7-10 進路
進路って大事ですよね。時間をかけてじっくり考えなければいけません。
「アンリよ、あのマイヤという娘じゃが、どこかおかしいぞ」
ある放課後、ジルの小屋を訪ねてお茶をごちそうになっているとき、彼がさりげなく切り出した。今日もベアトリーチェは来ているが、いまはセバスチャンと剣術の鍛錬中だ。魔法もだが、剣術もかなりスジはいいらしい。さすがパーフェクトガール。
「なんとなくおかしいのはぼくも感じてたし、だからお願いしたんだけど、ジルが感じたのはどんなところ?」
「同調は魔法ではない、と前に言ったじゃろ? その能力を獲得したものは、自身の魔力のうち必要な部分を、同調専用に作り替えるんじゃが、この部分はもう魔法には使えんようになる。同調に必要な魔力は多いでな、相当の魔力を持っとるものでも、同調能力を獲得してしまえば、魔法に使う魔力はあまり残らんのじゃ」
なかなか不便な能力だな。それを使えるようになると、魔法使いとして大成できなくなるってことか。
「じゃが、あの娘は魔法の実技で大魔法使い級の魔力量を見せおった。ありえないとまではいわんが、滅多にお目にはかかれんくらいのな。そのうえでほんとうに同調を使えるなら、もともと持っとる魔力量は、それこそありえない水準じゃ」
「それひょっとして大変なことじゃない? ほんとうに使えるならって、使うところは見てないの?」
「とんでもないことじゃよ。同調を使わせようと思ったんじゃが、ジジイに同調する趣味はないとか言いおった。ほんとうに失礼な娘じゃ」
だめだこりゃ。これ以上はジルには頼れそうもない。この様子では、マイヤはけっしてジルとの距離を縮めないだろう。慕って頼ってくるなど、夢のまた夢だ。マイヤの異常性が確認できただけでよしとしよう。あ、別の異常性は確認済みだけどね。
「同調を使われた時って、わかるのかな?」
知らないうちに勝手に同調を使われて考えを読まれるのはおもしろくない。しかもあいつは間違いなくそれをしている。
「慣れれば、ほんのちょっとした違和感を感じるんじゃがな。説明は難しいのぉ」
「知りあいに誰か、使える人はいない? 何度か使ってみてもらえば、感じ取れるかも」
「おらんことはないが、今どこにいるかは知らん。いつもフラフラしておるでの。ドルニエにおるかどうかもわからんよ」
「その人がつかまれば、頼めるかな?」
「気まぐれなやつじゃて、言ってみんとわからんな。見かけたら紹介だけはしてやるわい」
「助かるよ、ありがとう!」
「リシャールはいいよな。ほっといても就職先が向こうから寄ってくるもんな」
その夜、寮の食堂でいつもの四人で夕食を取っていると、マルコが突然天を仰ぎながらうめくように言った。
なんでも、騎士課程では今日、卒業後の進路希望について調査が行われたそうだ。まだ卒業まで三年近くあるというのに、気の早いことだと思うのだが、自分の力と就職先の折り合いをつけるためには、けっこう時間をかけた調整が必要なんだそうだ。
「関係ないよ。ぼくは近衛以外考えてない」
最近のリシャールは、ヘンに謙遜したりせずに自分の実力を正当に評価した発言をする。ぼくはそこに非常に好感を持っているのだ。リシャールは、同じ学年の時のフェリペ兄様と比べてもけっして見劣りしない。ということは、むこうからスカウトが来るレベルだということだ。
「ぼくは魔法局かなぁ。アンリのお兄さんも魔法局に行ったよね? 今度話を聞かせてくれるよう、お願いしてもらえるかな?」
「いいよ。ジョルジュ兄様だけでいいの? 誰か上の人を紹介してもらうように頼んでもいいよ?」
「い、いいよ。いきなりそんなえらい人に話を聞いても、地に足をつけて考えられないし」
