7-6 勧誘
十三歳の子供同士の会話が最後まで続きます
「歴史を動かすと、きみにどういう利益があるんだい?」
ちょっと口の中が乾いている気がしたが、少しでも多くの話を彼から引き出そうと、ぼくは必死で平静を装った。エマニュエルにいっさいの感情の揺らぎが感じられないのに、ぼくだけが動揺していてもダメだ。
「あれ、反応なしかい? たいていここで驚くか呆れるんだけどね。そのまま質問を重ねてきた人は久しぶりだね」
たいてい? 久しぶり? どういうことかな?
「まあいいから話してみてよ。ちょっと興味がわいてきたよ」
「こんな与太話に興味を示す子供も珍しいね。じゃあ話すけど、ここから先は、与太話をこえたホラ話に聞こえるかもしれないから、そこんとこよろしくね」
「いいから」
「このエマニュエルは、ぼくにとって十二回目なんだよ」
ぼくは、思わず立ち上がった。椅子がガタンっと音を立てて転がったから、けっこうな勢いで立ち上がってしまったらしい。ダメだ、感情を静めろ、ぼく!
だが、正直いって予想の斜め上にもほどがある。ぼくと同じような境遇の人間か、とは少し考えたが、それに輪廻が加わってるって? むかし、鍵とかいう会社のゲームにあったように、何かの呪いか?
「そ、その十二回目っていうのを、もう少しわかりやすく説明してくれる?」
「へえ、これでもあまり取り乱さないんだね。ここまで話すと、だいたい頭のおかしい人あつかいされるんだけど」
いや、じゅうぶん取り乱してますって。だから詳しい説明プリーズ!
「わかりやすく、と言われてもね。十二回目は十二回目なんだよ。このエマニュエルが死ぬと、ぼくはほかのところでオグワナ・キガリという人間として生まれる。オグワナが死ぬと、エマニュエルとしてまた生まれる。その繰り返しってこと。オグワナも十一回死んでるね。なんでそうなるかはさっぱりだよ」
少しわかった。こいつは転生を繰り返しているわけだ。その環がなぜか閉じてしまっている。あの「観察者」は世界の流れの不備なんかも見ているはずだが、しっかり見落としてんじゃねえか。
それはそれとして、こいつの言うことが事実なら、人が六十年生きるとして、千五百年近くこいつの自我は活動し続けていることになる。ぼくの二十年とちょっとなんてかわいいものだ。そりゃ、感情もすり減るか。
まわりを見ると、ほかの三人はポカンとしている。ムリもないか。
「で、その十二回目のエマニュエルが、どういう理由で歴史を動かそうと?」
エマニュエルの目に一瞬光がともったが、すぐに元に戻る。
「これでもまだ驚かないのかい? こりゃビックリだ。要するに、ぼくもさすがに終わりにしたいのさ。ちょっと生きるのに疲れてきててね。だから、歴史をこれまでと違ったように動かせば、この繰り返しにも変化が起きるんじゃないか、と思ったわけ」
「どうやって動かそうとしてたんだい?」
「ボルダンの街はアッピアにとってラグシャン女王国への橋頭堡として機能してる。それはこれまで、いつでもそうだった。でも、そこを落としても女王国にはあまり利はない。アッピア側からは攻めやすい、地政学的な重要性が非対称の街なんだよ。その街をなくしてしまえば、アッピアと女王国の均衡が一気に崩れるかな、と思ってね」
「なくすって?」
「水源に、十一回目のオグワナのときに開発した毒を入れる。それで街が街として存在しなくなる」
おいおい。
「ギエルダニアに行きたがったのは?」
「親元にギエルダニアでの人脈を作ってもらっていたからね。皇太子か第二皇子に暗殺用の毒を持たせようとしたんだ。それで後継者争いが十年早く決着する。あ、さっきのとは別の毒ね」
なるほど。千年以上生き,感情を完全にすり減らすとこうなるわけか。善悪や倫理というものが、彼にとってなんの意味もないものになっているんだ。
「ここまで話したんだ。ひとつぼくからも質問していいかな? ぼくはいままでに十二回学舎に入舎した。いつもド・リヴィエール兄弟は有名だったよ。でもね、ここまでの十一回は、いつも四人兄弟だったんだ」
「ひょっとしてぼくがいなかった?」
「正解。こんなホラ話もどきにも乗ってくるし、いったいきみはなんなんだい?」
一瞬迷ったが、ぼくは手の内をさらすことに決めた。ぼくと彼がいまやろうとしていることはまっこうから対立する。思いとどまってくれれば、ぼくにとって彼は非常に有用な人材だ。千年以上の経験を積み重ねた調薬士なんてそうはいないしね。思いとどまらなければ……処理するしかないかな。
ぼくはエマニュエルに、この世界の仕組みといまエマニュエルがいると思われる状況、自分の英雄としての運命と転生との関わり、世界が動いているシステムの話、そして自分がこれからやろうとしていることを順を追って説明していった。
ローリエに説明したときよりずいぶん詳しく話した。だって、自分から遠ざけようと思っていたあのときと違って、いまは引き込もうとしているわけだからね。
「なるほど、今回の英雄はきみだったのか」
「いままでのエマニュエルのときも、英雄は出現したのかい?」
「したね。そのつど違う人間だった。ほんの何かの拍子に決まるんだろう」
要するに、ロベールとマリエールの余分な一回の夜の営みが運命の歯車にはまってしまったわけだ。
