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7-13 待機

話は少し動きそうですが、英雄をプロデュースするほどの動きにできるか、考えあぐねているのか正直なところです。

 六の日を挟んで聖の日の昼頃、盗賊団壊滅の報にギルドが沸いた。


 ジュゼッペをリーダーとする冒険者六人は、前日に入った商隊全滅の報を受けて即座にカルターナを出発、盗賊団と遭遇してこれを殲滅した。ジュゼッペたちはさらに盗賊団の拠点を発見し、捜索の結果、ドルニエのギルドから派遣されて全滅した調査隊の冒険者のものと思われる、いくつかの遺品を発見した。


 ギルドは任務の完全達成を宣言し、ジュゼッペたちに報酬を支払ったが、ジュゼッペたちは被害が完全になくなったことを確認するため、もうしばらくカルターナに残るとギルドに伝えた。その献身はギルドに感銘を与え、これまでどこかうさんくさそうな目で見ていたドルニエの冒険者たちも、警戒心を解くに至った。




 例の盗賊事件のてんまつは、公式にはこんな感じだ。もう少し想定外があってもいいような気がするが、ほぼ事前に予想したとおりなので、笑ってしまったくらいだ。 


 うまいことに、ビットーリオたちがその六の日に戻ってきてくれた。これでアッピアの情報もきけるし、戦力がフルに戻った。ぼくが参加しなくても大丈夫だね。あくまで他力本願だ。ぼく、学生だし。




 アッピアの様子はある意味で予想どおりだった。香辛料の輸入が途絶えたことで食料の保存が厳しくなり、物価が上がって市民の生活は苦しくなり始めている。これから夏にかけてかなり危機的な状況になる可能性があるらしい。


 王宮はもちろん、女王国に対する警戒を高いレベルに維持しているようだが、商隊の被害はまだ届きはじめたところで、女王国の関与を疑う段階にはないようだ。むしろ街道の警備を強化しないドルニエへの不満が生じ始めているとのこと。予想どおりだね。




「べつに現王のアレクセイが悪政をしいているわけじゃないし、国民も王への不満はそんなにないんだけど、あの国は痩せた土地が多いうえに冬の気候が厳しいから農業力が弱い。国の舵取り自体が、いつも綱渡りになるんだ。だからもしドルニエへの不満があまりに高くなると、ドルニエとコトをかまえなければ収まりがつかなくなってしまうよ」


 これはエマニュエルのコメント。アッピアとの関係をそんなにのんびり捉えていてはいけないようだ。




「じゃあ予定どおり襲撃されようか? シルドラは今回は遊撃で、どこまで女王国の兵隊が襲撃に絡んでいるか、例の砦の反応を観察していてくれる?」


「わかったであります。手薄なようなら襲ってしまってもいいでありますか?」


 シルドラが期待に満ちた目でぼくを見た。


「今回はダメ。余計な警戒をさせたくない。たまたま盗賊団が逆襲を喰らって壊滅した、というかっこうにしなきゃ」


「がっかりであります」


 シルドラがほんとうにショボンとしていた。そんなに寂しそうにしてもダメだ。


「拷問は任せるからさ」


「ホントでありますか!? 頑張るでありますよ!」


 殺したり痛めつけたりすることが、根っからお好みらしい。ほどほどにね。そして、この矛先が自分に向かないように気をつけよう。




「ジュゼッペはどうするのですか? 金には汚いし人間的にもゲスな男ですが、Aランクになるだけあって強いですよ? 我々だと……全力のシルドラ姉さんが互角か少し上、という感じだと思います」


 ヨーゼフは少し心配そうだ。彼はジュゼッペについて、いくつか情報部ならではのネタを持っていた。利益相反を承知で二人の貴族から同時に依頼を受ける、とか、それを当事者の貴族の片方を殺すことで両方成功させてしまった、とか。シルドラはなんとなくやりたそうだ。


