5-3 王者(八歳)vs人殺し(八歳)
サブタイトル、いい考えが浮かんできません。ひとごろし2、って使いたくないんですけど、王者と対比するのにいい感じな気がして。今後、何か思いついたら変えるかもしれません。
「どうしたものかな?」
「どうしたものでありますかな?」
「どうしたのですか?」
似たようなセリフだが、一人だけ言っていることがまったく違う。
リシャールとの勝負の日が近づいてきている。彼は忘れてくれるどころか、寮の部屋に「あと○日」という日めくりまで作って自分を奮い立たせている。食事のときも毎日必ず一度は話題に出す。フェリペ兄様の日程も押さえてある。それが、次の聖の日だ。ちなみに今日はその前の聖の日。七日後である。
勝負を挑まれたときは、「身体が動かない」とか言って逃げたわけだが、もちろん身体は動く。それに、総合的な戦闘能力は学舎に入った後も上がっていると思う。だが、リシャールとの勝負はどうにもマズい。
「まともにやれば、アンリ様がふつうに勝つでありますが……」
「それではいけないのですか?」
「いや、勝ったらおかしいでしょ? 剣術を選択してなくて、人前で剣を振るのを見せたこともないヤツが、学年はおろか、三回生くらいまで含めても敵なしのリシャールに勝っちゃったら、学舎中が大騒ぎになっちゃうよ」
「おまけに勝負は両手剣でありますからな。アンリ様はここしばらく、ラクをするために両手剣をまったく使っていなかったでありますから、腕は明らかに錆びついているでありますよ」
「結果と効率を重視したと言ってくれないかな!? 絶対に両手剣を使うよりも合理的な選択だったと思うよ?」
「最近の冒険者としての任務でも、同じことが言えるでありますか? 短剣である必要は全くなかったでありますよ?」
「う……それはそうだけど」
「負けてみせることはできないのですか?」
「リシャールが思った以上に強いんだよ。フェリペ兄様相手にあれだけ粘れるとは思ってなかった」
「アンリ様の腕が鈍っていることを計算に入れると、不自然に見えないような負け方をすることができるかどうか、微妙なところでありますな」
「いっそのこと、三年後くらいに言ってくれてたら、そんなに苦労しなくてもふつうに負けてたんだけどなぁ。フェリペ兄様もよけいなこと言うから……」
「フェリペ様もアンリ様を困らせたかったのでは? 学舎時代の記憶しかありませんが、フェリペ様はわたくしたちの学年にも聞こえてくるくらいの有名な方でした。おそらく、お父様が『アンリ様がいちばん才能がある』とおっしゃったのは、フェリペ様の数少ない屈辱だったのではないかと」
「なるほど、それは十分にありえるでありますな」
「フェリペ兄様……大人げないですよぉ」
「わたしでよろしければ、いつでもお相手させていただきますよ」
結局、困ったときのセバスチャン頼みだ。とにかく、両手剣を使う感覚だけでももとに戻さなきゃならない。
「おまえさんがそんなに困っとるのを見るのも、そうないことじゃの。まあ、せいぜい苦労することじゃな」
ジルもなんとも楽しそうに突き放してくれる。完全に他人ごとだ。
セバスチャンの剣は、ほんとうに美しい。同じ武器を持って構えると、それが前よりもよくわかる。力が抜けてムダのない構え、動かない剣先、こちらのどんな動きも見逃さない目線。向き合っているだけで、自分の構えの悪いところがわかってくるような気がする
「まいります」
ほとんど予備動作なしに剣先がこちらに直線的に飛び込んでくる。反射的にそれを右に払うが、その払われた剣がなめらかな動きで円を描いてふたたびぼくに襲いかかる。あわてて防ぎにかかるがそこでぼくの足が止まる。そしてまな板の鯉だ。とにかく防御のカンを戻さないとマズい。強引に距離をとろうとするが、セバスチャンはそれを許さない。そして数合ののち、ぼくの喉のところに剣が突きつけられた。
「悪くはありませんが、少し動きがわかりやすいですな。もう少しいろいろな形を試してみましょう」
一週間、とにかくセバスチャンに打ちこみ、打ちこまれ、できるだけ多くのパターンを頭に入れることを心がけた。ひとつの動きに続く動きのイメージを増やすことで、対応の幅を広げた。
そして七日後の聖の日、ぼくはリシャールと向かい合う。
「勝負あったとぼくが認めるか、降参をすれば終わりだ。いいね?」
フェリペ兄様の確認にリシャールとぼくがうなずく。一度剣を軽く打ち合わせてから距離をとって構え、兄様の合図を待つ。剣は刃を潰してあるが、まともに入ればケガは避けられない。
横で見ているのはイネスとマルコ、ルカ、そしてなぜかベアトリーチェとマイヤがいる。なんで増えてるんだよ!?
