15-15 護衛選定
すんなりいくかと思いきや、あの人が……。
「お帰りなさい、アンリくん」
屋敷に戻ると、ベアトとペトルが出迎えてくれた。エマニュエルはその後ろで影が薄い。
「た、ただいま。ベアトはゆっくりできた?」
「うん。ペトルさんにいろいろ教えてもらったわ。とてもいい家ね」
「奥様、ここは奥様の家でもあります。どうかペトルとお呼びください」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ。これからよろしくね、ペトル」
「はい、奥様。いつでもお越しください。お待ちしております」
おい、なんかベアトがぼくよりよっぽど屋敷の主っぽいぞ。ペトルとのコミュニケーションもほんの数時間でえらくスムーズだ。ペトルもすっかりベアトをここのレギュラーメンバーとして扱ってしまっている。いまさら「今日は特別」とか言えない雰囲気だ。
「アンリ、ベアトリーチェさん、すっかりここになじんじゃったよ。ほかの使用人とも仲良くなっちゃってる。相変わらずすごいね、彼女」
ベアトがペトルと話しているあいだにエマニュエルがそっとぼくに耳打ちした。使用人とのコミュニを重視するのは、エリーゼも同じだった。貴族としての基本なんだろうな。
それはさておき、エマニュエルと情報の共有をしなければならない。
「エマニュエル、転移の魔方陣はこことヘレスベルクのあいだに作ることになった。近くラーム伯爵が作業に来てくれる。それと、別件でもラーム伯爵から連絡が入ることになってるから、それまではここをあまり空けないでくれる?」
「了解。早くヘレスベルクに行けといわれるよりもずっといいから、全く問題なし」
ヘレスベルクにも早く行ってはほしいんだけどな……。
カルターナの拠点に戻り、リュミエラを伴ってぼくとベアトは屋敷に戻った。ローラも伯爵領に行ってもらうつもりだったのだが、シュルツクの連絡役をエマニュエルだけに押しつけるわけにも行かないので、そちらに回ってもらった。
ローラの代わりに誰をという話をベアトにしたら、最初は彼女は不要だと言った。
「だって、馬車には警備長のエンリケがついてくれるし、アンリくんとエリーゼさんがいるのでしょ?」
「知らない人が見たら変に思うよ? それだけならいいけど、警備が甘いと勝手に誤解して襲ってくる人たちがいたら面倒じゃない?」
「うーん、わかった。アンリくんに任せる」
「普通に考えたらガブリエラだけど、ナターリャに頭を下げてプリシラさんを借りるという手もある。どっちがいい?」
「それも任せるわ」
おっしゃ、プリシラさん一択だ。ガブリエラの腕は信用できるが、ことリュミエラを伴った旅では、彼女の人間性は信用できない。ぼくの生まれそだった場所で夜這い騒ぎなど起こされても困るし、巡り合わせによってはアレックス君に悪い影響を与える可能性もある。
「プリシラちゃんならダメですよ~」
間髪をおかずに悪魔の宣告が背後から響いてきた。
「そ、それはまたなぜ?」
「わたしが旅に出るからに決まってるじゃないですか~」
「聞いてないです! いつ? 延ばせないんですか!?」
「たしか明明後日ぐらいからです~。たぶん延ばせません~」
たしか? 明明後日? たぶん延ばせない?
「まさか一緒に来るつもりじゃないでしょうね!? ダメですよ!? 今回は二人の奥さんが主役の里帰りなんですから!」
「いえいえ、気楽なひとり旅ですよ~。ですから、護衛は必要なんです~。ただ、たまたま途中にアンリさんの故郷があったりするかもしれないというだけで~。それならアンリさんの許可もいらないですよね~?」
「どんなたまたま!? それならプリシラさんをこちらの護衛にもあててくださいよ!」
「方向が同じでも別の旅ですしね~。同行ははっきり断られてしまいましたし~」
ナターリャはこちらの急所を狙ってえげつない攻撃を仕掛けてきた。プリシラさんを護衛として使いたければ、自分を同行者として認知しろ、ということだ。断れば護衛はガブリエラになる。そしてナターリャはついてくる。
いずれにしてもナターリャは来るのだから迷う余地なく答は一択なのだが、「やられた」感が半端ない。ガブリエラをつれていくリスクを含めて、すべてを読みきってカードを切ってきたナターリャの圧勝である。
「えーと、ナターリャさん、大きめの車を用意しますから、ご一緒にいかがです? もちろん護衛のプリシラさんも……」
「ぜひにと頼まれれば、イヤとは言えないでしょうが、どうなんですかね~」
「……クッ、ぜ、ぜひ一緒に来ていただきたく!」
「アンリさんにそこまで言われては、わたしも鬼ではないです~。ご一緒させていただきます~」
ぼくは白旗を揚げた。ベアトは目の前の会話が何を意味しているのか、サッパリわからずポカンとしていたが、それを明らかにする日が来ないことを切に祈る。
完全敗北にうちひしがれてラウンジを出ようとしたぼくは、扉のところでなにかに躓き、大きくよろけた。すんでのところで転倒を回避して足もとを確認すると、なにやら人のようなものが身体を極限まで縮めて這いつくばっている。一度深呼吸してあらためて見ると、ガブリエラが土下座していた。
「アンリ様、なにとぞ、なにとぞこのガブリエラめもアンリ様の故郷への旅、お供にお加えくださいませ」
デジャブだ。セリフまわしもほぼ一緒だ。しかし、狙ってこのセリフを言わせた前回と違い、今回はそう易々と首をタテに振る訳にはいかない。なにせ、ナターリャに頭を下げるという大きな犠牲を払っているのだ。だいたいこの子は、どうやっていましがたの話を聞いていたのだろう?
