6-1 三回生
基本的には交流行事とローリエを描く章となりますので、そう長くはならない見込みです。
「アンリ、たまには剣の相手をしてくれよ」
リシャールがぼくの後追いをしながらしつこく言い続ける
「勘弁してくれよ。もう二年たってるんだから、ぼくがリシャールにかなうはずないだろう? 弱いものいじめはやめろよ」
「でも、フェリペ様やイネス様以外、あのときのおまえよりも強い相手に会ってないんだぞ? ならおまえに相手してもらうのが一番じゃないか」
そりゃまた、ずいぶんと狭い世界だこと。でもごめんだよ。リシャールの好敵手認定されて、いいことなんて思いつかないもん。
二年が過ぎ、三回生になって半年ほどが過ぎたが、ぼくが学舎で置かれた環境は、一回生のときに比べてずいぶん変わった。
まず、フェリペ兄様とイネスが卒業し、残るド・リヴィエール兄弟はジョルジュ兄様だけになった。これが大きい。ずいぶんまわりが静かになった気がする。ジョルジュ兄様も魔法課程で優秀な成績をあげているけど、存在がいくぶん地味だからね。
ちなみに、フェリペ兄様は近衛騎士団に任官され、カルターナの屋敷に残っている。入れ替わりに、カトリーヌ姉様が領地に戻り、それと前後して結婚が決まってしまった。最初にそれを聞いたときはショックで一晩部屋に閉じこもり、自分が重度の姉コンだったことを強烈に自覚したものである。今のカトリーヌ姉様は、ウォルシュ男爵夫人、旦那様が家督を継げばウォルシュ侯爵第一夫人だ。
イネスは卒業と同時に領地に戻り、伯爵家の騎士団で入隊即中隊長だ。イネスの乱暴、いや腕前は領地の皆も知っているから、誰からも文句は出なかったらしい。
ただ、イネスについてはものすごいおまけ情報がある。あのギエルダニアでの遠征のあと、第三皇子アウグスト殿下に求愛され続けているのである。ベルトーニとの斬り合いを見て惚れてしまったらしい。いまは、全権大使という役職を新設してカルターナに居すわっている。なかなか一途な人だ。もう命は狙われていないんだろうか?
学舎のほうは、入舎まえに少し手を抜きすぎたぶんを戻して、第一クラスの十四番という立ち位置にいる。自分ながらいい感じだと思う。ちなみに、序列一位は超リア充リシャール、二位は完璧お嬢様ベアトリーチェだ。ジルが逸材と言ったこの二人、他を寄せつけない。マルコは二十位、ルカは十一位である。マルコはあまり後がないように見えるが、来年からは騎士課程なので、脳筋気味の彼の得意科目が増えるため、大丈夫なんだそうだ。油断してると足元をすくわれるぞ?
冒険者リアンのほうはどうかというと、あいかわらず週末の休みに細かい任務を受けるだけなので、ようやくDランクになったところだ。長期休暇があるだろう、といわれるかもしれないが、タニアのブートキャンプやジルの魔法の特訓などで、けっこう余裕がないのだ。ちなみに、シルドラはBのままだが、ビットーリオもBに昇格した。リュミエラはCで、もうじきBらしい。ぼくだけ取り残されているが、十歳児ということで大目に見てほしいものだ。
押し売り同然でついてきたヨーゼフとローザは、人間の盾にされることもなく、まだ生きのびている。
このふたり、開き直ったとみえて、女王国の情報は、裏も表も知る限りのことを吐き出してくれた。そのあとは使い捨てを避けるべく冒険者稼業に精を出しているが、頭数あわせレベルよりは役に立っている。なんだかんだいってランクはすでにCだ。シルドラ曰く、鉄砲玉としては使い勝手がよさそう、ということだ。強く生きてほしいものである。
「アンリ様も、そろそろ剣のサイズを少し大きくしてもいいと思うであります」
ぼくの身長は、この二年で地球換算二十センチほど伸びた。力もついている。たしかにこれまで使っていた両手剣ミニチュアサイズは片手で振れるようになっているし、短剣はサバイバルナイフみたいな感覚になっている。
「でも、ラクなんだよね、このサイズ。もうずっとこれでいってもいいんじゃないかと思ったりもするんだ」
「でもアンリくん、剣の長さも重さも、結局は攻撃力だよ? いざ荒事に巻きこまれたときに万が一ということがある。もちろん、ぼくが一緒にいればなんの問題もないんだけどね」
ビットーリオは、いくらまともなことを言っても必ず最後がヤバい。これはいくらシルドラに蹴り飛ばされても直らない。いや、蹴り飛ばされるのもご褒美か。
「変態のたわごとはともかく、アンリ様はあれこれ理屈をつけても、結局は『ラクだから』でありますからな。とりあえずノスフィリアリ様に報告しとくであります」
「待って、やめて! 裏切るつもり?」
「裏切るもなにも、もともとわたしのマスターはノスフィリアリ様でありますよ?」
「そういえば、ヨーゼフさんが武器商で妙な体験をしたと言っていましたね。気に入った剣があったのに売ってもらえなかったとか」
それはあれか? 気に入ったヤツにしか売らないという頑固系武器商か?
