7-12 女王国の狙い
直接このページにこられた方にお願いがあります。前話7-11の末尾に七百字ほど加筆しました。これは、ボクっ娘をこの7-12以降すべてローラとし、ローリエとしての存在を終わらせるため、やむなく行いました。お詫び申し上げるとともに、どうか一話前の加筆部分からお読みいただけますよう、お願いいたします。
「とりあえずローラの力を知らなきゃね」
「どうするのさ? 仕合ってみるの? ぼくはかまわないけど」
「冗談じゃないよ。近衛にスカウトされた学校創設以降指折りの天才相手に勝負になるわけないじゃん」
「誰がそんなこと!?」
「アウグスト殿下。華のある騎士だったのに、って惜しんでたよ。完治は望めないんだって?」
「うう、やめてよ。恥ずかしいよぉ……」
ローラは机に顔を伏せた。
「エランの店に行こうよ」
「え? でもあの人はぼくに売ってくれないよ?」
「あれはローラの生き方が定まってなかったからだろ? それに売ってもらえなかったのはローラじゃなくてローリエじゃん」
「それはそうだけど……」
「いまは騎士も辞めたし女だし、きっといけるよ」
そう言ってぼくは、ローラを引きずるようにしてエランの店に向かった。
「これだな」
エランはぼくらが店に入るとすぐに奥に引っ込んで、一本の剣を持って戻ってきた。鞘から抜いてみると、細身の片刃剣だった。ぼくが愛用していたヤツよりはだいぶ長い。
ローラはおそるおそるそれを受けとると、柄の握りごこちを確かめ、少し離れたところで軽く振ってみたり、クルクル剣を回してみたりした。そうしているうちに目が輝いてきている。やっぱ剣の扱いすげえな。軽く振ったときの剣先のスピードがパナイ。
「すごい! はじめは少し重いかなって思ったんだけど、すぐに感じなくなったよ。身体が剣になじむっていうのかな」
「それなら動きながらでも止まっているときと同じように振れるだろ」
「でも、前に来たときはなにも勧めてくれなかったのに、どうして?」
「剣をどう振るかが決まってないヤツになにを勧めろってんだ?」
「そっか、そうだね。あ、でもお金ない……」
どこかで必ず残念になる子だな。ローリエのときからこうだったっけ?
「ローリエへのお見舞いだ。ぼくが出すよ。せっかくのエランのお勧めの剣だもんね」
「ほんとかい!? 嬉しい!! ありがとう! 大好きだよ!」
抱きついてきやがった。現金なヤツだ。しかし……ローラの弱点は胸部装甲の薄さだと思っていたのだが、それなりにあるじゃないか。ちょっとドキドキしちゃうぞ?
エランの店を出たローラの足取りはとても軽かった。手に入れたばかりの剣に頬ずりせんばかりの勢いだ。
「じゃあ、今日はぼくは引き上げるから。明日は夕方に合流するから、シルドラに迎えに来るように言っておいてくれる?」
「ああ、うん、気をつけてね」
こいつ、聞いてない。目には手に入れたばかりの剣しか入ってない。ぼくは夢見心地でふわふわ歩きつづけるローラを放置して学舎に戻った。
「あれは盗賊じゃないであります。ひょっとしたら盗賊はべつに用意しているかもしれないでありますが、少なくともできあがっている拠点は、盗賊のねぐらというよりは小さな砦といっていい感じでありますよ」
「一人、王宮で見たおぼえのある男がいました。王宮情報部が絡んでいることは間違いないと思います」
ローザを連れていった意味はそれなりにあったようだ。
「そこに女王国が軍事拠点を作るとして、何の意味があるかな? 自分の国とドルニエの交易を邪魔するぐらいしかやることないんじゃない?」
「これまでに襲われた商隊は十一です。そのうちふたつがカルターナ発、残りがカルターナ行きの商隊ですね。カルターナ行きの商隊の九つのうち七つがアッピアの商人のものです。残りは二つがドルニエ、二つがギエルダニアの商隊でした」
リュミエラのくれたデータは、盗賊とやらがランダムに商隊を襲っているわけではないことを、かなりはっきり示している。
アッピアではコショウがとれない。だから、ドルニエから輸入している。だが手持ちの貴金属や貨幣が少ないアッピアは、海産物を女王国に輸出し、その代金でコショウを買う。商隊はアッピアから女王国経由でドルニエ入りし、アッピアに帰る。そこを狙われているわけだ。
「アッピア以外の四つの商隊は、隠蔽でありますな」
「前にヨーゼフが言っていたボルダンのゴタゴタや、エマニュエルがバルデからきいてきた自白剤の話は、たぶん同じ根っこだね。一つ一つはそう大きな話じゃなくて本格的に乗り出すほどじゃない。けど、いくつか重なると真綿で首を絞めるように効いてくるってか。しかも、この商隊の件に関しては、まずドルニエが責められる」
「ローザさん、五年前の一件、王宮が主導だったんですか?」
緩んだ顔で剣を撫でていたローラがふと顔を上げてローザにたずねた。
「ローザ、でけっこうですよ。第三王女のシャナ殿下が大枠を考えられました」
「アンリ、まわりくどさが似てると思わない?」
おお、目の付けどころがいいな。ここは追求すべきところだろう。
「ローザ、そのシャナ王女ってどんな人?」
「五年前はまだ十三歳でしたが、姉君お二人がそれぞれに騎士団を率いる武闘派だったのに比べ、魔法や歴史の研究を好むお方で、よく研究室にこもっておられました。大枠、と言いましたけど、大まかな流れを書いた紙を侍女経由で情報部長に渡し、あとは情報部が主体で詰めたものです」
絵に描いたようなひきこもりだ。コミュ障もわずらっているに違いない。
