5ー15 夜襲
じっくり描こうかとも思ったのですが、限度がなくなりそうですし、事件のヤマは実は過ぎてしまっているわけで、結果、あっさり書くことにしてしまいました。
幸いにも騎士団が到着する前にその場を離れ、夕刻に野営地に戻ったぼくらは、騎士養成学校の教官たちから、遠征を切りあげて翌朝にシュルツクに戻ることになったという連絡を受けた。学生たちも、あの現場に行った者以外は急な決定に驚きながら、バタバタと撤収準備を始めている。
ぼくのまわりでいちばん慌てているのは、何があったか正確には知らないぼく以外の補助要員の四人だ。
「なにかやることがあったら何でも言ってください」
ぼくがイネス専属小間使いとしてここにいることは、暗黙の了解としてみんなが知っている。こう言っておかないと、なかなかぼくに仕事を振れないのだ。
考えてみれば、ぼくの存在ってド・リヴィエール兄弟の汚点だよね。特に優れた能力もないのに特別扱いされてるんだから。来年にはフェリペ兄様が、再来年にはイネスが学舎を離れる。ジョルジュ兄様は孤高の人だし、三回生になったあたりでの身の振り方って、今から考えておいた方がいいかも。いろいろ反動が怖い。
「ありがとう。それじゃ調理器具の片づけを頼めるかな?」
補助要員のリーダー格である四回生が応じた。
「了解です。でも、今晩と明日の朝の出発前の食事はだいじょうぶですか?」
「今晩のぶんはもう作った。明日の朝はギエルダニア側が用意してくれることになっているんだ。できるだけ早く出発したいからそのぶん撤収を早くしてくれって」
わかる気はするが、明日の朝にはどうなってるかわからないな。あとで確保しておこう。
ギエルダニア組は昼の話も影響してか、夕食の時間になっても非常にバタバタしている。学舎の人間だけであらかじめ用意してあった夕食をとっていると、フェリペ兄様がそこにいるみんなに向けて話し始めた。
「急に明日出発することになって、戸惑っている者もいると思う。だが、常に学舎生の誇りを持って行動してくれ。急に予定が変わるということは、それなりの事情がある。予定の変更もこれだけとは限らない。何があっても、おちついてぼくの指示に従ってほしい」
うんうん、これくらいしか言えないよね。兄様も苦しいところだ。もっと直接的な檄を飛ばしたいところだろうに。ぼくも、自分にできることをするとしよう。
むこうの手はずとしては、冒険者たちの襲撃でカタをつけられればよし、もたつけば騎士団が現場を混乱させながら学生と冒険者の両方を始末する、といった感じだったと思う。ここまでが第一段階。いまのところ、そこまでの段取りは完全に崩壊している。
ビットーリオにいわせれば、騎士団自体は点数稼ぎのために来るのであって、学生を襲いに来るわけではない。逆にあくまで救援に来るのだ。学生を狙うのは、たぶんその中のほんの数人。そいつらがここに二の手として来る。
騎士団全体でここに来ては逆に動きがとれなくなるから、そいつらはどうにかして本隊をシュルツクに返し、自分たちだけが確認などの理由で残るわけだ。現場の調査が終わり、本隊を送り出してから出ると、ここに着くのは早くて深夜になる。野営地の中の様子もわからない。最終的には全員始末するにしても、第三皇子は確実に殺らねばならないことを考えると、なんとも杜撰だ。
この上に三の手、四の手を考えているようなら、そもそもそれは計画としてダメだ。二の手で確実に仕留められるつもりでいるはずである。ということは……やはり、ここにいる遠征の一行の中に仲間がいる。それも、おそらく第三皇子を殺す役まわりの、わりと計画の中心に近い人物だ。
(やっぱり、あのベルトーニっていう教官しか当てはまりそうにないよな)
「兄様、相談があるんだ。はいっていい?」
「いいぞ」
臨戦態勢のフェリペ兄様の横には、やはり臨戦態勢のイネスがいた。今日はさすがに下着同然のだらしない格好ではない。
「時間が惜しい。要点を言ってくれ」
フェリペ兄様も今日はムダ口をいっさいはさまない。
「イネス姉を皇子につけてほしい」
「イネスはぼくのそばにいる必要があるということは言ったはずだ。理由は?」
「たぶん、皇子への攻撃は身内から。今夜襲撃はあると思うけど、それよりも前かもしれない。まだ天幕にいるところを襲われるとぼくもなにもできないし、皇子より弱い今の護衛ではいるだけムダだよ」
序列一位がイネスと何とか互角。第三皇子は序列二位で、護衛はその下だ。
「それは誰だい?」
「根拠をきかれると困るけど、たぶんベルトーニ教官」
「ふむ……」
兄様は考えこんだ。誰が、というのを信じてくれるかどうかだな。
「その役はアンリじゃダメなのか?」
「むこうが受けいれないよ。とくに護衛の人は、いきなり一回生より弱いと決めつけられるようなものだもん」
「それもそうか……。わかった。イネスもいいか?」
「やれと言われれば。ただ、あの教官けっこうやりそう」
「外で気配を消していればいいと思う。そう長い時間はかからないよ。自分より強いイネス姉がいるとわかっていれば、皇子も冷静に対処できると思うし」
「偉そうにわたしに指図するんじゃないわよ。でもそうさせてもらうわ」
このへんがイネスの訳のわからないところだ。アドバイスすると必ずひと言文句を言うが、結局は受けいれる。最初からわかったと言ってくれればいいのに。
「ぼくがイネス姉の代わりをした方がいい?」
「今おまえが言ったことと同じだ。一回生にいきなりぼくの副官をやらせようとしても、ほかの生徒が納得しない。それに、ぼく自身がおまえの実力を知らないからな。使いこなす自信がない」
「そ、それはどうも……」
「そのかわり、遊撃としてしっかり働いてくれ。ぼくは学舎の人間に被害を出す気はない。ギエルダニア側にどれだけ被害が出るかは、おまえ次第だと思え」
「り、りょうかいしましたぁ」
ぼくは野営地の外れに出て、魔力で聴覚を強化した。
しばらくの間、あらゆる音が増幅されてぼくの脳味噌を直撃したが、どうにか学生たちが立てる音や森の自然の音を除去して、感覚をこちらに接近する音に集中させることができた。
五分ほどで、ぼくはその音を拾い上げた。距離にして二キロちょっと、人数は五か六、だいたいあと二十分ほどでここに到達する速度だ。よけいな音が混じっていないのは、騎士団の鎧やほかの装備をどこかに置いてきたのだろう。
「兄様、あと三半時くらい、人数は五か六、いずれも軽装。ぼくは一度イネス姉のところに行くね」
フェリペ兄様は軽く手を上げて皆に合図を出す。それでほかの生徒がいっせいに動き出した。
「イネスには、しとめたらすぐに合流するように言ってくれ。おまえはそのあと自由に動いていい」
「了解」
皇子の天幕にいくと、まさにイネスとベルトーニ教官が斬り合いを演じているところだった。奥では血を流して倒れている護衛の生徒に皇子がつきそっていた。
「ドルニエの学生は、えらく水準が高い。うらやましい話だ」
「じきにうらやましがることもできなくなるから、せいぜい今のうちにうらやんどいてね」
おお、イネスが悪役みたいなセリフを! だがそれはフラグになるから気をつけろ!