「べつにジュゼッペとやり合う気はないよ。だから彼らが仕事を一度やるまで待ってたんだもの」


「どういうことでありますか?」


 やりたそうだったシルドラは不思議そうな顔をしている。


「一度仕事したら、少し間を空けるだろうからね。盗賊だって際限なく調達してこられるわけじゃないし。だから今回はジュゼッペは絶対出てこないよ。ちょっと女王国との関係を揺さぶった上で、場合によっては接触しようかな、と思ってるんだ」


「なるほど、金に汚くてやり方を選ばないようなヤツなら、金で役に立ってくれることもある、と?」


 このあたり、ビットーリオはうまく頭を切り換えてくれる。話がしやすくなって助かるよ、変態だけど。


「問題はどうやってアッピアの商隊になるか、なんだけど……」


「それなら、たぶん問題ないよ」


 エマニュエルが自信ありげに言った。


「ぼくらの帰りの旅にアッピアの商人がひとり同行してきている。彼にちょっとアメをあげた上で脅しをかければ、女王国への往復くらいはさせられると思う。アッピアでは採れない種類の貝の燻製なんかをくれてやれば、脅しなしでもいけるかもしれないよ」


「行きに襲われるか帰りかはわからないけど、その辺は?」


「女王国に行くときに襲ってくれば、そのまま引き返してくればいい。アッピアでも売れる商品だからね」


「アメがそれでいいなら、任せるよ。脅しが必要ならシルドラを使って。費用はリュミエラにいってくれればいいから」


「了解」


 くーっ、最高だぜエマニュエル! こいつを手放すわけにはいかないな。はやく「観察者」へのアクセスを探り出さなきゃ。




 最終的に、ぼく以外の全員が商隊の馬車に乗りこむことになった。全員というのは、エマニュエルも含む、ということである。行きで襲われなければ、そのまま女王国に行けるから、というのが真意である。油断もスキもない。


 シルドラだけは、襲撃の気配を感じたら向こうの拠点近くに転移して状況を探る。あとは現場にて適宜対応。盗賊だけが相手であれば、もっとも困難なタスクはエマニュエルを守ること、という感じになるのではなかろうか。勝てないケンカはしないのがぼくの主義だ。勝ち続けて、はじめて僕の目的に近づけるんだからね。







「ローラは冒険者になってから盗賊とか狩った?」


あとの気がかりは、ローラがほんとうにうちのやり方になじんでくれるかどうかだ。


「そりゃあ、狩ったよ。じゃなきゃ、どうやって冒険者のランク上げるのさ?」


 まあ、そうだな。ほかに評価が一気に稼げる仕事なんてそうないし。「民に迷惑をかける盗賊を討伐!」なんてつもりでやってる冒険者なんているわけないし。


「みんなが助かるんだからやりがいあったよ」


 ここにいました。まあ、今回はそれでも何とかなるけど、そのうちキツくなるかもなぁ。




 プランを立てたらあとは「果報は寝て待て」が最近のぼくなわけだが、考えてみればよくこれでみんながついてきてくれているよね。タニアが絶対のシルドラと、報酬先払いのリュミエラ以外はいつ離れていってもおかしくない。ほんとうに寝て待っていたりしたら、「そして誰もいなくなった」が現実になってしまう。


 なので、ぼくは今できることをする。今できることは、アウグスト殿下のけいこ相手だ。殿下の信用を失ったら、外出に言い訳に困るからね。


「ダメです。そこで真正面から打ちこんではイネス姉の思うつぼです」


「し、しかしだな、体勢を崩した女子に死角から打ちこむのは……」


「それがダメなんですってば。真正面からイネス姉をたたき伏せるのは、フェリペ兄様くらいでないとムリです。だいたいそれじゃ、体勢を崩す意味がないじゃないですか?」


「むう」


 アウグスト殿下は第一回の交流行事では養成学校で五本の指に入っていたわけで、決して弱くない。ただ、剣が実直すぎるのだ。それでは、圧倒的な力量差がある相手にしか、実戦では勝てない。本来守る立場に立つはずのない皇族ならではの弱点だね。