「ここをガラ空きにするわけにもいかないだろ? ガブリエラがいてくれればぼくたちは何も心配する必要がない。頼りにしてるんだよ」
実際、ガブリエラの実力なら心配ないのだが、プレゼンテーションはおだて系である。
「過分のお言葉、痛み入ります。なれど、なれど! いまいちどお考え直しを! 高貴な方々を四人も運ぶ車に護衛ひとりはいかにも不用心! プリシラ殿も気を休める暇がございません! それがしを用心のためにお連れください! 平時は後続の車でうしろをエンリケ殿とそれがしが固めれば備えは万全でございます! なにとぞ!」
ガブリエラ、あんたどこの国の侍だよ。なんでそんな侍言葉知ってるの?
ただ、彼女の言うことも利がないわけではない。護衛がいないことを不審に思われないようにプリシラさんを連れていくのであれば、交代がいないこともまた不審をよぶ。なんとも上手いところを突いてくるものである。欲のためにこれだけ知恵をめぐらせるのは、それはそれでたいしたものだ。
「でもなあ、ガブリエラは素行が……」
「あいやアンリ様、それまで、それまでに願います! それがしも道理はわきまえております。決してアンリ様に恥をかかせるような振る舞いはいたしませんゆえ、どうか、どうか! 直ちにとは申せませぬが、手土産も用意いたしますゆえ……」
「そこまでだ、ガブリエラ!」
ばかやろう、手土産なんてタームが不審をよんだらどうすんだよ! ここにはアナベラの事情をよく知ってるナターリャもいるんだぞ?
「アンリくん、ガブリエラさんを連れて行けない特別な事情でもあるの? たしかにうしろの車にエンリケと二人で乗っていてくれればより安心だと思うけど……」
うー、とうとうベアトが話に入ってきてしまった。しかも、ガブリエラの言い分に理を感じてしまっている。これをあくまで否定すると面倒なことになりかねない。
「わかったよ。ガブリエラ、くれぐれも、くれぐれもよろしく頼んだよ?」
ぼくは彼女とリュミエラにしかわからないような表現で念を押した。マジで涙を流しているガブリエラは何度もうなずいて見せた。旅のあいだじゅう、目を離さないようにしなければ……。手土産とか、危険な言葉を口走っていたしな。アナベラのほかにも、まだ隠しているのだろうか……?
「アンリくんがギエルダニアで何をしているのかは訊かないけど、いったいいつごろからああいうふうに行き来しているの? ラーム伯爵って、一年くらい前にギエルダニアの後嗣争いの関係でフィルマン公爵と接触していた方よね? アンリくんが、自分を囮にするようなことを言っていたと思うけど」
夕食のあと、ベアトが当然に浮かぶであろう疑問をぼくにぶつけてきた。彼女がラーム伯爵の名前や、ぼくが彼との接触を強引に図ったのを覚えていたことについては、もういちいち驚かない。
「まさにあれからだよ。なんだかんだで意気投合したんだ。いろいろ相談に乗る代わりに、あの転移陣を用意してくれたってわけ」
「え、ひょっとしてあの方、人間ではないの?」
「魔族なんだけど、ずいぶん長いこと貴族として人間社会に溶け込んでるみたい」
「魔族にもいろんな方がいるのね。ものすごく人間くさい方だったわ」
「人間の生き方に関心を持っていたみたいだよ。力がすべての魔族の世界もあまり好きではなかったらしいね」
「またお話しする機会は作ってくれるのかしら? いろんな世界を見ているでしょうし、面白い話がうかがえそう」
「ベアトが望むなら、自由に行き来できるようにしてもらうけど?」
「それはやめておくわ。あまり急に世界を広げすぎても、自分の居場所がわからなくなるもの。必要だと思ったときにお願いしていい?」
ぼくだけが覗いている世界に闇雲に入ろうとしないところが、地に足のついたベアトらしい。
「もちろん。そのときは遠慮しなくていいから」
「ありがとう。ところで……今晩は、思いきり愛してくれる?」
「もちろん。でも、どうしてそんなことをあらためて?」
「明日の夜はエリーゼさんも戻ってきているし、リュミエラさまにアンリくんとの時間を差し上げないと……」
ぼくから切り出してお願いしようと思っていたことを、先取りされてしまった。相変わらず、ベアトには頭が上がらない。
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