7-2 ある調薬士の卵の話
第三部はいろんな人材候補が出てくることになります。脂っこく描くことができるか? できた順からメンバー入り、ということになってしまうかも。
「リシャール、いるかい?」
夕方、ぼくは寮で隣の部屋のドアをノックした。
四回生で同級生が各課程に分かれたわけだが,それと同時に宿舎もより大きな寮に移った。だが、なんと建物は移っても部屋割りは変わらないのだ。ぼくのルームメイトは未だにマルコだし、リシャールとルカは相変わらず隣の部屋だ。どうも学校側は、部屋割り自体を何らかの意図のもとに行っている気がしてならない。
マルコと長いつきあいになるって? 悪いやつじゃないけどね。
「アンリか、入ってくれよ」
いてくれたようだ。課程が違うと、けっこう拘束時間が変わってくるから、意外と顔を合わせなくなっちゃうんだよね。
それはともかく、今日リシャールをたずねたのはロザリアのことを話すためだ。べつに彼女をいますぐどうこうしようとは考えていないが、このままではマズいと思ってるのもたしかだ。
彼女には学舎の生活を全うしてほしい。だが、今のままでは。どこかで彼女は事故を起こす。モノになるかどうかはわからないし、ぼくらに興味をもつかどうかもわからないが、その前につぶれてほしくはない。
「リシャール、新入生にロザリアって子がいるんだけど、知ってる?」
「知ってたら変じゃない? まだ学年始まったばかりじゃない。むしろ、なんでアンリが知ってるんだよ?」
「たまたま校庭で剣を見たんだ。それでさ、リシャールに、何か理由をつけてその子と仕合ってほしいんだ」
リシャールは、思いきり変な顔をした。まあ、そうだろうな。
「新入生と? なんでまたそんなことを、よりによってきみが言うんだい?」
リシャールから逃げまわっていたぼくが言うのは、たしかに変だよな。
「強いよ、その子、すごく。でも、今ならリシャールが勝つ」
リシャールの顔つきが変わった。
「おいアンリ、その言いかたは冗談にならないぞ? 何年かしたら勝てないかもしれないってことか?」
その反応はしょうがないよね。六回生にして学舎最強と言われている人間が、条件つきとはいえ負けると言われたんだから。
「そう言ってる。ちなみに、ぼくは一回生のリシャールとなんとか引き分けたけど、その子とは今やっても引き分けられない」
リシャールはむずかしい顔のまま考えこんだ。そして顔を上げる。
「きみはぼくになにをさせたいんだ? 単にぼくに強い相手を教えているわけじゃないよね?」
あたりまえだ。そんなことをしてやる義理がどこにある?
「問題はその子の剣だ。その子は、今のままだと学舎にいるあいだに必ず人を殺してしまう。学舎にいるあいだにふるうべき剣、学ぶことになる剣を、今のうちに身をもって教えてあげてほしいんだよ。自分の剣がなにを斬ろうとしているか、わかってない今のうちにね」
「えらく気に入ったもんだね。あまり人に興味を示さないきみが」
それは違うぞ、リシャール。学舎にはあまり興味を引く人材がいないだけで、人に興味がないわけじゃない。むしろ興味はありすぎるくらいあるよ。
「将来、ぼくの護衛になってくれたらいいな、と」
「自分に護衛がつく身分になると思っていられるきみにビックリだよ。だいたいきみ、護衛なんか必要ないくらい強いだろ」
「なんだよ、もしかしてすごく偉くなるかもしれないだろ?」
「なってから言ってくれ。それから、頼みのほうはわかったよ。ぼくもそこまで言われたら興味があるし、明日にでもやってみるよ」
こいつ、すごく興味をかき立てられたらしい。
「くれぐれも全力でね」
「了解」
部屋に戻ると、マルコが戻っていた。
マルコは騎士課程に進んでから、グイグイ頭角をあらわしているようだ。もちろん学年筆頭ののリシャールには及ばないが、来年の交流行事では最上級生をおさえて代表になりそうなところにいるらしい。
「おかえり。アンリがリシャールの部屋に行くなんて珍しいじゃん?」
「見てた?」
「入っていくのが見えた。なんかおもしろい話でもあんのか?」
「そんなもの、ちょいちょい転がってるわけないだろ。ちょっとした頼みごとだよ」
「おお、それこそ珍しいじゃないか、他人に借りを作るのが嫌いなおまえが」
ちっ、こいつなにも考えてないようで、見るところは見てやがる。
「ところでさ、総合課程にエマニュエル・バッターノってやつ、いるだろ?」
「ああ、話したことはないけど」
「おまえ、初等科のクラスでも、三年間一度も話さなかったヤツがいたよな」
「うるさいな。で、そいつがなんなんだ?」
「なんか、学舎をやめるらしいぜ」
学舎をやめる人間は、多くはないがいないわけではない。だが、ほとんどのケースは成績不良、ごくわずかなケースが家庭環境の激変だ。学舎は入学するときに卒業までの費用を一括納入することになっているので、よほどのことがあっても卒業まではいられるのだ。六回生まで学舎にいて、その上でやめるヤツはそういない。
