4-5 完遂
戦いを描くのは苦手だとわかっていました。
でも、想像以上に苦労しました。マッテオを出さなければ良かったと思うほどに。
週が明けた一の日の午後、ぼくはひとつ深呼吸をするとマッテオの個室のドアを開いた。つけられた魔力による追尾は無効化していないから、彼もぼくが来ることはわかっていたはずだ。
「おや、きみのほうからここに来てくれるのは珍しいね」
「ええ、そろそろぼくに魔力追尾をかけるのやめてもらえないかなと思いまして、お願いに来たんです」
「無効化しようと思えばいつでもできるだろう? 実際そうしてるじゃないか」
「無効化するのと、最初からなにもないのでは気分が違います。できればもっとのびのびと学舎の生活を送りたいんですよ」
「きみがぼくの話を聞いて、ぼくをいろいろ助けてくれるなら、すぐにでもやめるよ」
「いやがらせという意味合いは否定されないんですね」
「相変わらず子供らしくない言い方だね。うん、否定はしない」
「八歳の子供に嫌がらせまでして力を借りて、何がしたいんですか?」
ひょうひょうとした表情を保っていたマッテオの顔が、少しだけ生臭い雰囲気を発した。欲を表面に出してきたってことか。
「やっとそれを聞いてくれたね。聞けば、きみの気持ちも変わるかもしれないよ? ぼくはね、この国を、そしていずれは魔族も駆逐してこの大陸全体を手に入れる」
えらくざっくりした夢を語りやがったな。そんだけ壮大な夢にどうやって八歳児を巻きこむ絵を描くつもりだよ。
「夢だと思うかい? 学舎の魔法課程の実権を握れば、王宮の魔法部まで力を伸ばせる。わたしの力があれば、魔法部を手に入れれば軍を魔法中心に飛躍的に強化できる。いまは魔法の使い方が稚拙すぎるんだよ。術者が複数で大魔法を編み上げて敵の中心部に撃ち込み、布陣に穴があいたところを蹂躙する。戦術をそういう発想で組み直すんだ。魔法でおくれをとりがちな魔族相手にも……」
おいおい、こんどはえらく細かく熱く語り出してんな? 八歳児があんたの言っていることを理解して共感してくれると本気で思ってるのか?
だが幸か不幸か、ぼくはふつうの八歳児ではない。ゆえに、こいつの言うことに一分の利があることは認める。
実力のある魔法使いの数が限られているために、魔法使いの有効利用、という発想はこの時代の戦略にはあまりない。せいぜいが限定された局面を打開する隠し球扱いである。それを重要な局面で集中的に運用することができれば、戦争のあり方が変わるだろう。加えて、こいつの言うとおりに話が進めば、英雄が必要なくなる。万々歳だ。
……でも、だめだ。
前日の聖の日の夜、ぼくは寮の屋根でシルドラと最後の打ち合わせをしていた。
「結局、場所はマッテオの個室にするしかなさそうだね」
「うう、いまでもあまりおすすめしたくはないでありますが、どうしても代わりの場所を見つけられなかったでありますよ。申し訳ないであります」
「しょうがないよ。それに、どこでやってもヤバさはそうかわらないと思う。なら、誘導する手間を省けて、他の人に気づかれるおそれが小さいあいつの部屋がいい。場所的にも主要区画から離れているし、どうせ中でなにをやっているかを隠す仕掛けとかもあるよ」
「アンリ様を始末してもバレない仕掛けとかでありますか?」
「やめてよそういうこというの! 考えないようにしてるんだからさ!」
「遺言はいちおう承っておくであります」
「ホントやめてください、お願いします! それはそうと、当然トラップも用意してくると思うんだけど、どんなので来ると思う?」
「なかなか切り替えが早いでありますな……。まずまちがいないのは、魔力簒奪系の魔方陣でありましょう。ただ、これは調整がわりと易しい魔方陣で、効果範囲や効果自体もかなり幅があるであります。少なくとも、効果範囲は部屋全体と考えておくのが無難でありますよ。そして範囲が部屋全体となれば、マッテオ自身は対象外となっていると思われるであります。魔力を使う意思に反応するでありますから、身体強化もダメでありますな」
「ほかはなにか思いつくかな?」
