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4-7  収束と再始動

自分の伏線が首を絞めているとはいえ、マッテオ編とリュミエラ編が立て続けに来るのはけっこうしんどいです。すこしのんびり日常パートを書きたい気持ちもあったのですが。

 翌日の二の日は、ぼくにとって久しぶりのふつうの学舎生活……にはならなかった。あたりまえだよね、クラスの担当教官が姿をくらましたんだから。



 マッテオが姿を消したことは、クラス朝礼で知らされた。もちろん、「ご自身の都合で急に退職された」という説明だ。クラスは一瞬ざわついたが、あまり動揺を見せている生徒はいない。まだ入舎してひと月で、クラス担任にさほど世話になる機会もなかっただろうし、マッテオも積極的に生徒に関わろうとしていたわけではないから、衝撃を受けるほどの存在とはなっていなかったということだろう。


 だが、衝撃を受けていないというのと、興味がないというのは当然違うわけで、昼食時間にはテーブルごとにその話題に花が咲いていた。もちろんぼくのテーブルもだ。マルコがいるからね。


「なんでもアッピアからスカウトが前からあったらしくて、急に話が進んで昨日の夜に出発したらしいよ」


 いやマルコくん、きみどこからそんなありそうな、それでいてなさそうな話を拾ってくるんですか? ほのかに薫る怪しさが逆に真実味を感じさせる絶妙のさじ加減だ。ジルもいい仕事をしているね。


「士官なんて競争だからね。他人を出し抜くことも必要なのかもね。でもぼくは、そんなことを気にしなくてもいいように強くなりたいな」


 リシャールくんのコメントは、とても八歳児とは思えない成熟した内容だ。彼がこう言ったことで、噂は収束に向かうだろう。もちろん学年の中では、だけど。学舎の執行部などは、まだいろいろくすぶってるんじゃないかな。責任を持たされた教官がいきなり姿を消したのだ。そんなときにすぐかわりを持ってこられる組織なんてない。それは日本でもここでも同じだろう。


「アンリはなにか知らなかったの? マッテオ教官といちばん親しかったの、アンリじゃない?」


 話に参加せずに黙々と食事をしていたルカからいきなり爆弾が投げつけられた。


 はい? どこからそんな話が?


「そうだよな、初日から部屋に呼ばれてたし。マッテオ教官の部屋に行ったのってたぶんアンリだけだぞ」


 うん、わかった。デマというのはこうして話を大きくしながら拡散していくんだよね。肝心の部分を省略するだけで、どれだけ話の印象が変わってくるか、っていう件だ。噂っていうのは恐ろしいよ、ほんとに。


「そう言われても、親からの伝言があるからって呼ばれたのが一度だけで、そのときしか部屋になんか行ってないぞ? 親しくなるヒマなんてあるわけないじゃん」


「あれ、そうだっけ?」


 ぼくはつとめて子供らしい、まっすぐな反論をしたが、マルコの反応は斜め上を行く。こいつ、マジできっかけを忘れていたようだ。脳みそ大丈夫か?


「まだみんなマッテオ教官と親しくなる前だったってことか。もう少したった後だったら、もっと寂しく感じたのかもね。正直、ぼくもあまり寂しいとか、残念とか、そういう感じはしていないんだ」


 リシャールがまたまた大人なコメントで締めた。そうそう、そろそろ終わりにしようぜこの話。心の準備はしているけど、あまり心臓に良くないよ。



 マッテオがらみの話は午後には収束した。騒ぎがあまり大きくならなかったのは、女子の頂点に君臨するベアトリーチェがやはりこの話に無関心だったことも手伝っていたようだ。それは午後になって理解できた。


「ベアトリーチェ様、クラスの担当教官のかたの話、うかがいました」


 午後の魔法学の授業が始まる前、マイヤがおずおずとベアトリーチェに話しかけた。三人で受けいれたとはいえ、まだまだ顔見知りのベアトリーチェ以外に話しかける踏ん切りはつかないようだ。


「マイヤさん、『様』は止めてください。お友達ができにくくなってしまいます」


「ご、ごめんなさい……」


「謝る必要はないですよ。それで、マッテオ教官のことですね? いろいろ噂をされている方もいますけど、わたしはあまり気になりませんね」


「どうしてですか?」


「わたしたちのような新入生をたったひと月で投げ出してしまう方を惜しむ気にはなれませんし、最初の顔合わせから、わたしはあの方にあまり良い印象は抱けませんでした。あの方がわたしたちを見る目が生徒を見る目ではない気がしたんです。なにか、品定めをしているような感じといえばわかってもらえるでしょうか?」


「そうなのですか……」


 そこで教官がはいってきて、二人の話は打ち切られた。


 背中でふたりの話を聞きながら、ぼくはベアトリーチェの人を見定める観察眼に舌を巻いていた。ぼくが初日にマッテオに感じた違和感よりも、はるかに明確なものを彼女ははじめから感じていた。戦場に出るつもりがない貴族の女性にとって、最も大切な武器を彼女は八歳にしてすでに持っているということだ。ぼくもがんばらなきゃいけないな。




 ともあれ、二十二人のクラスで、リシャールとベアトリーチェが積極的な反応を見せないうわさ話が長続きするはずはない。マッテオの話はこれで終わりだ、とぼくは確信できた。それが今日最大の収穫だった。それを夕食前のジルに伝えると、さすがにほっとした顔をしていた。


