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4-6  葬送

ちょっと時間をかけすぎているかな、と思いつつも、リュミエラの部に移行する前に一話使いました。

自分では必要だったと思いますが、お読みいただいている方にはどう映ったか、知りたいような、知りたくないような……

 目がさめた。天井が見える。あまり見覚えのない天井だ。


 身体を動かそうとしてみる。まったくダメだ。どのパーツもピクリとも反応しない。こりゃ死んだかな?


「生きてるであります。ただ、身体はまだまともに動かないと思うであります。ムリをしないほうがいいでありますよ」


 声のした方を見ると、シルドラがこちらをのぞきこんでいた。その後ろにはタニアがいるように見える。いや、ここにいるはずはないよな? すると……あれか?


「死神が見える。やっぱりぼく、死んだのかな?」


「ひとを見るなり最初に口にする言葉が死神とはいい度胸ですね」


 ヤバっ、本物のタニアだ。しかも通常運転だ。なんとかごまかさないと、ブートキャンプ送りだ。シルドラが五回死ねるなら、ぼくなら十回死ねる。


「まあ、そう言われたことがあるのもたしかですが」


 その意味でも本物だった……。ヤバすぎる。


「その様子だともう大丈夫ですね。とっととここを引き払いますよ、シルドラ。処理が終わったとはいえ、このような生ぐさい思念のこもった場所に長居は無用です。どこか適当なところに転移してください」


「しかしノスフィリアリ様、さすがにもう少し安静にさせておいたほうが……」


「転移してくださいと言いましたが?」


「わかったであります! しかしどこに……わたしの部屋はリュミエラが使っているでありますし」


「あそこはいまは婦女子の寝室です。血だらけの男を連れこんでどうしますか」


「いや、その前から婦女子の寝室なのでありますが……しかたがないので、チビ爺のところにおしかけるでありますよ」


 シルドラはそのままぼくとタニアをともなって、転移魔法を発動させた。




「おお、アンリにシルドラではないか。どうしたんじゃ? それにもうひとりのおなごは見覚えがない……いや、どこかで見たような……」


「おや、日和見ジルではないですか。このようなところでなにをしているのです?」


「げえっ、死神ノスフィ! ななな、何のようじゃ!? わ、わ、わしはなにも話しとらんぞ? おまえさんが血を見るのが好きすぎて、冒険者の世界でだれも近寄らなくなったとか、だれにも言っとら……ぐあっ!」


 ジルは額に魔法のようななにかを喰らい、あおむけにぶっ倒れた。死神ってそういうことか。このまま母様付きのメイドをさせておいて大丈夫なんだろうか? ボディガードとしては申し分ないだろうけど、たぶんメイドの仕事って、それじゃないよね?


「あわてると口にしてはならないことを口にして墓穴を掘るのは、昔からのあなたの悪いクセです。それで、ここはあなたの隠れ家ということなのですか?」


 ジルは顔をしかめ、額をさすりながら身体を起こした。見た目ほどダメージは大きくないらしい。 


「ああ、そうじゃ。……なるほどの。アンリの師匠はノスフィじゃったか。いろいろ納得じゃ。で、その様子じゃと今日やったんじゃな?」


「はい」


「聞かせてくれるかの? 背中を押してしまったものとして、顛末は聞いておきたいんじゃ」


 タニアが驚いたようにジルを見た。


「ではジルがアンリ様に魔法の訓練をしたのですか? なるほど、それは幸運だったのでしょう。あなたは能書きばかりで土壇場に弱い冒険者でしたが、こと魔法の知識は一流でしたから」


「やめてくれんか!? このとおりじゃ!」




「そうじゃったか。しかし、無茶をしおる。シルドラの嬢ちゃんが止めたのはあたりまえじゃ。おまえさんが生きとるのは、そこにシルドラの嬢ちゃんとノスフィのふたりがいたからじゃぞ。魔法陣は描いたものしか消せん。じゃが、シルドラの嬢ちゃんだけしかおらんかったなら、魔法陣を消している間におまえさんの魔力は枯渇しとったろう」


