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5-6  姉と弟

ちょっと趣を変えて二組の姉と弟の話です。わかりやす過ぎるかもしれませんけどね~。

「イネス姉、ぼくがここでなにをやればいいのか、はっきり教えてよ」


 イネス・ブートキャンプは、タニアのヤツほどではないがキツかった。しばらくぶっ倒れて、すこし身体が思い通りに動くようになってきたところで、そもそも最初から疑問に思っていたことを聞いてみる。


「騎士に従う従士みたいなものよ。だけど、むこうの学生と合同でやる教練とか、実習とか、親睦会とか、日程に直接関わることは騎士課程の下級生にしかできないからあんたは関係なし。あんたは、それ以外のわたしの生活にかかわる部分の面倒を見る」


 げ、まさに小間使いだな。まあ、覚悟はしてきたししょうがない。


「でも、たぶんフェリペ兄様もなにか必要なことがあったら頼んでくると思うわ。他人には頼みにくいようなことをね」


 まあ、フェリペ兄様の役に立つのはイヤじゃないし、兄様ならムチャは言わないだろうし、まあいいか。


「考えてみれば、フェリペ兄様とわたしだけのために補助要員の枠をひとり食ってる、というのもマズいわね。ほかの人からなにか頼まれても断っちゃダメよ。みんなにも、困ったことがあればあんたに頼むように言っとくわ」


「全員の小間使いじゃないか!」


「うーん、そうともいえるかもね」


「そうとしか言えないよ! 全然専属じゃないじゃん!」


 突然,背中から腕が回され、首から上はイネスに包まれた。イネスの匂いにすこし汗の匂いが混じっている。


「わたしのワガママぐらいガマンしなさい。弟なんだから……」


 イネスがぼくの耳に囁いた。息があたってムズムズする。


「そりゃそうだけどさ……」


「あんたがいつまでわたしの弟でいてくれるのか、不安なのよ。あんたは少しずつ知らない顔を増やしていく。わたしが学舎を卒業したら、きっとわたしとあんたの人生はもう交わらない」


 顎をつままれて、強引に顔をイネスのほうに向けられた。黙っていれば美人のイネスのアップは十分な迫力があり、ぼくから軽口を言う余裕を奪った。


「……それでも、イネス姉とぼくは姉弟だよ」


「ほんとうにそう思ってる?」


「うん」


「ありがと」


 胸に回された腕にきゅっと力がこもった。それが緩むまで、ぼくはじっと動かなかった。




「できるだけイネスといっしょにいてやってよ」


 次の朝、食堂で顔を合わせたフェリペ兄様が言った。


「来年はイネスも最上級生だ。時間の余裕もなくなる。そして、卒業したらたぶんイネスは領地に戻る。それもあって最近不安定でね。首席の権力濫用ではあるんだけど、ちょっと強引にアンリをメンバーに入れたんだ」


 フェリペ兄様が、個人的理由でこういうルール破りギリギリのことをやるのは珍しい。そこまでイネスのことが見ていられなかったということなんだろうな。


「安心しなよ。ぼくが雑用を頼んだりはしないから。」


「べつに兄様の雑用くらいかまわないけど?」


「イネスの面倒を見て、それで時間が余ったら自由に使うといい。他の国を間近に見る機会なんか、そうないからね」


 よし、思いがけずフェリペ兄様のお許しが出た! フェリペ兄様が雑用を頼まないなら、イネスの小間使いに雑用を頼もうとする勇者はいるまい。


「ただ、学校の外にはひとりで出てはいけないみたいだけどね。昨日の顔合わせで、むこうの連絡役の学生が紹介されていたから、あとで確認しておくといい」


 兄様はそう言い置いて、食堂の自分が指定された席に歩いて行った。派遣団の正団員の席は、騎士養成学校から選抜された五名の生徒と同じテーブルだ。ちなみに、補助要員の食事は正団員が終わったあとらしい。


「ありがとうございます、兄様!」


 ぼくはその背中に声をかけた。兄様は振り向かずにちょっと片手を上げた。


 兄様が席に近づくと、ひとりの女生徒が近づいて椅子を引いた。なかなか洗練された身のこなしだ。あの人が連絡役かな。たぶん、ホスト役の五名に次ぐくらいのランクの人なんだろうね。




 イネスが起きたままで放置してある寝具を片づけ、その辺に散らかっている私物をどうにかまとめ終わったところで、イネスが食事から戻ってきた。正直、寝着まで脱ぎ散らかしてあるのはちょっと始末に困った。下着とか出てくるんじゃないかとビクビクものだったね。


