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4-1  作戦会議(前)

最新話に飛んできてくださった方、ひとつ前のInterlude 2はご覧いただけましたでしょうか?

もしまだでしたら、お目をお通しいただければ幸いです。


ジルベール・ザカリアスがずいぶんハバをきかせてますが、彼が今後仲間になるかは

決まっておりません。

ジジイ要員もほしいことはたしかですが

 今日は聖の日だ。七日間、過酷なブートキャンプ送りとなっていたシルドラがようやく帰ってきた。精悍さを増した(ように見える)全身の雰囲気とは裏腹に、端正な顔からは生気が抜けきっている。



「うう,五回は死ねたであります。毎朝太陽を見るたびに、自分がまだ生きていることに感謝したでありますよ」


 昼前の寮の屋根の上で一夜をこえた刺身のようにヘタっとしているシルドラが、絞り出すようにつぶやいた。


「おおげさな……」


「アンリ様も一度経験すればわかるでありますよ! あれは生きとし生けるものが決して経験してはならない苦行であります」


「といっても、自業自得でしょ? タニアの指示に従わなかったのはシルドラだし」


「誰のせいで指示に反したと思っているでありますか! 二度とアンリ様の口車には乗らないであります! わたしのマスターはノスフィリアリ様であってアンリ様ではないでありますよ!」


「元気が出てきたじゃん?」


「はあ……もういいであります。それで、この一週間で何か変わったことはあったでありますか?」


「うん、マッテオを始末することになった」


「これはまたいきなりでありますな。その結論には賛成するでありますが、『することになった』とは、どことなく主体性に欠ける言い方でありますな」


「ちょっとあとおしをしてくれる人がいたんだ。これからその人のところに行くから、いっしょに来てよ」


「人づかいが荒いでありますな。わかったであります」



 そのまま裏庭の森の手前まで転移し、ザカリアス教官のいる小屋に向かう。先ほどまで腐った魚のようになっていたシルドラも、すでにいつもどおり背をピンと伸ばしたきれいな歩き方に戻っている。


 小屋に着き、ドアを勝手に開ける。


「ザカリアス教官、いますか?」


「おるよ。いちいち教官とつけんでええ。ジルでかまわん……おお、誰じゃ、その美人は! わしへのごほうびか? この魔力のにおいは……魔族じゃな?」


「な、なんでありますか、この小人の爺さんは?!」


 一週間前のぼくにはわからなかったが、シルドラにはジルが小人族の老人であることがすぐにわかったようだ。ジルもシルドラをすぐに魔族と見抜くのはさすがだ。さすがだが、魔力の「におい」って……。やはりダメな人なんだろうか? これは、ごちゃごちゃ説明するよりは、いきなり転移させてしまったほうが魔法研究者モードにうまく切り替わるだろう。


「おちついてください、ジル。とりあえず移動しますからついてきてください。シルドラ、敷地の外まで転移できるかな?」


 ぼくはジルの腕をつかんでシルドラのそばに行く。


「できるでありますが、その爺さんもいっしょでありますか? なんとなく本能的に嫌悪感を感じるでありますが……」


「いいから」


「わかったでありますよ。それじゃ、行くであります」


 次の瞬間ぼくらは学舎の敷地のすぐ外、ぼくとシルドラが外に出るときに使う、木立に囲まれたちょっとしたスペースにいた。


「おお! おおおおっ! 転移じゃっ! 転移しとる! おまえさんか?! おまえさんがやったんじゃな?! おおおおおおっっっ!」


「だから何なんでありますかこの爺ぃはっ?!」


 ジルはシルドラの手を取って固く握ってしまっている。両手の甲に頬ずりしそうな勢いだ。シルドラは全身の毛を逆立てたネコのようになっている。魔法研究者ジルのモードにはなったが、これはこれでうっとうしい爺さんだ。 


「シルドラ、もう少しすこし辛抱して。それからジル、そろそろいい加減にしてくれないかな? でないと、シルドラがキレてジルの記憶をいじっちゃうよ?」


「そ、それは困る。い、いや、しかし嬢ちゃんは記憶改変もつかえるのか? おおお、今こそわしの研究者人生が大きく花開くときじゃ。さあ嬢ちゃん、記憶のこの辺をちょっとだけいじってみなされ。なに、記憶をいじられたことさえ覚えとりゃなんとでもなる」


「ジル……」


 ぼくは外に出るときにいつも身につけている、黒鋼刃の短剣を引き抜いてジルをにらみつける。シルドラは目に本気八割の殺気を浮かべている。姿勢を低くしていまにも飛びかからんとする勢いだ。


