7-9 ローラ
この三年間にローリエに何があったのでしょう。
もうちょっと再登場を待とうかと思ったのですが、人手不足を機に出しちゃいました。
「人手が足りないならぼくを雇ってくれない? 役には立つと思うよ」
うん、きわめてハイレベルのボクっ娘だ。でも……ローリエだよな?
「ええと……」
「あ、自己紹介するね。ぼくはローラ。ランクCの冒険者だよ」
おかしい。ローラはありがちな偽名としても、ローリエは今年騎士養成学校の七回生のはずだ。それに目の前の少女は女性であることを隠そうとしていない。何かの趣向なのか?
「ああ、よろしく……。それで……どうして急にぼくに雇ってくれなんて?」
「旅をしててね。十日ほど前にカルターナに着いたんだけど、しばらく滞在しようかなって思ったんだ。手持ちがちょっと厳しくなりそうだな、と思ったところにきみの声が聞こえてきてね」
うん、これがローリエで間違いないとしたら、その話も創作だね。
ぼくはビットーリオを見た。彼もなんとなく気づいているらしく、肩をすくめて見せた。どうするかはぼくに任せる、ということらしい。
このままにしておいても、それはそれで面白そうではあるんだけど、ちょっと気の毒な気もする。それに、このまま引っ張ってしまうと引くに引けなくなって、お互いにいたたまれない気持ちになる可能性もある。
「なにしてるの、ローリエ?」
「えッ……!! い、いやっ、よく言われるんだけどっ、ぼくはローリエの……血のつながらない腹違いの姉でっ! 他人から見るとすごく似てるらしいねっ!?」
ダラダラと汗をかき始めたローリエだが、どうやらあくまで続けるつもりらしい。こんな残念なところのあるヤツだったっけ? それに腹違いなら血はつながってるぞ?
とりあえず、こちらとしては助けの手はさしのべたので、これ以上はどうしようもない。あくまで続けるなら、つきあうしかないな。腕前はじゅうぶんだろうし、助かると言えば助かるんだ。
「そ、そうだったんだ。それなら、全然知らない人を雇うよりも信用できるかなっ? とりあえず、えっと、お試しってことで十日ほど……様子をみようかなっ」
ぼくもしどろもどろになってしまった。ええくそ、やりにくいな。ビットーリオは完全にそっぽを向いていた。横顔は「知ーらない」と雄弁に語っている。
「うん、それでお願い! それでさ、あの、宿代が心許ないんだけど……」
これはどっちなんだろう? シャバネル伯爵家がそんなにお金に困っているとは思えないが、なにか事情があるのだろうか?
「そ、それは大変だね。とりあえずほかの仲間と顔合わせするから、宿の話はそのときにまた……」
ローリエは、「えーっ?!」という顔をした。どうやら、完全にぼくらのところに転がりこむつもりだったらしい。いや、あくまでローラだと言い張るなら、すぐに「じゃあ宿はまかせて」とは言えないでしょうが。見知らぬ他人なんだから。
ローリエ、いや、ローラを拠点に連れていってシルドラやリュミエラに面通しをすると、果たして彼女たちも微妙な表情を浮かべた。ローザとヨーゼフは状況がよくわかっていないようだ。
人手不足を埋めるために彼女を雇うことも、宿を提供することにも異論は出なかった。そこにいるすべての関係者が、ローラがローリエであることを確信しているのだから当然だ。十日間のお試し期間、宿の提供プラス一日にドルニエ銀貨二枚で雇うことになった。ちなみに銀貨一枚は感覚的に日本の一万円くらいかな。
ただ、「異論が出ない」と「疑問が出ない」は、当然ながら同義ではない。
ローリエが足取りも軽く与えられた部屋にむかうと、ぼくらはすぐに声を潜めて話し始めた。
「どういうことでありますか?」
「知らないよ! 居酒屋でいきなり声をかけてきたんだ。人手不足なら雇ってくれって」
「アンリくんは、彼女が誰だか自分にはわかっている、ということを伝えたんだけどね。彼女はあくまで自分がローリエくんではないと言いはったんだ。ちょっとぼくにもどうにもできなかったね」
一瞬その場が静まりかえり、その沈黙をリュミエラが破った。
「ローリエさんは三年前にアンリ様に突き放されたというか、扉を目の前で閉じられたというか、とにかく親しい関係の継続を拒否されています」
あの、リュミエラさん、少しはオブラートに包んでくれるとうれしいな?
