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5-8  不穏

おそらく今日で一日一投稿は最後です。今日から10日ほどの出張があけたらまたがんばりますので、引き続きよろしくお願いします。


しかし、ビットーリオって書いていて楽しいキャラなのはまちがいないです。今回はアブノーマル度低めですし。

 さすがに、五の日までは代表団の人たちと一緒にいることを最優先にした。みんなぼく、というよりド・リヴィエール兄妹に気を使って何も言わないが、あまり別行動ばかりでもマズい。


 でも、ほかの補助要員の人も結構忙しそうなんだよね、これが。彼らは、実力的には次の機会には代表になれるくらいの人だから、代表の人たちがやることを必死で見て、少しでも多くのことを吸収しようとしている。一回生のぼくなんかがちょろちょろしていると、かえって気を使わせて申し訳ないくらいだ。みんなといるときのぼくの最大のミッションは、「空気を読む」だった。




 明けて六の日、交流代表団は夜の夕食会までオフとなり、ぼくはイネスとの関係で自動的にオンになった。朝から姉弟デートという色気のないパターンであったが、ローリエに教えてもらった観光スポットや食堂は非常によくポイントを押さえていて、イネスの好みにピッタリはまったらしい。何者なんだ、あいつ? 


「褒めてあげるわ、アンリ。まさかあんたにこれだけわたしを楽しませる才覚があるとは思わなかった。食事もおいしかったしね。これで退屈な夕食会もなんとか我慢できそう」


「お褒めいただき光栄でございます、姉上」


 ぼくはわざとらしくお辞儀をし、イネスの手を取って口づけを……しようとしたところで、頭をげんこつで殴られた。


「気持ち悪いことするんじゃないわよ! 兄様にあんたにシュルツクを楽しむ機会を与えてやれ、と言われたし、明日一日あんたを自由にしてあげようかと思ったけど、やめるわよ?」


「ご、ごめんごめん。後生だから機嫌なおしてよ」


「べつに怒ってない。あんたのことだから心配はしてないけど、あまり羽目を外しすぎるんじゃないわよ」


「もちろんだよ。何か買っておいたほうがいいものとかある?」


 イネスは僕の頭に手を置き、髪の毛をクシャっと撫でた。


「そんなこと気にしなくていいから。夜には顔を出すのよ?」


「了解。夕食会、頑張ってね。退屈だからってあまり食べすぎちゃだめだよ」


 本校舎のほうに歩いていくイネスが立ち止まり、振り向いてゲンコツを振りあげ、ちょっと微笑んだ。




 イネスの姿が見えなくなったところで、ぼくはあらためて繁華街のほうに戻ろうとして……そこにはローリエがいた。


「……びっくりした。いつからいたの?」


 じつは、さすがに気配は感じたので、さほどびっくりはしていない。気配の大きさでローリエだろうという想像もできたしね。


「そこの木の上。二人が帰ってくるのが見えたから驚かそうと思ってね」


「このあいだいろいろ案内してもらったけど、すごく役にたったよ。イネス姉様が上機嫌でほんとに助かった」


「それはなにより。夕食がまだなら、一緒に食べに行かないかい? こないだ行かなかったところで、おいしい屋台があるんだ。魚は嫌いかな?」


 さすがに、一回生と二回生のガキンチョ同士がどこぞの酒場に、とかそういう展開はないよね。ああいうのは、フィクションだからアリなのだ。


「大好きだよ。ところで、ローリエが付き添いで食事ということは、これは許可つき外出だと思っていいのかな? あとで怒られたりしないよね?」


「大丈夫さ。六の日の夜なんてそんなうるさいこという人はいないよ」


ということは、許可的にはダメということか。ほんとフリーダムなやつだな。ま、いいか。




 三つほど屋台をめぐると、さすがに腹が膨れてきた。オッポというニシンに似たやつの酢漬け、鮎に似たキルアという魚の塩焼き、どこからどう見ても焼き鯖というゴレフの切り身の焼き物を食ったのだが、どれもうまい。


 よくわからないのは、ぼくよりひとつ上とはいえ、まだ九歳のローリエがなぜこう街のあれこれに詳しいのだろうか、ということだ。伯爵家待望の長男がそんなにホイホイ屋敷の外を出歩かせてもらえるとは思えない。ありえるのは、タニア級のメイドがついていること……いや、それこそありえないか。あんなメイドがほかにいてたまるか。




「ローリエは騎士になるの?」


 学校への帰り道、ふとぼくはローリエに聞いてみた。


「たぶんね。あまりぼくにむいているとは思えないんだけど、両親がすごくそれを期待してるんだよね。その顔を見たら、しょうがないかな、って感じ」


「十年に一人の逸材って言われてるらしいけど?」


「うーん、能力的にはたしかにそうかもしれない、とは思うよ。それだけの結果は出してるしね。でも、性格的にむいてるかどうかは別だろ?」


「ほかになにか、やりたいことがあったりするのかな?」


「世界中を回ってみたいんだよね。きれいなもの、見たことも聞いたこともないようなものにたくさん触れて、いつも『すごい!』って思っていたいんだけど、夢だよね」


「たしかに、騎士になっちゃうとね。むしろひとところにとどまるのが仕事みたいになっちゃうだろうし」


「あのさ、ぼくもよく『子供らしくない』って言われるんだけど、アンリってぼくより年寄りじみてない? いっしょうけんめい年上ぶってみてるんだけど、キミのほうが年上じゃないかと感じるときがあるよ」


