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7-8  人繰り

話を前に進めるための種まきの段階が今であるつもりです。

種まきが目的になってしまわないように、自分に言い聞かせてます。

「アンリさん、なんかスッキリした顔をされてますね」


 ちょっとした事件があった六の日の夜から明けた聖の日、街のカフェでマイヤのおごりでルカ、リシャールと昼食をいただいていたのだが、突然妙なことをマイヤが言った。いや、前世的にはよく言われることで、心当たりもありすぎるぐらいあるのだが、それをなぜマイヤが言い出すのか?


「ど、どういうことかな、マイヤさん?」


「いえ、アンリさんがひと仕事おえた、といういい感じの表情をされていましたので、なにか特別なことがあったのかな、と」


「と、特に心当たりはないかな? 最近よく寝られてるし、体調がいいのかも」


「マルコが『夜になってもアンリが全然帰ってこない』って言ってたよ」


 ルカがまったく余計なことを言った。


「剣術も魔法も選択してないのに、毎日なにをそんなに疲れているのか、って感じだよね」


 リシャールがさらに余計な追い打ちをかけてくれた。


 いや、ここんとこ夜も遅かったし、疲れていたのはたしかだけど、それといまの表情は関係ないぞ! 全部がつながっているように誤解される流れを作るのはやめてくれ!


「やはりアンリさんはふつうの学舎の方々とひと味違いますね。おもにクズ度が」


「クズ度ってなに?! 新しい度量衡を作るのやめてよ!」


「マイヤさんって、みょうにアンリに厳しいよね。ぼくらはともかく、他の人とはほとんど話もしないのに」


 ルカがうまい感じで話をほかの方向に持って行ってくれた。しかもこんどはマイヤがターゲットだ。ルカ、GJだ。


「申し訳ありませんでした。アンリさんがベアトリーチェ様に恩を売りつつ近づこうとされているのが腹立たしくて」


 マイヤが殊勝に頭を下げてみせるが、それと同時に方向を再修正しやがった。しかも、反論すると余計に話がややこしくなる方向だ。クソっ、将棋なら「参りました」をしなければならない形勢だぞ。


 ルカとリシャールは、ぼくとマイヤの非生産的な言い合いにあきれたのか、勝手に二人で話しはじめている。


「でも、正直言って本当に悔しいのです。自分でアンリさんにお願いしたのに、いざアンリさんがベアトリーチェ様を簡単に元気にさせてしまうと、自分にそれができなかったことが残念で」


 マイヤがぼくにだけ聞こえる声で話しかけてきた。


「ぼくはきっかけを作っただけで、元気にさせたのはベアトリーチェ自身の前向きな気持ちだよ」


「そうですね。前向きな方ですから……ニヘヘ」


 なんだ? 最後に会話の流れにまったく乗ってない妙な笑いがなかったか?


 視線をたどると、ルカとリシャールが楽しそうに話している。たまにリシャールがルカの額をつついたり、ルカがリシャールの腕をつかんだりしてる。ほんとうに仲いいな、こいつら。


 その上で改めてマイヤを見ると、口元を緩めながら二人を見ている。その視線もどことなくネトッとして邪悪だ。


「心の栄養剤って、これのことか?」


 やはりマイヤにしか聞こえないくらいの声で水を向けてみた。


「なんのことでしょう?」


「まさか頭の中であの二人の服を脱がしたりしてないだろうな?」


「脱がすもなにも、最初から裸です」


 いるんだ、この世界にも、腐った人って。やべえな。これからの距離感を考え直さなきゃ。ジルにも追加情報として渡しておいた方がいいかな。




「いま歴史を動かそうとしたってことは、これまでは、むこうしばらく大陸で大きな動きはなかったってこと?」


応接でエマニュエルがボーッとしていたので、ぼくは何気なく水を向けてみた。


「そうだね。その時その時で少しずつ違ったけど、流れはだいたい同じかな。ギエルダニアの後継者争いが決着すると、あそこが女王国にチョッカイを出し始める。でも、これはギエルダニアがドルニエと関係を強めていたからで、それはドルニエと女王国の関係が悪化していたからだ。いまはそんな感じじゃないね。何があったかは知らないけど」


