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5-7  ローリエ

おそらく、学校交流の行事がアンリになにか影響することはないと思います。

アンリは異国でなにを見、なにを学べるのか、描くのはそれなりに楽しみです。

冗長にならないよう、気をつけていきたいと思います。


それから、5-5で二十歳としたビットーリオの年齢、二十三歳に修正しました。

「えーと、その辺を歩きながら話すっていうのもなんなので、どこかでお茶でもいただきませんか? ぼくが払いますんで、この辺にいい店があれば連れてってください」


「そうかい? すまないね。 それじゃぼくのお気に入りのお店にいこうか」


 年下からの申し出を一度も辞退せずに受けたこともだが、お気に入りの店と言って連れてきたのが超高級カフェといったたたずまいだったのには絶句した。日本人的感覚と言ってしまえばそれまでだが、もう少し、そう、少しだけの遠慮を期待するのは間違いだろうか? まちがいなんだろうな。


 メニューを見ると、フルーツジュース一杯が標準的な食堂での三食分くらいの値段である。ローリエは六食分くらいの値段のジャンボパフェを頼んだ。やけくそで僕も同じメニューを頼む。  


「さて、あらためて聞くけど、どういう案内をご所望? ちなみにイネスお姉さんの生活用品だったら、適当に見繕って届けておくから心配しなくていいよ」


 ローリエはジャンボパフェを優雅にパクつきながら言う。どうやら、僕がイネスの小間使いという位置づけで来ていることを確信しているらしい。


「それは助かるな。あれでも女だから、わからないことが結構多くて」


「その辺は任せておいてもらっていいよ。代金は精算払いでいい」


「どうしてそんなに至れり尽くせりなんだろうか? かわりにぼくになにか期待してるのかな? ひょっとしてぼくの身体とか?」


「うん、よくわかったね」


 おい! ぼくの渾身のジョークが素で返されてしまったぞ。逆に逃げ場が小さくなっちゃったじゃないか。


「きみさ、昨日の夜に学校の敷地からいなくなったでしょ? ああ、それをとがめるつもりなんてないよ。たださ、そういう手段を持っている子が正面から外出しようとしているとしたら、外出することが目的じゃなくて、正規の手続きで外出したという事実を作りたいってことかな、と思ったんだ。そのへんどうかな?」


 はい、結構やばいところまで追いつめられているぼくがここにいます。でも、もう少し粘ってみたい。


「イネスに、身の回りの物を適当にそろえるように言われたからなんだけど?」


「それはもうぼくが任されたよね? それじゃ帰る? 外出する必要がなくなったから戻ってきた、ということにすれば問題ないよ。外出した事実もなくなる。食べ終わったら行こうか?」


「ごめんなさいぼくが悪かったです。もっといろいろ連れていってください」


「はじめから素直にそういえばいいのに」


 ローリエがいたずらっぽく笑った。完全に手のひらでころがされたかっこうである。 



 結論からいえば、べつにぼくらは武器屋にも魔道具屋にも奴隷商にもいかなかった。そもそもその辺はローリエが口に出しただけで、ぼく自身にそんな目的があったわけでもない。はじめのカフェでのやり取りこそ多少の緊張感をはらんだが、その後は別に雰囲気が固くなることもなく、というか、ものすごく和やかな時間を過ごしてしまった。


 ぶらぶらと繁華街を散歩し、たまに屋台でジャンクフードを食べ、いくつかの観光スポットを回ってから学校に戻った。ローリエは好き勝手に寄り道しても文句も言わず、自分の知っている限りのことを解説をしてくれる。そして、「知っていること」が二回生とは思えないくらい豊富だ。


 ローリエは少しクセとアクはあるものの、快活で頭のよい生徒だった。騎士というよりは官吏、官吏というより政治家向きではないかと思われるのだが、どうやら成績もよいらしい。しかもリシャールとタメを張れるくらいのイケメンだ。さぞかし女子に人気があることだろう。ちなみに、途中で一度シルドラと目が合ったので、乞調査、という感じで目配せをしておいたが、通じているだろうか。




「いろいろつきあわせちゃってごめん。ほんとにありがとう」


 この礼は心からの礼だった。仮にイネスが休日にぼくに案内を強要してきても、なんとかやり過ごせるくらいにはなっている。


「こちらこそ、楽しい時間をありがとう、アンリ。でも、まだ一回生なのにずいぶんフトコロに余裕があるのはびっくりしたよ。困っているのが見たくて、わざと高い店に行って、ムダに高いパフェを頼んだのに、あっさり自分の分まで注文しちゃうんだもの」


 そういうことだったんですかい。けっこうな性格をなさってますこと! だが、無駄に高いとはいうが、あのパフェはすごくおいしかったぞ。


「明日からもよければ声をかけてくれないかな? もっと外に出たいのに、普段はあまり機会がないんだよね。次はぼくがごちそうするからさ」


「いや、さすがに上級生の手前もあるから、毎日はムリだよ。それに声をかけるっていっても、ふだんはどこにいるのか知らないぞ?」


「年寄りじみた気配りだねぇ。正面から行きたければ、姉さんに頼めばいい。そうでなければ、たぶん呼べばでてくるよ」


「意味わからないし、なんとなく怖いからやめて!」


ローリエはアハハと笑うと、ウインクを残して去って行った。ウインクとか、大和男子にはぜったいムリだと思う。




「ずいぶん行きとどいた買い物してきたのね。なんであんたが女の必要なものをこんなに知り尽くしてるのか、聞かせてほしいわ」


 夕食後、イネスの部屋に顔を出すと、彼女が複雑な顔で言ってきた。


「いや、それはその……」


「香りのする石鹸とか、小さい手鏡とか、替えの肌着とか、あんたどういう顔して買ってきたのよ?」


ローリエ! 気が利きすぎだよ!