「そんなわけないじゃん。背だってローリエより小さいし、正真正銘八歳児だよ?」


「そういう言いかたがまた怪しいんだけど」




 イネスの部屋に顔を出すと、ちょうど夕食会から戻ったばかりらしく、しばらく話し相手をさせられた。やはり見た目は美人で腕も立つ、ということでずいぶんといろんな人に話しかけられたらしい。日中の散歩で下がったストレスがかなりたまっていた。


「あれじゃ食べるヒマがないじゃないのよ!」


「いや、もともと貴族の食事会なんてそういうものじゃん。食べ物なんてほとんど出さない家だってあるとか」


「貴族っていっても、食べ盛りの子供相手にアレはないでしょ。ヒマがないっていうより、邪魔してるんじゃないかと思ったわね」


「イネス姉は目立つからね。あきらめなよ。たまにはぼくの自慢の姉を演じてよ」


「……恥ずかしいこと言ってんじゃないわよ」


 といいつつ、イネスはちょっと赤くなった。猛獣使いのワザじゃないけど、荒れているときはこれ、けっこう効くんだ。


「明日はゆっくり休みなよ。来週は遠征があったり、今週よりキツいんでしょ?」


「そうするわ。いいわね、子供は苦労がなくて」


 さっき自分を子供って言ったくせに……。




 さて、いまどきの子供はやることが一杯あるんだ。


「シルドラ~」


「意外と遅かったでありますな。子供はもう寝る時間でありますよ?」


「そういうのはふつうの子供にまかせてるから。リュミエラはどうしたの?」


「酒場でビットーリオの相手をしてるでありますよ。ただ、端から見ると別世界のような美男美女のカップルでありますから、目立ちすぎてるであります。早く行ってあげたほうがいいでありますよ」


「ぼくらが行ったら行ったで目立つだろうけどね」


 絶世の美男美女のカップルに同じレベルの美女ひとりと子供が合流するんだ。目立ち度はむしろ上がるだろう。




「これはリアンくん、今日は一日大変だったそうだね。美しい姉君といっしょの仲むつまじい様子は、街中で一度見かけたよ。声をかけようと思ったけど、アメリさんに止められてしまった」


「絶対にやめて」


「わかったわかった。しかし不思議なものだね。姉君はリアンくんより六歳も年上だというじゃないか。それなのに、きみはまるで年下の少女のように彼女を扱っていたね。姉君もきみにたよりきっていたし」


「まあ、そこはそれ、あまり突っこまないでよ」


 侮れないな、こいつの観察眼。最初にあったときも、ぼくをふたりに保護されている子供だとは、まったく思っていなかった。


「ところで、どうしてビットーリオが一緒にいるわけ? だれか呼んだの?」


「呼ぶわけないであります。食事をしていたら勝手にあらわれて、そのまま居すわったんでありますよ、この変態は」


「冷たいなぁ、アメリさん。ぼくとあなたの仲だというのに」


「どんな仲も存在しないでありますよ! リエラはよくこいつとあたりまえのように話せるでありますな!?」


「最初は少しとまどいましたが、慣れると楽しいかたですよ? 話題は豊富ですし、話術も優れたかたで、貴族社会でも十分生き抜いていけると思います」


 それだけ冷静にこいつを分析し、うちとけられるリュミエラの対人スキルはすさまじい。魑魅魍魎が跋扈する貴族社会を泳ぎ始めていただけのことはある。


 一方、シルドラはジル相手よりもさらに感情をむき出しにしている。それだけのことで、ビットーリオがただ者じゃないというのはわかるんだけどね。 変態だしなぁ……。




「じつはね、ちょっと興味深い話があるんだ」


「変態が興味深いと思う話なんか、聞きたくないでありますよ」


「まあそう言わないで、アメリさん。たぶん、リアンくんの姉君にも関わってくるんじゃないかという話なんだよ」


「はい?」


 急にイネスが話の中心に引き出された展開に、ちょっとついていけない。


「騎士養成学校は来週、ドルニエの王立学舎騎士課程との合同演習のための遠征を予定している。この遠征が象徴するとおり、ドルニエとギエルダニアは友好関係を深めつつある。アッピアは静観しているけど、大陸のもうひとつの勢力であるラグシャン女王国は、かなりおもしろくないらしい」


 ちょっと待て。話がいきなりきな臭くなったぞ。シルドラもリュミエラも表情が急に険しくなった。


「続けてよ」


「おもしろくないからといって、いま大陸は軍を動かすような情勢じゃない。へたにバランスを崩すような行動に出れば、三カ国すべてを敵に回す。それはラグシャンもわかってる。しかし、できれば横やりは入れたい。そこにあつらえたようにぶら下がっていたのが、合同演習だ」


「合同演習に参加している学生を襲って、責任をギエルダニアになすりつける……?」


「ご名答。どちらに責任をなすりつけるかまではわからないけどね。どちらの学校もすぐれた騎士を生み出してきている名門だ。しかし、その両校のエースが集まっているとはいえ、まだ卵である学生だよ?」


 なんてこった……。



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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