7-14 Aランク
ようやく話が普通に国をまたぐようになってきました。書くときに慎重に視野を定めないと、ぼろぼろになりかねません。慎重にやっていこうと思います。
待つこと十日ほど、無事に一行が盗賊に襲われたという報せが入った。
女王国に向かう道では襲われなかったのだが、襲撃が予想された地点を過ぎて二日ほど行ったところで、ドルニエに向かうアッピアの商隊と遭遇したらしい。うまいこと言いくるめてその商隊に合流して、ドルニエに引き返す道すがら、律儀に盗賊はやってきたということだ。
先代の盗賊が皆殺しになったあとの初仕事だったそうだ。かなり気合いを入れてやってきたらしい。総勢十五人が欲にまみれた目で襲いかかってきたとのことだ。特にリュミエラが顔を見せてからは、物欲に加えて色欲が男たちの目にたぎったらしい。束になってリュミエラをめざす盗賊たちは、リュミエラの弓のかっこうの餌食になったそうな。しかも急所は外すという抜群の仕事ぶりだ。
ローラもいい仕事をしたみたいだ。一人だけ女王国情報部のものが混じっていたのをヨーゼフが見つけ、これを一瞬の間にローラが無力化したとのこと。実力はやっぱりたしかである。
ぼくへの連絡役になっていたシルドラは一刻も早く戻りたがっている。砦の監視をしていたせいで暴れられなかったのが不満らしく、捕獲した連中を痛めつける気満々である。仕方ないので、やり過ぎないようぼくも一緒に行くことにする。かわりに、一緒に戻ってきたエマニュエルがドルニエに残ることになった。
「ぼくの見たところ、三流以下のヤツばっかりだよ。扱いはラクだと思うね」
エマニュエルは転移の連続にちょっと酔ったみたいで、ちょっとフラフラしている。
「了解だよ。体調悪いみたいだからゆっくり休んで」
「そうさせてもらうよ、いくら時間の節約になるっていっても、ぼくはやっぱり普通に移動したいな」
頭を振りながら、自分の部屋のある隣の家に消えていった。
とりあえず盗賊たちはビットーリオとローザに任せて、ぼくはシルドラ、ヨーゼフと一緒に情報部員から話を聞かせてもらうことにした。リュミエラとローラは食事の準備中である。アッピアの商人の面倒も見ないといけないからね。
「こんばんは、元気?」
拘束されて転がされている男の前にしゃがみ込んで挨拶すると、男はぼくをにらみつけてツバを吐きかけてきた。下品なヤツだ。ぼくまで届かなかったので全然気にしないのだが、シルドラがニッコリ笑って男の腹を蹴りつけた。男は身体をよじって苦悶のうめきをあげる。
「命が惜しかったら、あまり姉さんを怒らせない方がいいぜ」
ヨーゼフが男を諭すように言った。
「ヨ、ヨーゼフじゃないか! おまえ、生きてたのか!?」
男の言葉に、ヨーゼフはただ肩をすくめて返した。
「まあ、彼のことはあとまわしにしようよ。少し話を聞かせてほしいんだけど、ひとことでもしゃべるくらいなら死ぬ、というなら、先に言ってね? 彼女がいろいろやってるうちに死んじゃうかもしれないから、それなら今死んだほうがラクかもしれないし」
シルドラが笑顔のままで男の股間をぐりぐりと踏みつける。いきなりそれか!
