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15-14 ギエルダニア情勢

掴みの部分は下品ですが、ひさしぶりに真面目な政治談義です。

「聞いていた以上に美しい奥方だね、アンリくん、いや、フォーゲル男爵とよぶべきかな。それに、若々しくかわいらしい外見で、社交界の主もかくやという、あの落ちついた物腰だ。どう接するか迷っているうちに押し切られる御仁も多いだろうよ」


 二人で訪れたラーム伯爵邸で、挨拶をすませたあとエマニュエルに連れられて退出していくベアトを見送った伯爵は、ニヤニヤ笑いながらぼくを見て言った。実際、彼はいいポイントを突いている。学生上がりで、外見も年齢相応のベアトを、まず相手は舐めてかかるそうだ。そして、気がつけばベアト優位の関係が出来上がっているらしい。


「いまのところ、フォーゲルの家としては彼女におんぶにだっこですよ。それと、表だって誇れる関係じゃないんで、これまでどおりアンリくんでいいですよ」


「了解したよ。それで、どうだい? 彼女のように外向きに完璧な造形美をそなえた女性は、いったんそれを崩したときにはとてつもなく性欲をそそる存在に変貌するものだが」


「……回答を拒否します」


「ククク、図星のようだね。頬をちょっと染めただけで、全く別の女性に変身するだろう?」


 こ、このおっさんは……あなどれない。そうなのだ。よそいきのベアトは不思議と性欲を刺激しない。むしろ触れるのがはばかられるようなオーラを纏う。そういう彼女と寝室でぼくに向かってお尻を突き出す彼女のギャップがたまらないのだ。また、昨日のように人の目に触れるところでよそいきが崩れそうになっているところなど、その場で押し倒したかったくらいだ。いちど他人の前でベアトがどこまでよそいきを維持できるか試してみたい気もするが、どれほど彼女が怒るか想像もつかないので、なかなか踏み切れない。


「伯爵はそういった煩悩や世俗の欲をどこかに置いてきた方だと思っていましたが?」


「わたしが置いてきたのは、魔族特有の支配欲や征服欲だけだよ。そういった欲を満たしていないせいか、性欲などは前よりも強いくらいだね。それより、もうひとりの奥方はとんでもない巨乳だそうじゃないか。もちろん、そのうち会わせてくれるのだろう?」


 会わせるつもりはあったのだが……大丈夫だろうか?




 流れに委せて話を続けていると、ベアトやエリーゼを穢されそうな気がしてきたこともあり、ぼくは強引に話を本題に移すことにした。


「それでですねっ! なにかぼくがお手伝いできるネタがあると耳にしたのですが?」


「きみもなかなかわかりやすいね……。もちろん手伝ってほしいことはある。むしろ、事態はかなり大詰めに近づいていて、今後の流れのカギをひとりの大物が握っている状況だね」


「というと……ミュラー辺境伯ですか?」


 ミュラー辺境伯は、女王国と接した地域に広い領地を持つギエルダニア有数の貴族だ。これまでも双方の陣営が味方につけようとあれこれ画策してきて、いずれも成功せず、中立を維持してきている。あれこれ画策といっても、ムチのほうを安易に使えるような小物ではないので、もっぱらアメの出し合いになっていたはずだ。


「そうだ。こちらに引き入れることができる、できないの話だけじゃなくなっている。中立なら中立でよい、という踏ん切りをつけなければいけない状況に近づいている。だが、中立だと思っていたのが実は向こうに回っていた、というのがいちばん困るのだ」


「そうでしょうね……。アメの心当たりは?」


「だめだ。何を提示しても『自分は皇家に忠誠を尽くすのみ』だよ」


「立派ですが、立派すぎてうさんくさいとも言えますよね」


「ミュラー家は何度も皇家と諍いを起こしている。当代にしても、そこまで忠誠を尽くす材料があるとは思えないんだよ」


 ミュラー辺境伯についてはエマニュエルにも訊いてみた。ただ、彼も国外の情勢にそれほど目を向けていたわけでもなく、第一皇子についた歴史も第二皇子についた歴史もある、ということがわかっただけだった。そのあとに歴史の表舞台にミュラー辺境伯の名が現れたこともないらしい。


 さほど恩義を感じているわけでもない皇家の跡目争いで、単独で流れを左右できる有力貴族が、何をするでもなく流され、歴史の中に消えていく。一度や二度ならそういうこともあろうが、常に、となると少しおかしい。なにか家としての目的があってあえて流され、結果としてその目的は果たされない、ということだろうか? 広い領地を持つミュラー辺境伯の目的といえば、たとえば機を見て自分の国を、とか……。


「伯爵、ミュラー辺境伯は野心的な方ですかね」


「何をもって野心というか、だろうね。皇宮内の権力争いには関心を示さないが、自分の力をそぐような動きは決して放置しない。領地に居る時間がシュルツクに居る時間よりもはるかに長い人だしね」