五年前の小細工は、それなりに効いていた、ということか。


「でも、それだとぼくの記憶はあまり役に立たなくなっちゃうよね。早々に戦力外通告する?」


「いやいや、それだけのために引き込んだわけじゃないから! 調薬士としても有能だそうだし、きみほど歴史を見てきた人なんていないんだから、ご意見番としていてくれよ!」


「調薬士といってもね……経験が長いだけで、自信が多少あるのは毒くらいだよ?」


物騒だなおい。


「その自信のある毒だけど、使い道とかは考えてるのかな?」


「うーん、使い道はあったんだけど、きみに止められちゃったしね。きみが使いたければ、提供するよ?」


 そうだった。


「売っちゃってもいいんだけど、いまそんなにお金に困ってないんだろ?」


「まあね」


 少なくとも、裏の商売に踏み込んでまで資金が必要な状況にはない。それはそれで覚悟が必要だし、商売の素人が安易に踏みこんでいい領域じゃない。。


「売れそうなのが手元にあるとか?」


「毒ってけっこう、はやりすたりがあるんだよね。どれが高く売れるかはそのとき次第かな。いちおう、どんな要望にも応えられるとは思うんだけど」


「ど、毒のはやりってなに?」


「とにかく早く確実にっていう毒に需要が高い時期があるかと思えば、殺すんじゃなくて対象の身体機能や精神を確実に侵していくやり方に人気が出たり、効果はそこそこでもあとに影響が残らないものが求められたりね」


「……需要とか人気とか、毒もいろいろなんだね」


 積極的に使う気はないんだけど、毒を使うのがベストであるときに使うのをためらってはいけない。使い方のコツを含め、いずれもっと詳しい話をきいてみよう。場数は踏んでるだろうしね。




「アッピアの情報が欲しいよね」


 エマニュエルと話していて考えたことだ。ギエルダニアについては自分の目で見ているから国の感じもわかるし、なにより殿下から多少の最新情報が入ってくる。ラグシャン女王国は、多少情報が古くなりつつあるとはいえ、ローザやヨーゼフからかなり詳しい話がきけている。アッピアだけがぼくらにとって空白地帯なのだ。


 転送ゲートを使えばすぐだろう、と言うことなかれ。アッピアにはタニアの部屋のゲートからしか行けない。タニアの部屋のゲートを使うには、それと引き替えに厳しいブートキャンプが待っている。できれば避けたいのだ。これはシルドラもまったく同意見である。


「ただ行くのも、人手の少なさを考えると金と時間の浪費でありますよ。なにかついでがほしいでありますな」


 そう、ローザとヨーゼフがいるとはいえ、手広く情報収集などをするには決定的に人手が足りないのだ。最低でもツーマンセルで送り出す必要があるから、人数的にまた昔に逆戻りになってしまう。コストが高すぎる。


「冒険者ギルドって、護衛の任務とかはないの?」


「あまりスジのいいのはないでありますな。個人でそんな長い旅をする人は滅多にいないでありますし、しっかりした貴族や大商人は自前の兵隊を抱えているであります」


「バルデさんに相談してみてはどうでしょうか?」


 リュミエラがふと口にした。すげえな、自分を売り飛ばすところだった商人に頼みごとをする、という発想ができるのか。


 ちなみに、ぼくのリュミエラに対する過剰な意識は、荒療治が功を奏してどうにか落ちついている。彼女との距離が近くなっても、どうにか普通にしていられるようになった。そのほかの変化といえば、リュミエラの美貌にさらに艶っぽさが加わったことぐらいか。もはや傾国のレベルだ。


「バルデって、クリストフ・バルデ?」


 エマニュエルがたずねてきた。誰だ、それ?


