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15-12 ベアトリーチェの帰宅

落ち込み気味のベアトリーチェも、これはこれでレアですねぇ。


運営からの指摘に従い、改稿を施しています。

 ベアトが実家から戻ってきたのは昼少し前だった。例の件をまだ完全に吹っ切ってはいないらしく、少し元気がない。そんなベアトを、エリーゼは満面の笑みで迎えた。


「ベアトリーチェさん、お帰りなさいませ。三日も時間を頂いてしまって、心から感謝しておりますの。お話ししたいことがたくさんあるのですけど、昼食の前にこのまま少し時間を頂けます?」


 そう言ってエリーゼはぼくをチラッと見て頷いた。エリーゼもベアトの様子を気にかけているらしい。たぶん、あまりベアトが肩に力を入れない状況を作って話そうとしているのだ。


「ただいま、エリーゼさん。これからここで一緒に暮らすことになるけど、よろしくね。で、そんなに急いでお話しって何かしら?」


 ベアトはまだエリーゼが例の件について聞いていることを知らない。エリーゼに笑いかけながらも、表情には少しだけ戸惑いが見られる。


「ここではちょっと……」


 エリーゼは少しエロっぽく笑ってみせた。これはこの三日のうちに彼女が見せるようになった表情だ。ベアトは苦笑して頷いてみせる。ぼくはエリーゼに任せることにした。




「それではアンリさん、ベアトリーチェさん、明後日の夕方に戻って参りますわね」


 昼食をみなで賑々しくとってしばらくあと、エリーゼは予告どおり実家に戻っていった。ベアトは少し涙ぐみながら、ハグでエリーゼを送り出した。昼食のあいだは笑顔を保っていたが、エリーゼの気配りはやはり心にしみたのだろう。


「アンリくん、わたし、ずいぶん思い上がっていたのね。アンリくんに助けてもらって、エリーゼさんに救われて……。なのに、わたしは二人を支えるのが自分だ、なんて思っていたのよ?」


 門の外に消えていく馬車を見ながら、ベアトは大きなため息とともにそう言った。


「ベアトこそ、勘違いしちゃいけない。パーティーはうまくいったんだ。それはすべて、段取りを完璧につけてくれたベアトのおかげなんだよ? 教皇猊下の話だって、ベアトは気がついてぼくに話してくれた。だからぼくだって動けたんだ。ぼくとエリーゼの、ベアトに対する感謝も信頼も全然変わらないよ」


 まったく、ベアトはどこまで完璧主義なんだろう? 百のうち九十九まで自力で詰めて、残りの一つをぼくやエリーゼパパたちの力を借りて解決しただけだ。それでベアトがやってくれたことのどれだけが損なわれるというのか?


「でも、これで次からアンリくんが安心して旅に出られなくなったら……」


「明日にでも行けと言われれば旅立てるさ。それに、ぼくたちが思っていた以上にエリーゼは強いよ。二人がいてくれれば、この家にぼくはなんの不安もないね。ベアトがいつまでも考えこんでいたら、そのほうが不安だよ。そんなベアト、ぼくは知らないもの」


「ひとを悩みのないおめでたい女の子みたいに言わないで……」


 ベアトがちょっと頬を膨らましてぼくを上目で睨んだ。エリーゼとは違う意味で、今回の出来事でベアトのこれまで見られなかった顔を知ることができた。不安定なベアトは、これはこれで支えてあげたくなる可愛さだ。


「でもさ、ぼくが知っている限りベアトがやり方を間違えかけたのって、頑張りすぎたときと上手くやろうとしすぎたときだよ? もっと自然にやったほうがベアトらしいんじゃない?」


 ベアトが潰れそうになったのは剣と魔法を頑張ろうとしすぎたときだ。そして、ぼくを家に招待しようとして策を弄したときに、ニスケス侯爵に見事にそれを逆手さかてにとられてしまっている。逆に言えば、ベアトが事を上手く運べなかったのをぼくが見たのはその二回くらいなのだ。


