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7-5  エマニュエル

謎のクラスメイトの実態が徐々に明らかになってきます。

 ベアトリーチェの魔法と剣術の「補習」は順調らしい。それはそうだろう。これまで基礎の基礎以上のことをすべて自分の力で手探りで積み上げようとしていたところを、少なくとも努力の方向をはっきりと教えてもらえるようになったのだから。


「もうね、ここに来るのが楽しみでしかたがないの。気がつくと夕食の時間になってて、慌てて寮に戻ったり」


 ベアトリーチェ自身も大興奮だ。それは理解できる。もともと学ぶことに貪欲な彼女が、その成果を日々感じられるようになっているわけだしね。たぶん、ジルもセバスチャンさんも、彼女に新しい世界を見せてあげているんだろう。


「ベアト、一番の目的は時間の節約だ、ってことを忘れずにね」


「わかってる。でも,魔法や剣術に引きずられてるんじゃないかな、ほかの勉強もすっごく順調なの」


 とことん、学ぶことが好きなんだね、彼女は。ものすごい勢いでいろんなものが自分の中に入ってくるのが楽しくてしょうがないんだろう。手の抜きかたばかり考えていたぼくの前世の毎日からは想像ができない。




「さすがに大魔法使いになれる器とは思わんが、ええ感覚をしとる。魔法課程でも十分上位の成績で卒業できたじゃろ」


 ベアトリーチェは、いまはセバスチャンと剣術の修練中だ。


「しかしおまえさんも、結局かわいい女の子には甘いの。男じゃったら、ここまでやらんじゃろ?」


声には出ていないが、ジルの口元は「ニヒヒヒ」と笑っている。


「そんなことないからね?! 可愛い子に恩を売っとこうとか、そんなこと全然考えてないからね?」


「ええからええから。みなまで言わんでも、わしはよくわかっとる」


だめだ。このジジイにはなにを言っても通じそうにない。


「真面目な話をするとさ、ベアトリーチェの友達に頼まれたんだよ。彼女が無理しすぎないようにしてくれって。その子なんだけどさ、ちょっと気になるんだ」


「なんじゃ、また別の女に手をだすつもりかの?」


「そうじゃなくて!! そもそもがなかなか魔力の高そうな子ではあるんだけど、どうも他人の考えていることを感じる力があるらしいんだ。そういう魔法ってある?」


 ジルの顔つきが魔法オタクのそれに変わった。


「ふむ、そういう力は魔法としては存在しないが、魔力を使って自分の意識を他人に同調させることはできるぞい。簡単ではないし、できる人間は多くはないがの。その娘にそれができる、ということはどうしてわかったんじゃ?」


「ベアトリーチェの考えていることがいつもじゃないけどわかる、というのは本人が言ってた。相手のことを強く思うと、ぼんやり浮かんでくることがあるらしいよ」


「思い込みだという可能性はないかの?」


「ないと思う。ほかにもかなり謎の多い子でね、ぼくがマッテオを殺したあたりの時期には、ぼくからわずかに殺気と血の臭いを感じていたらしい。そのために、初等課程の魔法の選択授業、あとから参加してきたんだ」


「おまえさんはうまく殺気を消していたと思っていたんじゃが……それでおまえさんは、わしになにかさせようと言うんかの?」


「あのね、できればジルの目でその子を見てくれたりしたら嬉しいんだけど」


「むう、一度授業にもどると、そのままなし崩しで授業計画に組み込まれてしまうでの、できれば避けたいんじゃがのお」


「あんた教官でしょうが! 授業するの、仕事でしょうが!」


「だってわし、頼まれて魔法科の主任やっとるんじゃぞ? べつに稼がなきゃ生きていけんわけでもなし、やめろというならいつでもやめてやるわい」


「じゃあなんで、とっととやめないんすか?」


「この歳で引きこもると、若い娘を近くで見れんようになるからにきまっとるじゃろ」


 やっぱりそういうことか。このジジイ、仕事より金、金より魔法、魔法より女のピュアなクズだ。


「授業をすれば、いっぱい女の子が目の前にいるじゃないですか」


「それじゃつまらんわ。わしを慕って頼ってくるのがいいんじゃ」


「なにわけのわからないワガママ言ってるんですか。とにかく頼みましたよ」


「その「とにかく」の意味がわからんのじゃが、まあええ。おまえさんの話にも興味がないわけじゃなし、一度やってみよう。報酬は後払いじゃ」


 どうごますか、おいおい考えておこう。




 そうこうしているうちに、エマニュエル・バッターノが学舎をやめるまで残り一週間を切った。


 たしかに、親元の薬問屋は商売の拡大にかなり前のめりに突っこんでいるし、そのためにギエルダニアと断続的に接触はしている。だが、あくまでもまっとうな道は外していない。後ろぐらい情報は出てこないのだ。だから、エマニュエルが学舎をやめてまで果たすべき役割がまったく見えてこない。


「こうなると、話全体がエマニュエルさん主導だと考えた方がいいのかもしれません。間違った方向に誘導してしまって申し訳ありませんでした」


 リュミエラがほんとうに申し訳なさそうに頭を下げる。ただ、親元が絡んでいることを指摘したのは彼女だから、そんなに方向狂ってないんだけどね。完璧主義なんだろうか?


