16-1 アレックスとの再会
バタバタして間が空いてしまいました。面目ないです。
正味一週間の滞在となった帰郷はなんだかんだで慌ただしく過ぎた。
実家までは一泊の旅だった。ぼくが学舎に入るためにカルターナに向かうときには、ロベールの弟の家とモーリヤック侯爵の家にお世話になって二泊の旅だったが、それ以降はだいたいスピードを上げて一泊で移動している。今回も途中は一泊で,モーリヤック侯爵邸にお世話になった。
ロベールと親しいモーリヤック侯爵はぼくを歓待してくれたが、一行の顔ぶれを見て微妙な表情を浮かべた。なにせぼく以外はすべて女性なのだ。しかも、こう言ってはなんだが、そうそう見ないレベルの美形ぞろいで。
じつのところ、男性はぼくのほかにも警備のエンリケが同行するはずだったのだが,土下座で泣きつかれて「勘弁してくれ」と言われた。居心地の悪さに耐えられそうもなかったらしく、ガブリエラの土下座とは正反対の展開となったわけだ。多少の紆余曲折の後,臨時に雇ったという名目でローザにお願いした結果,妻二人のほかはナターリャ、リュミエラ、ロザリー、ニーナ、そしてガブリエラ、プリシラにローザと、ぼく以外の男がいなくなってしまったというわけである。
「アンリくん,この中の何人がきみの奥方なんだい?」
「ベアトリーチェとエリザベートの二人だけに決まっているじゃないですか,いやですねぇ、侯爵」
ちなみに、リュミエラはガッツリと男装している。男装の麗人にしか見えないが、それでもパッと見は別人に見える。さすがにモーリヤック侯爵はリュミエラを覚えているだろうという読みからの配慮だ。
「いや、その二人だけできみの世代の男からすれば怨嗟の声が上がるだろう。しかもこの美女軍団だ。伯爵の三男坊の才能がそんなところにあったとは、今日まで気づかなかったよ、ワハハハハ!」
「ア、アハハハ……、何をおっしゃってるんですか侯爵。冗談がお上手で……」
「なんの、ひとりくらい分けてほしいくらいだよ!」
そう、この人はこういう人なのだ。悪い人ではないんだが……。
実家の本館入り口では、ロベールがシャルロット様とマリエールを伴って出迎えてくれた。その後ろには子供が一人控えているのが見えた。アレックスだ。
「ふたりに紹介したい子がいるんだ」
ベアトとエリーゼに長旅の労いの言葉をかけたあと、ロベールがアレックスをそばに喚んだ。
「アレックス・ド・リヴィエールです。ベアトリーチェお姉さま、エリザベートお姉さま、よろしくお願いします!」
「アンリくん?」
ベアトが戸惑った表情で尋ねてくる。彼女はずっとぼくをド・リヴィエールの末っ子として認識していたので無理もない。エリーゼもちょっと「?」という雰囲気だ。
「二人が知らないのも無理はない。アレックスはほんのひと月ほど前にわけあってうちが引き取った子なんだ。正式にアンリの弟になったのは一週間前だよ」
ロベールがしっかりフォローしてくれた。そうか、結局養子にしたのか……。
ロベールの説明に納得した二人は、すぐにアレックスとコミュニを取り始めた。そして、あっという間に会話に花が咲いていく。むう、このコミュ力、やはりアレックスは要注意だ。
シャルロット様はエリーゼのこともすぐに気に入り、マリエールと一緒に百二十パーセントのホスピタリティでもてなしてくれた。というか、二人の奥さんは完全に彼女らに拉致され、お祖母様や親族の女性陣も加わってオモチャにされていた。
とてもそばに近寄れないぼくはというと、セリエ卿や親族の男衆が地味に結婚を祝ってくれた,というかいじり倒されたが、そこそこのタイミングでなんとか目立たぬように人の輪を抜け出すことができた。庭先に出ると、リュミエラがアレックスを確保していてくれている。
「アレックスくん、元気だった?」
「先生、こんなに早くお目にかかれて嬉しいです!」
アレックスは満面の笑みをぼくに向ける。先日見られたどこか虚ろな部分は感じられない。ここでよい時間を送っているのだろう。
「ここの生活はどうだい? なにか足りないことはある?」
「こんなに毎日が楽しいのは、生まれて初めてです! シャルロット母様もマリエール母様も優しいですし、屋敷の中でも街でも自由にさせてもらって……」
「おいおい、養子といってもいちおう領主の子供なんだから、あまりウロウロするとさすがに……」
「大丈夫です! タニアさんが目立たないように目を配ってくださってます」
ううむ、口ではなんだかんだ言ってもタニアは頼りになる。ツンデレ疑惑が濃くなってきてしまう。
「それにしても、先生の奥様はお二人とも本当にすばらしい方ですね! 美しくて、賢くて、優しくて……それでいて強さも感じます。姉上も頑張らないと……」
「ん? ここでどうしてシャーリー殿下が?」
