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5-13 遠征前夜

兄弟の会話は、当初想定していなかったのですが、ふと気がそちらの方向を向いたので、入れてみました。会話をさせたらさせたで、出番を増やしたくなるので困ったものです。

「十七年間ひとりを愛してきたシャバネル伯爵が側室を迎える、という裏には、そんな事情があったんだねぇ」


 夕方、最後の打ち合わせに全員が集まったとき、カフェでの一件をきいたビットーリオはうなった。


「わたくしの想像に過ぎませんが、ローリエさんは男として一生をすごすには女性的に過ぎたのではないでしょうか。会話のあちこちで、ムリして男を演じているような気配を感じました。おそらく、シャバネル伯爵はそういうローリエさんを見ていられなくなったのではないかと」


「リエラがあちこちで感じた気配を、アンリ様はまったく感じなかったというわけでありますな。小さなことにとらわれないところはさすがであります」


「なにを言われても言い返せないんだけどさ、アメリにまでイヤミを言われるおぼえはないよ! アメリだって気づかなかったじゃないか!」


「わたしはアンリ様とちがって直接話したわけでもないでありますよ。条件がぜんぜんちがうであります」


「うう……それをいわれると……」


 それにしても、ラノベやゲームで鈍感系の主人公とか、男のふりをしたボクッ娘とか、「そんなバカな」と思っていたのだが、こうなってみると恐ろしい。世間知らずだったのはぼくのほうだったのだ。


「それはともかく、本題に移るであります。黒幕がだれかは結局つかめなかったでありますが、第三皇子の話を聞いて、想像はつくようになったでありますよ」


「どういうこと?」


 シルドラがビットーリオを見た。


「この件を直接女王国に持ちかけたヤツはわかったんだ。だがそいつは、自分の親分格の貴族の傀儡として前面に立っているだけだ。そして、その親分自身が、だれかのために動いている気配が強い。そこまで慎重にことを進めている以上、真の黒幕は相当に高位の人間だ。そして、標的に次期皇帝にという声も少なくない第三皇子がいるとなれば……」


「皇太子か第二皇子、というわけだね」


「お家騒動に関わってしまうのは、あまりよろしくないでありますな」


 そうなんだよね。狙いどおりにことが運んでしまうと、理屈の上では話が皇家まで及んでしまう。


「責任をギエルダニアにとらせることにした以上、そこは覚悟するしかないね。あまり気にするのはやめよう。あと、あちらさんの拠点は?」


「シュルツクから四半日程度、ちょうど学生さんたちの目的地とシュルツクを結んだ線上にあたる場所だね。常識的な位置どりと言っていい」


「いちおう、いろんな状況を想定して対策を立てる頭はあるようでありますな。逃げ道も複数用意しているでありますよ。また、女王国のふたりのうちのひとりは、襲撃に参加せずに拠点に待機するとのことであります」


 なるほど、不測の事態に備えて連絡役を残す、と。だがこの場合……。


「ビットーリオ?」


「わかっているさ。皆が出発したら、捕らえて無力化すればいいんだろう?」


「うん。なるべく殺さないようにしてほしいんだけど、出来る?」


「それはいくらなんでもぼくを侮りすぎというものだよ。それよりも、もうひとりのほうはどうするんだい? アメリさんにまかせておくと、ただの肉塊になってしまうよ?」


「失礼なことを言わないでほしいであります。肉塊も残さないでありますよ」


 シルドラ、それは少しちがう。


「あのね、なるべくなら生かしておいてほしいんだけど」


「ひとり残れば充分だと思うでありますが? 痕跡を残さないようにすれば問題はないと思うでありますよ」


「それはそうなんだけど、できればいろんな話が聞きたいじゃない? せっかくの社会勉強の機会なんだから」


「いや、勉強のことを気にする場合ではないと思うでありますよ」


「まあまあ、とにかくお願い。勉強云々はおいといても、なにかに使えるかもしれないし、確保しておいて損はしないよ」


「注文が多いでありますな。お値段も上がるでありますよ?」


「全部終わったら、好きなもの食べていいよ」


「了解であります! 石にかじりついても確保するであります」


 ある意味、安い値段だと思う。 




「第三皇子のことなのですが、襲撃を失敗させたあとはどうしましょうか?」


 ふとリュミエラが話を変えた。


「どうするって言われても、あとのことはもうぼくらの問題じゃないと思う」


「いえ、ふと気になったのですが、わたくしには、今回の段取りを考えたのが皇家だとは思えないのです。おおもとの指示は、単に『遠征を利用して第三皇子をなんとかしろ』という程度だったのではないでしょうか。だとすれば、、襲撃が失敗したときの二の手くらいは用意していると思うのです。」


「どうして?」


「貴族社会というのは、身分が上がるほど具体的な指示がなくなっていきます。統治者といえども、もとはいち貴族ですからそこは変わりません」


「それは、なにか問題がおきたときに責任を追及されないように、ということだね。それは騎士団みたいな組織でも同じだ」


 ビットーリオがうなずきながら補足した。


「はい。ですから、指示を受けたものがその意を汲んで段取りを考え、それをさらに寄子などが実行に移すわけです。段取りがうまくいくいかないは、最初の指示を出したものにとってはどうでもいいことですので、襲撃が失敗しても、指示を受けたものにとってはまだ終わりではないのです」


