5-5 ビットーリオという男
癖のあるキャラはハマると筆が進みますね。でも、惰性にならないよう気を付けねば、と思います。
二月十六日 ビットーリオの年齢を修正しました(二十→二十三)
「なんですか? だれです、あなた?」
見ると、長身痩躯にさわやかなイケメンが、満面の笑みを浮かべてぼくを見ていた。
「ああ、これは失礼! ぼくは……おや? おお、だれかと思えばなんとアメリさんじゃないですか! これはご無沙汰しています! 最近あなたの美しいお顔を拝見していないので、気が狂いそうになっていたところなんですよ!」
声の主を確認したシルドラが思いっきり顔をしかめた。タニアがらみ以外で彼女がはっきりした感情を顔に出すのは珍しい。
「ビットーリオではないですか。こんなところでなにをしているのでありますか?」
「知りあい?」
「仕事で何回か顔を合わせたことがあるだけであります。知りあいなどと思われるのは心外であります」
いや、それであればふつうに知りあいというと思うけど、よほどイヤな記憶があるのかな?
「冷たいじゃないか、アメリさん! あなたは、あれだけぼくに天にも昇る思いをさせてくれたじゃないですか! ぜひもう一度、と探していたんですよ!」
「妙な言いかたをするのは止めるであります! 必要ないと言っているのに勝手にそちらがわたしのまわりをウロチョロして、勝手に攻撃を受けていただけでありますよ!」
「素直じゃないな、アメリさん! アレはあなたがわたしに至高の幸福を与えてくれるための儀式ですよ」
「いい加減にするであります! 消滅させるでありますよ!」
「おお、それこそわたしの望むところ! ささ、ぜひぼくに天へ続く道をお示しください!」
「いい覚悟であります!」
なんだかよくわからないが、さっきからこのビットーリオと呼ばれた男がシャレにならないようなことを口走りまくっているのはまちがいない。
「あの、シ……アメリ?」
あまりの様子に名前を言い間違えそうになったが、シルドラの耳には入っていないようだ。ゼイゼイと大きく息を吐きながらナイフに手をやりかけている。
そんなシルドラの様子にかまわず、ビットーリオと呼ばれた男は今度はぼくのほうを見て、ぼくの両の肩をガシッとつかんだ。
「おお、きみ! その自然な名前の呼び捨て方は、今はきみがアメリさんを従えているんだね! 若いのにたいしたものだ。きっときみも、アメリさんに何度も夢の世界に連れていってもらったんだろう?」
いや、なにを言っているかはまったくわからないが、こいつがとてつもなくヤバいことだけはわかる。早く距離をとらないと、取り返しのつかないことになる。
だが距離の取り方をあれこれ迷っている間に、ビットーリオはこんどはリュミエラの両手を包み込むようにとって、その目をのぞきこむようにして語りかける。
「あなたはまた、アメリさんとは違った魅力をお持ちだ。きっと、アメリさんが剛ならあなたは柔。瞳に吸いこまれている間に昇天させられてしまいそうだ!」
「あ、あのっ……!」
リュミエラは救いを求めるようにぼくを見た。もうやけくそで、こういうときのお約束の突っ込みを全力で入れることにした。鞘に入ったままの短剣を振り上げて、後頭部に振り下ろす。
「ああ、アンリ様! それは最悪手であります!」
偽名を呼ぶ余裕もなくしているシルドラが止めたが間に合うはずもなく、剣はビットーリオの後頭部にクリーンヒットした。完璧な手応えだ。死にはしないだろうが、当分起き上がれないはずだ。
起き上がれないはずの一撃を受けたビットーリオは、ゆっくりとぼくの方を向いた。口には笑みを浮かべており、目線はもはや合っていない。
「フフ、やはりきみはぼくが見こんだとおりのひとだ。すばらしいご褒美をありがとう」
ぼくはこの世界に転生して最大の恐怖を感じていた。マッテオの魔法なんかメじゃない。なんなんだよこいつ! 怖いよ!
