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15-13 新しい驚き

アンリくん、ベアトに新しい驚きのタネをぶつけます。


運営からの指摘に従い、改稿を施しています。

「アンリくん、昨夜のわたしのことは忘れてほしいの……」


 朝食の時からみょうに無口だったベアトは、食後のお茶を頂いているときに顔を真っ赤にしてそう切り出した。



「イヤだ。ぼくの知ってるベアトの中でも、歴代何番目かに可愛かったもの」


「なんでアンリくんは、わたしが忘れてほしいことばかり……」


 恨めしそうに例の上目遣いで睨んでくる。要はこれなのだ。ベアトがこういう表情を見せるのがぼくだけ、というのが嬉しいのである。


「だって、カッコいいベアトは皆が知ってるもの。ぼくだけが知ってるベアトの数は、多ければ多いほど嬉しいから」


「アンリくんも、言ってて恥ずかしくないのかしら……? そういうところ、すごいと思う」


「ベアトの可愛いところを知るためなら、ぼくの羞恥心なんかゴミだよ」


「まったく……誰かに話したりしたら、ホントに怒るわよ?」


「約束します」


 話すはずがない。ぼくだけが知っているのがよいのだから。




 カルターナではここのところ二人の奥さんとちょっと爛れ目の生活を送ってしまっているが、フォーゲルの家ができてからそろそろひと月半になる。結婚、旅、結婚とイベント続きだったこともあってあまり実感できていないのだが、普通ならそろそろ家としてどう動くのかを考え始めなければならない時期だ。ベアトだって、それが定まって初めて目的のある人脈作りができる。


「たしかに、そろそろ方向性をもらってもいいかな。まだ駆け出しの立場だからいまのところ質より量っていう感じでやっていけているけど、すぐに行き詰まるわ。できればアンリくんの役に立てるように動きたいし、そうすると、どこかの時点でアンリくん自身にも少しは出てきてもらわないといけないし」


 話を振ると、ベアトは瞬時に優等生ベアトリーチェモードになった。


 ベアトが作る人脈は、フォーゲルの家としてはあくまでも種まきだ。そこに芽を出させて収穫を狙うには夫婦の力をあわせなければならない。だが、ぼく自身に現時点で中長期的な方向性がないというのが問題なのだ。「英雄」にならない、そのために何をするかが定まっていない。ここまでも行き当たりばったりだったわけだが、いつまでもそのままではいられないだろう。


「まず、ぼくたちの家を脅かすものを排除する。とりあえずは教皇が気軽に手出しできないように護りを固める必要がある。教会の中はエリーゼの意見を聞くとして、ぼくたちは父様やニスケス侯爵以外に教会に睨みをきかせることができる人を、もうひとりくらいは味方につけておきたいね。これが守りのほう」


「それはわかりやすいわね。なんとかやりようがありそうだわ。攻めというのは?」


「ギエルダニアと女王国は、ぼくらの国との関係次第で動き方が決まる。だから牽制もしやすいんだ。だけど、アッピアは放っておくと自滅する。今のままでアッピアが自滅すると女王国が丸呑みしちゃうと思う。すると力関係が動く。そうならないように、ぼくらの国とアッピアの関係をもう少し縮めておきたい」


「アッピアに興味のある有力者を探せってこと? あの国に近づいて利益がある思う人は少ないと思うけど……」


「少ないだろうけど、間違いなくいるんだ。すでに誰かはアッピアの王家に接近してる。なんとか探し出して、少し話をしたいね」


「ふぅ、なんだかんだいってそういう結果を持って帰ってくるのね。それは当面だれにも明かさないのでしょ?」


「ご明察。いざというときに出し抜かれないようにしたいし、できれば出し抜きたい。ギエルダニアにはラーム伯爵がいるから首は突っこみやすいし、いまは説明できないけど女王国もきっかけは手に入れたんだ。アッピアに足がかりを作れれば、できることが増える」


「うーん、野放し状態から急に難易度を上げてくれるわね。少し時間をもらえる? すぐには難しいわ」


「もちろん。実家から戻ったら、もういちど女王国とアッピアを回ってこないといけないしね」


「そうすると、だいたい二ヶ月ぐらいでメドをつけられればいいってこと?」


「ごめん。けっこう無茶なこと言ってるよね」


「相手のある話だから、必ず結果が出るとは限らないわよ。それをわかっていてくれるなら問題ないわ」


 言ってる自分がわかるこの無茶ぶりを「結果が出るとは限らない」とクギを刺しただけで「問題ない」と引き取られてしまった。しかも、ほとんど詮索なし。これがベアトのすごいところだ。


「次の旅から戻ったら、ニスケス侯爵に話せることが出てくるんじゃないかな」


「それはあまり気にしないで。いまのわたしは、ベアトリーチェ・フォーゲルよ。お父様とアンリくんなら、アンリくんをとるわ。ほかの人には話していてお父様には内緒、というのでなければいいから」