「お、おう、すまんの。つい興奮してしもうたわ。情熱の炎を燃え上がらせるあまり、生命の炎を消してしまっては元も子もないの」


 この爺さん、まだうまいこと言おうとする余裕があるらしい。油断できない。


「シルドラ、ジルはこれからぼくの魔法の師匠になる予定なんだ」


「アンリ様、わたしが大陸じゅう駆け回ってでもかわりを探して連れてくるでありますから、このチビ爺はここで消滅させるでありますよ」


「まあ落ちつきなよ。ジルはマッテオのことをよく知っているんだ。マッテオについて必要な情報が集まるまでは、消滅させるのは待ったほうがいい」


「なるべく早く情報収集を完了させるでありますよ。そしたら消滅させていいでありますな?」


「待たんか! なぜ消滅前提になっとるんじゃ?!」


「自分の胸に聞くといいでありますよ!」




 子供のケンカのようになったシルドラとジルを引き離し、とりあえず落ちついて話をすることにした。


「どこか落ちついて話せる場所に移動しようよ。ここ、学舎に近すぎるし」


「ふむ、話のネタがぶっそうでありますから、食堂や酒場というわけにも行かないでありますな」


「八歳児に酒場はないでしょ。シルドラのねぐらは?」


「ねぐらという言いかたはやめてほしいであります。わたしはかまわないでありますが、あそこはこの一週間はリュミエラがひとりで生活しているでありますよ? 婦女子の寝室に勝手に踏みこむ人間のクズになっていいのであれば、お連れするでありますが……」


 やばいやばいやばい。それはダメだ。天が許してもタニアが許さない。シルドラが五回死ねると言ったブートキャンプがぼくを待っている。


「わしの屋敷でどうじゃ? いちおう魔法課程の主任は王宮の重臣じゃ。学舎の外にも生活の場は与えられとる」


「じゃあ、ご厚意に甘えようかな。シルドラもジルを威嚇してないで行くよ!」




 ジルの屋敷は想像以上に立派だった。しかもザ・執事といういでたちの、ふところの深そうないかにもセバスチャンという感じの中年の男性が出迎えてくる。


「旦那様、おかえりなさいませ。お客様でございますか?」


「応接に飲み物を頼むわい。あとはほうっておいてくれてかまわんよ」


「かしこまりました」



 セバスチャン(仮)が飲みぼくはミルクねを置いて引き下がった後、いちおう真面目モードになったジルが、彼の知るマッテオという男をシルドラに説明する。シルドラも、自分の持っている情報とつきあわせつつ真剣にきいている。この人たちもプロフェッショナルのモードがあるんだね。


「アンリ様、なにか失礼なことを考えたでありますか?」


「いや全然?」


「信じるでありますよ。それはそうと、アンリ様の魔法の訓練はどのくらいかかるでありますか?」


「二週間じゃな。魔法だけでマッテオとやろうとすれば、アンリの才能でも半年はかかるじゃろ。じゃが、牽制としてならば二週間で形にしてやろう」


「わかったであります。二週間あれば余裕でありますよ。ただ、これはわたしのカンでありますが、やる場所は学舎の中がいいと思うでありますよ」


「できれば避けたいんだけどなぁ。どうしてそう思うの?」


「マッテオの性格から、学舎の外に出るときには必ず備えをしていると思うであります。それがどういう備えかわかればいいでありますが、そうでなければ不確定要因がかなり大きくなるでありますよ。二週間後という時間を考えると、マッテオが備えを解いていると思われる学舎が理想だと思うであります」


「わかったよ。とりあえずシルドラの思うように情報を集めてきて」


「了解であります!」


 シルドラがいつものとおり、背をぴんと伸ばして敬礼する。そこにジルが声をかけてきた。


「ところで、リュミエラとはアンドレッティ公爵家の嬢ちゃんのことかの?」


 シルドラは敬礼の姿勢のまま固まった。ぼくも完全に硬直した。それでこちらの負けが決まってしまった。


 あの場で問われていれば、まだごまかせたかもしれないが、その場でジルがなんの反応も見せなかったことで、ぼくもシルドラもいちど完全にガードを解いてしまっていた。こりゃ情報管理検定落第だな。それに、どこかでこの爺さんを魔法バカだと舐めてかかっていた部分もある。


「べつにだれかに触れ回るつもりはないぞ? じゃが、半月ほど前に王宮を騒がしたのと同じ名前が八歳の子供とその連れから出てくれば、確かめてみようという気になるわい。死んだはずの娘が生きとるとなればよけいじゃ」


「聞き流しては……くれませんよね?」


「いや、どうしても話せないならかまわんよ。でも、話してみんか? もしアンドレッティ家の騒動に探りを入れるつもりなら、十分注意したほうがええ。わしも王宮に足をつっこんどるとさっき言ったじゃろ? すこしくらいは助けになれるかもしれん」


 一瞬のうちに考えた。王宮が関わるかもしれないという事件の広がり、ぼくらの情報収集能力、リュミエラの望み。そして、今の今まで忘れていた事実……バルデが自分の売った奴隷がアンドレッティ公爵家の令嬢だと知らなかったはずはないということ。


 ジルの助けを借りないでも、ぼくらだけでなんとかやれるかもしれない。だが、ジルの言いかたは、あの事件が小さくない広がりを持っていることを感じさせた。そうであれば、たとえできるとしても時間がかかってしまう可能性がある。そのときリュミエラの心が持つかどうか……。


 いろんなデータをミキサーにかけるように混ぜ合わせて考えて、結論を出した。


「いやあ、やっぱりジルは女性が絡むと鋭いですねぇ。一本とられましたよ」



お読みいただいた方。心からの感謝を!

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