だけど……
「それがどうしたんだい?」
「おまえならそういう反応だよね。去年、交流行事で先輩たちがギエルダニアに行ったろ? そのときに、補助要員に入れてくれって、頼みこんできたんだよ。相当粘ったらしいんだけど、無理な話だよな。騎士課程の七回生だって行きたくて行けない人がたくさんいるんだから、総合課程に回す席はあるはずがないよ」
「そ、そうだね」
基礎課程で行ってきた人がここにいます。マルコは忘れているみたいだけど。
「それから半年かけて親を説得したらしい。学校をやめて行商になるんだってさ」
「要するに、ギエルダニアに行きたいってだけ?」
「ギエルダニアだけじゃなくて、どこでもいいらしいぜ。とにかく、カルターノの外に行きたいらしい」
ああ、外国に行くことに夢見てるヤツって、前世でもいたよな。たしかに得られるものはあるんだろうけど、それは自分の国のことをよく知って、比べてみることができなきゃ得られない。卒業旅行に行ってきたぼくが言うんだから間違いないね。
「ふーん、それだけのために学舎やめるんだ。卒業してから行けばいいのに。それまでは長期休暇でちょっとずつ行くとかさ」
「一年遅れたら、それだけ行けるところが減る、と思ってるんじゃないの?」
「そこまで思い詰めてるんだ? それはそれですごいとしか言いようがないな」
「だろ? 騎士課程には去年の話を知ってる人も多いからさ、みんな大笑いだよ」
「エマニュエル・バッターノですね? カルターナの大手の薬問屋の次男です。両親は健在、家の商売はきわめて順調で、三歳上の兄が将来店を継ぐ含みで今年から番頭として帳場に入ってます。エマニュエルは学業、剣術等は凡庸な成績しかあげていませんが、調薬士として斬新な発想を持ち、将来を期待されていたはずです」
翌日の六の日の昼、基礎情報は手に入った。もちろん、リュミエラ・ノートからの情報である。ぼくは五年以上同じ部屋で過ごしているマルコについて、これ以上のことを知っているだろうか?
「なんでその子がそんなに気になるんだい?」
「変わったヤツはいちおう確認、っていう感じだね。そろそろ学舎生活も先が見えてきたし、学舎で見られる人間は見ておかないと」
「一夜漬け、というやつでありますか?」
「最後の追い込み、っていってくれるかな!?」
「でも……半年かけて説得っていいますけど、半年はそんなに長いでしょうか?」
リュミエラが突然疑問を投げかけた。
「一年がそんなに大事だというなら、用意はすべてととのってすぐにも旅に出られる状態のはずです。でも、調薬士として期待していた次男を、いつ帰ってくるかわからない旅に出すのなら、準備だけで半年で終わるかどうか微妙、というところじゃないでしょうか? 理由があとからついてきたようにも、わたくしには思えるのですが……」
「ギエルダニアに行けないことが決まって、すぐに準備を始めたってこと?」
「ええ。そして、ギエルダニアにそういう形で行きたいのだとしたら、いくら親しくなくても、アンリ様に話を聞こうともしないのは不自然です」
「どうしても口も聞きたくなかった、ということかもしれないでありますよ」
「シルドラ、そこまでぼくをおとしめてなにか楽しいのかな!? ねえ!?」
「可能性は否定しませんが、低いと思います」
否定しないんだ……。
「リュミエラさんは、実は家ぐるみでなにかたくらんでるんじゃないか、と感じてるのかな?」
「そういうことになりますね。家を捨てて旅に出る、というより家の支援のもとにどこかに行く、と考えたほうがスッキリします」
外国に夢見る少年、ってわけじゃなかったらしい。もともとそんなに興味があった話でもないんだけど、ここまでいろいろ意見が出てくると、逆に気になってきたな。最近はこういうときのリュミエラの考えが外れたことはないのだ。
「少し、親元の薬問屋を調べてくれるかな? あと、去年の交流行事の前後でギエルダニアになにか変わったことがなかったか。特に薬がらみでね」
「わかりました」
リュミエラは即答だ。おいビットーリオ、耳になる約束はどうした?
しかし、ここまでくると、どうせならなにか不穏なネタが出てきてほしいものだね。少なくとも、退屈しないですむし。
二日後の一の日の午後、図書館から寮に戻ると、入り口のところにリシャールが待ち構えていた。顔つきは険しい。
「アンリ、あのロザリアという新入生、おまえの言うとおりだった。いったい何者なんだ? どこであの剣を学んだ?」
知らないってば、そんなこと。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