「わかってる。魔力が流れこんできたとき、消えかかったろうそくのようなものがもういちど燃え出すのを感じたから」


「シルドラに感謝することです。マリエール様のお世話とリュミエラの訓練で忙しいわたしのところに飛びこんできて、理由も話さず無理矢理連れてきたのですから。シルドラもよくやりましたね」


「とんでもないであります、ノスフィリアリ様!」


 シルドラはマスターに褒められてうれしそうだ。


「なので、訓練は三日だけで許してあげましょう」


「それはとんでもないでありますよぉ、ノスフィリアリ様ぁ……」


 シルドラはマスターに刑を宣告されて泣きそうだ。見なかったことにしてあげよう。


「シルドラ、ほんとにありがとうね。さすがに無茶やっちゃった自覚はあるよ」


 シルドラはほんとうにしゃくり上げていたが、目をこすりながらぼくをにらんだ。


「二度とこういうのは勘弁してほしいでありますな。今後は少しはわたしのいうことも聞いてほしいであります。命をかけるのと、命を粗末にするのは違うでありますよ。果たす目的がある人間は、生き残ることが最大の義務なのであります」


 そうだよな。自分が生き残るために考えたりやったりして、それにつきあってくれる人がいるのに、ぼくが死んだら何の意味もないか。巻きこまれた人だって、何のためにつきあってきたのかわからないものね。


「わかった。これからは自分の命を最優先にする。いざというときはシルドラを盾にするってことだね?」


「そういうことを言ってるんじゃないであります!」




「ときにジル、後始末はおまかせしてもいいですか? マッテオとやらの私物はいちおうさらってきましたし、死体というか肉塊も回収しました。多少の汚れはありますが、部屋はもぬけの殻の状態にしてあります」


 雰囲気を変えるようにタニアがジルに声をかける。もぬけの殻の状態って……ああ、スケルトンがいたりする異空間か。でも、ほんとうに死体も持ってきたのか?


「ん、しょうがないからまかされるわい。あの男が出世欲が強かったのはみな知っとるから、不意に姿を消したといっても最後には信じるじゃろ。汚れも、危険な魔法実験をやっとったと考えてくれるはずじゃ」


「よろしくお願いします。アンリ様ももう動けるでしょう。わたしたちはそろそろ引き上げます」


 動けるといえば動けるが、ほんとに動くことができる、というだけだ。できればもう少し休みたいところだが、それを言うとタニアがこわい。


「ああ、あやつの私物も置いていくといいわい。処理しといてやろう」


「わたしが見たところたいしたものはありませんでしたよ? 漁るだけ時間の無駄になると思いますが」


「全部持って行け。おまえさんの異空間なら余裕あるじゃろ」


 ジルは面倒ごとを引き受けるふりで、役に立つものを自分のものにしたかっただけらしい。ハズレだとわかったとたんに態度を豹変させやがった。ホントに食えない爺さまだ。


「そう言うと思っていましたよ。では、これにて失礼を。シルドラ、街の外に出られますか?」


「一度の転移ではムリでありますが、なんとかなるであります」


「ではお願いします」


 タニアがぼくを引きずり起こすと、シルドラが転移を開始した。三回転移を繰り返して街の外の草原に出る。途中、シルドラの部屋を経由した。ずいぶん片付いてるな、と思ったところでタニアに目をふさがれた。少しいい匂いがしたのは黙っておこう。




「さてアンリ様、今回の件でアンリ様はご自分のために越えなければならないカベを、シルドラの助力も最小限で、ほぼ自力で越えられました。改めて申しあげますが、わたしとしても、非常によく頑張られたと思っています」


