7-3 パーフェクトガールの悩み
ちょっと、「あれの次にこれ、これの次にそれ」という感じで、継ぎ足し作業のような書き方になっちゃってる気がします。もっとエピソードの盛り方をうまくしたいのですが……。
リシャールは自分の部屋にぼくを引っ張っていった。
「はじめは新入生の訓練を遠目に見てたんだ。いきなり乗りこんでも迷惑かけちゃうからさ」
そりゃそうだ。学舎最強がいきなり新入生の剣術の時間にあらわれたら大混乱だ。リシャールの強さをほんとうには知らない新入生よりも、教官のほうが混乱するかもね。自分より強い生徒がいきなり現れるんだから。
「おまえの言う新入生はすぐにわかった。そして、おまえの言ったことの意味もすぐにわかった。あれは学舎でふるっていい種類の剣じゃない」
「でも、強いのもすぐにわかったろ?」
「ああ、乗りこんでいく前に少し頭で模擬戦闘してみるくらいにはな。なんとかなりそうだったんで、教官に話して仕合わせてもらったんだ」
ごめんなさい。リシャールはぼくの想像よりも、もう少し強くなっていたみたいです。
「ひょっとして、力で吹き飛ばした?」
「一番確実なのがそれだったからな。二、三回打ち合ったけど、急所を突きに来る前に正面からつぶした」
彼女を大きく凌駕するパワーがあってこそできるワザだね。なまはんかなパワーの差じゃ、彼女はものともしないだろう。
「そのあともういちど立ち合ったんだけど」
「もういちどやったのかよ!?」
「一度やって、彼女になにか変化が起きたか見たかったからな」
「で?」
「そういうカンはいいみたいだ。真正面から打ちこんできたよ」
よかった。リシャールにまかせたのは正解だった。これで、学舎にいるあいだの彼女はだいじょうぶだろう。そのあとは知らないし、ぼく的には何かあった方がいい可能性もある。
それにしても、カンはいいのか。勉強は苦手みたいだけどね。
「ありがとう。これであの子もだいじょうぶだと思う。さすがリシャールだね」
「貸しひとつだよ」
「え? でもぼくは単に彼女の将来を思って……」
うわ、言ってて歯が浮いてきた。
「この五年くらいきみを見ていて思った。きみは自分に戻ってこないことに積極的に動き回ることはない。その意味ではすごくイヤなヤツなんだけど、なぜか他人にそれを感じさせない。不思議だよね、きみは」
おおう、まさかのイヤなヤツ認定。そんな認定を受けるほど周囲に強い印象を残しているつもりはなかったから、ちょっとビックリだな。ニヤニヤ笑っているから、本気の本気ではないのだろうが。
「でも、ぼくはもうだまされないぞ。ただ働きはしない。きみが得られるもののおすそ分けを必ずもらうことにする」
「なんかちょっと違う気がするぞ!」
「そうかい? でもぼくは、きみを観察しているといいことがあるってわかったからね」
その当否はともかくとして、あまりありがたくない。こんな目立つヤツに注目されて、ぼくにとっていいことがあるはずがないのだ。要対策だな。ぼくは、ほうほうの体でリシャールの部屋から撤収した。
専門課程に入ると、学年が上がるにつれて選択科目の数が増えてくる。ぼくにとっては、それは主に自由時間が増えるという効果をもたらしてくれるのだが、学校のプログラムに前向きに取り組む人にとっては、いくら時間があっても足りないということになる。
その一の日の夜、マルコが寝たあとに、少し剣を振ってから自分も寝ようと思った。さすがに昔よりもマルコの寝る時間は遅くなっているので、夜の訓練の時間はとりにくくなっている。
窓になにかがトンっと当たった。見ても、なにかの跡は残っていない。窓を開けて外を見ると、マイヤが立っていた。ぼくが自分を指さしてみると、彼女がうなずく。窓を閉めて、ぼくは外に出た。
「ごぶさたしています。夜遅くに申し訳ありません」
マイヤは深々と頭を下げた。マイヤは魔法課程に進んでいるので、初等課程で魔法学を同じ教室で学んでいたときのようには顔を合わせない。最後に話したのは、半年ほど前にベアトリーチェやルカといっしょに昼食を食べたときだ。
「それはかまわないけど、いったいどうしたの? マイヤがぼくを訪ねてくるなんて、初めてじゃない?」
「わたし自身は、一回生のときのように殺気でも帯びられない限り、アンリさんに興味もありませんし、関わりもありませんから。今日うかがったのは、ベアトリーチェ様のことです」
「そこまではっきり言わなくていいから! でも、ベアトリーチェなら、なおさらぼくに用事はなさそうだけど? 彼女、何でも自分で考えて自分で実行しちゃう人だし」
「ええ、そのとおりです。だからアンリさんに助けてほしいんです」
意味がわからないんだけど? 助ける理由も人選も!