そこまで状況が悪化してようやくあらわれたギルド職員は、ぼくらに無表情で「ギルド内で殺しは御法度」という軽いテンプレを告げた。シルドラも発動しかけていた魔法を消去して、不本意ながら場を改めることになった。シルドラは殺る気がマックスを突破して正常な判断力を失っており、リュミエラは想像を超える事態への驚きと恐怖で呆けている。テンションが上がりきったビットーリオはぼくの肩を抱いて、ギルドのとなりにある居酒屋にぼくらを優雅にいざなった。
居酒屋でも、ぼくらのあまりに異様な雰囲気に客はみなこちらを遠巻きにして近寄ろうとせず、せっかくの「子供はミルクでも飲んで帰んな」というテンプレが実現することはなかった。ぼくが注文したリモンを搾ったリモナートという飲み物も無言でササッとサーブされてしまった。
「改めて自己紹介させてくれたまえ。ぼくはビットーリオというC級の冒険者だ。ギエルダニア出身で、今年二十三歳になる。この国で活動することが比較的多いが、基本的には根無し草だ。だから幸せを与えてくれるもののためならどこへでもいけ……グッ!」
そこまで言ったビットーリオが少しのけぞった。シルドラが魔力をぶつけたらしい。
「そいつは騎士くずれの冒険者であります」
シルドラが大きなため息をひとつついて話しはじめた。
「もともとは『守るための力を手にする』とかいう、それっぽい理由で騎士をめざしたらしいであります。しかしこの変態は、その『守りたい』をこじらせて『守るために攻撃を受けたい』となり、『苦痛を受けるのが喜び』に進化したところで騎士団を追い出されたそうであります」
「意味わからないんだけど!? それ『進化』なの、ねえ?」
「わたしに聞かないでほしいであります。わたしも二、三度ほど仕事で組んだことがあるでありますが、不要だと言っているのにわたしを守ろうとして攻撃を受けに来るであります。ウザいのでうしろから何度か魔法をぶちかましたでありますが、この男は妙に頑丈で、それすらご褒美だと言ってわたしを見かけるとつきまとってくるのであります」
「あの、アメリさん、わたくしもウザいのは否定しませんが、さすがにそれはやり過ぎなのでは?」
女性陣二人からウザい認定をされたビットーリオは、その精神攻撃に身悶えている。これすらご褒美らしい。
「でも……C級なんだよね? 決して弱いひとじゃないんだよね?」
「B級の実力は十分にあると思うであります。そして、それがいちばん困るところなのであります。こんな変態でも、騎士としては一流になれたはずの男なのであります。攻撃の剣術はたいしたことはないでありますが、こと防御に関してはこの男の右に出るものを探すのは、なかなか難しいでありますよ」
「たとえば、フェリペ兄様と勝負させたら?」
「フェリペ様が負けることは天地がひっくり返ってもないでありますが、勝ちきるのはかなり難しいと思うであります。なにせ、ある程度攻撃を食らったら、そのあとは攻撃があたってもただのご褒美でありますから」
「なにそのイヤな痛み耐性?」
「さらに、守る対象が女子供になると騎士道精神がパワーアップするらしく、最初から快感しか感じなくなるらしいであります」
「そんなパワーアップ見たくないよ! どこかよそでやって!」
「フフフ、だからきみたちのようなパーティがいっしょなら、ぼくはどこまでも強くなれるよ。そして次のステージへと上ることができるんだ!」
たしかにぼくらは女ふたりと子供だ。騎士道精神をふるう相手としてうってつけだろう。だが、こちらが守られたいと思うかどうかは別問題だ。次のステージがどんなステージかという問題に至っては、一瞬たりとも考えたくない。
ただ、ひとつ質問をしてみる。
「なんでぼくが守る対象なの? このふたりに保護されてるただの子供だよ?」
「今さらなにを言うんだい? ぼくの守護センサーがこんなに激しく反応しているということは、きみは戦いでぼくに守られるべき存在だよ! まちがいないね!」
いやもう、守護センサーがどういうもので、なにがどう反応しているかは想像することすら拒否したい。だが、なにも予備知識がない状態で、ビットーリオがぼくを一度も子供だと侮らなかったのはどういうことだろう? この男は、ぼくが戦うことを前提にすべての話を始めている。
先入観が強すぎるシルドラはとりあえず置いといて、ぼくはリュミエラに話を振ってみた。とくにビットーリオに聞かせられないわけでもないので、偽名を使ってふつうの声で話す。
「リエラ、この男どう思う?」
「基本的にはわたくしが『世界は広い』ことを再認識させられただけなのですが……いろんな意味で恐ろしい方だと思います。ええ、いろんな意味で」
まったく反論のしようのないコメントが帰ってきた。
「ただ、先日リアンが言っていたように、わたしたちに足りない力があるとしたら、この方のような力でしょう。だからといって、この方とは断定しませんけど」
うむ、百点満点の答えをありがとう。その結論がほしかった。ぼくらに必要なのはこいつのような力であって、こいつでなくてもいいのだ。早まっちゃいけない。
ぼくはビットーリオにニッコリ笑って見せた。
「言ってることはわかったけど、消えてくれる?」
ビットーリオは大げさに両手を広げて嘆いて見せた。
「おお、それは残念だ。だがぼくは、この運命の出会いを大切にしよう! ぼくの力が必要だと思ったら、いつでもぼくを探して声をかけてくれたまえ。ぼくはそこにいる。なにをおいても駆けつけようじゃないか。ぼくはいつでも君たちの背後を守ろう! ぼくに運命を感じさせてくれた神に感謝……」
「行こうか」
ぼくらは自分たちの勘定を済ませ、しゃべり続けるビットーリオを置いて居酒屋を出た。
「とんでもないヤツだったね」
「いっしょに行動したりすると、予想をさらに飛び越えてくれるでありますよ。それはそうとアンリ様、そろそろ戻った方が良いと思うであります」
「ヤバい、もうとっくに打ち合わせなんか終わってるじゃん!」
ふたりと次の合流の打ち合わせをして、大急ぎで部屋に戻ると、イネスはテンパった顔でぼくを待っていた。その日ぼくは、心身に大きなダメージを負った。
お読みくださった方へ。心からの感謝を‼