「はじめ!」
顔の前で剣を構えたリシャールが、鋭く踏みこんでぼくの顔のあたりに切り込んでくる。受け止めさせて動きが止まったところから力でぼくの姿勢を崩すのが狙いだろう。そして、ぼくの今日の課題は、狙いを外すことだ。
襲いかかる剣の軌道を見て、剣のなるべく先の方にむかって自分の剣をぶち当てる。なるべく根元に近いほうを当てるように心がけた。激しく剣がぶつかり、ぼくとリシャールは互いに距離をとる。今度は全力で突き込んできた。少し低い姿勢から、走ってくる剣の先端にむかって切り上げる。ふたたびふたつの剣がぶつかり合い、はじけた。
今度はリシャールが少し大きめに距離をとろうとするが、二回のぶつかり合いですこし計算が狂ったのか、わずかにスキが出る。そこを小さな突きで牽制すると、ぎこちなくそれを払ってさらに距離をとった。少し呼吸が大きい。
やはり、リシャールの剣術とぼくの剣術では、すでに質が違っている。彼の剣は相手に降伏を迫る王者の剣だ。ぼくのは、小さくてもダメージを与え続けて相手を死に至らせようという人殺しの剣だ。
リシャールが息を吸いこむ瞬間を狙って剣を横持ちに踏みこむ。狙いはリシャールの剣で、思い切り自分の剣を当てる。もう一度ふたつの剣がはじける。そのままぼくはがら空きの頭にむかって剣を振り下ろす。リシャールははじけた剣をそのまま回しこんでぼくの胴を狙う。ぼくは動きを少しだけ大きめにしたから、リシャールは間に合うはずだ。たのむよ、フェリペ兄様!
「そこまで!」
ぼくは振りかぶったままで、リシャールは横なぎに入る姿勢で止まった。なんとか引き分けで決着できるんじゃないかな。
「引き分け!」
次の瞬間、リシャールの手から剣が落ちた。両の掌を見つめてぼう然としている。ギリギリを重ねすぎたぼくも続いてしりもちをつく。それなりに神経は削られていた。
「は、初めてじゃねえの、リシャールが勝てなかったのって……?」
マルコが沈黙を破り、素っ頓狂な声を上げた。それで凍りついた場が一気にゆるんだ。
「指先ひとつ動かせませんでした。自分の剣は女の子の遊びなんですね……」
飛び入りゲストのベアトリーチェがまだ呆けている様子でつぶやく。ほかを見るとルカは静かに手を叩いてくれている。フェリペ兄様とイネスは少し難しい顔をしている。まあ、そうだろうな。
「負けだよ、ぼくの。あのままアンリの腹に剣が入っても斬れない。手に力が入ってなかったもの。三回剣がぶつかって、ぼくの手はだめになっちゃった」
「引き分けだよ。それが判定じゃん。たぶん、リシャールの剣のほうが速かったし。それに、今日のぼくの剣は、今日リシャールとやるためだけの剣だよ。リシャールはもっと強くなるから、次はもう通じないし」
「そうなのかな……」
「そうなんだって。それより、終わってほっとしたらお腹すいたよ。どこかでおやつでも食べない?」
「それでしたら、わたしとマイヤさんがお菓子を持ってきましたので、食堂でいただきませんか?」
おお、女の子の飛び入りゲストの恩恵だね。
「さすがベアトリーチェさん! 行こうぜ!」
「アンリ」
みんなが移動しはじめたが、フェリペ兄様がぼくを呼び止める。立ち止まって振り向くと、兄様はあいかわらず難しい顔をしている。
「あの剣はだれに学んだ? 父様が教えた剣じゃないはずだ」
まあ、兄様ならそう聞くよね。師匠は同じなんだから。父様の剣はリシャールと同じ騎士の剣。相手を屈服させる剣だ。フェリペ兄様の剣も、当然同じ。
「リシャールとやるために研究したんだ。今のぼくが使える父様の剣では、リシャールには勝てないからね」
「父様の剣を捨てたわけではないんだな?」
「捨てようとして捨てられるものじゃないよ、兄様。根っこに入っているものだもん」