「助ける? ぼくが彼女を助けられることなんて、それこそ思いつかないよ」
「ベアトリーチェ様はすべてのことに全力を傾けられます。学業であっても、武術であっても、魔法であってもです。でも、一日の時間は限られています。それだけのことにすべて全力を傾けて、時間が足りると思いますか?」
足りるはずはない。だけど、普段のベアトリーチェは、彼女ならできるのでは、と思わせてしまうのだ。
「ぼくにはムリだね」
「ベアトリーチェ様にもムリなはずです。でも、ベアトリーチェ様はけっしてそれを認めません。アンリ様、ベアトリーチェ様の気持ちをゆるめてさしあげてくれませんか?」
「彼女の気持ちをゆるめるのが必要なのはわかるけど、なんでぼく?」
「さしたる努力もせずに取りたいと思うような成績を取って、しばしば学舎から姿を消して戻ってこないアンリ様なら、きっとベアトリーチェ様を助けられます」
おい、言いたいこと言ってくれるな、マイヤちゃんよ。それになんで知ってんだ、そんなこと?
「あのさ、頼みごとしてるの? ケンカ売ってるの?」
「もちろん、心からお願いしています」
「そう思えないからきいてるんだけど!? そもそも、きみがその役できないの? 昔からのつきあいなんでしょ?」
「わたしは、ベアトリーチェ様が頑張りすぎる原因を作ってしまった人間のひとりですから、その役はできないのです。どうかお願いします、アンリ様」
率直にいって納得がいかない。だが、このマイヤという子はちょっと苦手だ。ぼくの心の妙なスキを突いてくる。こちらの考えることを先回りした上でそれをグチャグチャにかき回して歩けなくしてしまう感じ。ベアトリーチェには世話になってるし、助けられるなら、まあいいか。
「具体的にはどうしたらいいと思うの?」
「話し相手をしてくだされば。アンリ様ならすぐに方向が見えると思います」
「結果は期待しないでね。引き受けたいまでも、自分になにかできるとは思えない」
「ありがとうございます。このお礼はいつか必ず」
彼女は深々と頭を下げた。ホントにいつか返してくれるのかな?