「なんでも、金にならないヤツに売る武器はないとか」
なんじゃいそりゃ?
「ちょっと興味があったので調べてもらいました。その武器商がいつも店のものに言っていることが、『剣だけを売るヤツは三流。剣といっしょに恩を売って二流、売ったものを倍にして回収して一流』ということらしいです」
考えてみれば、リュミエラはカルターノではあまりおおっぴらに行動できないんだ。どこで彼女を知っている人に会うかわからないからね。でも、ヨーゼフをうまく使ってぼくが知りたいような情報はきっちり用意してくれる。有能な秘書という感じだ。
ちなみにこのメンバーの間では、すでに偽名は使っていない。それぞれの事情もある程度飲み込んだ上でのつきあいになっている。
「なるほどね。だから恩をコミで売っても返ってくる見込みのないようなヤツには売らないんだ。扱ってる剣はどうなの? それだけのことを言える品揃えなのかな?」
ビットーリオは少し興味をひかれたようだ。
「少しとがった系統のものが多いそうですが、悪くはないようです」
「ぼくも機会があったらいってみるかな。その話だと、売ってもらえるかどうかわからないけど」
「呑気なことを言ってると、おもちゃみたいな剣でローリエさんの相手をすることになるでありますよ?」
そうなのだ。あの遠征からもう二年、ひと悶着はあったがなんとか続くことになった交流行事がもうじきある。一行の到着は二日後の一の日だ。
ぼくについては、前回は特別枠みたいなもので参加しただけで、フェリペ兄様もイネスもいない今回はぼくも普通の三回生であり、出番はない。三回生はリシャールがホスト側の補助要員にあたる接遇要員として参加するだけだ。騎士課程に進む来年以降のための経験を積ませる、って感じだね。
ただ、行事に無関係でも、無縁ではいられない。あれだけはっきり宣言した以上、ローリエはまちがいなく代表としてやってくる。まあ、剣の勝負をさせられるかどうかはわからないが、いろいろ話はすることになるんだろうな。
「このなかでローリエの腕前を見たのって、リュミエラだけ?」
「わたしは遠目に見たであります。背が小さいことを逆に利用するとか、脚を斬った相手を放置して次に向かう判断とか、二人目にとどめを刺す判断とか、いいスジをしていると思うでありますよ。人を斬るのが初めてであれなら上出来であります」
「一途な子ですから、いまはもっと強くなってるでしょうね」
「けっこう、世の中を斜めに見ているような感じもしたんだけどな」
「それは、彼女と肩を並べられるような存在や、彼女が追いつかなければならない存在がいなかったからです。目標を定めた彼女は強いですよ?」
「かたやこの二年間ラクをすることだけを考えて、子供用の剣でお茶を濁そうとしている怠け者でありますからな。追いつくどころか、はるかに置いていかれているかもしれないでありますよ」
「ローリエさんもさぞがっかりされるだろうと思います。もしかしたら、話を聞きたいという気持ちもなくされてしまうかもしれません」
なんなんだよ、この連係攻撃は! リュミエラはぼくに絶対服従というわりにはけっこう厳しい。ただ、姉コンのぼくは、なんとなくリュミエラにも逆らいにくいのだ。
「まあまあ、その辺で許してあげたまえよ。アンリくん、今日は兄上に呼ばれているとか言ってなかったかい? そろそろ行かないと失礼になるよ?」
ビットーリオが助け船を出してくれた。それはありがたいが、最後にわざとらしくウインクをしてみせるのがたまらなくイヤだ。早速シルドラが蹴り飛ばしている。そのすきにぼくはテーブルを離れ、店を出た。
屋敷に着くと、いつもの警護に加えて、見覚えのある数人の騎士が立っていた。ああ、ギエルダニアの第三皇子アウグスト殿下が来てるのね。
全権大使であるアウグスト殿下は、理屈の上ではカルターナにおけるギエルダニアの国そのものという立場であり、それなりに忙しい……はずだと思うのだが、けっこうマメにこの屋敷を訪れている。もちろん、イネスという将を乗せる馬を狙ってのことだ。特に、ぼくはイネスの第一の馬だと思われているらしく、どこから情報を仕入れるのか、ぼくが屋敷に行くときは高確率で顔を合わせるのである。
「やあ、アンリくん、元気かい?」
「アウグスト様、絶対にぼくよりもここにいる時間が長いですよね」
「はっはっはっ、いずれはきみの兄になる立場だからね」
交流行事のときは寡黙な落ちついた感じの人に見えたが、実はこういう人だった。そういうわりにはまだイネスを振り向かせることはできていないようだが、長期戦で攻めるつもりらしい。
「ただ今日は特に用事があってね。きみへの客を連れてきたんだよ、ほら」
アウグスト殿下が指さしたほうを見ると、ぼくより少し年上らしい、中性的ですらりとしたイケメンくんがいた。誰だ? いや、どこか見覚えがある気が……。
「久しぶり、アンリ」
この声ははっきり聞き覚えがある。まちがいない。
「ロ、ローリエ?」
返ってきたのは、リシャールにまさるとも劣らないイケメンスマイルだった。
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