「特定の属性が無効化されている可能性はあるでありますが、アンリ様は特に属性の得手不得手はないでありますし、あまり気にしなくてもよいであります。魔法攻撃の効果を強める仕掛けはしているはずでありますし、物理攻撃の効果を軽減する魔力の鎧は、まちがいなく使ってくるであります。まあ、これはトラップとは別物でありますが」
「物理攻撃は効果を減らされて、魔法は最悪ぼくだけつかえない、と。いやいや、おちついて考えると詰んでるよね」
「詰んでいるでありますよ。はじめからそう言っているであります」
「じゃ、ひとつ奥の手を使うか」
「すごいね。すごく魅力的な夢だ。ひとつ聞きたいんだけど、その中でぼくに何をさせたくて、こんなにしつこく誘ってるの?」
「きみはこれからもっと強くなる。もう少し時間をかけて、もっと強くなってくれ。そうすれば、きみはどんな局面でも大きな働きができるはずだ。それを期待しているんだよ」
「つまりはただの青田買い、ってことですね」
「青田買い、とはなんだね?」
「使えそうなヤツに手っ取り早くツバをつけて囲い込むことですよ。具体的な使い方を何も考えずに、ね」
「きみのような才能に最初から使い方を限定する必要などないよ」
「でもね、あなたの夢の中にぼくの姿が全然はめこめないんですよ。つまり、あなたの描く絵が完成する瞬間に、ぼくは不可欠な存在じゃない。そういうヤツがどういう運命をたどるのか、ぼくだって気になります」
「どういうことだい?」
「あなたを息子のようにかわいがってくれた老夫婦、火事で亡くなったそうですね」
「……ああ。火の回りが早くてどうにもならなかったよ」
「アッピアから来たミケーレという冒険者、盗賊に襲われて死んだそうですよ」
「調べはついている、ということかい? その言い方は、シルヴァは生きているということかな?」
「そういうことです」
言い終えた瞬間にぼくは全身に身体強化の魔法をかけた。魔力が身体に行き渡っていく……が、マッテオが後ろに飛び退って距離をとりながら指を鳴らすと、その魔力が足下から抜けていくように消える。ああ、これが魔力簒奪ね。しかも、気のせいか奪われた魔力がヤツのほうに流れていく気もする。
「思ったとおり、きみは恐ろしい子だね。一瞬で魔力を全身に行きわたらせた。惜しいよ、ここで殺してしまうのは」
「惜しいなら思いとどまってお互い無関係の人生を歩みませんか?」
「ハハハ、この段階でそんなことが言えるのかい? ホントにすごいよ。でも残念だね。ぼくはきみの力がだれか他の人のものになるのを見るくらいなら、なくしてしまうことを選ぶよ、きみごとね」
あー、ジルの言ったとおりだな。気持ちわりぃ……。
黒鋼刃の短剣を抜いたぼくは、マッテオのふところに飛びこもうとしたが、足下に火の矢を撃ちこんでぼくの動きを牽制する。一言二言のレベルまで詠唱は短縮しているが、無詠唱ではない。何が来るかぐらいはわかりそうだ。
ぼくは細かく身体を振ってフェイントをかけ、三本目の矢をマッテオが撃った瞬間に距離を詰め、短剣を振り抜く。刃はマッテオをとらえはしたが、膜を切り裂くような手応えが残っただけだ。見ると,マッテオの服がすこしだけ切れている。これがシルドラの言った魔力の鎧だろうね。
もういちどぼくは距離をとった。
「わかったろう。きみに勝ち目はないよ。じきに死ぬことになるきみだから、特別に教えてあげよう。この部屋の魔力簒奪の魔方陣にはわたしの魔力を記憶させているから、反応するのはきみの魔力だけだ。おまけに、吸いあげた魔力は全てわたしに流れ込んでくる。そして、きみは剣でもすばらしい動きをしているが、いま体験したのが魔力の鎧だよ。わたしは全身をこの魔力の鎧で覆っている。きみの攻撃を完全に無効化するとは言わないが、わたしに致命傷を与えるより、きみが動けなくなるほうがたぶん早い」
よし、ヤツの死亡フラグゲットだ。どうして相手が死ぬからといって種明かしをしてやらなければならないのかぼくにはわからないが、とにかくフラグは頂いた。得意げにしゃべっているわりに、全部シルドラが予言したとおりなのがなんともね。小物フラグもゲットだな。
これが奥の手かって? えっと、そんなことないよ?