「マルコはどうするんだ? 今日の調査では未定になってたと思うけど?」
リシャールが咀嚼していた肉を飲み込んで言った。うん、シルドラよりも食事中の話し方が上品だ。
「うーん、家は兄貴が継ぐし、自由にしていいって言われてるんだよな。普通に考えればどっかの騎士団にもぐり込むんだろうけどさ、それもおもしろくないじゃん? いろいろ迷ってんだよ」
「いろいろって? 騎士団以外を志望してるやつなんて見ないぞ?」
まあ、騎士課程にいる以上、騎士になるための鍛錬をしているわけだし、騎士になりたいから騎士課程に行くんだろうしな。
「情報局なんかどうかな?」
マルコ、おまえにはムリだ。鉄砲玉にされるのがオチだぞ、ヨーゼフみたいに。
「な、なんかマルコのイメージと少し違うかな? ほかにも考えは?」
ルカがいっしょうけんめい違う方向にマルコを導こうとしている。友人おもいなやつだ。マルコ、この言葉を重く受け止めろ。
「あとは、そうだな……傭兵団?」
「マルコ、傭兵を甘く見てるだろ? もうちょっと考えた方がいいぞ?」
たまらず口を挟んでしまった。当然バックファイヤが来る。
「そういうアンリはどうなんだよ? おまえの将来の話なんて、聞いたことないぞ?」
「そういえばそうだな。ぼくも聞いたことがない」
リシャールもこちらに関心を向けてきた。
「聞いたことあるわけないじゃん。話したことないもの」
「じゃあここで話してみろ。しっかりきいてやる」
「考えてない」
「「おまえがいちばんダメじゃないか!」」
ハモられてしまった。
将来の話なんかしたので、ちょっと自分でも考えてみた。正直、卒業後どう動き回ろうか、ということばかり考えていたので、進路とかまったく考えていなかった。
ロベールやマリエールはぼくがどういう道を選んでも応援してくれるだろうが、ニートだけは別だろう。厳しく真意を問い詰められるに違いない。カトリーヌ姉様も嫁ぎ先から飛んできてぼくを詰問するだろうし、イネスには問答無用でぶん殴られそうだ。フェリペ兄様は「父様に恥をかかせるな」とひとことだけ言うだろう。
ロベールは近く侯爵に任ぜられそうだといううわさを聞いた。現在は王の直轄軍全体の軍政を司っている。三男という気楽な身分とはいえ、その身内がニートというのは確かに聞こえがよくない。おそらく、実家に連れ戻されて領軍騎士団に放り込まれる。そこにはイネスがいる。ダメだ。それにカルターノは離れたくないのだ。日常に入ってくる情報量が違う。
そんなことを考えながらシルドラといっしょに拠点の応接間に入ると、ローリエが幸せそうにドルニエ風の饅頭もどきをほおばっていた。ちなみにこれは、餡子とは微妙に違うがいい感じの甘いあんが入っていて、確かにうまい。
「ローラ」
反応がない。饅頭をもう一個手に取った。
「ローラ!」
やはり反応がない。手に取った次の一個にかかろうとして口を大きく開けた。
「ローラッ!!」
「はい!」
ローリエは饅頭を口もとに持ったままこっちに顔を向けた。どうやら、自分の名前がローラだという自覚がまだあまりできていないようだ。
精悍な雰囲気を持つボーイッシュ美少女のそういう間抜けな様子は、ゲームなどでみる限りはたしかに萌える。だが、自分がその場面の当事者になってみると、困惑するだけだということを知った。
「聞いたよ。ローリエの病気は大丈夫なの?」
「え? ぼく病気なんか……」
そこでローリエが固まる。うっすら想像していたとおりの反応だった。気まずい沈黙が流れる。
「えーと、ローリエだよね、うん。な、なんとなく落ちついてるみたいだよ?」
ローリエ、偽名を使うなら、自分自身でもっと覚悟を決めような?