「それはないよ。約束する」


「なら問題ないわ。自由にやってくれてかまわない」


 ホントに頼りになる奥さんだ。




 頼りになる奥さんをもっと頼れるようにするには、もう少しだけぼくの実態に歩み寄ってもらうことだ。さじ加減が難しいが、とりあえず昼食後、ぼくはベアトを拠点に連れていくことにした。そろそろリュミエラやローラも呼び戻さなければならないし、いい頃合いだと思う。


 いつもどおり「エスカイヤ」経由で拠点に入った。このルートはいずれ考え直さなければならない。御者を完全に身内にしてしまうか、途中にひとつ「日常的に行き来のある貴族または商店」を噛ませるかだ。ぼく一人ならともかく、ベアトやエリーゼを連れている場合にはできるだけ人の目に触れることを避けたい。ぼくと違って二人ともえらく目を引いてしまう。


「アンリ様、先ほどエマニュエルさんがいちど戻られました。折を見ていらしてほしいと」


 出迎えてくれたリュミエラが耳打ちする。何日ぶりかで嗅ぐリュミエラの香りにクラッときたところで耳に息がかかってゾクッとした。最近はリュミエラやローラが欲しがっているかどうか、香りである程度わかるようになってしまっている。ちなみに、今日のリュミエラは少しだけ牝の香りが強い。口を彼女の耳に寄せながらそっと腰のあたりに触れると、微かに躰をビクッと震わす。


「リュミエラの方は?」


「ンッ……報告はいつものように……」


「ベアトをラウンジに連れていっておいて」


 リュミエラは少し頬を赤らめながらもしっかり頷き、ベアトをラウンジに案内していった。書斎でカデルたちの報告を確認したあと、ぼくもあとを追った。




 ラウンジでは、ベアトが皆とくつろいだ雰囲気で会話に花を咲かせていた。彼女はここに何度も出入りしているので、皆もあまり気を使わなくなっている。


「アンリくん、今日はどうしてここへ? 久しぶりにみなさんと話せて楽しいのだけど、そのために連れてきてくれたのではないのでしょ?」


「ちょっとベアトを連れていきたいところがあってね。ローラとリュミエラも一緒に来てくれる?」


「よろしいのですか?」


 ローラはすぐに立ち上がったが、リュミエラは少し心配そうだ。あまり早くにベアトを巻きこんでよいのか、少し心配しているようだ。


「連れていくだけだから大丈夫だよ」


 彼女もそれ以上はなにも言わなかった。


「少し変な雰囲気だけど、何が起こるの?」


「まあまあ、こっちに来てよ。あそこの部屋は、まだ入ったことがなかったよね?」


「う、うん……」


 ぼくが差し出した手をベアトは掴んで立ち上がったが、少し不安そうだ。そういうときは強引に考える時間を奪うに限る。ぼくは転移部屋に入るとサッサと魔方陣の中に入った。


「キャッ、なに……?」


「大丈夫大丈夫。もう終わったから」


 少し酔った感じなのか、ふらついているベアトの手を引いて部屋から出ると、ラウンジに連れていって座らせる。見覚えのない部屋の様子にベアトは怯えたようにキョロキョロとまわりを見回している。


「ど、どこ、ここ?」


「アンリの第二の拠点、という感じだね。いらっしゃい、ベアトリーチェさん」


 全く予告していなかったにもかかわらず、全く驚いた様子のないエマニュエルがぼくたちを迎えた。さすがである。続いてローラとリュミエラも入ってくる。リュミエラはすぐにベアトのそばに行って、いたわるように肩に手を置いた。


「すぐにいっても大丈夫かな?」


「多少待ってもかまわなければいつでも、と言ってたよ」


「じゃあ行こう。ベアトはもう少しだけ我慢していてね」


「……説明してくれる気ないのでしょ? 我慢するしかないじゃない」


 正直、ベアトはかなり不満そうだ。だが、説明するよりも見せてしまったほうが早い。ここがカルターナではないということがすぐにわかる。ベアトを急かしつつ、ぼくたちは全員で馬車に乗りこんだ。




「なんなの、これ……? カルターナにこんなところ……」


 もうちょっとで爆発する雰囲気を漂わせ始めていたベアトは、門を出た馬車の窓から見える風景に言葉を失った。カルターナとは異質な無骨な街並みが流れていく。


「ここはギエルダニアの皇都シュルツクだよ」


「……冗談よね?」


「あそこの城門の奥が皇宮。ここは貴族街」


「アンリくん、あなたあといくつビックリを隠してるの? もう慣れたと思っていたのに、これじゃ心臓がもたないわ……」


 ベアトは深々とため息をついた。



お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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