「もう先生にはおわかりだと思うんですけど、姉上はああ見えて脆い人ですから……。守らなきゃいけないぼくがいなくなったあと、先生みたいな人がそばにいたら頼っちゃうかも、と思っていました」
アレックス、きみは本当に十二歳かい? なんという洞察だ。いなくなったあとの展開まで読み切っているではないか。
「ちょ、ちょっとだけ寂しそうにしておられたけど、すぐに立ち直られた……と思うよ?」
「よかった……。これからも姉上をよろしくお願いしますね、先生!」
だめだ、ぼくとシャルの間になんらかの関係ができていることを疑っていない。この件に深入りすると危険すぎるし、もう話題を変えるしかない。
「そ、そうだね、それよりっ、このひと月間、どう過ごしていたんだい?」
「学校に転入させてもらいました。友達も皆いい人で、街を案内してもらったり、いろいろな人に紹介してもらったり……女王宮の中だけだったこれまでと全然違う生活で、ワクワクが止まりません」
すげえ前向き、すげえコミュスキルだ。ぼくもけっこう自由にさせてもらっていたが、来て一ヶ月で新しい環境にすっかりなじむとは……。
「ビルハイムよりはずいぶん小さいけど、なかなかいい街だろう?」
「はい。人の出入りがビルハイムのほうがずっと多いですから、活気はビルハイムのほうがありますけど、本当に美しい街だと思います」
目の付けどころが普通の子供じゃないんだよなぁ。人の出入りは経済の動きだから、限りなく自給自足に近いうちの領地は、賑やかなところ、というよりは、のどかな場所だ。
「『三匹の豹邸』なんかも、決まったお客さんがほとんどだからね」
以前、テルマ、シルドラ、リュミエラ、ローラの四人があそこに泊まった際、その情報が直ちにタニアに届いていたことを思い出す。
「そういえば、一昨日から『三匹の豹邸』に初めて見る男の人が三人泊まっているらしいです。教会関係者だそうですよ」
そう、初見の人の情報はこんなふうに……って、いくらなんでもアレックスがそれを知るのが早すぎ……いや、それよりも、教会?
「教会関係者って、誰がそう言ってた?」
「マリーお姉さんです」
マリーは「三匹の豹邸」のオーナーの長女で、カトリーヌ姉様と同い年。ぼくも何度か会ったことがあるし、いまは若女将的存在でテルマたちを泊まらせたときにもお世話になった。いつアレックスが彼女と知り合ったのかは気になるが、それよりも気にしなければいけないことは、教会の人間がごく最近にここに入りこんでいることだ。
「いまから『三匹の豹邸』に行く。アレックスくん、一緒に来てくれるかい? リュミエラも!」
ぼくが「三匹の豹邸」の正面から入ろうとすると、アレックスがぼくを引き止めた。
「こっちから行くとすぐにマリーお姉さんに取り次いでもらえます」
そう言ってアレックスは裏の通用口にスタスタと歩いて行く。ずいぶんと食いこんでるな。ちなみに、ぼくは通用口からこの宿に入ったことはない。
アレックスが通用口の警備員とひとことふたこと話すと、警備員が中に入り、すぐにマリーが姿をあらわした。
「いらっしゃい、アレックス様……あらぁ、アンリ様、お久しぶりです。聞きましたよ、きれいなお嫁さんを二人も連れてきたって。あの四人の女性はどうしたんですかぁ? ダメですよ、泣かせちゃ?」
今日の朝着いたばかりなのに、いつ聞いたというのか。
「泣かせてないし、うち二人は全然そんなんじゃないし!」
「二人は愛妾ってことですねぇ。あのかわいい坊やがとんだ女たらしになっちゃいましたねぇ」
口が滑ってしまった。ただ、リュミエラの前で「四人ともそんなんじゃない」とは言いたくないからしょうがない。
「それはいいから! ところで、初見さんが何人か泊まってるんだって? 教会関係者って聞いたけど、なんでそう思ったんです?」
「ほんとはちょっと困るんだけど、部屋の外に香の匂いが漏れてきてるのよ。朝食が終わるとサッサと出て行って、夕食の前には戻ってきて食事が済むと部屋にこもってるわ」
もちろん、マリーもふだんはこんなに宿泊客の情報を漏らさない。あくまで、ぼくが領主の子供で、少し真面目な雰囲気で尋ねているからこその返答だ。
「カレンお姉さんは、店にやってきてずいぶん長居したけど、客が買うのを見ているだけでなにも買わない、って言っていました」
カレンは街でいちばん大きい雑貨商であるフォーブル商会の二代目の奥さんだ。いまは四十ちょっと手前と言うところか。ちょっと色っぽくてきれいな女性だ。
「アレックス様、カレンさんとわたしが同じ『お姉さん』はちょっとひどいと思うわ」
いろいろ確認したい情報だが、アレックスくんの街への食い込みかたは、少し話し合ったほうがいいかもしれない。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を‼