「エマニュエルの意向の下に親元がいろいろ動いてきたってこと? 。十二、三歳の子供をどんだけ当てにしてんだよ、その薬問屋?」


 ビットーリオがため息をつきながら言った。


「でもそのエマニュエルが、親元の運命を一人で背負って旅に出る、なんていうのは、いくらなんでも話ができすぎだと思うでありますよ。エマニュエルがいくら有能でも、よほどそれまで商人としての実績を残していなければ、相手が交渉相手として受けいれないであります」


 ふむ、シルドラの言うことは、的を射ている。エマニュエルが押しも押されもせぬ全権代表として相手が認めるには、それだけの外向きの実績が必要になる。突然物わかりのいい人が現れて子供を相手に商談を、なんていうのは夢物語だ。


 だが、学舎の生徒としての彼にそんな余裕はなかった。しかも、彼の評価が聞こえてきたと言っても、それはあくまで調薬士としてであって、けっして商売人としての資質ではない。


「では、彼がいまの時点で学舎を去ってまでやろうとしているのはなんなのでしょうか?」


「そういうことなら、いま学舎を離れるためにこれまですべての台本を書いてきた、と考えてみた方がいい。いま学舎を離れる意味はなんだろう?」


 ビットーリオが首をひねった。


「学舎を卒業したという事実は、けっして彼にとって不利に働くことじゃない。それを台無しにしてまで行かなければならない事情がある、ってことだよね?」


 そこについては、ぼくもまったくお手上げだ。


「ドルニエを逃げ出さなきゃ行けない事情ってのは思いつかないな。この国はいまのところ中に向けても外に向けても弱みは見せていない。ぼくらに見えていないものが見えている、というのでなければ、むしろこの国にしがみつくほうが合理的だね。商人として判断しても同じだと思うよ」


 ビットーリオのコメントには反論の余地がない。だめだ。どんどん気になっていくというのに、三カ国の事情がもっとわからないと、これ以上は進めない。


「本人に教えてもらうしかないでありますな」


 シルドラが決定打を打った。


「じゃ、シルドラに頼むよ。一週間あれば準備できるよね? いちおう、連れも含めて殺さないようにしておいて。ヨーゼフとローザを使っていいよ」


「了解したであります」


「ぼくは夜には合流するから、迎えにきてね。ビットーリオとリュミエラは適当に支援に入ってくれればいいよ」


「その変態の助けはいらないであります」


「そういわないでくれよ、シルドラさん。きみの役に立つことがぼくの生きがいなのだから」


「目の前から消えてくれることがいちばん助かるでありますよ」




 エマニュエル・バッターノが旅立ったその日の夜、寮の外に出るとシルドラが普通どおりに迎えにきた。


「問題なし?」


「問題の起こりようがないであります。ヨーゼフとローザだけでもよかったくらいでありますよ。護衛もたいした人数がいなかったでありますし、なにを考えているのか、ますますわからなくなったであります」




 少しずつだが所帯をふやしてきたぼくらは、いまは街外れに小さな家を買って拠点にしている。シルドラ、リュミエラ、そしてビットーリオがそこにすんでいる。ヨーゼフとローザはいまだに見習いあつかいで通いだ。


 ぼくとシルドラの二人でタニアに土下座して、シルドラのねぐらにあった転送ゲートを移設してもらっているので、見かけよりも高機能だ。このゲートの秘密を明かせるだけの信用を勝ち得たとき、ヨーゼフとローザもここに住むことになるだろう。


「本人は全然抵抗しなかったでありますよ。護衛が少し言うことをきかなかったので、ちょっと強めに黙らせているであります」




 客間に入ると、たしかにエマニュエルがおとなしく座っていた。いちおう拘束されているが、それに抵抗した様子もない。


「やあ、アンリくんじゃないか」


 エマニュエルはぼくのほうを見て言った。拘束された十三歳が、自分を襲った首謀者とおぼしき同級生に向けて言うセリフじゃない。どういうことだ?


 ぼくはエマニュエルを正面から見た。とたんに背筋を寒気が走った。口元は微笑を浮かべているが、目はまったく笑っていない。というか、彼の目からは人間らしい感情をまったく感じられない。ただ、深い虚無がそこにあった。


 正直、ぼくは彼をじっくり観察したことがなかった。男だから、と言う理由じゃないよ? 彼の存在から、なんのアピールも感じなかったからだ。こんなとんでもない目を、彼は学舎でどうやって隠していたんだろうか?


「これはさすがに驚いたよ。まさかこの腕利きさんたちのうしろに、自分の同級生がいるなんてね」


 そう言ったエマニュエルの口調には、なんの驚きも感じられなかった。


「きみがいま学舎をやめてまでやろうとしていることが、ちょっと気になってね」


「それを気にするような人間が自分のまわりにいたなんてね。ところで……ちょっと縄を緩めてもらえないかな? さすがに痛くなってきたよ。逃げようなんて思ってないから大丈夫だよ。その人たちには逆立ちしてもかなわないし、いまは少しきみのことも気になるしね」


 ぼくはシルドラを見た。シルドラは肩をすくめてみせる。任せる、ということだろう。うなずいて、縄を解かせた。部屋にはシルドラだけじゃなくてリュミエラもビットーリオもいる。問題はない。


 それにしても、妙に分別くさい話し方をするやつだな。


「ふう、ラクになった。ありがとう。それでぼくになにをききたいんだい?」


「きみが半年前にギエルダニアに行きたがったり、いま学舎をやめてドルニエを離れなきゃならない理由が、どうしてもわからないんだよ。身の安全も、安定した商売も、ドルニエにいたほうが確実なのに、きみの実家は調薬士として評判になりつつあるきみをどうして手放して国外にやるんだろうか?」


「きみも妙に年寄り臭いしゃべり方をするね」


 ぼくが思ったのと同じことを、しかも口にしやがった。


「まあいいや。なんできみがそれを気にするのかさっぱりわからないし、言ってわかってくれるかもわからないんだけど、言わなきゃこのままっぽいしね。ぼくは、そういうドルニエを離れたいんだ。歴史を動かそうと思ってね」


 こいつ、いまなにを言った? なんで十三歳の子供がそんなことを考える?

 

 

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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