「だけど、話をきいたかぎりではぼくときみの利害は対立するよね? きみは歴史を止めたい。ぼくは歴史を動かしたい。どうする? ぼくを始末しちゃう? まあ、それでもかまわないんだけど」
「それなんだけどさ、今回は動かすのをひとまず思いとどまってくれる考えは?」
「いまのところないかな。疲れてきたっていうのはホントだし、できることからやってみたいからね」
うーん、エマニュエルにとってのはっきりしたメリットがないとムリっぽいな。生への執着がないヤツには脅しはきかないし。あのネタしかないか。
「さっき『観察者』の話はしたよね? いまのところ、こちらから接触する手はないんだ。でも、ぼくときみでは『観察者』との距離が違った。ならもっと距離の近いヤツがいるかもしれない」
「それで?」
「そういうヤツが見つかる保証はない。でも、見つかれば必ずきみの転生の環は切れる。歴史は動かせるだろうけど、動かしても環が切れるとは限らない。乗り換えとして悪い選択肢じゃないと思うけど? そういうヤツを探すことには協力する。それは約束するよ。そういう条件で、ぼくにつきあってくれないかな?」
「おい、歴史を動かすのをやめる、から、きみにつきあう、に変わってるぞ」
「バレたか。でも、そういう条件ならぼくと一緒にいたほうがいいだろ?」
「油断もスキもないヤツだな。わかったよ。ずっとつきあうかどうかはともかく、しばらく様子を見ることにしようか」
「それでいいよ。受けいれてくれてありがとう。ムダな殺生をせずにすんだ。ぼくだって同じで、できることからやっているわけだからね」
「怖いね。で、とりあえずの目標を失った上に、学舎をもうやめてしまったぼくはどうすればいいのかな? やることも居場所もないんだけど?」
全然怖がっているようには見えないぞ。
「きみだけならここにいてくれていいんだけど、護衛はどうしよう? さすがにいっしょに引き取るのはちょっとムリだね」
「ああ、べつに処分しちゃってかまわないよ。家の雇い人なら少し気の毒だけど、金で雇った冒険者だし」
「親元との連絡とかはどうなってるの?」
「それは問題ないよ。必要があればぼくから連絡するからほっといて、って話になってるし」
「ふうん、信用されてるということかな。じゃ、なにか別の指示を受けてないか、確認してから処分しようか。シルドラ?」
「みなまで言わずともわかっているであります。拷問して抹殺でありますな?」
「まかせた。ああエマニュエル、さっき会ってると思うけど、これはシルドラ。こんなだけど、いちおうこの中ではぼくとのつきあいが一番長い」
「こんな、とはご挨拶でありますな。よろしくであります!」
さっき襲って拘束した相手とは思えない、晴れ晴れとした邪気のない笑顔で、シュタッと敬礼してみせた。さすがのエマニュエルも苦笑している。
続いて、ぼくは自分の右隣に目を移した。
「彼女はリュミエラ。ひょっとしたらどこかで見たことがあるかもしれないけど、それは忘れてね」
「よろしくお願いします」
「なるほどね。よろしく」
こいつ,絶対リュミエラが誰だかわかってる。大店の息子とはいえ、すげえ顔の広さだな。
「扉のところにいるのがビットーリオ。変態だから」
「はい?」
お、さすがにエマニュエルがビックリした顔をしてる。
「変態はひどいな、アンリくん。求道者と呼んでくれたま……グェッ!!」
ビットーリオがエマニュエルにむかってウインクをしてみせる。次の瞬間、シルドラがいつもどおり腹を蹴り飛ばした。
「いろいろすごいな、きみのところ。ここにいていいのか不安になってきたよ」
「ま、まあ、住んでみればそう悪くないよ。それから、基本はここで好きなようにすごしてくれてかまわないんだけど、きみ、戦闘のほうはどんな感じ?」
「いままで身体能力がすぐれたエマニュエルが生まれたことはないね。身体を動かすことについては、ごくごくふつうじゃないかな」
そういえば、第三クラスだったよな、こいつ。頭のできが悪そうじゃないのに第三クラスってことは、そっちはあまり期待できないわけだ。
「最低限、自分の身を守るくらいはできるようになってくれるとありがたい。稽古の相手はこの三人か、シルドラと一緒にいた二人に頼めばいい。冒険者登録もしておいてね」
「冒険者ね。ヘタすればあの護衛と同じ運命か。ゾッとしないけどわかったよ。ふだんの過ごし方に制約はあるのかな? せっかく学舎をやめて時間の余裕ができたんだし、あちこちの様子を見て歩いたりもしたいんだけど」
「あまりカルターナでは目立ってほしくないかな。あと、とりあえず身を守ることができるようになってからにしてくれる? まだ人手不足で護衛に割く人間がいないんだ」
「いや、その歳でそんなに豊富な人材抱えてたら変だろう。わかったよ。ちょっと努力してみる」
こうしてぼくの仲間がいきなりひとり増えた。パッと見は初めての同年代だが、シルドラをこえる実年齢である。しかもいい感じに壊れている。あとは、早く「観察者」へのアクセス方法をなんとかしなきゃな。まったくあてがないんだけど、なんとかなるんだろうか……。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
最後まで十三歳同士の会話でした。実年齢の合計は恐ろしいことになってます。