「そうです。ご存じなのですか?」


 当然ながらリュミエラは知っていた。


「さすがに面識はないよ。でも、商売をしていれば知らない人はいない。商売の流れと波を読ませたらあの人の右に出るものはいないね。もちろん、表でも裏でも」


 ああ、やっぱりけっこう大した人だったのね、あの人。普段はあまり接点がないからいまひとつ実感がなかったよ。


「ふむ……あのさ、もし彼と話がつくなら、ぼくも行かせてくれないかな。少し話がしてみたいんだ。戦力にはならないんだけど、頼むよ」


 エマニュエルを行かせるとしたら、ツーマンセルの片方というわけにはいかない。どうしたものか」


「三人いなくなるのはちょっとキツくないかな?」


「そもそも成立するかどうかもわからないし、話すだけ話してみたらどうだい? もし実際にいくことになったら、そのときにまた考えればいい」


 ビットーリオがまともなことだけを言った。珍しい。だが的を射た指摘だ。


「じゃあ、とりあえず話をしてみようか」




 翌日の夜、ビットーリオとエマニュエルをともなって、バルデをたずねてみた。歓待してくれた彼に話を持ちかけてみると、なんと乗ってきた。


「所用がある、というよりも、護衛のめどが立てばぜひ行きたいところだったのですよ」


「護衛のめどって、バルデならそれなりに兵隊抱えてるでしょう?」


「わたしもそれなりに広く商売をさせていただいてますからね。護衛はいつでも不足気味なのですよ。具体的な商談のない旅にはなかなかまわせないのです」


「ぼくらも二人までしか出せないけど、それでいいのかな?」


「ほんとうはもう少し都合していただければありがたいのですが、あとはなんとかいたします」


 こりゃエマニュエルを入れて二人というわけにはいかないな、やっぱり。


「それはそうと、そちらにいるのはひょっとして、バッターノの次男ですか?」


 向こうから話を振ってきた。


「はじめまして。エマニュエルです。バルデさんに顔を見知っていただいていたとは光栄です」


 エマニュエルは、ソツがないが子供らしくもないあいさつをした。


「評判は聞いてますからね。今日はどうしたのです?」


「彼が、バルデとの話が成立したらいっしょに連れていってほしいと言ってね」


 そう言った瞬間、バルデの目が光った。しかも、邪悪な光りかただ。


「ほほう、ということは、アンリ様の……」


「そう思ってくれてかまわないよ」


「そういうことでしたら、渡りに船というやつですな。こちらからお願いしたいくらいです。このあと、少しお借りしてもよろしいですか?」


「いいけど、内緒話はナシだよ? もちろん、他言はしないけど、自分のまわりの人間がなにをしてるかは知っておきたいからね」


「承知しております。けっしてアンリ様に損はさせませんので」


「だといいけどね」




 ぼくとビットーリオはバルデの店を出ると、ちょっと寂しくなった小腹をうめるために近くの居酒屋に入った。


「やっぱりもうひとりは必要かぁ。ちょっとキツいな」


 ぼくはちびちびとミルクを飲みながらぼやいた。べつにほかに飲むものがないわけではないが、この店の焼き肉盛り合わせにはなぜかあうのだ。酒はもう少し待たないと行けないしね。


「残る人間の火力を考えると、ぼくとヨーゼフで行くしかないね。それでも、なにかあるとすぐ人手不足だね」


「シルドラはこっちにいてもらわなきゃ困るし、リュミエラもできればカルターナにいてほしいね」


「ローザだと火力として数えるのは少し頼りないけど、ヨーゼフだとなにかあった時にそれこそ攻め手がない。おまけにぼくがいないから盾もない」


 ふつうにカルターナでたむろしていたり、ちょっと街の外に盗賊狩りに行ったりしている限りはまったく感じない人手不足が、なにか行動を起こそうとすると急に足かせになる。卒業まで二年、すこし本格的にリクルート活動をすべきだろうか?


「人手が必要なのかな? ぼくを雇わない?」


 ぼくの背中越しにハスキーな声が響いてきた。誰だ? こんなところで顔を合わせる知りあいにこんな声の人間はいないぞ? ダミ声ばかりだ。


 振り向くと、そこにはニッコリと笑っている長身の美少女がいた。



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


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