「だいたい、そんな気を使ったあげくに負けてしまったら、それこそイネス姉に馬鹿にされてしまいますよ」


「そうだろうか?」


「イネス姉はアウグスト様に『引き分けられるようになれ』って言ってるんですよ。それは、アウグスト様にそういうところで一皮むけてほしいってコトです」


 ごめんなさい、アウグスト殿下。たぶんイネスはそこまで考えてません。


「そうか! わかったよ! もう一本頼む!」


 こんなコトを繰り返しながら、アウグスト殿下もだんだん勘どころをつかみつつある。もうしばらくしたら、一度イネスとやらせてみてもいいかもしれない。




 今日は午後の自習時間からアウグスト殿下のところに行っていたこともあり、夕方には学舎に戻ってきていた。殿下に夕食を勧められたが、今日は遠慮した。時間に間に合う限りは食事も学生としてとりたいからね。


内門を抜け寮に向かっていると、森の小屋から戻って来たらしいベアトリーチェと出くわした。


「アンリくん、出かけてたの?」


「ちょっとね。ベアトはまたジルのところ?」


「うん。ちょっと遅くなっちゃった。最近マイヤさんが、わたしがどこかに消えるのを気にしてるの。ごまかすのが大変」


 たぶんマイヤは知ってるよ。気にしてるのは、ぼくがベアトリーチェによからぬ目的で近づいてないか、だと思う。


「彼女もベアトが心配なんだよ。どうしても困ったら、話してあげてもいいと思うよ。彼女なら、言いふらしたりはしないだろうし」


 なにかほかの悪影響はあるかもしれないけどね。主にぼくに。


「アンリくんに迷惑かけたくないし、もう少しごまかしてみる。ザカリアス様にも、セバスチャンにも、もうすぐ専門課程の人たちに追いつけるって言われたの。そうしたら、一人でも頑張れると思うし」


 すげえな、ベアトリーチェ。サラッと言ってるけど、あの二人にそういわせるのは学生レベルじゃ行くとこまで行った、ってコトだぞ?


「それに秘密は知ってる人が少ないほど楽しいし。じゃ、おやすみなさい、また明日!」


 そう言ってベアトリーチェは早足で女子寮のほうに去って行った。


「アンリくん、ですか。先日はよくもやってくださいましたね」


「出たあっ!」


 言わずと知れたマイヤだった。驚くけど驚かない。そんな妙な状態になっている。




「知ってたんだろ、ベアトリーチェさんがどこに行ってるか?」


「もちろん存じておりました。あのスケベジジイのところにかようなど、何度お止めしようと思ったか」


 そこはすでに見抜いていたか。


「知っていますか、アンリさん? ベアトリーチェ様をベアトと呼ぶのは、ニスケス侯爵と二人のお兄様だけなのです」


「ぼくも気にはしてるよ? でも、ベアトって呼ばないと話をしてくれないし……」


「わたしとしては、話すのをやめる、という選択肢も検討してほしかったのですが、これもベアトリーチェ様が悲しまれますし、難しいところです」


「だろ?」


「まあいいでしょう。ですが、ベアトリーチェ様を悲しませるようなことは、くれぐれもなさいませんよう。この間お目にかかったローラ様の頭も、ずいぶんとアンリ様が占めていたようですし」


 こいつ、ローラにも同調したのか。


「女には興味ないんじゃ?」


「あの方は別です。はじめて女性で本を書けそうな気がいたしました」


 なんなんだ、こいつ? とてつもなくヤバそうな気がするのはいつものことだが、それとは別に、今日はなにかが少しだけ引っかかる。


「それではおやすみなさいませ」


 考えこんでいるうちに、マイヤはさっさと女子寮のほうに去って行ってしまった。


 一度マイヤとはじっくり話をしなければならない。なのに、彼女に完全にペースを握られて思ったような会話ができない。うーん、どうしたもんかな。

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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