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6-2  窮地

窮地は、あくまでアンリ個人の窮地です。世の中や彼の周りには何の影響もありませんが、彼自身は結構追い詰められます。

「ひ、ひさしぶりだね」


ぼくはようやくそれだけの言葉を搾り出した。まったく、どこのオスカル様なんだよ。


この二年でぼくもそれなりに身長が伸びたのだが。ローリエはそれ以上に伸びたようだ。ほぼ同じだった目線が、屈辱的なことに多少見上げる感じになっている。もちろん、ひとつ年上なのだからそれで何もおかしいことはないし、この年頃、女の子の方が成長がはやいのは、リュミエラに以前言われたとおりだ。だが、そういう問題ではないのだ。三十過ぎた男のプライドの問題である。


 それに、二年前には中性的な「かわいらしさ」が勝っていたそのたたずまいが、同じく中性的とはいえ「かっこよさ」に入れ替わってしまっている。そして線が細いような、しっかりしているような、その曖昧さが見るものの心を力づくで波立てててしまう。もともと端正だった顔つきも男らしさと女らしさをともに加え、その破壊力の及ぶ相手は男女を問わないであろう。はっきり言ってこれはヤバい。ローリエがボクッ娘であることを知っているぼくとしては、土下座を余儀なくされるレベルだ。


「どうしたのさ? なんかよそよそしいけど、ぼく、なにか悪いことした?」


 うう、口にするセリフがまたツボを押さえているときた。なんとか自分自身を通常運転に戻さなければ。ここはむしろ、内心をある程度ぶっちゃけた方がいい。


「いや、ローリエ、きみどんだけカッコよくなってるのさ。取り巻きがうるさくて剣の練習なんか落ちついてできないだろ?」


「そんなに変わったかな? 自分ではあまり成長してない気がするんだけど」


 コメントとしては嫌がらせに近いレベルですね。これで成長していないというなら、成長したつもりになっていたぼくはいったいどうしたらいいのだ。


「アンリくんはいいところに目をつけるね。ローリエ・シャバネルくんは、いま騎士養成学校随一の人気者でね。いろんな貴族が彼を自分のパーティーに呼ぼうと画策しているんだ。父君と姉のサンドラくんが、それこそ身体を張って話をつぶしているんだよ。今日彼がここにいるのも、一行といっしょに出発すると見送りの人で大変なことになる、という配慮があってね。ぼくとの連絡役という名目でこっそり早めに出発したんだ」


 アウグスト様が洗いざらい話してくれました。ぼくという馬を狙っているとはいえ、よい情報をありがとうございます。


「そうなんですか? そんなに父上と姉さんに迷惑かけてたんだ……」


 自覚のないイケメンとやらがここにいます。凡人からするとムカつくんだよね。


「ローリエ、無自覚なリア充は人類の敵だぞ」


「な、なにを言ってるのかわからないよ! 敵ってなにさ?!」


 あ、ローリエだ。二年前に話したローリエだ。その反応に、ぼくの心は急速に落ちついていった。




「アンリもぜんぜん変わらないね。普通に話しているかと思ったら急にはぐらかされたり、二年前に戻った気分だよ」


 はぐらかしたつもりは全然ないんだけどな。


「二年たって変わらないって言われても、全然喜べないけどね。それより、ずいぶん強くなったみたいだね。見ただけでわかるよ」


 これはほんとう。普通の身のこなしにまったくスキがない。あの腕前からさらに強くなったとすれば、男だったらリシャールと競うことになっていただろうな。


「うん、自分で言うのもなんだけど、二年前に比べれば強くなれたと思う。いまなら、アンリとやってもじゅうぶんいけるかも」


 リシャールといい、強いやつらはどうしていつまでもぼくを好敵手認定したがるんだろうか。ぼくは君たちとちがって、どこまでも強くなるような才能は持ってないんだよ!


「いや二年前もローリエが勝ってたじゃないか。ぼくは場をあやふやにして切り上げただけで、勝負自体はついてたよ」


「全然納得がいかない」


 リシャールもそうなんだけど、この年頃の強いヤツって、相手が同じように正面からかかってくると決めつけてるんだよね。けたぐりやはたき込みだって、立派なワザのひとつなんだぞ? ぼくはきみたちがもう一段強くなるための、いわば捨て石なんだよ。感謝してほしいね。


「まあいいじゃない。それより、行事は一の日始まりでしょ? 明日はどうするの?」


「アンリがカルターナを案内してくれるとうれしいんだけど……ダメかな?」


 ローリエ、はっきり言っておく。その上目遣いは反則だ。




 翌朝、ローリエが泊まっているアウグスト様の屋敷で朝食をごちそうになったあと、ぼくは彼女と街に出た。


 シュルツクで彼女がぼくにしてくれたようなかゆいところに手が届く案内はとてもムリだが、できるだけ彼女を楽しませたい、という気持ちはあるのだ。昨夜、屋敷から引き上げたあと、学舎に帰る前にリュミエラに効率的なスポットの押さえ方を伝授してもらったのもそのせいである。


「おもしろい武器屋とかない?」


 リュミエラのアドバイスをもとに組み立てた案内プランはいきなり崩壊した。


「ローリエ、そういうのもおもしろいけど、観光的におもしろそうなところに行ってみよう、って気はないの? ローリエがシュルツクを案内してくれたときも、そういう場所をきっちり押さえてたじゃん?」


「あれはアンリがイネスさんを連れ回さなきゃならなかったからだよ。アンリ自身がそういうのにあまり興味がない、っていうのはすぐわかったしさ」


 いやもう、鋭いと感心するしかないのだが、にしてもいきなり武器屋とは色気のないことこの上ない。……あ、どうせだからこの間リュミエラが言っていた武器屋にいってみるか。




「こんにちわ~」


 子供らしく挨拶をしながら、ぼくとローリエは店に入った。子供二人が武器屋にはいっていくという違和感満載の絵面を、店の主人はどうとらえるだろうか? ふつうに考えれば「ガキが何のようだ」とか「子供の来るところじゃない」という台詞が飛んでくるよね?