「女同士の絡みは対象外なので、腐った人間には絵的につらすぎるのです」
「え!? なんか言った!?」
マイヤはもうずいぶんと遠くを歩いていて、ほどなく女子寮のほうに消えていった。
さて、いろいろやることが積み上がってきてしまった。午後はベアトリーチェと話して、夜はエマニュエルくん関係の打ち合わせだ。
午後、ぼくがひとつだけ選択していた行政概論の授業をおえると、図書館に向かった。午後はもう一コマ授業があって、ベアトリーチェはプロトコール関係の授業を取っていたはず。図書館で待っていれば、終了後にはあらわれるだろう。
午後の二コマ目終了の鐘が鳴り、しばらくすると彼女が現れた。ぼくを見つけたようなので、手を振ってみせるとこちらにやってきた。
「アンリさん、こんにちは。わたしに声をかけるなんて珍しいですね」
そう言って彼女はニッコリ笑ってみせる。花が咲いたような雰囲気になる
「いや、いつも取り巻きがいっぱいいてかけようにもかけられないじゃん。そういえば、いつもの人たちは?」
「午後の授業が終わった時間だけはひとりにしてもらえるようにお願いしています。でないと、図書館に来にくくなってしまいますから」
ああ、マイヤが心配するのもわかる。勝手についてくる取り巻きにも、彼女はいつも優しく接している。そうして自由に使える時間がどんどん減るのだ。いまも、彼女はうっすらとお化粧をしている。たぶん、疲れが顔に出ているのを隠すためだ。
「図書館で会ってすぐ言うことじゃないけど、たまにはどこかでおしゃべりしない? せっかくのひとりの時間を邪魔しちゃって悪いかな?」
ベアトリーチェはクスッと笑った。
「アンリさんからおしゃべりに誘われるなんて、卒業までなさそう。そんな貴重な機会を逃すわけにはいきません。中庭に行きましょうか」
ぼくへの応答も完璧な気配りだ。重すぎず、軽すぎず。
「じゃあ、食堂で飲み物でももらってくるから、先に行っててくれる?」
「わかりました」
中庭に行くと、ベアトリーチェは噴水に面したベンチに座っていた。もらってきた香草入りのお茶のカップを彼女に渡して、となりに座る。ぱっと見、校内デートみたいな絵面だが、卒業後ほどなくして家の決めた相手と結婚することがあたりまえのこの世界では、逆にそういう意識が薄くなる。あまり冷やかされたりすることもない。
「あいかわらず、頑張ってるよね。サボってばかりのぼくから見ると、ホントに神様みたいだよ、ベアトリーチェって」
「なにを言ってるんですか。アンリさんみたいに余裕を持ってなんでもこなせればいいんだけど、わたし、不器用だから……」
他の人がいないと、彼女の話し方も少し砕けた感じになる。いちおう、ぼくはつきあいが長いからね
彼女の言ったことは半分謙遜で、半分ホントだろう。手を抜けない不器用さを持っていることは間違いないからね。
「剣術や魔法も続けてるんでしょ? 時間がいくらあっても足りないんじゃない?」
「今日のアンリさんは学習指導? ちゃんと相談した方がいいかしら?」
「話してみてよ。聞くだけならぼくでも出来るから」
「時間がいくらあっても足りないのはわかってる。でも、ほんとうに自分がこれ以上うまく時間が使えないのか、と思っちゃうの」
たぶん彼女がいちばん問題を感じているのが、剣術や魔法だ。彼女にとって、このふたつの世界は授業を選択して触れるしかない。その授業が彼女のレベルに合っていなければ、効率は悪くなる。逆に、このふたつの効率を大きく改善できれば、時間のゆとりがずいぶん出るはずだ。
「剣術と魔法、手伝おうか?」
ベアトリーチェはびっくりした顔をして、一瞬固まった。
「どうしたの? 他人のために時間を使うのが嫌いなアンリさんが!?」
「ぼくってそんな!?」
「いえ、そんなことないです、ごめんなさい。せっかく言ってくれたのにね」
舌をペロッと出してみせる。少しはそんなことある顔だな、これは。
「ちょっと疲れているようにも見えるしね。選択科目を減らせるなら減らした方がいいよ。剣術と魔法なら、もっと短い時間で学べるようにしてあげられるかも」
「ホント!? あ、でも、アンリさんの邪魔をするならわるいわ」
「だいじょうぶ。ベアトリーチェといっしょなら楽しいしね」
「そう言ってくれるとラクになる。でも……どうするの?」
他力本願が得意なぼくは、裏の森の小屋の住人を頼ることを考えていた。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