ベルトーニ教官がイネスを力でねじ伏せようとするかのように、右から斜め上に力まかせに斬り上げる。イネスに弱点があるとすればパワーだから、悪い攻めじゃない。受け止めたイネスが少しグラつかされる。ベルトーニ教官はさらにイネスをはじき飛ばして体勢を崩そうとする。
大丈夫だとは思うが、さっさとカタをつけてもらおう。ぼくはさらにイネスに襲いかかろうとするベルトーニ教官の目に魔力の塊をぶつけた。彼の動きが一瞬止まる。そして、それを見逃すイネスじゃない。
「はあっ!」
がら空きになったベルトーニの腹にイネスが剣を突き立てた。おい、それは悪手だ。それだと剣が抜けなくなるぞ?
イネスはそのまま剣から手を離し、腰につけていた短剣を引き抜いて一気に距離を詰め、前のめりに倒れかけたベルトーニ教官の首筋に突き立てた。そういうことね。勝負カンについては、ぼくにどうこう言える話じゃなかった。
と感心していたら、いきなり腹を蹴りつけられた。なんだ? なにが起きた?
「よけいなことするんじゃないわよ! シラけちゃったじゃないの!」
イネスだった。ずいぶんお怒りだ。しょうがないじゃないか。フラグを折らなきゃいけなかったんだよ!
「グズグズやってるからだよ! 兄様が待ってるから早く!」
「あ、あの、イネスさん!」
ぼくの声にかぶってきた声がある。第三皇子様だ。走り出しかけたイネスが振り向く。
「あ、ありがとう。助かったよ。このお礼は必ず……」
「そんなものどうでもいい! 礼なら、そこのアンリに言っといて!」
イネスはそのまま走り去り、ぼくは第三皇子と、ケガで気を失っている護衛と三人でそこに残された。
「どういうことだい?」
「え、えーと、代理で聞いておけ、ということですかね? それより、騎士学校の他の人は大丈夫でしょうか? ちょっと見てきます」
「あ、そうか。ぼくも……」
「ロッセリさんはここにいてください。ケガした彼を見ていてもらわなきゃ」
皇子はそこで自分の立場を思い出したらしい。あまり前に出過ぎちゃダメですよ。
「わかった。気をつけてくれ」
遠征の本部をかねた天幕は、ひどいことになっていた。
二人の教官と学生がひとり、そして一人の見知らぬ男が倒れている。そして、見知らぬ男がもうひとり、サンドラさんに斬りかかっている。彼女は自分の剣でそれを防ぐが、大きく弾かれる。これはヤバい。ぼくはカマイタチを発動させようとした。
「姉さん!」
ぼくの横をつむじ風のように小さな人影が駆け抜けた。そして次の瞬間、サンドラさんに斬りかかろうとした男の脇腹に、きれいに剣が突き立った。剣を振り上げたまま硬直した男の首を、ローリエがその一瞬で拾い上げた、そこに落ちていた剣で斬り上げた。男の首がはね飛び、斬り痕から血が噴き出し、ローリエを真っ赤に染めた。
「ローリエ!」
サンドラさんがローリエに駆け寄って抱きつく。
「大丈夫だった、姉さん?」
ローリエが彼女を抱きしめ返し、髪をなでた。ただ、血だらけの手でなでたので、髪の毛にべったり血がついてしまっている。
そのままぼくは外に出た。そこにはフェリペ兄様とイネスがいた。
「こっちは片付いた。そこはどうなった?」
「死んでるかどうかはわからないけど、教官二人と学生ひとりが倒れてる。襲ってきたやつらは二人とも死んだと思う。ごめん、ぼく次第だって言われたのに、こんなことになっちゃって。結局、なにもできなかったよ」
フェリペ兄様は深くため息をついた。
「気にするな。おまえはじゅうぶんやれることをやったよ」
「でも……」
言いかけるぼくの頭をイネスがポンッと叩いた。そして天幕の方へ二人は歩き出す。すこしローリエのいる天幕のほうを見て、そしてぼくは二人の後を追った。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