 店にはカウンターの向こうで、むずかしい顔で書類のようなものを読んでいる中年のオヤジしかいなかった。彼はぼくたちをチラと見たが、すぐに書類に再び目を落とした。さてこれはどう解釈すべきか? 合格なのか、オヤジがただの店番なのか、判断に迷う。


「へえ、変わった武器も多いけど、どれも質がいいね」


 ローリエは、この店の品揃えに興味をそそられたようだ。騎士が使うようなカッチリした両手剣などは、申しわけ程度に置いてあるだけだ。一方で、ククリ刀のような使い手を選ぶものがけっこう陳列棚を占めている。


 その中で、日本の脇差しをさらに短くしたような片刃の刀がぼくの目を引いた。手に取ってみるとそれなりに重いが、構えてみるとバランスがいいのか意外と重さを感じない。片手で使ったほうが使い勝手が良さそうで、順手で持っても、逆手で持ってもいけそうである。


「ぼうず、二本持ってみるか?」


 カウンターの中年男がいきなり声をかけてきた。たしかに、二本持って使いこなすことができれば、いろんな応用ができそうだ。


 男が出してきたもう一本を左手に持って構えてみる。さすがに十歳児にこの二本はキツい。ちょっと振ってみても、逆に振られているような錯覚をおぼえる。


「自由に振れるように力をつけろ。それまで売らずにおいといてやる。こんなもの買っていこうとするヤツもそういないだろうがな」


 話が決まってしまった。言いぐさからして、どうやらこの男がここの主らしい。ということは、噂の武器商本人だ。


 置いといてくれる、ということは売ってくれるということだ。金になる客だと認めてもらったらしい。ホントかね?


「あの、ぼくは騎士養成学校でふつうの両手剣しか使ったことがないんですけど、ほかにぼくに向いている剣や刀って、何かあるでしょうか?」


 ローリエが男に質問を投げかけた。すげえ度胸だな。いかにもクセがありそうな男に、臆さず正面から堂々と斬りこんだよ。


「……」


「あ、あの……」


「おまえ、騎士になるのか?」


「えっ!?」


 いや、騎士養成学校の逸材だしそりゃなるだろう、と思ってローリエを見ると、なぜか絶句のあと硬直、というある意味おきまりのパターンになっている。おいおい、マジかよ。


「おまえが騎士になっている姿ってのが、おれに想像できねえ。だから、騎士としておまえが使う剣、っていうのなら、おれにはわからねえな」


「でも、こいつは両手剣を使っているいまも、ものすごく強いんですよ? まちがいなく一流の騎士になれます。それでもわからないっていうんですか?」


「そんなことは知らねえよ。ただ、おれには想像できないだけだ」


 おやじはそう言ってこんどはぼくを見た。


「おまえがさっき両手剣を手に取っていたらおれはなにも言わなかったし、そのまま店を追い出してた。そういうことだ」


 悔しいがわかってしまう気がするぼくがいた。ぼくが命を預ける剣がどういうものか、ぼくなりにこの二年間考えていた。そして、それが両手剣だとはどうしても思えなかったのである。シルドラに買い替えをすすめられてもはぐらかしていたのは、けっしてラクをしたいためだけではないのだ。


「おじさん、それじゃ……この店にぼくが持ってもよさそうなものはあるの? 騎士としてでなくてもかまわないから」


 親父は大きくため息をついた。


「自分の生き方が定まってないヤツにどんな剣を持たせたらいいかなんて、わかるはずはないんだがな。どうしてもっていうなら……これだな」


 親父が手にとって見せたのは、ローリエがいつも使っている剣とは似ても似つかない、細身の短剣だった。


「おっさん、いくらなんでもこれは……」


「だれがおっさんだ。おれにはエランっていう名前があるわ」


「じゃあ、エランさん、これをローリエがどう使ってるところを想像してるんだよ?」


「使ってるところなんて知らんよ。これを持って立っているところが、かろうじて頭に描けただけだ」


「でも……」


「アンリ、いいんだ。エランさんはぼくに助言をくれてるだけだよ」


 みょうに興奮してしまったぼくに、ローリエがなだめるようにいい、そしてエランさんに向き合った。


「エランさん、参考になりました。ありがとうございます」


「勘違いするな。おれは助言したわけじゃねえ。騎士になるなといっているわけでもねえ」


 頭を下げるローリエに、おやじ、いやエランさんはそっぽを向いたまま言った。




 店を出て、ぼくらは近くのカフェに落ちついた。


「すごい店だったね」


 席についてしばらくして、ローリエがボソッと言った。


「とんでもない親父だったな。勝手に言いたいことを言ってるだけなんだが……」


「でもさ、エランさんには、あの刀を持ってるアンリがはっきり想像できたんだよね?」


 あれ、妙なところに食いついてきたな。


「あれしか使いこなせるものがない、ってことじゃないのかな?」


「いや、あれはなかなかクセのある刀だよ。使いこなすのはけっこう大変だと思う。それより、エランさんは『自分の生き方が定まってないヤツにどんな剣を持たせたらいいかなんてわからない』っていってたよね。つまり、エランさんにはアンリは生き方が定まっているように見えたんだ」


 非常にまずい方向に話が行っているような気がする。ローリエはほんとうに頭のいい子だ。たぶん、このあとには……


「アンリの定めた生き方って、なんなのかな? 聞いてもいいよね?」 


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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