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7-1  六回生

ここから第三部になります。よろしくお願いします。

 早いもので、もうぼくも六回生である。ジョルジュ兄様も去年卒業し、ついにぼくはド・リヴィエール兄第姉妹の末弟から、ただのアンリ・ド・リヴィエールになった。成績的にももっとも目立たない存在だったぼくは、それなりに気が楽になったことは間違いない。成績をコントロールしているとはいえ、風当たりはそれなりにあったんだ。圧倒的に優秀か、飛び抜けてすぐれたものを持っていたのが兄姉たち。ぼくは、「こいつ地味だな~」という感想しか呼ばなかったからな。




 いまのぼくは王立学舎総合課程の基礎学科に席をおいている。男子生徒のかなりの数が騎士課程に流れ、ルカのように魔法課程に進むものもわりといるので、総合課程の男子生徒の数は少ない。全部で二十四人の生徒のうち、男子は九人である。初等課程で第一クラスだったものはそのうち三人。


この人数差だと、男としてはパラダイスというよりはアウェーになる。初等課程でベアトリーチェと親しくしていなければ、口をきいてくれる相手にも事欠くところだった。いつの時代でもどこの世界でも、女の子はかっちりグループを作っちゃうからね。男子は男子で、第一クラス出の生徒はあまり第二、第三クラス出の生徒から話しかけてもらえない。同じクラスだった二人も、リシャールとつるんでいて、ベアトリーチェからたびたび声がかかるぼくを敬遠しているフシがあり、どうにもぼっちになりがちである。


 それはそれでいいんだけどね。自由に使える時間が増えるし。




 午後の空き時間、図書館に向かうべく校庭のそばを歩いていると、初等科の生徒の剣術実技が目に入った。あの体格だと新入生だな。剣に振りまわされているようなのもいる。


 そんな中、ひとりの女の子が目に入った。ひとりだけ動きの質が全然違うのだ。何人かとヤるところを見ていたが、稽古にすらならない。あっという間に急所に剣を突きつけて終わる。


 そのうち、教官を相手に稽古をし始めた。さすがに同年代相手ほどには簡単ではないが、それでも何合か打ち合うと教官の体勢が崩れ、その瞬間急所に剣が入る。


 すごい。リシャールもすごいが一回生のときはそれでもつけいるスキがあった。いろんな意味で剣が素直だったからだ。あの子の場合はそれが考えつかない。一つ一つの動きに意図があり、相手のほんの少しの動きに最善の手で応じる。搦め手で攻めても、読み切られて逆に利用されるのがオチだ。そして正面から行ったら……瞬殺だな。


 ぼくは近くにいる女生徒に声をかけた。


「ねえきみ、名前は? あの子はきみの同級生? 一回生だよね?」


 その子は驚いたように振り向き、そして直立不動になった。


「は、はい! 第三クラスのリタ・ベルノです! 彼女は同じクラスのロザリアです!」


「すごいね、彼女」


「そうなんです! 男の子が誰も相手にならないの!」


 その子も興奮を隠せない。男生徒をなぎ倒す彼女に惚れ込んでしまっているようだ。


「一回生だから、みんなこれからだよ。リタも頑張れよ」


「はい! ありがとうございます!」


 お礼を言われちゃったよ。教えてもらったのはこっちなのに。




「ロザリア……ロザリア・アンベルンですね。アンベルン男爵家の二女です。代々騎士の家系で、兄がひとりと姉がひとり、やはり学舎で学んでいます。入舎前からその剣の才能はけっこう知られていたようです」


 リュミエラが手帳のようなものを出してぼくにデータを教えてくれる。なぜ、その情報がすでにリュミエラの手元にあるのか、さっぱりわからない。これもすごいとしか言いようがない。


「そんなにみごとだったでありますか?」


 あいかわらずシルドラは肉の塊を口に入れたまま話し出す。


「先に飲み込みなって。いや、みごとなんてもんじゃないね。ぼくじゃ引き分けにも持ち込めないかも」


「それは同じ両手剣で正々堂々ならってことかい? さすがに何でもアリなら、アンリくんもそうそう後れをとらないと思うんだが……」


 ビットーリオが少し驚いたように言う。


「あの子は別物だと思うよ。だって、一回生なのに本質が殺す剣なんだもん。殺した経験なんてないはずなのにね。参ったと言わせることなんか考えてない。力の差があるから急所の手前で寸止めしてるけど、なまじ実力の近い相手がやったらマジで死人が出るかも」


 一瞬、場が静まりかえった。


「それは……たしかにとんでもないでありますな。ツバをつけとくでありますか?」


「小さいころから『自分は騎士になる』とまわりに宣言してますから、今のままでは難しいのではないでしょうか」


 だからその近所の子のことを語るような豆知識はなんなの?