「ちなみに、その王女に直接会えるのって王宮に何人くらいいるの?」
ぼくの読みでは、侍女以外にせいぜい二人か三人じゃないかな。
「五年前の話ですが、なぜか第二王女のブリギット殿下だけはふつうにお会いになっていました。そのほかの方については記憶にありません」
もっとひどかった。症状が改善している状況が全然想像できないので、いまもそんなものなんだろう。
ただ、そんな子が他国との関係を左右する行動の計画を立て、王宮がそれに従うわけだ。少し興味がわく。地球にも、自宅警備員のまま世界を征服する妄想を巡らすヤツがいたものだ。第三王女にはその構想、または妄想を実現する手段がある。そろそろ女王国の最新の情報も集めはじめるべきだろうな。ただ、今回については……。
「もし今回も同じように発案がその第三王女であれば、構想が大きくても詰めは甘々である可能性が高いと思うんだ」
ぼくの言葉にローザががっくりと頭を垂れたが、これはしょうがないだろう。二重の意味で残念すぎる。しっかりした指揮官を置かない感覚も、そういう計画の実施を許可してしまう体制も。
「リュミエラは、ジュゼッペについてなにか収穫あった?」
「はい。ジュゼッペは五人の冒険者を女王国から連れてきています。ランクはCが三名とDが二名。支援要員として女性を三名ともなっていますが、その役割はご想像ください。そのほかにカルターノで新たに頭数を増やした様子はありません。街の中央にある麗龍邸に宿泊していますが、ほとんど外に出ていないようです」
麗龍邸は、カルターナの最高級の宿屋のひとつだ。ランクAの冒険者なら金回りは悪くないだろうが、同行者が計八名。すべて同じ宿に泊まっているというのは、いささか豪勢に過ぎる気がする。CやDの冒険者なら、自腹で何日も泊まるのはムリだ。
「ローザ、ジュゼッペという冒険者は仲間に優しいタイプかな?」
「申しわけありませんが、あまりわたしは冒険者の世界に詳しくありませんので……。ただ、金にならない仕事には見向きもしないという評判は聞いたことがあります」
それだけわかれば十分だ。金に汚いヤツが仲間のために贅沢な宿に泊まるための金は出さない。金はすべて王宮から出ているにちがいない。そして支援要員の女性三人はみんなジュゼッペ専用だろうな。したがって、ジュゼッペくんがゲス野郎である可能性はかなり高い。
「ギルドには毎日仲間のだれかが出向いて、最新情報を求めていくとのことですが、これはほかの冒険者に対する牽制と見たほうがいいでしょう。ディノさんなどは、毎日何らかの形で居場所を探られているようです。シルドラさんやわたくしの様子もいろんな人がきかれているらしいです」
二人ともBランクでディノさんと同格だからな。
「ジュゼッペ某はドルニエのギルドににらみをきかせるために来た、ということでありますな」
ドルニエの冒険者を排除して仕事をかすめ取っている以上、何もしないわけにはいかない。もうひとつかふたつ被害が出れば動くだろう。それはおそらく、商隊を襲わせている盗賊を自ら討伐する、という形でだ。切り捨てるとも言う。動くとしてもそのあとだな。ビットーリオたちがそれまでに帰ってくればもっといい。
「アッピアには、せいぜい一つか二つの商隊が襲われたというところまでしか情報は入ってないと思う。だからいますぐ何かがおこる、ということはないんじゃないかな。次の襲撃があったときにジュゼッペたちがどう動くか見ようよ。ぼくは、その盗賊を皆殺しにして帰ってくると思う」
「そのとおりに運んだとして、どうなさいますか?」
「ビットーリオたちの話を聞けたら聞いてみたい。その上で、とりあえずどこかでアッピアの商隊にまぎれ込んでみようと思う。きっと新手の盗賊が出てくるよ」
「わざわざ襲われに行くの?」
ローラが目を見開いている。さすがに剣から注意が離れているな。
「そうだけど、なにか?」
「なんのために?」
「襲ってきた盗賊を逆にとっ捕まえる。その上で自分たちの運命を教えてあげて、情報が取れたら取る。場合によっては抱き込んで女王国の商隊を襲わせる」
「やられたらやり返す、とか?」
ローラはまだ、ここのやり方に慣れていないからしょうがないか。
「べつにぼくとしてはどこの商隊がどこでいつ襲われても興味はないんだ。ただ、これがアッピアを干上げるのと、アッピアとドルニエの関係を悪化させることの両方を狙っているなら、女王国がアッピアに仕掛けるのはもうすぐ、ということになる。それは困るから、もう少し待ってもらおうとしてるんだよ。女王国の商隊が襲われれば、王宮とジュゼッペの間にも亀裂が入るだろうしね」
「ああ、前もそんなことを言ってたね」
腑に落ちたのか落ちないのか、よくわからない表情だな。
「ローラさん、アンリ様のやり方に納得するものだけがここにいます。納得できないときは、どうか立ち去ってください」
リュミエラがぼくのそばに立ち、肩に手をおきながらそう言った。ローラの顔が少し紅潮する。
「そ、そういうわけじゃないよ! まだわからないこともあるからきいただけ! アンリには従うよ! それよりさ、な、なんとなくいやらしいから、手を離したら!?」
わざと扇情的に動いてローラを刺激していたであろうリュミエラは、ニッコリと笑いながら手を離して席に戻った。彼女がどんどんしたたかになっていく。ちょっとだけ怖い。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




