3-6 リュミエラの場合(後)
ひとつ、まずい状態になっている感じです。
自分で書いていて、リュミエラさんが書きやすいキャラなんです。
油断するとつい記述が長くなる→あわてて削る→リズムが悪くなる
のコンボについはまりそうになります。
「取引……ですか? わたくしは奴隷ですので、とくにお気づかいいただかなくても、なんなりとお言いつけくださればよいのでは?」
うーん、もと、とはいえ,公爵家令嬢が「自分は奴隷だ」といさぎよく言い切ってしまう様子はものすごく違和感あるし、ある意味ギャップ萌えだ。
「そうじゃないんだ。奴隷なら、従っているという結果だけがだいじで、心でどう思っているかはたいした問題じゃないよね? でも、ぼくはリュミエラから、心でなにかを思う、その権利を奪おうとしているんだ。だから、取引にしたい」
リュミエラはすこし考えた。
「お話をうかがってもよろしいですか?」
「ぼくがリュミエラに関心を持ったのは、貴族のお嬢様が奴隷に落とされて間もないというのに、異常なほどに心を強く持っていたからだ。さすがに、公爵家の人だとは思ってもみなかったけどさ。だから,容姿なんかはまったく興味はなかった」
「そう言いきられてしまいますと、すこし落ちこみますが……」
「あ、そういう意味じゃなくて。もちろん、容姿もすばらしいよ? でも、大事なのはそこじゃなかった、という意味で……」
リュミエラはクスリと笑った。ある意味、彼女がここまでに見せた中で、もっとも人間らしい表情だったかもしれない。
「冗談です。さきをお続けください」
「子供をからかわないでくれるかな……」
「どこに子供がいるでありますか?」
「うるさいな! ……で、取引に戻ろう。ぼくは、リュミエラが望みを果たす手伝いをする。それがどういう形であっても、リュミエラの望みを、自分が望む形で果たさせる。一切ぼくの考えは差しはさまない」
リュミエラの表情が一瞬で引きしまり、目に火がともった。
「そんなことが……いえ、アンリ様にはおできになるのでしょうね。『果たさせる』と言いきっておいでですから。わたくしひとりでは何十年もかかって、しかもなし遂げられるとは限らない望みを、果たさせると。であれば、わたくしの答えは……」
「ちょっと待って。それはこちらの条件を聞いてからにしてよ。たぶん、リュミエラが想像していることの何倍も残酷なことだから。ひょっとしたら、『奴隷でいるほうがましだ』と思ってしまうほどに、ね」
「わかりました。うかがいます」
「取引は成立していないから、わかりやすく説明することはできないんだ。それでも決めてもらわなきゃいけないんだけど、だいじょうぶ?」
「問題ございません」
リュミエラの目には、ひとかけらの迷いもなかった。ならば是非もない。
「リュミエラが望みを果たしたあと、ぼくの目的のためにいっしょに来てもらう。手伝ってもらう、とかじゃない。人の道を外すことであったとしても、常にぼくの一部として動くんだ。そこに、リュミエラ自身の人格が残る余地はないよ、きっと」
「わかりました」
即答だった。一瞬のためらいも言いよどみもなかった。是非もないとか思っていながら、あまりの明快さに、ぼくもさすがに不安になってうろたえた。
「言っちゃなんだけど……ぼくは、ある意味でリュミエラという人間を殺そうとしているんだよ? それでもいいの?」
「かまいません。でも、アンリ様がふつうの子供のように慌てるところを拝見して、すこし安心しました」
「いっしょにいれば、意外と抜けているところが多いのがわかるでありますよ」
「それは楽しみです。話を戻させていただきますが、わたくしは、わたくしの全てをかけて望みを果たします。お手伝いいただく以上、それがわたくしの義務です。ですから、望みを果たしたわたくしは、アンリ様に殺されずともそこで一度死にます。ならば、そのあとの自分が決まっているというのは、そう悪くないことかと」
「……わかった。契約成立だね。よろしく、リュミエラ。シルドラは、今日の夕食は自分で食べてね」
「それはあんまりでありますっ!」
「今後,いろんな立ち回りが必要になるかもしれないけど、リュミエラは剣術や武術のほうは?」
話が一段落したところで、床のスペースを片づけて三人が車座にすわれるようにした。そして、リュミエラにはシルドラの服(床に落ちていたのとは別だ)を着てもらっている。
着替えてもらったのは、床にすわるから、というのもあるが、愛玩奴隷御用達のドレスはちょっと落ち着かないんだよ。あれ、けっこう身体のラインがクッキリ出るような作りなんだ。もちろん、落ち着かなくさせるためだ。
「学舎の初等課程の三年間は、いちおう剣術も選択はしていましたけど、そのほかは特に。ママゴト程度ですね」
学舎……考えてみれば,公爵家の令嬢が学舎にかよったことがあってあたりまえ……あ、あれ?
