4-2 作戦会議(後)
あらすじでも書きましたが、すこしタイトルをいじりました。
前から読んでくださっている方にはすこし違和感があるかもしれませんが、
笑って受けいれてくださるとうれしいです。
あ、そもそもあらすじもすこし書きかえたんだった……
「最初からすなおにそう言えばいいんじゃ。わしがこの程度のことでおまえさんたちに恩でも着せると思うたか?」
「「それはもう」」
「じゃろうな」
うわ、ツッコミの直球を見事に打ち返しやがったよ、この爺さま。
「だがの、おまえさんらがリュミエラ嬢ちゃんの名前を出したとき、わしは信じられん思いがしたんじゃよ。あの娘のことは子供の頃から知っとるんじゃが、ええ娘なんじゃ。この学舎におるときもよくできた娘でな……」
ああ、そうか。きっとジルはリュミエラのことを自分の孫のように見ていたんだろうな。そのリュミエラが、お母さんといっしょに無残に殺された、と思っていたんだ。ほんとうにうれしかったに違いないよ。いい爺さんじゃないか。
「それがもうな、年を追うごとにべっぴんになっていきおってな、卒業して以降は色気まで増してきたではないか。もうふるいつきたくなるのをおさえるのが大変じゃったわ。あの娘が殺されるなぞ、ほんとうに世界の損失……」
「全部台無しだよこのスケベ爺いっ! ぼくの感動を返せよ!」
「やはりさっさと消滅させたほうがいいでありますよ、アンリ様」
「どうしたんじゃ? 急に興奮しはじめたり、おかしなやつらじゃの。まあええ、とりあえず事情を話してみい。ほれ、早く!」
「くっ……、わかりましたよ。」
ぼくはリュミエラにまつわる一連の事情を、すこしでっち上げを混ぜながら説明した。
盗賊と思われる集団に襲撃されたこと、第一夫人はそのまま凶刃に倒れたがリュミエラはそのまま拉致されたこと、奴隷として売られる寸前だったことを説明し、奴隷として売られようとしているにもかかわらず心が折れていない娘が、シルドラの、そしてぼくの興味を引いたために購入に至ったことを付けくわえた。
愛玩奴隷として売られるところだったことは伏せ、倉庫に忍びこんだのはシルドラひとりだったことにし、金は親にねだったことにした。復讐のくだりも話していない。シルドラはぽかんと口をあけていたが無視だ。
「もう少しでほんとうに奴隷として売られるところだったんじゃな。まあ、おまえさんも奴隷として買ったのはまちがいないんじゃが……」
そう言ったジルはしばらく考えこんでいた。さきほどまでのエロ爺の面影はない。ブツブツとなにかをつぶやきながら目を鋭く動かし、そしてぼくを見た。
「いま話せとは言わんが、いくつかわからんことがあるのぉ」
やばい。これは来るな。この人、エロ爺モードではないときは、なかなか油断できない。話すつもりがないことを承知で来ている。
「というと?」
「まずひとつ。おまえさんはそれでなにを得た? ふたつ。リュミエラの嬢ちゃんはいま何をしとる? この先どうするつもりじゃ?」
「それは……」
「べつにそれを知ってどうこうするつもりはないがの、わしがどんな力を貸せるかは、おまえさんらがわしにどうしてほしいと考えるかで決まるんじゃ。踏みこんでこん相手にはこちらも踏みこめんぞ?」
何も言い返せない。タニアはぼくに、自分の重要な部分に鍵をかけなければいけないぼくには、ほんとうの友人は作れないと言った。だからぼくは、他人に対していっさい踏みこまないまま、利害関係だけで人間関係を作ろうと思った。
でも違った。利害関係だけの相手なら踏みこまなくていい、なんてことはない。こちらが「もうこれ以上は出せない」というところを見せて、はじめて相手もめいっぱいの力を貸してくれる。自分のどこに踏みこませるかが違うだけなのだろう。
「ごめんなさい。いまは話せない」
「だからそれでええと言うとろうが。そもそも八歳の子供に言うことじゃないわい。おまえさんが、ただの八歳児じゃないと思うたから言うたまでで、この話はここで終わりじゃ」
「ありがとう」
「やめんか、気色悪い。で、アンドレッティだがの、第一夫人とその娘が死んだとなれば、まずは第二夫人が怪しいと思うじゃろ?」
「まあ、ふつうに考えればそうですね」
「じゃが、事件のすぐあとに第二夫人ミリアとその娘セレスは領地のはなれの屋敷に自ら謹慎したんじゃ。喪に服すためと、身に覚えのない疑いをかけられることに耐えられそうにないというのが理由じゃ。王家の呼び出しにも応じておらん」
「すると、正妻とその嫡子の座がほしいための凶行ではないということ?」
「もともとマリアもミリアも男児は産めておらんから、正妻や嫡子の座はさほど意味はないじゃろうな。それに、ふたりの関係がうまくいっておったのはわしも知っとる」
「では、だれが第一夫人とその娘を邪魔にしたのか、でありますな?」
「ふたりを排除すればただちににだれかが利益を得る、という状況でなかったことはたしかじゃな。どちらにも男児が生まれておらん以上、アンドレッティ公爵家の嫁送り込み競争はまだ終わってはおらん。しかし、側室の数に制限があるわけでなし、わざわざ第一夫人を亡き者にする意味はないわい」
そのとき、シルドラの目が異様に光った。その表情は、いままで見たことのない触れれば切れそうな雰囲気をまとっており、すこしだけ口元がほころんでいる気がした。最近彼女のダメなところばかり見ているだけに、違和感がすごい。
「ひとりだけ、いや、ひとつだけ意味のある家があるでありますよ」
「あっ!」
おくればせながら、ぼくの頭にもひらめいた。娘を送りこめばそれでおしまい、の競争の中で、そのままの状態では送りこめない家がひとつだけある。
シルドラがぼくをみて、目でうながす。ひょっとして試しているのか?
