5-16 約束
二校交流行事編、なかなか締め方が難しいです。ポイントが多いし、みな拾ってると冗長になるし……。
教官二名が死亡、学生二名が重傷という惨事となった二校合同の遠征は結局予定を二日短縮し、三の日の夕刻に一行はシュルツクに帰り着いた。本来なら五の日に遠征から戻り、六の日のパーティーで全日程を終えるはずだったが、協議の末,残りの予定はすべてキャンセルとなった。ドルニエには翌日の四の日の昼頃出発となる。
まあ、外部の偉いさんも呼んでいるというパーティーだ。日を動かすわけにもいかない、といって六の日までやることがない、ならいっそやめちまえ、という感じかもしれないけどね。
シュルツクに帰ってきてしまえば、撤収準備以外にやることはない。ローリエと少し話したかったけど、向こうはずっと偉いさんにつかまったままだ。あたりまえと言えばあたりまえだ。惨事が大惨事になるところを防いだ立役者だもんね。
ただし、やることがないのは学舎の一回生としては、だ。冒険者リアンとしては、せっかく確保しているラグシャン女王国のエージェントに会いに行かなきゃならない。ぼくの見えてない全体像についても聞きたいしね。
というわけで、ササッと帰り支度をすませてシルドラを呼んだ。
「シルドラさーん、いるかな?」
「いるでありますよ。いつまで待たせるでありますか」
「ごめんごめん。でも、最下級生も大変なんだよ」
ぼくが転移した先は、シュルツクの郊外歩いて四半日ほどの距離。要するに、女王国の連中が拠点としていた場所だ。男がひとり、女がひとり、ガチガチに縛られて転がされていた。男のほうは、頭にもかなり酷いケガをしているようだ。意識はないように見える。
「今回は、アンリ様は高みの見物だったでありますな。うらやましいであります」
「あっちはあっちで大変だったよ?」
「今回の最高の殊勲者はローリエさんです。ほんとうに頑張りましたよ? 初めて人を斬って、初めて人を殺して、アンリ様のところまで駆け戻って。何のために頑張ったのか、わたくしは知りませんけど」
珍しくリュミエラの言い方がけっこう冷たい。
「ぼくもなにもしなかったようなもんだね。この女を拘束しただけだもの。秘密作戦のリーダーなんだから、もう少しぼくを気持ちよくしてくれると思ったけど、拍子抜けだよ」
ビットーリオが転がされた女をつま先で小突きながら言う。相変わらず微妙に危ないやつである。
「変態に口をきく権利はないであります」
シルドラがビットーリオをうしろから蹴飛ばした。転がった彼はその場で身悶えている。この二人、意外といいコンビなのかな?
「変態のたわごとはともかく、この二人以外は全部始末したであります。この二人もパッと見たところ、生かしておく意味はあまりなさそうであります」
転がっている女のほうがピクッと反応した。いやいや、その前にやらなきゃいけないことがあるでしょ。
ぼくは、女性の顔近くにかがみ込み、噛ませているさるぐつわを短剣でスパッと切った。そして短剣を鼻先に突きつける。どうだ?
