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16-2 タニアへのチクり

「死神」降臨か!?

「こんにちは!」


 アレックスが元気にフォーブル商会に入っていった。


「あら、アレックス様、いらっしゃい。お菓子があるから上がっていって……って、アンリ様? お嫁さんを二人も連れてお帰りになる、って伺いましたけど、もうお着きになっていたんですか?」


 ここでもアレックスはいい感じに食いこんでいる。どんだけ人誑しか。いや、ひょっとして年上女性誑し?


「久しぶり、カレン。今日着いたばかりだよ。それより、外からの客が何人か来てるって聞いたけど?」


「アレは客って言うのかしらね。街のみんなの買い物を交代で観察してるって感じですよ。少なくともうちではなにも買っていっていませんね」


「交代って、ことは、ほかにも出入りしているところがある?」


「リタ婆さんのところと、ベルナルドのところには行ってるみたいです」


 リタ婆さんは調薬師で薬の販売も行っている。ベルナルドの店は代々食材の商いをしている商店だ。普通に考えれば、この街の経済の流れを把握しようとしているということだ。よそ者が街の経済を調べるのは、そこに介入しようとしている場合であり、教会がここでそれをするのは、悪意による可能性が高い。


「アレックスくん、教会で誰か仲良くなった人はいる?」


「シンディお姉さんが『いつでも遊びに来て』と行ってくれています」


 またこれだ。シンディは教会のシスターで、ちょうどぼくが学舎に入る直前に教会にカルターナから派遣されてきた。大変きれいな人で、入れ替わりで街を出なければならないことを口惜しく思った記憶がある。年齢はカトリーヌ姉様の二、三歳上のはずだ。


「シンディさんにそれとなく『お客さん』の話を訊いてきてくれるかな。どんなことでもいい。終わったらそこのカフェで合流しよう」


 ぼくはカレンの店の筋向かいにあるカフェを指さした。ここはぼくが変に顔を出すよりも、アレックス一人のほうがいい。シンディはぼくと入れ替わりに来たせいで、すごく親しい、というわけではないのだ。ぼくがいると聞ける話も聞けなくなるおそれがある。


「わかりました!」


 アレックスは元気に駆けだしていった。ぼくはリュミエラにナターリャをこっそり連れてきてもらうように指示して、カフェに足を向けた。




「……というわけで、教会では三人は信者リストを徹底的に洗っているみたいです。どうも寄付金やお布施の額の多い人を拾い出しているみたいだとか。街に影響力を持つ信者を洗い出しているようですね」


 ぼくたちはカフェで合流したあと、かつてシルドラがねぐらとし、リュミエラがタニアに鍛えられていたときにしばらく過ごしたアジトでアレックスの報告を聞いた。しばらく主がいなかったアジトだが、どうもリュミエラが時々掃除に来ていたらしい。思ったほど荒れていなかった。


「アンリさん~、この超有能なガキンチョはいったい何者ですか~?」


「……ド・リヴィエール家の四男、ぼくの弟ですが? そう聞きませんでした?」


 ぼくの弟、といったとき、アレックスは微かに笑みを浮かべた。


「そういうことにしておきます~。それでわたしが呼ばれた理由はなんでしょう~?」


「知恵を貸してほしいんです。この三人は教会からこの街を調査するように指示を受けた。そして、誰を使って何を押さえればこの街が困るかを探ろうとしている。こんな感じであってます?」


「阿呆の考えることがあってるかどうかを訊かれるのは不愉快なんですけどね~。領主のところ以外で領民の検索ができるのは教会ですから~、悪いやり方ではないですね~」


「次にやることは、うちの領地がよそから買い付けているものの流れを絞る、そして教会の息がかかったところでしか仕入れられないようにする、って感じ?」


「そこまでわかっているならわたしがつけ加えることはないですね~。念のために言えばここの教区長は意外と有能ですから~、ふだんから信者リストの管理はしっかりしていると思いますよ~。押さえるべき人間の洗い出しにはそんなに時間はかからないと思います~。市場調査も含めてもう二、三日で仕事は完了するのではないでしょうか~」


「目的はもちろん……」


「アンリさんへの攻撃ですかね~。カルターナでの勝負では勝ちきれないと読んで実家に圧力をかけようとしているんでしょうね~」


「それをしてなにを得るんでしょう?」


「アンリさんに、ド・リヴィエール伯爵、ニスケス侯爵、フェルナンデス筆頭大司教をともなって頭を下げさせるつもりですね~。もちろん頭を下げてそれで終わりじゃないでしょうけど~。ボンクラ教皇のヒステリーにフェルナンデス家をよく思っていない人たちが便乗して焚きつけた、というところですか~」


 そのあとに続くのは、多額の寄付金とともに誓う教会への帰依、教皇の世俗権力に対する優越という世間に与える印象、そして非フェルナンデス派の勢力の拡大……か。欲の深い人の考えることは壮大だ。


「先生、笑っていませんか?」


 アレックスが心配そうにぼくに訊いた。まあ、たしかに普通は笑う場面じゃない。


「反撃に出るつもりですか~? それなら少し急いだほうがいいかもしれませんね~。こういうときは信者のつながりというのはけっこうバカにできないものが……」


「いや、何もしない」


 アレックスとナターリャが顔に「?」を浮かべている。リュミエラは心配そうにぼくを見ているが、これは純粋にぼくを気遣っていると言うよりは、ぼくの考えていることをうすうす察しているからだろう。