「だとすれば、ミュラー辺境伯はどちらが次の皇帝になるかには興味がないのでしょう。皇帝の存在自体が彼にとっては邪魔なのです」


「いずれ謀反を起こす、ということかい?」


「これは想像ですが、たぶん家としての悲願なのではないかと。だから、当代がということではなくて、いずれは、という感じじゃないですかね。だから、どちらにつくかを鮮明にして裏目に出たときのほうがこわい」


「力を間違いなく削がれるから、か。そして、どちらが皇帝になっても、ギエルダニアという国のために力を尽くすことはない、ということになるかな?」


「そこでひとつ提案です。ミュラー辺境伯がギエルダニアから離れて国を興したとして、どれくらい困ります? たしかに力のある方ですが、独立してすぐギエルダニアとコトを構えるのはさすがに躊躇すると思いますよ」


「放置しろと?」


「いえ、むしろ離れるのに手を貸す、と言ったほうがいいかもしれません」


「おい、それはさすがに……」


「でも、そういうアメを与えることができれば、跡目争いで辺境伯を第二皇子側に引き込むことはできると思います」


「何を考えている?」


「ギエルダニアを離れる決断をするときに、いちばん気がかりなのは後ろから女王国に襲いかかられることです。だから辺境伯も安易には決断できない。でも、女王国が動かないという確信があれば……」


「その保証をこちらが用意すると? それではさすがに持ち出しが多すぎるだろう」


「そこまでする義理はないですし、辺境伯もそこまで焦ってはいないでしょう。こちらにつけば、女王国に近づく伝手は用意できる、ともっていけば、興味は示すと思いますよ。上に誰かいるのが邪魔だというのが独立の背景なのであれば、ギエルダニアから離れてすぐに女王国につく、ということもないでしょう。ただちにギエルダニアへの脅威にはならない気がしますね」


「第二皇子派は辺境伯が独立するのを認めてやる、そのかわり……、ということか。だがその伝手はどうする? とりあえず役に立ちそうな人脈はわたしにはないぞ?」


「本当にそれでいくとなったときには、多少はお手伝いできます。伯爵も、さすがにおひとりで決断するわけにはいかないでしょう。最低でもボスマン公爵の了解は必要では?」


「きみはいったいどうやって……いや、これは訊かないほうがいいのだろう。忘れてくれ」


「そう言っていただけると幸いです」


 ラーム伯爵はよくわかっている。営業秘密には安易に近づこうとしてはいけないのだ。興味を持っていると思われるだけでマイナスである。


「それで、今回きみが考えていた取引はなんだい? ミュラー辺境伯対策を聞かせてもらったことで、ある程度のことには応じよう」


「実は……」




 ぼくはラーム伯爵に、カルターナとヘレスベルクのあいだに、シュルツクと同じような移動手段を確保したい、と持ちかけた。値が釣り合わないと思ったのか、当初渋い顔をしたラーム伯爵だったが、それを必要とする背景と合わせて、アッピアの歴史について自分の考えを話したところ、急に表情が変わった。


「アンリくん、こちらの条件を呑んでくれるのなら、ミュラー辺境伯の件とは切り離して希望を叶えてもいい」


「聞かせてもらえますか?」


「その転移ルートは、カルターナからでなくシュルツクのきみの屋敷からにしてほしい。そして、その魔方陣の使用者登録には、わたしも含めてくれ」


 伯爵の条件はさほど悪いものではない。多少の肉体的な負担はあるが、カルターナから直接ではなくシュルツク経由で移動すればいいだけだから、時間的なロスはほとんどない。現時点での関係を考えれば、ラーム伯爵に屋敷と魔方陣へのアクセスを認めることも、さほど大きな問題は産まない。カルターナの外での移動だから、周囲への配慮もそれなりですむ。


「理由をきいてもよろしいですか?」


「たいした理由ではないよ。ただの感傷だ。きみの話を聞いて、わたしの知りあいが関係しているかもしれない、と思ったのだ」


 それ以上は詮索しないことにした。あまり愉快な話ではなさそうな表情だったからだ。


「わかりました。その条件は呑みます。魔方陣ができるまではこちらにエマニュエルがいますので、彼と連絡をとってください」


「感謝する。辺境伯の話は、できるだけ早くボスマン公爵と話そう。ボスマン公爵の了解が取れた時点でそこまでの対価を払う。成功した折には、また考える。いま聞いたほうがいいかい?」


「ぼくも少し考えますので、またあとで、ということでお願いします」


「魔方陣を好きなところに好きなときに、というのもアリだぞ?」


「そこまでラーム伯爵にいまの段階で手の内を晒す気もないです」


 どことどこを自由に移動できるか、というのは、ぼくの行動を推測する重要な材料になってしまう。決して親切だけからの提案ではないはずだ。


「ハハハ、さすがに抜け目がないね。了解した。ボスマン公爵の反応はすぐに伝えたいから、あまりここをカラにしないようにしてくれ」


「わかりました」


 ぼくはラーム伯爵と握手して彼の家を辞した。なかなかの収穫だったといえるだろう。



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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