「ただ……わたくしも学舎のことはそれなりによく知っていますが、リシャールくんを上回るくらいの身体能力があれば、知能考査のできがそうとう悪くても、第二クラスには入ると思うのです」


 リュミエラがものすごく微妙な笑みを浮かべながら言った。


「それが第三クラス……」


「頭のできはかなり慎ましやか、ということだね」


「騎士になるにも苦労しそうでありますな」


 誰からも異論は出なかった。




 冒険者リアンは、この春の長期休暇でようやくランクCになった。シルドラ、リュミエラ、ビットーリオはいずれもB、ヨーゼフとローザはBへの昇格が承認されるのを待っているところで、だいぶ格差は縮まったとはいえ、あいかわらずひとり取り残されている。少しは悔しい気持ちもあるが、時間の制約が多いことを考えればしょうがないよね。卒業したらすぐ追いつくさ。


「アンリ様も十二歳をすぎてますから、お一人で任務を受けることもできるはずですが……」


「ランク上げをする気があれば、いつでもできるでありますな」


「やる気がない、ということだね。まあ、ランクにこだわらないのもひとつの考え方さ」


 なんでこんなにアウェーなんだ? それに、フォローらしきものがビットーリオからしか出てこない、というのがたまらなくイヤだった。




「ビットーリオ様、少しよろしいでしょうか」


 ぼくらがたむろしていた店にローザが入ってきて、ビットーリオに近づき、話しかけた。もうすっかり彼の忠実な舎弟である。なにせ、騎士としての実力は文句なしだからな。


「どうしたんだい?」


「その、恥ずかしい話ですが、エランさんの店にどうしてもほしい剣がありまして、何度もお願いしたのですが、どうしても首をタテに振ってくれず……。お手間を取らせてしまうのは申し訳ないのですが、お口添えいただけないものかと……」


 エラン親父の店は、ここ三年ほどぼくらの行きつけになっているが、ヨーゼフとローザはいまだに売ってもらえない状況にある。ヨーゼフはここ最近はあきらめ気味で、裏の世界の気心が通じる部分があるのか、バルデを頼っているようだが、気性が意外と純粋なローザはあきらめていないのである。


「ローザのことはどうでもいいけど、顔を出してみようか?」


「そんな、アンリ様……」


 ローザが泣きそうな顔でぼくを見る。


「まあ、ぼくらが口添えしても売ってくれるとは限らないしね。ダメ元でいってみよう」


「ローザが使う武器を変えても、大勢に影響はないでありますから」


 ローザの存在がどんどん小さくなっていく。もう顔を上げる気力もないらしい。




「なんだおまえら、がん首そろえて。まさかまた新しいのがほしい、なんて言い出すんじゃないだろうな。ふざけたこといってると、もう売らねえぞ」


 じつはぼくらは、三ヶ月ほど前にそろってここで武器を新調していた。ぼくはあの片刃刀を二年前に売ってもらってからずっと愛用しているが、それとはべつに少しできることの幅を広げるために、短槍を購入していた。だいぶイヤな顔をされたが、エランも最後には首をタテに振ったのだ。


「いや、おやじさん、とんでもないですよ。こないだの剣はほんとうに重宝してます。ただね、定期的に店をのぞきたくなるのも人情ですよ」


 ビットーリオが如才ないセリフを吐き出す。仲間内以外には好青年なんだよな、こいつ。


「なに言ってやがる。どうせそこの娘に買わせてやってくれとかいうつもりだろうが」


 お見通しだった。


「エランさん、この通りです! どうかこの騎士剣を売ってください!」


 ローザはエランに土下座した。だんだん土下座は文化として定着してきたようだ。


「こいつらを連れてくればおれの気が変わる、なんて思ってる時点でダメだろうが。おれは騎士にむいてないヤツに騎士剣を売って無駄にさせる気はねえんだ」


 ローザが土下座のまま硬直したのがはっきりわかった。まさかの戦力外通告だ。いや、盾として、だけどね。


「やっぱりこいつは攻撃役向き、ってことですかね?」


 ビットーリオが、さほど意外でもないと言った様子でエランにたずねた。


「ダメだとわかってんなら言ってやれや。こんな落ち着きのないヤツに守りまかせてどうすんだ?」


 もうズタボロである。ダメとか落ち着きがないとか、まったく救いのない言葉が浴びせられている。


「鍛えりゃなんとかなるかな、と思ったんですがね」


「向き不向きがあるだろうが。どう見たって、この娘に適性があるとすれば、軽装で動き回る剣士以外は考えられないだろう」


 なるほど、反論の余地がない。ローザは盾役なのに、チョコチョコ動き回りすぎなのだ。もちろん軽装盾というのもないわけじゃないが、それほど守りの急所をピンポイントでつかむ力を見せてくれているわけでもない。


「ローザ、ここは出直して、エランの言うことをじっくり考えてみるしかないよ」


 声をかけると、ローザが顔を上げた。文字通り、涙で顔がくしゃくしゃになっている。それなりに整っている顔が台無しだ。


「アンリ様、ですがわたしは物心ついてからずっと騎士をめざして……それでようやく近衛に」


 うん、だから戦闘に才能がないわけじゃないんだよね。むいてない騎士で近衛まで上ったんだから。


「ずいぶん時間を無駄にしたでありますな」


 ぼくが心でフォローしている間に、シルドラはバッサリ切り捨てていた。ローザの首はがっくりと前に垂れた。


「親父さん、とりあえず了解した。ちょっとこいつをまじえてじっくり話し合ってみるわ」


「そうしろ。でないと出さんでいい死人を出すぞ」


 ぼくらはエランの店から撤収した。灰のようになってしまっているローザは、ビットーリオとリュミエラが両脇を抱えて連れ出した。




「やはりあの親父はただものではないでありますな」


「といって、教えてほしいときに教えてくれるわけでもないのが、なんとも難しいんだけどな」


 ビットーリオがぼやくように言った。ぼくはぼくで、ローリエのことを少し思い出していた。


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


ようやく、冒頭に登場したロザリアを出すことができました。

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