「もっと苦労すると思ったんじゃがな。あの男の人望のなさに今さらながら感謝するわい。結局みんなわしの説明に『そういうヤツだったかもしれない』と思ってしまったんじゃな」


「教官の間でも、もう落ちついてしまったということ?」


「すでに、第一クラスのクラス担当をだれにするか、が最大の問題になっとるんじゃ。マッテオのことなどだれも気にしておらん。だがの、この問題は難しいのじゃ。下手な教官をつけると、学舎として大失態になりかねんでな。モンゴメリの長男坊とニスケスの嬢ちゃんは、教官たちの中でも『教えることがあるのか』と話題になっとるくらいじゃからの」


 あのふたりは、やはりそこまでの逸材なのか。卒業するころには、どれくらい成長していることか。あそこまで日の当たるところにいることを運命づけられたふたりでなければ、これからの長い時間、手を貸してほしいと思うこともあるんだろうけど……マッテオとは違う意味で交わらないんだろうな。




 一日あけた三の日の夜、シルドラが報告にやってきた。


「だいたい必要な情報はそろってきたであります。もちろん、不足も多いでありますが、今週中に集めることが困難なものばかりでありますゆえ。まあ、この半分の情報でもわたしなら関係者皆殺しでありますが」


 たぶんぼくでも同じだ。


「どんなネタが出てきたの?」


「シルベストレがベルガモを使ったことは、シルベストレが払った金の受け取りを書かせていたのでまちがいないであります。素人のやることはすぐボロが出るでありますよ」


「自分の悪事の証拠をわざわざ残してるんだものね。公爵のほうは?」


「はっきりした証拠はないでありますが、マリアが死んでひと月ちょっとで部屋を片づけているであります。新しい家具や調度品の注文も出しているようでありますから、ふつうに考えれば新しい部屋の主が来るということでありますよ」


「リュミエラのお母様のご両親は?」


「館には厳重な警備が敷かれているであります。引退したもと伯爵の館の警備にしては異様でありますよ。どう考えても、賊ではなく情報が無断侵入することを警戒した警備だと思うであります」


「ご両親はシロかな」


「そう思うであります。それから、ジュリオ様が倒れたときの様子が聞けたでありますが、おそらくリプキンという毒であります。ある程度時間をかけて与え続ける必要があるでありますから、料理人は当主交代についてはクロでありますよ」


「リュミエラは、どこまでを自分で片づけたいと思うかな? 周辺部分は、ぼくらが手伝ってもいいかもしれないな」


「料理人、現伯爵夫人アナ、ベルガモ、このあたりでありますな。料理人は今回の事件にはおそらく無関係であります。アナはどこまで絡んでいたかが問題でありますな。ベルガモは自分では手を下してない可能性があるでありますよ」


「原動力がリュミエラの気持ちだから、あまり中心から遠いところでがんばっちゃうと、肝心なところで息切れしかねないよね」


「であります」


「ところでリュミエラだけど、五の日にはこっちに戻ってきてくれるのかな?」


「それはノスフィリアリ様に聞いてみないとわからないであります。理由をきいてもよろしいでありますか?」


「彼女のサポートをするにしても、ふつうの日は制約が多すぎるよ。できれば、六の日と聖の日を使いたいんだ。五の日の夜に最後の打ち合わせがしたい」


「いっておくでありますが、聞くだけでありますよ? ノスフィリアリ様に『こうしてくれ』などとは、わたしは言えないであります」


「わかった、わかった」


 どこまで怖いんだよ、タニア。ブートキャンプ効果かな、やっぱり。


「リュミエラはどんな様子かな? タニアは『自分は戦う力を鍛えているだけで、人格には手をつけていない』って言ってたけど」


「ノスフィリアリ様にひと月鍛えられて、人格や性格が変わらないでいられるなら、その人は人間の外に足を踏み出しているでありますよ。たぶんアンリ様も、物心ついたときにはもっと人間らしくてかわいらしい子供だったと思うであります」


「どういうことかな? なにが言いたいのかな?」


「褒めているでありますよ。アンリ様が人間らしさにあふれたかわいらしい八歳児だったなら、わたしはどこかで手を引いていたと思うであります」


「そこまで言われても、ぜんぜん褒められているように聞こえないんだよね……」


「さあさあ、アンリ様はサッサと寝るでありますよ。傷を治しただけで、身体が受けた衝撃や流れた血はすぐには戻らないんでありますよ? リュミエラに手を貸すつもりでいたところで、身体が動かなければどうにもならないであります。肝心なところで役に立たない男子は、婦女子から馬鹿にされるであります」


「ちょっと待って。言いたいことはわかるけど、その言いかたは止めて!」



 五の日の夜、シルドラはリュミエラを連れて姿をあらわした。


「お久しぶりです。アンリ様もいろいろ大変だったとうかがいましたが、大丈夫ですか?」


 そう言って見せた笑顔は、ひと月前のものと変わらなかった。

読んでくださった方へ。心からの感謝を!

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― 新着の感想 ―
[一言] 〉下手な教官をつけると、学舎として大失態になりかねんでな。 マッテオいなくなったんだからあんた(ジルベール・ザカリアス)がやれと言いたい。まあやらせるとべベアトリーチェの個別訓練の話が成り立…
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