「あ、あの、リュミエラさん?」
「どうして『さん』付けなのですか?」
「いえ、その……ひょっとしてカトリーヌ・ド・リヴィエールという名前に聞きおぼえは……?」
「カトリーヌさんですか、懐かしいですね。わたくしのひとつ下になりますが、年下とは思えないほど優秀なかたでした。そういえば、カトリーヌさんからもアンリという名前をうかがっていた記憶が……もしかして一番下の弟さんでいらっしゃる?」
リュミエラという名前に聞きおぼえのあった理由がやっとわかった。カトリーヌ姉様がまだ学舎にいたとき、楽しそうに話に出していた先輩がアンドレッティ公爵家のリュミエラ様だったよ。たしか、「お美しくて、凜とされていて、なにをなさっても鮮やかで、誰にたいしてもお優しくて」だったか。べた褒めだったな。
やべえ……姉様のあこがれの先輩を愛玩奴隷にしちゃったよ。いや、文字どおりの奴隷として扱うつもりはもちろんないよ? でもさ、契約上そうなってることは否定できないんだよ。あ、イヤな汗が出てきた。
「アンリ・ド・リヴィエールです。お名前はかねがね……」
「立ち居ふるまいが生粋の冒険者のかたとはすこし違う、と思っておりましたが、そういうことでしたか。それでは、カトリーヌさんにもいちどご挨拶を……」
待て待て! 天然か? 天然なのか? どう考えてもヤバいだろ、それ!
「お願いしますからやめてください! カトリーヌ姉様はああ見えて、怒ると地味に怖いんです!」
ぼくは、この世界にあるかどうかわからない土下座で許しを請うた。
「それで、アンリ様の目的というのは、そのうちご説明いただけるのですか?」
「そのつもり。急いで説明すると混乱しちゃうような話だから、だんだんと説明していくつもりだったんだ。でも意外だな。自分に関わることだし、早く知りたがるかと思ったよ」
「知りたくないわけではありませんが、そのことが関わってくるのは、しばらく後のわたくしであって、いまのわたくしではありませんから」
「なかなかすごい割りきりかたでありますな。でも、自分自身をすこし離れたところから俯瞰する感じ、といいますか、自分へのある種の無関心、といったところは、アンリ様とよく似ているでありますよ」
あれ、シルドラには転生のことは話したんだっけ? ま、いいか。
「自分への無関心は言い過ぎだよ。それはそうと、リュミエラの望みは、できるだけ早く果たさせなきゃいけない。でも、今すぐ、というわけにはいかないよね。情報収集もしなきゃいけないし、リュミエラも鍛えないといけない。誰を相手にすることになるかわからないもの」
「どちらも、わたしがやればいいでありますか?」
「いや、シルドラは情報収集をお願い。ぼくのパートナーとしても動いてもらわなきゃならないし、時間が足りないでしょ。それに、全部をシルドラに任せるとなると、リュミエラはカルターナにいなきゃいけない。どこに住めばいいのさ」
「ここではダメでありますか?」
「ここじゃ、リュミエラが女性として終わっちゃうでしょ」
「どういう意味でありますか!?」
「あ、あの、片づけはわたくしがやりますからだいじょうぶですよ? これでも、部屋の片づけは嫌いではありませんので」
リュミエラも、このままの状態で住むのはイヤらしい。
「じゃあ、ふだんはここで生活してもらうとして、鍛錬のほうは、タニアにお願いするしかないかな」
「タニア様とは、どのようなかたでしょうか?」
「ぼくの師匠だよ」
「わたしのマスターであります」
「はあ……」
リュミエラはわかったのかどうか、微妙な感じだ。
「そこ、ゲートでしょ? タニアのところにつながってるんだよね? 善は急げだ、さっさと行こうよ」
部屋の隅に、目立たないように魔方陣がある。ゲートを使った移動は、大量の魔力を使って空間を強引にねじ曲げてふたつの地点をつなぐものである。転移の魔法と違って、両方のポイントを魔術的にマークし、そのふたつのマークをつなぎ合わせて固定する。手間が必要だが、転移よりも長い距離をつなぐことができる。
だが、なぜかシルドラの落ち着きがなくなる。
「いや、それはどこにつながっているか忘れてしまったでありますよ。すこし時間をもらえれば、わたしがマスターのところに連れていくでありますよ」
しどろもどろだ。これは無視するに限る。
「いや、シルドラが長く留守にするとぼくが困るんだってば。それに、ぼくも行って説明しないとダメでしょ?」
「うう……」
ぼくはリュミエラをうながして魔方陣にはいる。
「早くしてよ、シルドラ! 夕食に間に合わなくなっちゃうじゃないか!」
「わ、わかったであります……」
なんとなくいろいろ抜けてったかんじのシルドラが、しぶしぶ魔方陣を起動させる。ガンと頭痛が来て、さらに激しいめまいが襲う。慣れないな、これ。リュミエラもいきなりの苦痛に顔をゆがめている。
頭痛やめまいが晴れると、直後、視界が開ける。見慣れたタニアの部屋だ。まだひと月ほどしかたっていないが、けっこう懐かしく感じる。
正面のテーブルでは、ちょうどタニアがお茶を飲んでいるところだった。
「おや、アンリ様。それにはじめてお目にかかる方も。いかがなされましたか?」
いつものタニアだ。だが、となりでシルドラが滝のように汗を流している。
「シルドラ。このゲートは、当分の間はアンリ様にも存在を隠しておくように言ったはずですね。アンリ様がこのゲートがあることを知れば、遠慮なくわたしに面倒を押しつけてくるから、と、その理由も話したはずです。それなのに、今日はアンリ様だけでなく、初めての方もいっしょに来られています。なにか説明はありますか?」
なるほど、シルドラの挙動不審はそういうことか。しかし、相変わらずぼくの行動は読みきられているな。
「も、申しわけないであります!」
シルドラはその場に土下座した。
読んでくださった方へ。心からの感謝を!
今日もなんとか投稿することができました。
毎日、少しずつ読んでくださる方がふえている、というのが本当に力になっています。