「何もしない、というか、ぼくは何もしちゃいけない、という感じかな。教会は完全にやり方を間違えたと思う」


 ぼくはそう言いながらタニアに念を送った。遠慮がちな念ではなく、緊急事態のイメージの念だ。


「何もしちゃいけない、ですか~……っっ、アンリさん、もしかして?」


「ここには母様の暮らす家がある。この街、この領地に対する敵対行動は、母様に対する敵対行動になる。そして、それを絶対に許さない人がいる」


「なんのご用でしょう、アンリ様? マリエール様がお忙しくされているときは、わたしも忙しいのですが?」


 タニアがなぜここに姿をあらわしたか、理解しているナターリャとリュミエラに緊張が走った。アレックスだけはワケがわからずポカンとしている。




 ぼくはここまでの事情を簡単にタニアに説明した。いっさいの修飾や憶測を抜きに事実だけだ。教会との軋轢のきっかけとなったエリーゼ第二夫人事件については、タニアもすでに耳にはしていたが、聞いたのがいちおうコトが落ちついたあとだったこともあり、とりあえず静観していたらしい。


 タニアはぼくの説明に特に表情を動かさなかった。知る人ぞ知る、危険度マックスの状況である。ここでアレックスにも緊張が走った。カンのいい子だ。


「話はわかりました。それで、アンリ様はなにかつけ加えることはございますか?」


「教会のすべてがぼくの敵じゃない。というか、エリーゼの家族を筆頭に、勢力としてはたぶん敵じゃない人の方が多い。エリーゼも自分の意思として当分は聖騎士団に身を置くつもりだ。それに、教会の組織自体はこれから利用させてもらうこともあるはずだから、できれば大きな傷はつけたくない」


「アンリ様もずいぶん成長されましたね。この状況でわたしに対してそこまでハッキリとご自分の都合を主張されますか」


 お尻の穴がキュッと縮んだ。


「いや……教会に徹底的に敵対してタニアがお尋ね者になったりしたら……母様が悲しむだろ?」


「そうならないようにバカとその一派を潰せばそれでよいと?」


「ぼくはそれができればいちばんいいと……ナターリャはどう思う?」


 あんなオヤジでも教会にとっては余人をもって代えがたい存在である……可能性もある。


「あのおっさん自身はいてもいなくてもかまわない小物なんですけどね~。いなくなるとひとつアンリさんにも大きな変化が起きてしまう可能性があります~」


「というと?」


「いなくなると次を選定することになるわけですが~、エリーゼちゃんのお祖父様は有力な候補になりますよ~。幹部の大掃除の前なら芽はなかったんですが~、誰かさんのご活躍で枢機卿総代になってしまいましたからね~。教皇の孫娘、ということになるとさすがのアンリさんもある程度エリーゼちゃんの扱いを考えないといけないかも~?」


 あちゃ、それはたしかに。エリーゼ自身は全然気にしないだろうが、教皇の孫娘となると世間の見る目も違うし、ベアトの立ち位置も変わってくる。今のまま押し通せるのは、あくまで「教皇に近い枢機卿の係累」ということで「王に近い貴族である侯爵と同等」という強弁が成立するからなのだ。


「なら、バカを脅し上げた上でひとりぼっちにする、というところで手を打ちましょう。わたしもベアトリーチェ様は以前から知っていますし、困らせるのは本意ではありません」


 一派のほうは粛清確定らしい。


「いいとおもいます~。わたしとしては未来の教典の記述をこの目で見たい気もするんですけどね~」


 ナターリャ、煽らないでくれ~っ!


「そ、それはさすがにどうかと思うよ?」


「ご安心ください。わたしも好きで聖都を灰にしたわけではありません。あの時は、やむにやまれぬ事情もありましたので。それでは、仕事の途中ですのでわたしはこれで」


 タニアはそのまま姿を消した。いまのセリフ、事情があればカルターナ級の街を灰にする、っていうことだよね?




「あいかわらず恐ろしい方ですね~。でも、なんでアンリさんはそんなに怯えているんです~? あの方はアンリ様の味方では~?」


 ナターリャ、あなたはまだタニアを理解しきっていない。


「タニアがぼくの味方なのは、ぼくが母様の子供で、母様がぼくやイネスを心から愛して大事に思っているからだよ。ぼくになにかあれば母様が悲しむから彼女はぼくを守る。母様がいなくなったりしたら、タニアも消える」


「そ、それはまた徹底したことで~」


「ぼくが母様の意に沿わないことをしたり、迷惑をかけたりしたら、彼女は遠慮なくぼくに制裁を加えるよ。それから、いまのような場合に彼女に知らせずに勝手に動いたりしても」


 リュミエラは黙って頷いている。ナターリャもさすがに絶句した。アレックスを見ると、さすがに表情をこわばらせて少し悪い感じの汗をかいている。


「アレックスくん、タニアへの接し方、少しわかった?」


「は、はい、勉強になりました、先生……」


 


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


死神にしては穏便に済ませる、ということになりそうです。

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