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1ー3   タニア

こんな、思いつきだけ始まったばかりの、先の見えない作品でも、見てくださった方が何人もおられます。感謝の気持ちしかありません。

 目をあけると、見なれた天井が見えた。首をめぐらすと、笑顔のマリエールと泣きそうなタニアがいた。


「ほら、大丈夫だって言ったでしょ、タニアちゃん?」


 マリエールが、タニアの背中をたたいている。いや、打ったのは頭だから、目を覚ましたからって、大丈夫と決まったわけではないと思うんですが……。


「でも、マリエールさま、アンリさまは頭を打たれたのですから、もう少し様子をみないと……」


「大丈夫よお。タニアちゃんは心配性なんだから。早く老けこんじゃうわよ、そんなんじゃ」


 いや、この場合はタニアのぼうが正論です、あなたちょっと心配しなさすぎです、マリエールさん。


 とはいえ、いまの場合は、たぶん問題ない。なにかあれば、さっき教えてくれたと思うしね。


「マリエールさま、あとは私が……」


「うん。じゃ、タニアちゃん、お願いね」


 ぼくの呑気な母親は、踊るように部屋を出ていった。




「アンリ様、どこへ行っておられたのですか?」


 マリエールが部屋を出て行くと同時に、タニアが厳しい口調でぼくに言った。


「え、どこへって、なに言ってるの? 気を失ってたんでしょ、ぼく?」


「とぼけるのはおやめください。頭を打たれたアンリ様から、なにかが出ていくのが見えました。そして、さきほど同じようなものがアンリ様の身体に戻りました。その後すぐにアンリ様は目を覚ましたのです」


 あ、これはダメだ。タニアの目がマジだ。確信をもって言ってる。でも考えてみればラッキーなのかもしれないな。さっきの話を始めやすい。


「タニアは、この世界を見守る存在、っていうものについて、きいたことある?」


「なんのおとぎ話ですか?」


「この人間世界にはロクサン教会があって、そこでは全知全能の神がこの世のすべてを作った、とされてるんだよね? そういうのでなくて、この世界全体の動きをただ見守っていて、どうしてもほころびそうなときに少しだけそれを修正する、そういう存在」


 タニアは黙り込んだ。黙ったままぼくを見ている。そしてため息をひとつついて口を開いた。


「たしかに、そのような存在は話としては聞いたことがあります。しかし、実際に会った、話したというような実例にはお目にかかっておりません。まさかそれに会ってきたとかいう、ボケた爺さまの思い出話のようなものをわたしにきかせるおつもりで?」


 ボケ爺じゃないってば。


「会ってきたよ。タニアが高位の魔族、っていうのも教えてくれた」


 その瞬間、タニアから殺気が吹き上がった。早くフォローしないと死ぬな、これ。


「ぼくらを害する意思はないってことも教えてくれたよ? だからその殺気をとりあえずしまわない? ねえ?」


 吹き上がった殺気はとりあえず沈静化したが、ゼロにはなっていない。こりゃ話の持っていきかたを間違えると、簡単になんどか死ねそうだ。


「なにものかと話をしてきた、というのは信じなければならないようですね。とりあえず、その話からお聞かせください」




「その存在、とりあえず『観察者』と呼ぶことにしたんだけど、ぼく自身のこと、ぼくの英雄としての宿命、タニアの存在について教えてくれた。ふだんはぼくらにかまってる暇なんかなくて、そんなことを話す義理もないらしいんだけど、特別だって。ちょっと恩着せがましいところがあった」


「ずいぶんと人間くさいところのある存在ですね。それで、アンリ様自身のこととはどういう? なにか特別なものをお持ちなのですか? アンリ様が英雄であることは承知していますし、わたしの役目は英雄の無力化なので、きかずに実行してもかまわないのですが」


「ちょ、ちょっと待とうか? 話せばいろいろわかり合えると思うんだ! とにかく、いったんその魔力みたいのものを引っこめて!」


「まわりくどい説明はどちらかというと苦手ですので、わかりやすくお願いします」


「わ、わかった。あのさ、ぼくはほかの世界で二十年くらい生きているんだ。その『観察者』が言うには、そちらの世界で死ぬ直前に、身体から自我が飛び出て、世界を渡ってここで生後半年のアンリの身体に同化したらしいよ。前の世界での生き方が「そこそこ」ばかりを狙っていたせいで、この世界のアンリに『中途半端』って特性がついて、英雄になったとしても、中途半端な能力しか持たない英雄になってしまうらしい」


「なるほど」


「え、信じるの?」


「疑ったほうがよろしいですか? ただ、たしかにつじつまは合うのです。生後半年ほどで、アンリ様の存在の光が少しくすぶったような気がしたのを記憶しております。そして、かねがねわたしはアンリ様を、棺桶に半分脚を入れた爺が赤ん坊の身体に入っているのでは、と思っていたのですが、自分の慧眼に感動しております」