「くっ、殺せ!」
ぼくは立ち上がった。感動で涙がにじむ。オークがいないしシチュは違うけど、この台詞が聞きたかったんだよ。これでもう思い残すことはないね。
「なにがしたかったでありますか?」
シルドラがポカンとした顔できいてくる。
「シルドラにはわからない、男として大事なことだよ」
ぼくはそう言い切り、あらためて転がっている女の前にしゃがむ。
「それはともかくさ、殺すのはかまわないんだけど、その前に教えてくれるかな? なんで女王国は、ギエルダニアの誰だかの誘いに乗っちゃったわけ?」
「……」
「殺す予定の学生の中に第三皇子がいるって、きみたちは知らなかったでしょ?」
「な!! そんなことは聞いてない!」
ホントに末端なんだな。気の毒になってくる。
「自分が狙う相手のことは少しは調べようよ。だいたい、学生を殺してギエルダニアとドルニエにミゾを作るって、女王国にいい話ばかりじゃない。持ちかけたほうは、その話にどんなメリットがあると思うのさ?」
「それは……将来のギエルダニアと女王国の関係の基礎として……」
「誰のおなかもふくれないような話とひきかえにするのは、あり得ない夢物語だけだよ。そんな絵空事のために現実の危険は犯さない。女王国だっていざとなったらそんなことは忘れたふりをするでしょ? 今回は授業料を払ったと思うんだね」
「殺すんじゃないのか?」
「うーん、殺さなきゃいけない理由はないけど、生かしておく理由もないな。どうしたい? 国に返してあげようか?」
「やめてくれ! 国にわたしの居場所はもうない!」
まあこれだけ見事に失敗したんだから、そうだろうね。
「じゃあ、どうしたいのか言ってみてよ。さっき殺せって言ったよね?」
「あ、あれは……」
うん、わかってる。お約束だよね。ヲタク心を理解した反応に好感度はアップしているから大丈夫だよ。
「き、きみはいったい何者なんだ?」
いままでまったく動かなかった男のほうが、ぼくのうしろから声をかけてきた。
「何者って、王立学舎の一回生だけど?」
「とてもそうは見えないからきいているんだ。こいつらは凄腕だ。それはわかる」
そう言った男はシルドラたちを見回した。
「だが、その凄腕が心から従っているのがこんな子供とは……。なのに、三人の行動にどこにも無理が感じられない。いったいどういうことなんだ?」
突然、リュミエラが男の前にしゃがみ込んで短剣を首筋に当てた。
「あなたが知る必要のないことです。聞いて死にますか? それとも、聞かずにしばらく生き延びますか? もちろん、聞かずに死ぬ、でもわたくしはかまいません」
ちょっとびっくりだ。リュミエラがこんなにあからさまに殺気を表に出すのは、あの復讐劇以来だ。あのときだって、ここまでじゃなかった。
「わ、わかった。聞かないよ。そのかわりだな……」
「ご自分が条件を出せる立場だとお考えですか?」
「ち、ちがう! 頼んでるんだ! オレを使ってくれないか? あんたたちをもうすこし、見ていたいんだ」
「なにを言ってるんだ、ヨーゼフ!」
女のほうが思わずと言った感じで叫んだ。まあそうだよな。
リュミエラがぼくのほうを見る。いちおう、どうするかを聞いているようだ。ただ、彼女自身は依然として殺る気満々である。
ぼくはシルドラを見た。こいつを拘束したのは彼女だからな。
「実力のほどはわからないでありますよ。馬車が転倒したときに速攻で魔法で無力化したでありますから。ただ、それで無力化される程度だとは言えると思うであります」
だいたいわかった。しかし、魔族って「無力化」」って言葉が好きだね。
ぼくは今度は男の前にしゃがみ込んだ。
「あのさ、ぼくらはべつに信頼で結ばれた仲間じゃないんだ。みんなはぼくといるとトクだと思ってるし、ぼくはみんなが役に立つと思ってる。だから一緒にいるんだよ」
シルドラはタニアのおぼえがめでたくなるし、リュミエラは報酬先ばらいだ。ビットーリオは……わからん。わからんが、なにかメリットがあるらしい。
ぼくはヨーゼフと呼ばれた男の目をのぞきこんだ。
「アメリに一瞬で眠らされたきみは、どう役に立ってくれるわけ? まあ、女王国の情報提供とかでもいいけど、ネタが切れたあとはどうなるか、考えてからにしてよね」
「ど、どうなるんだ?」
「役に立つことがほかになければ、きみ自身を役立てるしかないじゃん。囮とか人柱とか人質とか」
シルドラがウンウンとうなずいている。ヨーゼフは真っ青になったが、気丈にもぼくに食い下がった。
「わかった、かまわない。最初は情報提供でそばに置いてくれ。出せる情報が切れる前に、ほかのやり方を考える」
「どんないいことがあると思って、そこまで思い詰めるのかなぁ。ぼくらといても、そんなにいいことはないと思うけどね。ま、好きにすれば?」
「わ、わたしもダメだろうか?」
こんどは女のほうが声を上げた。あんたつい数分前にヨーゼフを責めるような言い方してなかったっけ?