「片方くらいは潰してしまってもいいでありますか?」
すごくいい笑顔でぼくに聞いてきたので、ぼくは目で男にたずねた。彼はすごい勢いで首を横に振る。なんだ、根性ないな。
「そんなたいしたことを話せなんていわないよ。確認させてくれればいい。君たちは盗賊をけしかけてアッピアの商隊を襲っている。別に、アッピアのボルダンで治安の悪化をさそってるやつらがいるね。王都にもだいぶ入りこんでるんだって?」
男は黙って目をそらした。シルドラは男の股間に乗せたままだった脚を少しずらし、おそらく片方の睾丸のみに体重をかけ始めた。
「ぎゃあああっっ! し、知らない! ここはおまえの言うとおりだ! よそで何をやってるかなんか知らないっ!」
ああ、まあそうかもしれない。現場指揮官ですらないヤツが全体を知らなくても不思議はないな。
「じゃあ次。盗賊は何度か使ったら処分することにしていた。その処分を担当するのがAランク冒険者のジュゼッペ。同行者まで全員最高級の宿に泊まっているけど、宿代も王宮が出してるの?」
シルドラが脚に力を込めようとしたので、慌てて男がうなずいて見せた。
「ジュゼッペへの報酬はどういう形で払うの?」
沈黙の時間があり、シルドラの脚にふたたび力がかかった。男が声にならない叫びをあげて悶絶する。
「次はたぶん潰れるよ?」
「ま、前金として半分払ってある。うまく運べば半年後、残りの半分が……」
「うまく運ぶって、どういうこと?」
「計画通りに盗賊の襲撃が実行され、計画通りに盗賊が討伐されることだ」
「予定外の襲撃は?」
「失敗だ。雇ったやつら以外の盗賊を排除するのはおれたちだが、予定外の襲撃はその直前の討伐が失敗していたと見なされる」
だいぶ素直に話してくれるようになったな。
「失敗の判定は誰が?」
「砦にいる責任者だ。このままおれからの連絡がなければ失敗とみなされる」
「責任者と王宮の連絡は?」
「責任者の判断だ」
すぐに失敗と認定されるのはまずいが、責任者を始末してしまえば王宮が失敗に気づくのはだいぶ遅れるな。シルドラを見たら、満面の笑みでうなずいた。やる気だ。
「ひとつきいていいか?」
男がぼくを真正面から見て言った。
「なに?」
「ヨーゼフはなぜ生きている?」
ぼくはヨーゼフを見た。ヨーゼフは肩をすくめて口を開いた。さてなんと言うか?
「命乞いしたからだ」
おお、シンプルかつ開き直った説明だ。この場合は正解だと思うぞ。
「おれも命乞いしたら助かるだろうか?」
女王国の情報部って、こんなのばっかりなのか? いや、人間としてはいい感じだと思うけど、情報部という特殊っぽい職場的にはどうなの?
「役に立ってくれる人を殺すなんてもったいないことはしないよ。とりあえず、シルドラを案内して砦に簡単に入る方法を教えてくれたら、しばらくは生きていられるんじゃないかな?」
「わ、わかった」
「シルドラ、エマニュエルにもらった『きずぐすり』をこいつにぶっかけて……名前は?」
「フレドだ」
「フレドの傷にぶっかけて、ビットーリオとヨーゼフと一緒に行ってきてくれる? まだ潰してないよね?」
潰してたら、ちょっと歩けないだろうからな。
「残念ながらまだであります。しょうがないので、出先でウサを晴らすであります」
「まかせた。一人も逃がさないでね?」
「全員処分してしまっていいでありますか?」
「パッと見で役に立ちそうなのがいたら生かしといて。あとは任せるよ。それから、砦は燃やしちゃってね」
「了解であります。変態! お出かけでありますよ!」
盗賊のほうの情報は、そんなに大したものは出てこなかった。ギエルダニアのシュルツク近郊を拠点にする中堅どころらしい。前任者の運命を教えてあげたら、知っている限りのことを教えてくれたそうだ。
「ふた月くらい前に声をかけられたと言っています。襲う商隊を指示されたそうですが、背景は知らないようです。次にこの辺を通る女王国の商隊を襲ったあと稼ぎを持ってギエルダニアに帰れ、と言ったら、ふたつ返事で請け合いました。泣いて感謝するヤツもいましたね。何を考えてるんだか」
ローザが首をひねりながら盗賊たちの様子を伝えた。これまでのデータだと二、三日中にはターゲットは通るはずだ。