「わたくしは想像するしかないんですが、彼女は、ローリエ・シャバネルである限りアンリ様は決して自分を受けいれない、と思ったのではないでしょうか」
「だからローラ? 直球にもほどがあるだろ! どんだけ素直なんだよ、ローリエ!?」
「素直というより、まっすぐをこじらせたと言ったほうがよさそうであります」
ぼくらはいっせいに深いため息をついた。
ただ、ローリエがいろいろこじらせたとしても、彼女が学生であるはずなのに、ランクつきの冒険者として、しかも女として現れたという不可解な事実は変わらない。アウグスト殿下がうちの実家から戻ってきたら少し探りを入れてみよう。なにか知っているかもしれない。
結局、バルデの商隊にはビットーリオとヨーゼフが護衛として同行することになった。そして、商隊のゲストとしてエマニュエルも行く。それで護衛の報酬は三人分払ってくれるらしい。おいしい話だ。
「アッピアから商品の打診が以前からあったらしいよ。ただ、条件に合う商品がないのでそのままになっていたんだって」
翌日の夜、エマニュエルがバルデとの話を報告してきた。
「条件に合う商品って?」
「自白剤っていえばいいのかな。尋問なんかに使いたいらしい。もちろん、投与すれば自白、なんて魔法みたいな薬はないけど、集中力をそいで尋問への抵抗力を落とすことはできる。ちなみに、洗脳にも使えるよ。それを話したらグイグイ乗ってきた」
裏だ。裏すぎる。
「それはそうと、ヨーゼフさんの代役に雇ったローラさんもあそこに住むの? そろそろ狭くない? ヨーゼフさんやローザさんも、そろそろなんとかしてあげた方がいいよ?」
エマニュエルだけは、これまでローリエと特段の接点がなかったんだよね。彼女にもふつうに接している。一番自然に「ローラ」と呼んでいるのは彼だ。
「物件をあれこれ選んでるときりがなくてさ。あそこを決めるのも、けっこう手間かかったんだ。それに子供だとなかなか相手にしてくれなくて」
「寝る場所と食事は大事だよ。それで不満の七、八割は消えて飛ぶからね。隣にわりと大きい家が空き家になってるじゃない。実験室をもらっていいなら、ぼくが買っちゃってもいいよ? さっきの薬を権利ごとバルデさんに売ったら、たぶんおつりが来る」
そうか、アゴ・アシ・マクラは大事だというしな。
「えらく太っ腹だね。ありがたいけど、いいのかい?」
「この歳になると金への執着なんてないからね。ぼくを退屈させないようにしてくれればいいさ。あと、二年後からきみが住む家も買っておいた方がいいよ」
「いまの拠点に移ろうと思ってたんだけど?」
「きみが影の存在になろうとするなら、生活の本拠は分けたほうがいいよ。伯爵家の屋敷のほうがまだましだね。えたいの知れない集団と一緒に生活しているってことになると、だれかの記憶に残る。アッピアから戻ったら見つくろっておくよ」
タニアに説教されているみたいだ。ぐうの音も出ない。これは年の功といって片づけちゃいけないな。勉強させてもらおう。
エマニュエルは三日後の出発までにバルデをとおして隣の家を買ってしまった。読みのとおり、かなりおつりが来たらしい。そのおつりもぼくに預け、自分の使う部屋を決めた上で「あとは勝手にやって」と言い残して旅立っていった。商家の出ということもあるのだろうが、とにかく動きが速い。どこか様式美にこだわってしまう貴族とは少し違う。実によい人材を手に入れたね。
ちなみにその効果もてきめんだった。ローザにその家に住むようにすすめると、泣いて喜んでいた。「どこまでもついて行きます」だそうだ。