「タニアに褒められたのは、初めてじゃないかな。うれしいな」


「そうでございますか? わたしはこれまでアンリ様を褒めて伸ばしてきたつもりですが」


「それだけは絶対違うと思う!」


「認識の相違でございますね。アンリ様が直面されたのは、ご自分の邪魔になるものを相手の都合をかまわず力づくで排除するという課題と、ご自分の都合で他人の命を奪うという課題でしたが、みごとに成果を出されました」


 ほとんど人間やめるための課題だよね、それって。クリアしたのを喜んでいいのやら……。


「今日最後の課題は、ご自分のなされたことの後始末を自分でつける、というものでございます」


「まだなにかやることが残ってるの? もうさすがに今日は疲れたよ」


「血もだいぶなくしたでありますからな。二、三日はキツいでありますよ」


 うんうん、シルドラも気遣ってくれている。


「アンリ様は、マッテオとやらのこの何の役にも立たない私物と、アンリ様がずたずたにして焼き払った死体を、わたしに保管しておけとおおせですか?」


 あー、やばい。完全に頭から飛んでいってたわ。実は、マッテオがどうなったかぼく自身はまだ見ていないんだよね。


「いやいや、そんなことないよ? やるやる、やります」


「ではまず、その辺に魔法で穴を掘ってください。大きさは……そうですね、先ほどジルが暮らしていた部屋の大きさくらいでしょうか。魔力は戻ってますね? なければわたしのをお渡ししますから、サッサとおやりください」


 うわ、けっこうきついな。部屋のカサぐらいの土を見えない手ですくい上げて……掻き出す……イメージを作ろうとするが、全然土が動き出すイメージができない。重さを感じるはずがないのに、イメージを作ろうとすると重さを感じたような気がしてイメージが前に進まない。


「持ち上がりませんか?」


「うん。どうしてだろう?」


「それがほんとうの意味での精神の疲労です。魔力の使い方に無理があると、魔力の消費以上に精神の根っこの部分がすり減っていく、といえばいいのでしょうか。魔法を使うときは、そういう状態にならないように気をつけることです」


「わかった。わかったけど……穴はどうしよう?」


「しかたありませんね。掘れるだけ掘ってみてください」


 ぼくは地球計算で一立方メートルほどの土をやっとの思いで取り除いた。それをもう一度、さらにもう一度……五度ほどやって膝をついた。


「ごめん、もう限界」


「わかりました。ちょっとお待ちください」


 タニアはあっという間に五立方メートルほどの土を持ち上げ、投げ捨てるように下に落とした。えーと、一回あたりの処理量の差は百二十五対一だね。


 続いてその穴の中に虚空からなにかを落とし込んでいく。書籍とか、マントとか、ちょっとした日用品とか、得体の知れない道具類等々。そしてその上に、ばらばらになって焼け焦げた肉の塊。頭らしきものがわかる。腕、脚、なんとなくそれっぽい。それしかわからない。


 吐き気がしてきた。寒くはないのに震えが止まらない。膝が笑って脚に力が入らない。膝をつき、思いっきり胃の中のものを吐き出す。胃液まで吐き尽くして、ようやく止まった。


「これが今日、アンリ様が全力を傾けて生み出したものです。アンリ様は、今日ご自分がなさったことに後悔はございますか?」


「ううん、まったくない」


「それなら、これらのものと正面から向き合ってください。そして自ら望んでこれらのものを作り出したご自分と向き合ってください。」


 びっくりするほど涙が出た。いくら泣いても涙は止まらなかった。タニアは、そのぼくの涙が止まるまでの長い時間、なにも言わなかった。


「お心は鎮まりましたか? ならば弔ってください。自分がなにを弔っているのかを見つめながらです」


 ぼくは、穴の中のありとあらゆるものを燃やし尽くした。自分がこれから歩いて行く上で必要ななにかを得るために。そして、なにか大事なものを捨てるために。


 このさきぼくが同じように涙を流すことは、たぶんない。

お読みくださった方へ。心からの感謝を!

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