「ではあらためて話を伺いましょうか。あなた方はなにをどこまでご存じですか?」
「予定どおり盗賊が商隊を襲撃して、予定どおりあなたたちが盗賊を討伐することが、あなたたちが残りの半金を受けとる条件であること。予定外の襲撃は仕事の失敗を意味すること。女王国の商隊は間違いなく予定外であること、でしょうか」
「依頼側の失態かもしれませんよ?」
「だとしても、それはもう誰にもわかりませんよ。襲撃場所から遠くないところにある隠れ家が全焼して、そこにいた女王国の関係者は全員死にました。残ったのは、女王国の商隊が襲われたという事実だけです」
初めてペドロの視線が剣呑な光を帯びる。やはり、こいつはかなりできる。
「あなたはわたしたちに敵対すると言いに来たのですか?」
「とんでもない。ぼくたちは女王国の邪魔をしたかっただけで、あなたたちにケンカを売るつもりはないんです。でも、結果としてそちらの仕事を邪魔しちゃったんで、お詫びに来たんですよ。半年後に半金を受け取るはずだったとききましたけど、謝罪の意味も込めて金貨二十枚、受け取っていただければと。女王国金貨ですが。あと、今日までであれば、ここの宿泊費の未払い分も」
目の前にぼくが積み上げた金貨二十枚を見て、ペドロはポカンとした顔をした。どうやら意表を突くことができたようだ。
「怖い人ですね。細かいところまでよくご存じだ。たしかにありがたいですが、そちらにはどのような利益がありますか? まあ、損はしていないのでしょうけど」
だいたい報酬の総額を金貨三十枚、日本円にして三千万円プラス必要経費と読んだのだが、そう外れてはいなかったようだ。それに、金の出所は想像がついているらしい。相当の思惑があっても、ポケットマネーから出すにはかなり厳しい額だからね。
「仕事の話につながれば、と思ったんですが、ダメですかね?」
ペドロはここで初めて薄笑いではない笑いを浮かべた。
「お受けするとは限りませんよ?」
ぼくはペドロにボルダンの街の状況を伝え、いずれスラムから暴動が発生してボルダンが無秩序状態になると思われること、その裏に女王国がいるはずだということを説明した。
「別にボルダンがどうなろうとそれ自体は興味ないんですが、女王国にはなるべくおとなしくしていてほしいんですよ。なので、もうちょっと状況が差し迫ってきたら、暴動が起きる前にスラムをきれいにしちゃいたいんです」
「スラムをなくす、ということかな?」
「それじゃ治安はさらに悪化しますよ。スラムは必要です。女王国の息のかかったスラムが不要だというだけです」
「それでは、掃除がすんだらどうするつもりだい?」
「そこがご相談です。手伝いますから、掃除をやってもらえませんかね? できればそのあと、スラムを締めてもらえるとありがたいんです」
「その話をなぜぼくらに? 自慢じゃないが、うちのジュゼッペはあまり評判がいいとは言えないと思うんだけどね」
「評判がいいところにこんな話は持って行けませんよ。ただ、あなたみたいな人が出てきたのは予想外でしたけど」
「どういうことかな?」
「金を払えばほんとうになんでもやる人かと。それで、今日は様子見のつもりだったんですよ。ここまで話すつもりはありませんでした」
「まさにその通りじゃないかい?」
「いえ、たぶんジュゼッペさんという人は、それよりひどいんじゃないでしょうか。金を払おうが何しようがやりたいことしかやらないんじゃないかな、と思います。契約を守るという意識もないかもしれませんね。それを『金を払えば仕事はやる』という評判に落ち着けてるのがあなたです」
「それで?」
どうやら、ぼくのジュゼッペに対する値踏みは的外れではないようだ。でなければ、この期に及んでジュゼッペに話も通さないのはおかしい。少なくとも、詫びを受けいれるかどうかは、リーダーであるはずのジュゼッペが判断すべきことだ。