  しばらくイネスの話し相手をしておひらきになったあと、となりに用意されている自分の部屋に戻り、窓を開けてそっとシルドラを呼ぶ。屋根の上でゴロゴロしている(はずの)シルドラは、それを聞きつけて部屋からぼくをピックアップして敷地の外まで転移する。そこにはリュミエラも待ち構えていた。


「なにかわかった?」


「いろいろおもしろいことがわかったでありますよ。アンリ様が二番目に寄った屋台でありますが、肉の新鮮さと炭焼きの香ばしさで、いまシュルツクでも評判だそうであります」


「いや、その豆情報、重要だけど今はいらないから」


「わたくしもいただきましたが、お肉の汁がジュッと……」


「リュミエラも、ムリにかぶせなくていいから。で、シルドラ?」


「いまひとつノリが悪いでありますな……。ローリエ・シャバネルでありますが、ギエルダニア皇家と関係の深い行政系の貴族であるシャバネル伯爵家の長男であります」


 リュミエラが妙な顔をしているが、とりあえずはローリエだ。


「シャバネル伯爵家は、長女のヘレンが帝国高等学院を卒業後昨年結婚、次女のサンドラは知ってのとおり騎士養成学校の四回生であります。成績優秀で剣術の腕もなかなかだということでありますが、ローリエの評価はそれ以上、十年に一人の逸材といわれているであります。あまり授業や教練に熱心ではないところを愉快に思わない教官もいるようでありますが、結果ですべて黙らせているでありますよ」


「納得だね。でも、なんで授業や教練に熱心じゃないんだろう? ぼくには、『知っていることを繰り返し聞いてもしょうがない』とか言ってたけど」


「ふたりの女子に続いて生まれた初めての男子、ということで期待が高かったようであります。長女が高等学院卒業ということからもわかるように、もともと家庭での教育を重視していた家でありますから、学問も武道もかなり高いレベルの教育を入学前に受けていたと思われるであります」


「そういうことか……。ちなみに、行政系の貴族が長男をあえて騎士養成学校に入れたのはなんでだろう? ローリエはそんなに剣術にも優れてるのかな? 身のこなしからするとかなりできそうではあるんだけど、『こりゃすごい』って感じを受けるわけでもないんだよね。父親と同じ行政系に進ませようとは思わなかったのかな?」


「この国では、国の華はやはり騎士なのだよ。男子はみなとりあえず騎士をめざす、いいや、めざすことを強いられる。出来のよい長男が騎士養成学校以外の進路に進むことは、まずないといっていいね」


 そう言いながら、ひとりの男が暗闇から現れ、シルドラの前にひざまずいて手を取ろうとする。


「ビットーリオ……どこからわいてでたでありますか?」


 驚きでなく嫌悪を前面に出したシルドラは、そう言って思いっきりビットーリオに蹴りをくれた。「それってただのご褒美じゃ?」と思ったが黙っておいた。のけぞって倒れた彼の顔には、たしかに笑みが浮かんでいる。


「えーと、なぜここにぼくらがいるとわかったのかな?」


 おそるおそる聞いてみる。ビットーリオは幸せそうな顔をしながらゆるゆると立ち上がった。


「きみたちがこのシュルツクにいる限り、どこにいようともぼくは駆けつけるさ。ぼくのセンサーがきみたちの気配は覚えてしまったからね」


「あながちでまかせとも思えないところがイヤでありますよ……」


「ビットーリオさんはシャバネル伯爵家のことをどれくらいご存じなのですか?」


 意外と早く立ち直ったリュミエラがビットーリオに問いかけた。ぼくらの中ではリュミエラがいちばんビットーリオの異常性への耐性が高いらしい。ごくふつうに話しかけている。ぼくはまだムリだ。


「先ほどのアメリさんの説明につけ加えることはあまりないね。ただ、最近シャバネル伯爵が側室を迎えた、という情報がある」


 この男、ぼくらの話をどこから聞いていたんだろうか……。


「でも伯爵が側室を迎えるというのは、べつに珍しいことではないのでは?」


「一般的にはリエラさんの言うとおりだ。ただシャバネル伯爵が色好みという話はこれまで出たことがない。結婚して十七年、妻は正妻のシェリルひとりだけで夫婦仲は良好だそうだ。浮気の噂も聞いたことがない。そして長男のローリエの優秀さはシュルツクに鳴り響いている。なぜいま側室を、という疑問を持つひとは少なくないんだよ」


 ビットーリオの答えを聞いたリュミエラは考えこんでしまった。


「ローリエの自由奔放な雰囲気と、その伯爵家の家庭環境、ローリエの評判や立場がどうもうまく頭の中でつながらないんだよなぁ」


「明日にでも、なにか追加情報はないか調べてみるでありますよ」


「もちろんぼくも力になるよ」


「不要であります。サッサと消えるでありますよ」


 ふたたびシルドラの手を取ろうとしたビットーリオは、シルドラの脚の一閃とともに、ありえない距離を吹っ飛んでいった。


読んでくださった方へ。心からの感謝を!

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