4-8 リュミエラの思い
読み返しても、戦闘シーンがあっさりしすぎか、という懸念は去りません。
苦手を克服しなければ、とは思うのですが……。
「このひと月は、わたくしにとってすべてが生まれて初めての経験でした。戦うということがこういうことなんだ、とタニア様に教えていただきました」
「できそう?」
「アンリ様もタニア様もわたくしのためにできる限りのことをしてくださいました。できるかどうかではなく、わたしくしにはやり遂げる義務があります」
リュミエラは相変わらずの相手を包み込むような微笑を浮かべながらそう言った。
ぼくはシルドラと二人で、集めた情報を全てリュミエラに説明した。
まず、もっとも核心に近い部分、つまり、襲撃の首謀者がジェンティーレ伯爵シルベストレであること、襲撃は彼がベルガモという冒険者に依頼したものであること、シルベストレの動機がアンドレッティ公爵の子を身ごもった三女ヘラを公爵夫人として送りこむためであること、アンドレッティ公爵は襲撃を知っていたこと、の四つを伝えた。
また、ミリアとセレスが自主的に謹慎中であること、ベルガモが手配した盗賊団はすでに壊滅していることも周辺情報として伝えた。そしてもうひとつ、リュミエラを奴隷商に売り渡すという指示はヘラから出ていたと思われるということもつけ加えた。ちなみにこの情報は、つい昨日バルデからひそかに聞き出したものである。商売上の秘密を漏らさせたんだから、こんどお返ししなきゃな。
「それから、今回の事件に直接は関係ないけど、リュミエラのお祖父様とお祖母様について、知らせておかなきゃあならないことがある」
「うかがいます」
リュミエラは淡々と先をうながした。
「伯爵家のまえの当主であるジュリオとその妻スザーヌは、体調不良で当主の座を退いた。証拠はないけど、シルドラがその体調不良は毒によるものと見ている。首謀者は言うまでもないね。料理人ももちろん共犯。それから、ふたりは今回の事件に関わっていないし、聞かされていない。館はネズミ一匹通れないくらいの厳重な警備ぶりだよ。何から警備しているんだかね」
リュミエラはそこで大きくため息をついた。
「そうですか……」
「まえに約束したとおり、ぼくは全てをリュミエラの意思に任せる。どんなことにでも手を貸すよ。何人かを引き受けたっていい。ぼくたちは何をしたらいい?」
「見てもらえれば、と」
「というと?」
「わたくしのすることを、すべてわたくしのうしろで。このあとアンリ様の一部となる女が、どのように望みを果たしたかを見ていていただきたいと思います」
「……わかった。望みのままに」
リュミエラの瞳の光は、いっさいの揺らぎを見せず、穏やかな光をたたえていた。
「どこからはじめるでありますか? 処理する案件が多いでありますから、移動の効率も考えたほうがいいでありますよ」
「移動は全部シルドラだからあまり気にしなくていいんじゃないかな? 馭者さんよろしくね」
「人を辻馬車のように扱わないでほしいであります! それに、カルターナの中を転移でぴょんぴょん跳ぶわけにもいかないでありますよ?」
「それなんだけどさ、リュミエラはどうしたい? ベルガモはまともに捉まえに逝くしかないかもしれないけど、それ以外は正面から乗りこんでいくのか、それとも屋敷の中に跳んじゃうのか」
リュミエラはあごに指を当てて首をひねって見せた。
「そうですねぇ……べつに正々堂々と勝負を挑みにいくわけではありませんし、寝こみを襲っても心は痛みませんね。わたくしも生きている姿をあまり多くの方に見られたくはありませんし、屋敷の中に直接いけるのであれば、ぜひそれで」
「了解。じゃシルドラ、公爵家のリュミエラの部屋まで三人お願い」
「だから辻馬車じゃないであります!」
「じゃあ、今晩からやる?」
「わたくしは早ければ早いほどうれしいです。あ、それからアンドレッティの家に跳ぶ際にわがままを言ってもよろしいですか?」
「もちろん」
「可能であれば、本宅のわたくしの私室へ。アンリ様に見られるのは恥ずかしいですが、心残りを片づけてしまいたいと思います」
「いけるでありますよ。何度も使わせてもらったであります。意外とかわいい部屋でありますな」
リュミエラがすこし顔を赤くした。
リュミエラの部屋はきれいに整頓されていた。机の上に片づけられた茶器や、棚に並べられた人形。レースをふんだんに使った寝台やカーテンなど、たしかにかわいい雰囲気だ。
「シルドラ、これが婦女子の部屋だ」
「余計なお世話でありますよ。それよりあまりジロジロ見るのはよくないであります」
リュミエラはしばらく部屋の中を眺めていたが、やがていちばん古びた人形を手に取った。
「シルドラ様、ひょっとしてタニア様のように空間魔法は……」
「ノスフィリアリ様ほど広い空間は作れないでありますが、この部屋のものくらいは持っていけるでありますよ」
「いえ、そんなに多くは。この、母様に初めていただいた人形と、学舎を卒業して初めて自分で買った茶器を。これだけは、自分自身のように思ってきたものですので、どうかお許しください」
「そういうことなら、問題ないよ。リュミエラ自身を完全に消してほしいわけでもないし、これからのリュミエラに必要だと思うなら持っていけばいい。ぼくはリュミエラに今後ぼくを助けてほしいのであって、だれとも知らない人間に用はないから」
「ありがとうございます。それから、これを」