「たった二十年だよ! 棺桶なんかまだまだ先だよ!」


「アンリ様はその二十年の記憶を持ったままこちらに?」


 流された。


「少なくとも、いまのところ変に薄れたりした感じはないよ」


「それですと、わりと珍しい例ですね。『前世があるらしいが記憶はない』人物にはときどき出くわしましたが、記憶を保持しているとなると、三つほどしか事例を存じません」


「三つって、そんなに少ないかな?」


「三百年ちょっとで、ですが」


「めちゃくちゃ少ない! あ、三百ちょっとって、タニアのと……」


 殺気と魔力が両方吹き上がった。これ以上は一歩動いても死ねる。


「言葉はときに人を殺す、ということを心にお刻みください。それと、わたしの本来の使命が英雄の無力化であることも」


「な、なぜ無力化されてないのかな?」


「監視して、危険になった段階で無力化、ということですので」


 ああ,タニアはそれを最大限、ぼくを殺さない方向に拡大解釈してくれていたんだな。たぶん、それはマリエールのためだ。


 ぼくはマリエールから、彼女とタニアとの出会いの話を聞いている。ふたりはぼくが生まれるしばらく前に出会っていて、それ以来、二人はいっしょにいる。そして、マリエールはタニアを心から信頼している。

 

「単純な質問をさせていただいてもよろしいですか? なぜアンリ様は、このような話をわたしにされたのでしょう? わたしが魔族であるとお知りになったとして、それはいまお話になったすべてをわたしに打ち明ける理由にならないのでは? 英雄として力不足でいらっしゃる件などは、他人が知らない方がよい話かと存じますが?」


「英雄として力不足じゃなかったら、そのうちタニアに殺されたりするかも」


「絶対にないとは申しません」


 なかなかよい笑顔で言い切られてしまった。


「ダメじゃない! そこは否定してくれないとダメじゃない!」


「とおっしゃられましても、いちおう、それはわたしの任務でございますので……」


「ひとまず、それは棚上げにしておいてくれないかな。うん、お願いしますから。とりあえず話を聞いてください」


 タニアはなにも言わずにこちらをじっと見た。いちおう、先をうながしているんだろうとは思うけど、なにを考えているのか、いまひとつ読めない。




「理由はふたつ。まず、自分でなにかをしようとしたときの相談相手として、タニアを推薦されたから。そして、ぼくのことはともかく、タニアが母様を悲しませることをするとは思えなかったから」


「ひとつめはとりあえずおいておくとして、なぜわたしがマリエール様を悲しませることはしないと思えるのですか?」


「タニアはぼくの宿命を知っていたんだし、いつでもぼくを始末できた。任務を知らせる必要もない。でも、こうやってタニアはぼくに任務を明かした。タニアの中の葛藤がそうさせたんだと思う。できれば失敗したい、とでも思っていたのかな?」


「勝手に心の中を忖度されるのは、あまりよい気分ではありませんね」


「ごめんね。でも、決定的だったのは、ぼくが意識を失う直前にタニアがぼくを呼んだ声だ。あれは、ぼくを心配してくれた声なんだろうね。でも、正確には、母様の子供であるぼくを心配したんだと思う。ぼくはタニアに葛藤を与えるほど、タニアと関わってない」



「タニアは、三年間ぼくに愛情を注いでくれた。でも、感情を揺らしたところは見たことがなかったんだ。なのに、あの瞬間は冷静さを失った。そんな人に、ぼくを殺すことはできないと思う」





ちょっとの沈黙があり、そしてタニアは大きなため息をついた。


「まったく、どこの三歳児がこのわたしを理屈でやりこめますか。マリエール様の子供でなければ、とっくに……」


「と、とっくに、なに?」


舌打ちすら聞こえたような気がした。冷や汗が背中にドッと噴きでてくる。


「いえ、やめておきましょう。わかりました。ご相談いただくなら、出来るだけお力になりましょう。わたしとしても、英雄が力不足のままでいてくれるのは、いろんな意味でありがたいことですし。ですが、具体的にどうしていくつもりなのか、それはアンリ様にしか決められない、ということはお忘れなく」


「わかってる。自分の生きかたは、自分で決めなきゃね」


「そのとおりです。さて、ではわたしは仕事に戻ります」


「ぼくの看病は仕事じゃないの?」


「看病の必要ない、子供のふりをしたおっさんの相手は仕事には含まれていません。とっととご自分のお部屋にお戻りください」


タニアは、そう言いおくとさっさと部屋を出ていった。


さあ、これからが、本当にやり直し人生のはじまりだ。身体をもらっちゃって悪かったけど、アンリ、力を貸してくれるかな?


………もちろん返事はない。でも、すこし身体に力が満ちた気がした。


いまのところ、一日に四千字程度を一話が精一杯の更新ペース、という感じです。あまりペースを上げようとしても、ただ書くだけの作業になってしまっては無意味ですし、じっくりいきます。

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