「シルドラ、ぼくの身体にいくつか魔方陣を描いてほしい。起動すればそこから体内の魔力が漏れ出すように」
「な、何を考えてるでありますか! そんなことをして、体内の魔力が枯渇したら死ぬでありますよ?!」
「マッテオに負ければどのみち死ぬよ。物理がきかなくて魔法が使えなきゃ、打つ手がない。身体強化すらできないからね」
「そもそもなんのためでありますか?! 意味がわからないであります!」
「仮に魔力を使おうとする意思に反応する魔方陣なら、意思と無関係に出ていく魔力には反応しないかもしれない。あとは、精霊に勝手に魔力を持っていってもらえば……」
「バカでありますか? アンリ様はバカでありますよね? 言っておくでありますが、魔力が出ていくのを止めるには、わたしが魔方陣を解除しなければならないでありますよ? わたしはそこにいないのでありますよ? どうやって動作を止めるでありますか?!」
「なんとかなるよ。とにかくお願い」
「なんともならないでありますよぉ……」
はじめて聞くシルドラの懇願するような声だった。
「ハハハ、ほんとうにきみはすごいよ。まさかここまでとは思わなかった。見たまえ、ぼくの腕から血が出ている。ここまで魔力の鎧を斬り込めるとはね」
マッテオの執拗な魔法をかわしながら、何度も飛び込んでは斬りつけた。全身を覆っている、というからには、どこを斬るか、ではなく、どれだけ鎧にダメージを与えたかが鎧の耐久度に関わってくるはずだ。刃を届かせることだけを考えて、何度も斬った。
その努力が功を奏し、ようやくマッテオの皮膚に刃が届いた。だが、そろそろぼくが限界だ。ヤツの魔法を全てかわすことはできない。ヤツも攻撃を受けることをある程度覚悟の上で、ぼくに小さな魔法を何発も当ててくる。ほぼなぶり殺し状態だ。ここでちょっとでっかいのを喰らったらもうマズい。
ぼくは気力を奮い起こしてもういちどマッテオに斬りこむ。マッテオは笑いながら風の刃をぶつけてきた。さらにぼくの皮膚が切り裂かれる。身体がドクンと脈動する。
……きた。
全身の魔方陣が発動した。致命傷ぎりぎりまで身体がダメージを受けたら、シルドラに描いてもらった魔方陣が自動的に発動するように設定してあったのだ。ぼくが自分の意思で起動させるやり方だと、何かで阻害されたら万事休す、打つ手なしだからね。
身体から一気に魔力が漏れ出す。ぼくは痛みに気が散りそうになるのをこらえながら、頭にマッテオが火に焼かれ、風に切り刻まれるイメージだけを必死に浮かべた。意識がもうろうとしているから、わかりやすいイメージにしかならない。マッテオがマッテオじゃなくなってる。
「好きなだけ持って行きやがれ!」
ぼくが精霊に呼びかけると、ぼくのまわりの気配が騒がしくなった。精霊がぼくの魔力を奪い合っている。そして、ついには魔方陣から何かが身体の中に入りこんでくる感触までしはじめた。
(おいおい、持ってけとは言ったけど、むしり取っていけとは言ってないよ……)
「ん? 何をした? この魔力はなん……ギャアッッッ!!」
視界がかすんでよく見えないが、近くにいる肉のような何かが切り刻まれ、焼け焦げる気配がした。どうなった? 伏線は回収したか? ……やべえ。身体の中がひからびていく気がする。こりゃいい感じで死ねるかな。ここで死ぬと、これまであれやこれや考えてきたのが全部無駄になるけど、ああ、それもいいかも……。
突然、身体に魔力が流れ込んできた。身体の芯の部分の渇きが急速に癒やされていく。懐かしい感触だ。昔、森で魔力が切れそうになると、タニアが魔力を分け与えてくれたっけな。あのときもこんな感じだった。
そんなことを考えながらバランスを失って倒れていくぼくを、柔らかい腕が抱きとめた。
「よく頑張りましたね」
読んでくださった方へ。心から感謝を!
マッテオ関連は、これで決着です。