「そうか、ならいい。それに、そういう発想がおまえの強さなんだろうしな」
フェリペ兄様はなんとか納得してくれた。舌先三寸だけど、まったくウソでもないから許してほしい。
「それじゃ行くけど、兄様たちもどう?」
「今日は遠慮しておくよ。たまには週末、ぼくらといっしょに屋敷に顔を出せよ」
フェリペ兄様とイネスは騎士課程校舎の方に歩きだしたが、途中でイネスが駆け戻ってきて有無を言わせずぼくの両の耳をつかんだ。こいつは頭に血が上っているとすぐこれをやるんだ。
「あんた、兄様はごまかせても、わたしはごまかせないわよ。最後、わざと振りかぶって時間をかけたでしょ?」
げ、やっぱりわかってたか。兄様は勝ちを放棄するなど発想の外だから意外と気づかないかも、と思ったが、勝負カンに優れるイネスはやっぱりごまかせなった。
イネスは耳をつかんだまま、ぼくの頭を振りまわす。やめろ~。
「こんど勝ちを捨てるような真似をするのを見たら、承知しないからね」
そう言い捨てて、兄様の後を追っていった。うん、だいじょうぶ。もうやらないから。
食堂に行くと、五人はテーブルを囲んでお茶とお菓子を楽しんでいた。
「遅かったな。始めちゃってるぞ」
お菓子をほおばったまま、マルコが言う。顔がゆるんでいるし、どうやらおいしいらしい。たしかにお菓子の甘い香りとお茶の香りが混じり合って、食欲を誘う。
空いている席に座ってクッキーのようなお菓子をつまむ。ほどほどの甘さとバニラのような香りが絶妙だ。やはり侯爵家令嬢が持参する菓子は違う。
「これほんとにおいしいね。すっごく高かったりするの?」
「気に入ってもらえてうれしいです。わたしとマイヤさんで作りました。男同士の真剣勝負に強引にお邪魔したおわびです」
「……わたしは下ごしらえのお手伝いをしただけです」
これが手作りとな? ベアトリーチェさん、人間力、貴族力だけでなくて、女子力まで高かったのか。どんだけパーフェクト?
……あれ、考えてみれば貴族はそんなことしないんじゃないか、ふつう? たしか手作りのものの意味合いって、前の世界とは違って低いよな、貴族の世界では? むしろ風変わりなお嬢さまなのかな?
「ぼく、まだうまくつかめない……」
リシャールが両掌を見ながらしょげかえった声で言う。ルカがひとつ手にとってリシャールに食べさせる。おいおい、特定属性の方々を喜ばせる真似をするんじゃない。
(☆。☆)
……マイヤの目が光った気がしたけど、気のせいだよな?
「アンリ、決着はつけさせてくれるんだろうな?」
「かんべんしてよ、今日で手の内見せちゃったんだから。あれだけ意表を突かなきゃいい勝負できないってことだから、リシャールのほうが強いのはまちがいないよ」
「でもさ……」
「兄様たちにまたリシャールとやってくれるよう頼んでやるからさ」
「うー、わかった。いちおう納得しとく」
ダダっ子じゃないんだからさ、頼むよ。
お菓子の売れ行きは好調であっという間になくなり、そこでお茶の会もお開きになった。男子女子、それぞれに寮に引き上げる。ちなみに、今日の勝負はこの六人の間だけにとどめる、ということを必死でお願いし、みなも約束してくれた。ひと安心だ。
「おみごとでした」
去り際にマイヤがぼくにそっとささやいた。
リシャールといい勝負をしたことに対して、と考えられないこともないけど、やっぱりうまく引き分けに終わらせたことに対して、だよな。マイヤだし。
まあ、ぼくにそれを言う、ということはいまのところ敵意はないからだし、ベアトリーチェと敵対するつもりなんかないから、深くは気にしないでおこう。深くは、ね。
お読みくださった方へ。心からの感謝を!