バルデの一行がアッピアに向かった六の日、入れ替わるようにフェリペ兄様とアウグスト殿下がカルターナに戻ってきた。カトリーヌ姉様はもう少し領地にとどまるらしい。そして、ロベールやシャルロット様とともに、こんどはウォルシュ侯爵の領地の屋敷に向かうそうだ。跡取りの顔見せって、ホントに大変だね。
「アウグスト様、以前引き合わせてもらったローリエさんは、いまどうしてます?」
「ん? 懐かしい名前だね。彼も非常に残念なことになってしまったね」
「え? なにか彼にあったんですか?」
「うむ、なにせ騎士養成学校の歴史でも指折りの天才児といわれた男のことだからね、ぼくの耳にも聞こえてきたよ。彼は学校始まってはじめて二度の飛び級をしてね、一昨年に卒業、その後近衛騎士団に任官されたんだ」
やっぱり凄えな。というか、あのあともどんどん凄くなっていったんだな。なのにそれを感じさせない、いまの残念さはなんだ?
「だが、任官一年ほどで健康を損ねてね。惜しまれたが近衛騎士団を辞して家督を返上し、いまはシャバネル伯爵家ゆかりの場所で療養生活を送っているときくよ」
「え? 家督を返上って、シャバネル伯爵家にほかに男子は……」
「よく知っているね。シャバネル伯爵は三年ほど前に側室をとられたが、その側室が男児を産んだのだよ。だからいまはその二歳になる男児が伯爵家を継ぐことになっている。ローリエくんは華のある騎士だったから、ほんとうに残念だよ」
ぼくはなんとなく理解した。すべてはローリエの筋書きどおりなのだろう。
シャバネル伯爵はローリエにずっと申し訳ないと感じていた。だから、彼が自分の都合でローリエを廃して、長男を跡継ぎに据えたはずはない。ローリエは、不自然に見えない形で弟に家督を譲れるように立ち回ったんだ。途中で道を外れて不審に思われないよう、できるだけ早く騎士になり、そして「病気になって」騎士をやめて家督を返上する。周囲は惜しむだろうが、同時にやむを得ないと思うだろう。
そしてローリエは女の子に戻り、小さいころからの夢のとおり、旅に出たんだ。
「そうだったんですか……。早く体調がもとに戻るといいですね」
「完全な回復は望めないときくが、あれだけの逸材だ。活躍する場はいくらでもあるだろうね」
なんとなく、ローリエがローリエのままで嬉しかった。ローラとしての彼女はかなり残念だが、それでも彼女のやってきたことは凄い。素直にそう思う。
「それはそうと、イネス姉様のほうはいかがでしたか?」
「お、おう……、あまり進展があったとは言えんのだ。条件は出してくれたが、とても実現不可能な条件でね」
「というと?」
「一度でも彼女と剣の勝負で引き分けられれば、真剣に考えてくれるそうだ」
あれ、勝てば、じゃないのか? 意外とイネスもその気なのかもしれないな。ともあれ、いい情報をくれたアウグスト様に少しお礼をしなければ。
「アウグスト様、どうするおつもりですか?」
「妙案はない。フェリペくんに鍛錬につきあってもらうことにはなっているが、彼も忙しいしな」
「ぼくがつきあいますよ。兄様にきいてもらえばわかると思いますが、引き分けるための剣ならば、たぶんぼくの方が上です」
「なに、ほんとうか? 助かるよ、アンリくん。是非お願いする!」
アウグスト様は深々と頭を下げた。皇族なのにためらわずに頭を下げられるこの人、ぼくは嫌いじゃない。二人でイネスをあっと言わせましょう。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