「あ、上出来上出来。こんなかんじでたのむわね。ラクでいいわぁ」


「あのさ、片付けをやるのはかまわないんだけど、寝着とかぼくに触らせるのは女性としてどうなのさ」


「あんた弟でしょ? 気にしてどうするのよ。ちょっと前までは浴室でふたりとも素っ裸だったじゃない」


ちょっと前と今では、主にあなたの発育状況がぜんぜん違うから言ってるんですけどね。八歳児を演じていると、こういうときにつらい。


「まあ、イネス姉がいいならいいんだけどさ。それで、今日の予定は?」


「今日は、午前が戦闘技能実習、午後が戦術実地演習。夕食は今日は各自って言われた。夕方まではガッチリ詰め込まれてるわ。めんどくさい~」


「いや、公式派遣できているんだから、一日中拘束されてもおかしくないと思うんだけど。夕食後は自由行動なの?」


「日程上はそうなんだけどね、兄様が真面目でさぁ、その日の反省と翌日の準備のために、打ち合わせを毎日やるんだってさ。なに考えてんだろ」


「ぼくにはきわめてまっとうな考えに聞こえるけどね。イネス姉が自由すぎるんだよ」


「そんなわけで、夕方まではとくにやることはないから好きにしてて」


「なにか足りないものとかない? 学校の敷地の外に出てみようと思ってるんだ」


「特にないから、気がついたものがあったら適当にお願い。あと、週末遊びに行けるようなところ、見つくろっといて。……さて、しょうがないから行ってくるわ」


「いってらっしゃい。がんばってね」


 イネスは振り向かずに手をヒラヒラ振った。兄様とそっくりの仕草だ。




「すみません、街に行きたいんですが、どうしたらいいですか?」


 先ほど食堂で見かけた連絡役らしき女生徒は、正団員が実習に出たあと、ぼくら補助要員と同じ時間に食事をとっていた。ぼくの質問に彼女は顔を上げ、ポカンと口を開けたまま固まった。


「えっと、どなたが街に出られるんですか?」


 彼女は補助要員の中でいちばん年かさの五回生の男生徒を見た。だが、彼はフルフルと首を横に振る。ぼくが聞いたんだから、ぼくに決まってるだろうに。


「ぼくですが、ダメですか?」


「いえ、ダメということはないんですが、きみのような小さい子が外に出る、という事態はあまり想定していなかったもので……。ルールには外れますが、付き添いなしで行ってもらおうと思っていて、付き添い役が今いないんですよ。ど、どうしよう?」


 どうやら、彼女は想定外の事態に弱いらしい。付き添いを省略する決断はなかなかだが、ぼくにまでそれを適用する踏ん切りがつかないようだ。


「ぼくが行くよ、ねえさん」


 彼女ははじかれたようにぼくの後ろの方向を見た。


「ローリエ! あなた授業中じゃない。なにサボってるのよ!」


 振り向くとそこには……ぼくとあまり変わらない年格好の男の子が立っていた。背はぼくより少し高いくらいで、逆に作りはぼくより少し華奢だ。けっこうなイケメンなのがなんとなく愉快ではない。立っている姿が妙にサマになっているのも悔しい。


「知っていることを繰り返して聞いてもしょうがないよ。それより、だれも用意してなかったんだろ? ぼくじゃダメなら、だれか授業中の生徒を引っ張ってくるかい?」


「それは……」


「大丈夫だよ。それに、外出するのはキミだろ? 歳も近いしちょうどいいよ。ね?」


 不意にローリエと呼ばれたその男の子はぼくのほうを見た。澄んだ瞳が妙に印象的なヤツである。イケメンだ。


「は、はい」


「じゃあ、決まり。授業のほうは公用、ってことで姉さんにまかせるから、うまくごまかしておいてね。じゃ、いこうか?」


 あっけにとられたままの女生徒とほかの補助要員の先輩たちを残して、ぼくは否応なしに手を引っ張られて食堂をあとにした。どうなってるんだ?




「ごめんね、ちょっと強引に連れ出しちゃって。ぼくはローリエ・シャバネル。騎士養成学校の二回生だよ。さっきのマジメな連絡役は、姉のサンドラ」


「アンリ・ド・リヴィエールです。ドルニエ王立学舎の一回生です。なんか、ご迷惑かけちゃったみたいですみません。よろしくお願いします」


「固いのはやめようよ。ぼくは最初からこうやって外に出る機会を狙ってたんだ。姉が付き添いを用意していなかったのはわかってたからね。キミの上級生が外出を希望しても、同じように出て行くつもりだったんだ」


 ローリエはそう言って片目をつむった。クソ、サマになってる。


「サンドラは優秀なんだけど、ときどき詰めが甘いことがあってね。それが原因でミスが出るとちょっと気持ちがからまわっちゃうんだ」


「普段は詰めがしっかりしているんでしょ? それだけでうちの姉より出来がいいってことですよ」


「きみの姉さんって、イネス・ド・リヴィエールさんだね? あの人はきっと、詰めとかそういうものを越えたところにいるから、問題ないよ」


「すっごくうまい言い方してますけど、なにも考えてない人間、って言ってますよね?」


「それはキミの解釈にまかせるさ。でも、ぼくは彼女のようなひとはあこがれだな。理屈でしか勝負できない人間からすれば、一瞬でそれを越えていくひとはとっても輝いて見えるんだ」


「面倒見る立場になれば大変ですよ。ズボラだし乱暴だし」


「キミだからそういう面を見せている、と思えばいいさ」


 ぼくは大きくため息をついた。たしかにそうなのだろう。マルコに限らず、イネスには男女問わずファンが多い。でも、そのファンたちは、イネスをスキのない天才少女であるかのようにとらえてるのだ。「どこがだ!」と言ってやりたい。


「ところで、街ではどういうところを案内すればいいのかな?」


「いろんな店を見て回りたいんです」


「店と言ってもいろいろあるけど……武器屋とか、魔道具屋とかをご希望なんじゃないのかな? あ、ひょっとすると奴隷?」


 まてまて、たしかに考えてたけど、このローリエなる子供はなぜそれがわかる?!


お読みくださった方へ。心からの感謝を!


2月17日からは10日間ほど更新ペースがガクッと落ちます。これはちょっと長めの出張のせいで、物理的な時間の制約でどうしようもありません。悔しいです。明日は石にかじりついても更新しようと思います。

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