「第一夫人マリアの実家だ」
「たしかジェンティーレ伯爵家でありましたな。第一夫人を出している以上、さらに娘を送りこむことは不文律を破ることになるでありますよ」
「恐ろしいやつらじゃな、おまえさんら。まだ具体的な動きはだれも見せておらんで、そこまでは考えんかったが、理屈は通るわい。それに、ジェンティーレ伯爵家はごく最近代替わりしとる。当主だったジュリオが身体をこわして、弟のシルベストレに家督をゆずって引退したんじゃ。シルベストレの上のふたりの娘は結婚しとるが、三女ヘラは十七歳、まだ嫁にいっとらん」
「これはその家督相続も含めて調べる必要があるね」
「それだけひろがりが大きくなれば、むしろ調べるのはラクでありますよ。ボロを出すヤツもふえるであります」
「こちらの期限は三週間だね。ぼくの魔法の訓練が終わる二週間後にその段階の情報を整理しよう。いけそう、シルドラ?」
「余裕でありますよ。ただし、やり方はまかせてほしいであります」
「というと?」
「ほんとに聞きたいでありますか? あまりおすすめしないでありますが」
「あ、やっぱりいい。まかせるから好きにして」
「おまえさんら、この話をリュミエラの嬢ちゃんにするつもりかの? ずいぶんと堪えるじゃろうが……」
「リュミエラのためにやっていることですよ。でなければ、こんなめんどうくさい話にだれが首を突っこみますか」
「じゃがの……」
「ぼくたちは、リュミエラが望みを果たすために、よけいな考えをさしはさまずに全力で協力することを約束しました。そして、リュミエラはすべてをかけて望みを果たします。それだけですよ」
「わかったわかった。もうなにも言わんよ」
「そうしてください。すべて終わったらあらためて話しますよ」
「ここまでくると、ぎゃくにこれ以上かかわらん方がいいような気もしてきたんじゃが、まあええ。じっくり聞かせてもらうとするわい」
大きなため息をつきながらそう言ったジルは、ふと表情を戻した。
「ときに、リュミエラの嬢ちゃんはいまなにをしとるんじゃ? そこのシルドラの嬢ちゃんの家に寝泊まりしとるようなことを言うとったが、いまはおらんのじゃろ? 死んだことになっとる娘が、あまり出歩かんほうがええぞ」
「いまはぼくの師匠が鍛えてます。ちなみに、リュミエラはどのくらい戦えるのか、ジルは知ってます?」
「そばで観察したことはないがの、基本的には娘の剣術の域は出とらんかった気がするの。ただ、アンドレッティも武の家柄じゃて、娘といえども基礎から鍛えておったはずじゃ。あそこの騎士団にも腕利きはおるでな。学舎に入ってからは知らん」
「魔法は?」
「感じる魔力は悪くなかったがの。本格的に学んだことはないはずじゃ」
「うーん、どうなって帰ってくるかな。ちょっと楽しみだね」
「わたしのカンでは、そこそこ使えるようになって帰ってきそうでありますよ。みた限りでは、動きは悪くないであります」
「おまえさんの師匠、と今言ったの? そもそもおまえさんは、どうやって魔法を身につけたんじゃ? おもだった領地貴族の魔法使いはだいたい頭にはいっとるが、おまえさんのところにそんな腕利きがおったか? おまけにそいつは魔法だけでなく剣も鍛えておるのか? そんなヤツがおれば、噂にくらい聞いたことがあると思うんじゃが」
「それもまたいずれ、ということで。そろそろ失礼しますよ」
「ん、そうか? 馬車で送らせるかの?」
「いえ、それも変でしょう。伯爵家の屋敷に寄っていきますよ」
「それもそうじゃな。気をつけて帰るがええ。聞きたいことがあったら、また森の小屋に来てかまわんぞ」
「ありがとうございます」
「あ、シルドラの嬢ちゃんはいつ来てもかまわんぞ? なんだったら泊まっていってもええ」
「ごめんこうむるでありますよ! すこし見直していたところでありましたが、全部台無しであります!」
ジルの屋敷を出てシルドラともわかれ、伯爵家の屋敷に立ち寄った。カトリーヌ姉様はとても喜んでくれて、延々とお茶につきあわされた。夕食まで出されそうになったので、なんとかごまかして屋敷を出た。
こういう時間は楽しい。でも、あまりそういう時間が続きすぎると苦しい。もうすでにぼくは壊れた側の人間なのかな?
……あたりまえか。ふつうの八歳児が奴隷を買ったり人を殺す決断をしたりするはずがない。
読んでくださった方へ。心から感謝を!