「ぼくの考えが正しいとして、あなたはジュゼッペさんを頭にして冒険者を続けることに限界を感じているんじゃないですか? だから、ぱっと見はおいしいけど、実はあまりうまみのない今回のような仕事を受けた。ジュゼッペさんに女性をあてがっておいて、たまに暴れさせればうまくおさまる」
「その通りだけど気をつけた方がいいよ。そこのテルマはジュゼッペにぞっこんだからね」
気がつくとペドロのうしろに控える女性から強烈な殺気が立ち上っている。ぼくは慌てて彼女に向かってぺこりと頭を下げた。殺気が少し落ちつく。ヤバいヤバい。
「あなたがいれば、スラムの黒幕はある意味理想的な仕事です。ジュゼッペさんとその……そこのテルマさんのような方が睨みをきかせる下で、あなたが実務を取り仕切ればいいんですから」
「そんな簡単にはいかないよ。素人がすぐになんとかなる世界じゃない。きみはスラムをなめてないかい?」
「あなたなら基本を覚えればすぐです。必要ならカルターナの裏の顔役を兼ねる商人を紹介できますよ。ぼくらはそんなに役に立ちませんが、怪しげな薬の専門家なら抱えてます」
「わかったわかった。だが、ぼくらにとってもそんなに簡単な決断じゃない。この場は話を聞くだけにさせてもらうよ。もう少し事態が進んだら、具体的な話と一緒に持ってきてくれないか?」
「わかりました」
たしかに、これでこの場で安請け合いするようなら、逆にあぶないよな。すくなくとも、糸はつながったからよしとしよう。だが、今後の連絡をどう確保しようか?
「ペドロ、わたしがここに残る。みんなは一度引き上げるといい」
テルマが初めて口を開いた。連絡役を買って出てくれたようだ。よく響く低めの声だが、あまり感情が感じられない。
ぼくの後ろで、シルドラの雰囲気がまた少し固くなった。警戒してるのか?
「ジュゼッペと離れて大丈夫かい? 十日も離れているときみ、不安定になって暴れるじゃないか」
おい、恐ろしいことを言わないでくれよ。
「ジュゼッペは置いていって。ペドロがいれば問題ないはず。あなたもさっさとBに上がって」
「了解。定期的に連絡は入れるようにしてくれよ? こっちからも知らせとかなきゃいけないことが出るかもしれない」
「大丈夫。そんなことは今まで一度もない。でも連絡は入れる」
「わかったよ。それじゃリアンくん、そういうことでぼくらは一度引き上げる。だが、今回のことで王宮とゴタつくかもしれないから、女王国にはしばらく戻らないと思う。必要ならテルマを通してくれ。それから、宿代はほんとうにまかせていいのかな?」
「おまかせください。それじゃ、これで失礼します」
「楽しみ」
部屋を出ぎわに、テルマが妙なひとことを言った。
「少し見極めが甘かったようです。申し訳ありません。ペドロさんの力を見誤っていました。それに、慰安用の女と考えていた中に、まさかあんな人が紛れているとは……」
「ペドロはたしかにランク以上に強いだろうけど、強すぎはしないよ。問題はテルマだな。彼女はホントにジュゼッペに惚れているんだろうね。こういう場でないと力を感じさせないのかもしれない」
ふとシルドラを見ると、よくない感じの汗をダラダラ流している。そういえば、さっきから雰囲気が固いよな。
「どしたの、シルドラ?」
「アンリ様、わたしは情報収集の旅に出てもいいでありますか?」
「ダメだよ! どうしたのさ?」
「あの女はわたしの姉であります。昔からとことん相性が悪いのであります。ここにはいたくないであります! わたしは旅に出るでありますよ!」
なんですと!?
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
思いがけない存在が出てきてしまいました。しかも、次回さらなる背景が!……って、無責任ですかね。