「ローラ、この一週間とくに何ごともなかったけど、お試し期間を終わりにして正式採用にしようと思うんだ」
三人の気まずい場の雰囲気をなんとか処理して、みんながそろったところで言った。
「え、ほんとかい? やった!!」
みんなにもとくに異論はないようだ。もともとお試しの必要すらない人材だし、ああいう形で切れたと思っていたローリエとの縁が、ローリエ自身の意思で戻ってしまった以上、もう逃げるわけにはいかないからね。
「だから、いままで一日銀貨二枚渡していたけど、明日からは、それはなしね」
「え、どういうこと!?」
「だって、ほかのみんなもそうだよ? 稼ぎは一括してリュミエラが管理してる。食費や、皆で行動する上で必要なものはそこから出す。宿代はかからない。そのほかは、必要に応じてひとりひとりが稼いでいるんだ。ローラだけ特別あつかいはできないよ」
シルドラ、リュミエラ、ローザはそれぞれに頷いてみせる。ローリエの顔ははっきりとこわばっている。
「え、でも、それは困る……もう全部使っちゃったし……」
七日だから銀貨十四枚をか!? ローリエ、お金の使い方は、先を見て計画的にね?
「でも、アンリ……さんは? 稼ぐ時間ないだろ?」
「ぼくはまだ学生だもの。家からお小遣いもらってるよ」
「ずるいよ! つ、都合のいいときだけ学生にならないでよ!」
「そういう条件でダメなら、残念だけど」
「あ、わ、わかったよ! いいから、それでいいから!」
ローリエは泣きそうだ。ちょっといじめすぎたかな。
「卒業後でありますか。たしかにちょっと迷うところでありますな」
「時間の制約の多い仕事はアンリ様にとっては難しいですからね。普通に思いつく職業は難しいかもしれません」
シルドラとリュミエラはそれなりに真面目に考えてくれているようだ。
「わたしが近衛に任官されたときには、親はほんとうに喜んでくれました。だというのにわたしは……」
ローザは自分の身の上に思いをはせて落ち込んでいる。ちなみに、ローリエはふくれてそっぽを向いている。
「近衛はもうぼくらの代はリシャールに決まったようなものだし、ほかの数字つき騎士団も騎士課程で実績のあるやつを取るだろうから、騎士のメはそもそもないよね。行政官だと、ぼくの成績だと財務局、国土局はない。外務局や情報局ならなんとか、というところだね」
どれにしても、時間の融通はまったく利かない。若手のうちは朝から晩まで右に左にこき使われる。
「研究者の助手、というあたりがもっとも時間の融通が利くとは思います。ザカリアス先生にお願いするのが一番簡単でしょうが、魔法課程でもないアンリ様が、というのは周囲も不思議に思うでしょうね」
しまったな、そこまで考えて進路を選択すべきだったか。
「同じような形ですと、バルデのところ、というのも可能性のひとつだと思うであります。ですが、あまり借りを作るのもどうかと感じるでありますよ」
だよね。よほどのことがない限り、裏の商売とはほどよい距離を保つべきだし。
「あとは、誰か高位貴族のお抱え、というのがありますね。伯爵家以上になれば、自前でいろいろ人材を求める方もおられます。ですが、よほどアンリ様の事情をよくわかってくださる方でないと、いろいろ問題が起きるでしょう」
結局はバルデと同じだ。一方的に世話になるわけにはいかない。持ちつ持たれつがうまい形で成立する相手でないといけない。
「自分で店をつくる、とかは? それか、ギルドと被るけど、人材派遣とか」
気持ちが落ちついたらしいローリエが新しいアイデアを出してくれた。まったく頭になかったが、ぼくの目的のためにはいちばん便利な考え方だ。
「そっか、それもひとつの手だね。すごいよ、ありがとうローラ!」
「え、そう? えへへ……」
ただ、うまいアイデアではあるのだが、それにしても重要な点が実は抜けている。なにを商売のネタにするかとか、自分で店を切り回す能力も経験もないぼくを誰が支えてくれるか、ということだ。人材派遣にしても、表だってそれをやればデメリットも出てくるだろう。
学舎の残りの三年弱、人材集めを加速することだけを考えていたけど、どうやらそういうわけにはいかないようだ。仕事は自分のカバーに過ぎないけど、それだけに難しいということを認識してしまった。ああ、頭が痛い。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