「さっきはああ言ったが、わたしもただ死にたくはない。このままギエルダニアに引き渡されれば死刑、国に帰っても口封じだ。ヨーゼフとおまえが話しているのを聞いていて、おまえに従えば、生き残る道が見えてくる気がしてきた」
「さっきは」って? ああ、「くっ殺」のことか。お約束なんだから誰も本気にしてないよ。
「きみはどう役に立つの? 情報源はひとりいればいいと思うんだけど」
「わたしとヨーゼフでは知識の範囲が違う。わたしは近衛で、ヨーゼフは影なんだ。提供できる知識の種類も違ってくるはずだ」
近衛とか、影とか、すごそうな響きだけど、リュミエラやビットーリオに手も足も出なかったんだよなぁ、この人たち。どうしたものか。
「とりあえず、だれかの助手をさせてみてはどうだい? 今回の件で、いちばん問題だったのは人手が足りないことだったと思うんだけどね。いざとなれば使い捨てればいい」
ビットーリオがまともなことを言ったが、最後が黒いな。
「わかった。まあ、今からここで女王国の情報を一から聞き始めるのも時間がもったいないし、とりあえずドルニエまでは来るといいよ。で、リエラ?」
「はい?」
「このヨーゼフとやら、しばらく助手として使ってみて」
「役に立たなければいかがいたしましょう?」
「まかせるよ。とにかく役に立てて」
ヨーゼフが再び真っ青になった。
「承知しました」
で、この女のほうだ。たぶん、もともとは騎士なんだよな。今回はダメダメだったとはいえ、近衛に取り立てられるんだ。さっき本人が言っていたが、表の人間、それも貴族出なんだろう。
「ビットーリオはどうするつもりなの? べつにムリに一緒に来なくてもいいけど?」
「冷たいことを言わないでくれよ。ここで放り出されたら、ぼくはこの先なにを支えに生きていけばいいんだい? もうきみなしには生きられないよ」
この場で消滅させたくなるようなことを言うのはやめろ! 鳥肌たってきたよ! ほら、シルドラが殺る気をたぎらせてるじゃないか。
「じゃ、この女のほう……えっと、名前は?」
「ローザ」
「じゃあ、このローザを面倒見て。役に立たなければ、盾にしてもいいから」
ローザも真っ青になった。
「そんなもったいないことはしないよ。ぼくの生きがいを奪わないでくれ」
どこまで気持ち悪いヤツなんだ。
冒険者タイムは、そこそこでおひらきにした。みんなは今晩、ひとあし先にドルニエに戻る。ぼくは学校の敷地の中を散歩しながら宿舎に戻った。最後だと思うとそれなりに感慨深い。四年先に同じ行事があったとして、騎士にならないぼくは来ないしな。
ブラブラ歩いて宿舎にたどり着くと、ローリエが階段に座っていた。
「なんとなくひさしぶり」
「きみの言うとおり、英雄になっちゃったよ。もうたいへんだった」
「ホントに感謝してるよ。ローリエがいなかったら、この交流行事がすごく後味悪く終わっていたと思う。リエラも、最大の殊勲者はローリエだって言ってた。」
「未だに、それできみがなにを得たのかは想像できないんだけどね。正直いえば、自分がなにをしたのかさえ、ほんとうにはわかってない気がするよ」
「そんな訳のわからないことのために、ぼくはローリエに人殺しまでさせちゃった。ほんとうにすまない」
これは本当の気持ちだ。強いとはいえ九歳の女の子にさせて良いことであるはずがない。たぶん、これだけでローリエの人生は少し変わってしまったはずだ。
「いいって。実はあの距離を走ったことのほうがつらかったよ」
ローリエはぼくを力づけるようにニッコリと笑ってみせた。ぼくのようなエセ八歳児ではない。正真正銘九歳の子供がこの気遣いだ。本当にすごいよ、きみは。
「リエラさんは、アンリがぼくに話してくれるのを待て、と言ってたよ。だから、今はなにも聞かない。でも、ぼくは二年後、この同じ行事でドルニエに必ず行くよ。そのときには、いろいろ聞かせてくれるとうれしいな」
「ローリエの気が変わらなければね」
「聞いたからね。もう取り消せないよ?」
「だいじょうぶ、取り消さないよ。気が変わって興味がなくなっていたら残念だ」
「変わるものか。じゃあ、また会おうね」
「うん、きっとね」
ぼくとローリエは握手を交わし、お互いに背を向けて歩き出した。
ぼくにとっての交流行事は、これで終わりだ。初めての英雄プロデュースは、いくつかの成果と、いくつかの教訓と、取り返せない失敗で終わった。次には、もっとうまくできるだろうか? もっとうまくやることに、ぼくの心は耐えられるのだろうか?
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
交流行事編、終了しました。同時に、八歳のアンリもこれで最後です。