「ということは、襲撃が失敗したら、第三皇子を直接狙いに来るってこと?」


「はい。計画を立てたものにとっては、遠征中に決着をつけて皇家に自分の力を示す必要がありますので。そしてそのときに、律儀に第三皇子だけを狙うとも思えません」


「だとしたら、あらためて兄様たちにも累が及んでくるわけか。めんどくさいな」


 兄様にひとこと言っておいた方がいい。問題は言いかただな。


「そっちは了解した。なんとかしてみるよ。リエラはローリエのことをお願いね。巻きこんでおいてこんなことを言うのもなんだけど、絶対に無茶はさせないで。それからリエラ自身もムリはしないようにね。アメリがいるのを忘れずに」


「おまかせください。分はわきまえておりますので」


「それじゃみんな、お願いね。ビットーリオも、いまになって後悔してるかもしれないけど、もう遅いよ?」


「バカなことを言わないでくれたまえ。こんなにワクワクした気持ちでなにかをするのは久しぶりだよ。ぼくのセンサーはウソをつかないね」


「センサーの話はいいから」




「兄様、ちょっといいかな」


 兄様の部屋の扉をノックして問いかけた。


「アンリか? 入っていいよ」


 扉を開けて入ると、だらしないかっこうでイネスもくつろいでいた。兄妹とはいえ、男の部屋でそのかっこうで寝そべっているのはどうか、という感じだ。


 しかし、イネスに聞かせるつもりはなかったんだが……まあいいか。


「アンリがぼくのところに来るなんて珍しいな」


「こいつはだれにでも愛想ないのよ、兄様」


 どうでもいいけど、兄様のベッドを占領するのはやめろ、イネス。


「兄様に相談があるんだ。イネス姉はいなくてもぜんぜんよかったんだけ……ブッ!」


 枕が顔にクリーンヒットした。あいかわらず乱暴な女だな。


「アンリがぼくに相談なんて、それこそ初めてじゃないか? ちょっと怖いくらいだ」


 兄様もけっこうグイグイ来るな。


「騎士養成学校にアウグスト・ロッセリっていう人、いるよね?」


「ああ、序列二番だったな。何度か話したが、頭も切れるし、腕もそこそこには立つ。おもしろいヤツだよ。そのアウグストがどうかしたのか?」


「ギエルダニアの第三皇子だって。本名はアウグスト・ギエルダニア」


「……そういえば、みょうに浮き世離れしたところのある人だったわね。皇家の人間だったとは、なんとなく納得だわ」


「アウグストが皇子だとして、なにか問題があるのか?」


「次期皇帝に、という話があるらしくて、皇太子か第二皇子のどちらかがそのアウグストさんを亡きものにしようとしている、という噂がね」


 フェリペ兄様は特に驚いてみせることもなく、大きくため息をついた。


「おまえはいったい、どこからそういう話を聞き込んでくる? ここでおまえがどこに出入りしているか、特に気にしてなかったが、ちょっとやりすぎじゃないか?」


「まあ、そのへんは大目に見てよ。でね、明日からの遠征中がひとつのいい機会だと考えられているらしいんだ」


「うちは兄様にまかせとけば大丈夫よ。来るかもしれない、とわかっていればなんの問題もないわ」


「そうだな。ぼくもほかの三人と、補助のみんなを守らなきゃならない。申し訳ないが、あちらはあちらで対応してもらうしかないね。第三皇子だっていうのは驚いたけど、だからってどうしようもない」


 うん、兄様らしい、いい割り切り方だ。それでいいと思う。ぼくも兄様とイネスが不意を突かれさえしなきゃいいんだから。


「だから、おまえが目を配っておいてくれ」


 はい? 兄様、いまなんとおっしゃいました?


「ああ、それで問題ないわね。逆に向こうの不意を突けるわ」


「ちょっとちょっと、ぼくは補助なんだけど守ってもらえないわけ?」


「逆に守ってほしいわね」


「ぼくより強いかもしれないアンリを、なんでぼくが守らなきゃいけないんだい」


 あちゃー、これ、リュミエラの言うとおりホントに根に持ってるかもしれない。父様もよけいなことをいってくれたよな。


「まあ、それは冗談だけど、イネスのいうとおりなんだよ。ぼくは学舎のみんなを見なきゃいけない。イネスにはぼくのそばにいてもらう必要がある。いつもアウグストのことを見ていられるのはアンリだけだ。それまでは、守られているふりをしていていいからさ」


「ホントならわたしといっしょに兄様を助けなきゃいけないところなのよ? それを免除するんだから感謝してほしいわね」


 なんなんだよ、このコンビネーションの良さは!? めちゃくちゃアウェーだよ!


「うう、わかったよ」


「よし、話は終わりだね。じゃあ、明日も早い。アンリもイネスも、早く寝ろ」


「はーい。じゃ、おやすみなさーい」


 イネスは素直に返事をして、部屋を出て行く。おい、そのかっこうで廊下に出るのか? ほとんど下着じゃないか。


「アンリもさっさと部屋に戻れ。それから、いまぼくが聞いたことは、ほかの誰にもいうなよ。無駄に不安をかき立てたくないからな」


「うん、わかった。じゃあ兄様、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 はぁ……、今回、自分自身でやることはない、とタカをくくってたんだけどな。意外と忙しくなりそうな気がしてきた。


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


次話は視点が変わるので、Intermissionになると思われます。

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