リュミエラは引き出しからいくつかの宝石類を取り出した。豪華さはさほどでもないが、非常にまとまりがあって趣味がよい。リュミエラによく似合いそうなものばかりだ。
「わたくしを引き取るときに支払われた額には及びませんが、少しでも足しに」
「それはリュミエラのために使うといいよ。ぼくはいい買い物だと思って対価を出したんだ。穴埋めが必要だなんて思ってない」
「わかりました。では、これは不要です」
リュミエラは宝石類を引き出しに戻した。
「時間をとって申しわけありませんでした。参りましょう」
リュミエラは足早に廊下を歩いていく。ぼくらは、そのあとをただついていった。そしてひとつの扉の前で立ち止まった。取っ手に手をかけ、ゆっくりと手前に開いていく。
「誰だ、こんな遅くにいきなり?」
リュミエラは何も言わずに部屋に入っていく。おくれてぼくらも踏みこむと、リュミエラは正面の机のむこうで目を見開いている男と向きあっていた。あれがアンドレッティ公爵エンリケということか。堂々たる体格をしている。さすが武の名門の当主だ。ただ、顔は多少品格に欠けるな。
「リ、リュミエラ! おまえ、どうして?!」
「こんばんは、アンドレッティ公爵。早速ですが、死んでいただきます」
ス、ストレートだな、リュミエラさん。完璧な一礼をしてにっこり笑い、短剣を引き抜いて全身に身体強化の魔法をかけ、一歩踏み出した。というか、彼女の武器は短剣だったのか。ぼくが使っているヤツとほとんど長さは同じだが、彼女は双剣だ。
そもそも、こういうところで相手の弁解を聞いて、その間に時間を稼がれて『ははは、かかったな』 というのはよくある話だ。問答無用で殺るのは正解だと思う。アンドレッティ公爵は剣の腕は一流だから、余裕を与えてはマズい。
「ま、まて。話を聞け」
「聞く必要をまったく感じませんので」
リュミエラは一気に距離を詰めて右の剣を斜め上に斬り上げた。公爵がバランスを崩す。左の剣を突き出す。公爵は後ろによろけた。公爵の剣は……ある。斜め後ろ、三メートルほどか。まだ微笑みを浮かべている彼女は気づいているだろうか。
「リュミエラ、おまえ、親にむかって剣を抜くとは何ごとだ!」
公爵は剣にチラと目をやりながら叫ぶ。リュミエラはさらに一歩距離を詰める。
「だれの親のおつもりですか? わたくしには親などおりません」
次の瞬間、公爵は剣にむかって飛……ぼうとしたが、その足下にリュミエラが魔力を撃ちこむ。タニアがジルの額に撃ちこんだヤツだ。跳躍寸前だった公爵は完全にバランスを崩す。彼女は一気に距離を詰めて公爵の太ももに斬りつけた。脚を傷つけられた公爵はその場に倒れこむ。
「ぐあああっ!」
叫びを上げる公爵のもう一方の脚にも斬りつけたあと、リュミエラはその横を通って剣に近づき、それを手にとってぼくらのほうに投げた。うんうん、いい判断だね。
「リュミエラ、卑怯だぞ! 戦うなら正々堂々と戦わんか!」
脚を削ったリュミエラは公爵に近づき、利き手とおぼしき右の二の腕を斬る。容赦ない。容赦はないが……。
公爵は残った左手を使って後ずさる。
「落とし穴の仕掛けはもう少し向こうですよ、公爵」
依然として微笑みを消さないリュミエラが言って、左の二の腕にも斬りつける。公爵はもう身動きが取れず、その場にうずくまった。なんか、凄みが出てきたな……。
「待て、なんでわたしがこんな目にあわないとならんのだ?! 理由を言え!」
うわー、この期に及んで言うことがそれですか? 報われないね。
「わたくしもひと月ほど前、そう思いました。たぶんお母様も」
リュミエラも大きくため息をついてそう言った。そして、アルマジロのように丸まって急所を隠そうとしていた公爵が往生際悪く這い出そうとした瞬間、大きくさらされた頸動脈を切り払った。血しぶきを浴びながら、彼女は身動きもしない。
地球時間で十分ほどが過ぎたころ、リュミエラがこちらに振り向いた。あいかわらず微笑みを浮かべているが、返り血で迫力が凄いことになっている。これで斬りつけられても、ご褒美と思う人がいるんじゃないだろうか。
「いかがでしたか、アンリ様」
もとより、文句などつけるつもりもない。
「すごかったよぉ。ぼくにはマネのできないくらいの容赦のなさだったね」
「そうですか!」
なぜかリュミエラが嬉しそうにした。はて、彼女が喜ぶようなことを言ったか?
「でも、やっぱりリュミエラは優しいね。ひと言を言う時間を与えてたでしょ?」
とたんにリュミエラはションボリとする。アタリだったみたいだ。
「やはりわかってしまいましたか……。わたくしはどうでも良かったのです。ひと言お母様にあれば、と思っていたのですが……妻と実の娘が盗賊に襲撃されるのを黙って見逃す人間に、期待するほうが愚かでしたね。申し訳ありませんでした。これで最後にいたします」
「好きなようにやればいいんだよ。ぼくはなにも言わない」
「はい」
「そろそろ引き上げるでありますよ。ジェンティーレ伯爵は領地にいるでありますから、すぐに情報は伝わらないと思うでありますが、この手の話は思う以上に足が速いであります。それから、この剣とかめぼしいものを持っていくでありますよ。無理があるかもしれないでありますが、盗賊に見せられれば御の字であります」
しかし、タニアの仕込みはほんとうに恐ろしい。本格的に鍛えてこなかった貴族のお嬢さまをモノにするならこれ、という形でリュミエラを仕上げた。まだ、ぼくの運命はタニアの手のひらの上にあるのかもしれないな。
読んでくださった方へ。心からの感謝を!