「そんなに長くは待たないと思うから、気の毒だけどそのまま拘束しといて。食事はちゃんとあげてね」
「わかりました」
「お疲れさまです」
天幕に顔を出すと、リュミエラが声をかけてきた。
「リュミエラがいい仕事したってきいたよ。ごくろうさま」
「おそれいります」
とたんにローラがソワソワしはじめた。自分の仕事にもなにか言ってほしいのだろう。こうやってみんなの中に置いてみると、いかな逸材といってもやっぱり子供らしさが目につくね。
「情報部のヤツを倒したのはローラだって? さすがだね。いい情報が取れたよ。ほんとにありがとう」
ローラが嬉しそうに笑った。少し見かけが大人っぽいだけに、こうやって笑うとギャップに萌えるな。
「アフメドさんも、お手間かけてほんとうに申し訳ありませんでした。このお礼はいつか必ず」
アフメドとは、今回役に立ってもらったアッピアの商人だ。丸い実直そうな顔をしている。
「いいんですよ。そのかわりアッピアと商売するときにはわたしを思い出してください」
「わかりました。こちらこそよろしくお願いします」
そして彼は天幕を出て、自分の天幕に戻っていった。なかなか如才ない男だな。
「リュミエラとローラは今晩は特にやってもらうことはないから、適当なところでローザと見張りを交代してあげて。拘束は解けないけど、食事はきっちりお願い。シルドラとビットーリオとヨーゼフは砦をつぶしに行ってる。戻ってきたら、ぼくはカルターナに戻るよ」
「情報部の男はどうされました?」
「命乞いしてきたから、役に立ってもらいに行ってる」
「わかりました。とりあえず食事を持っていきますね」
リュミエラが天幕から出て行った。
「ほんとうにこのあと商隊を襲うの?」
ローラがちょっと硬い表情できいてきた。
「どうしてもイヤなら今回はぼくと一緒にカルターナに戻ってもいいよ。でも、こんなことはこの先もきっとある。ぼくから離れるなら、手遅れにならないうちにしたほうがいいよ」
ローラはムッとした顔になった。
「そんなことは言ってないよ。それにしてもきみは冷たいよね」
「ぼくはこうするしかないんだよ。前にね、ぼくの師匠はリュミエラに言ったんだ。ぼくの指示を彼女が拒否することを、ぼくが許しても自分が許さないってね。ぼく自身のことに、師匠がそこまで腹をくくってぼくを助けようとしてくれてるのに、ぼくが覚悟を決めないわけにはいかないのさ」
「そのうち、その師匠にあわせてくれるかな?」
「そのうちね」
その日、シルドラたちが戻ったのは地球時間にして六時間ほど後だった。結局全員処分の上、砦は全焼させたとのことである。全焼させる前に、砦に保管されていた金貨四十枚ほどといくつかのめぼしい武器を持ち帰ったのはさすがだ。
さらにその二日後、女王国からカルターナに向かっていた商隊が、カルターナまであと二日ほど、というあたりで盗賊の襲撃を受け、全滅した。この報せは、その三日後にカルターナに届いた。
女王国の商隊全滅の報せをギルドで確認して、ぼくはシルドラとリュミエラをともなって、麗竜邸に向かった。
「ジュゼッペに会いたいんだけど」
入り口近くを固めていた二人の冒険者に声をかけると、当然のことながら凄まれた。
「ガキが来るところじゃねえ。女を置いて帰れば、痛い目には……」
いい感じのテンプレだが、もちろんその男は全部を言えなかった。シルドラが問答無用でグーで殴り倒したからである。一発で相手を気絶させたシルドラは次に備えたが、そのときにはリュミエラがもうひとりの冒険者の喉に短剣を突きつけていた。
「おとなしく案内しないと痛い目にあいますよ?」
「わ、わかった。案内するからこれをどけてくれ」
「案内を終わってから考えてさしあげます」
少し初手の動きが派手すぎなかったかな。下手すると、こんなことをしている間に……。
「そこの人たち、仲間に失礼があったなら謝りますから、離してやってくれませんか?」
ふりむくと、二十歳ぐらいの実直そうな青年がいた。なんか、場違いな雰囲気なんだけど? もちろん、ぼくの存在をのぞけば、だが。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