「止めて、アンリくん、アレを思い出させるのは……」


 ベアトは手で顔を覆ってイヤイヤをするように頭を振った。どちらかは彼女にとっての黒歴史らしい。たぶん後者だろう。でも、ベアトからようやくこわばりが消えた。


「でも……そうね。わたしみたいな子供が、飛び込んだばかりの社会ですべてを完璧に運べるはずがないものね。同じ失敗を繰り返さないようにすることが大事よね」


「あのね、ベアト。ベアトは飛び込んだばかりの社会で、ほとんどすべてを完璧に運んでるんだからね? そこをわかっておかないと、また頑張りすぎるよ? ぼくはともかく、パウラ様にまた怒られても知らないからね?」


「アンリくん……ほんとうにあなた、忘れて欲しいことをみんな覚えているのね……」


 ベアトがまたまた上目遣いでぼくを恨めしそうに睨む。ぼくは、いつも冷静沈着な彼女の、ときおり見せるこの表情が大好きだ。




 ラウンジでお茶を、と思ったら、ベアトに部屋に誘われた。ひょっとして昼間からその気に、と思ったら、ぼくに食べて欲しいお菓子があるらしい。断る理由はどこにもないので、元気を取り戻したベアトの後についていく。お茶を淹れてくれたロザリーが一礼して下がっていった。それを待って、ベアトがかわいらしい籠のようなものから焼き菓子を出した。ひとつ口に入れると、品のいい甘味がちょうどよい強さで口に拡がる。焼き加減も完璧だ。


「おいしい! どこのお店で?」


「落ち込んだ気分を変えようと、久しぶりに自分で焼いてみたの。お母様にバレると叱られるから、ロザリーにも内緒」


 なんですと? 侯爵令嬢がこのハイレベルの手作り菓子? どこかでそんな話を聞いたことがあるが、間違いなくレアだ。ベアトの言うとおり、ケガややけどが怖い、厨房の人たちの領分を侵してはいけない、といった理由で怒られてもおかしくない。


「ベアト、すごいよ。こんなお菓子を作れる侯爵令嬢が目の前にいるなんてウソみたいだ」


 とたんにベアトの頬が膨らんだ気がした。ちょっと上目遣いの目が怖い。ご褒美だけど、悦んでばかりもいられない気がする。


「アンリくん、覚えていてくれると嬉しいな、ということは忘れちゃうのね。昔、アンリくんとリシャールくんの剣の仕合を見に行ったとき、持っていったのを覚えてない?」


 えーと……あっ! 思い出した! 聞いたことがあるって、そのまんまベアトの話じゃん! あのときはたしか、ぼくの剣を久しぶりに見たフェリペ兄様にちょっと問い詰められて、そのせいで合流が遅れて一つしか食べられなかったんだ。


「でも、あのときボク、最後の一枚食べただけなんだよ。フェリペ兄様に呼び止められて話してるあいだに、リシャールやマルコがぜんぶ食べちゃってさ」


「そうだったかしら? ごめんなさい、その辺はあまり覚えてないかも」


 要するに、その頃はまだベアトもぼくに興味がなかったということだね。まあ、十歳前で男に興味もクソもないんだけど。


「だいたい、あのときベアトはなんだってわざわざ見に来たの?」


「わたしは剣術も取ってたから、リシャールくんがどれだけ強いか知っていたの。そのリシャールくんが剣術を取ってもいないクラスメートと試合をする、っていうから、いったい何を考えているのかと思って。差し入れは口実ね」


「名前もはっきり覚えてなかったわけだ」


 ちょっといじけた口調で言ってみると、ベアトはぼくの隣に移って、腕を絡めてきた。


「そう言わないで。あのあとはしっかり覚えたのよ? 得体の知れないアンリくん、って……キャッ!」


 得体の知れない、という解釈の難しい形容に突っこむ代わりに、ぼくはベアトが体重を預けてきた瞬間に抱き上げて膝の上にのせた。彼女は驚いてぼくを見て少し頬を赤らめたが、急にそっぽを向いたかと思ったら少し身体を捻って背中をぼくに預けてきた。


「アンリくん……」


「なに?」


「ギュッとしてくれる……?」


 ぼくはベアトの贅肉のないお腹に腕を回し、少し力を込めた。





お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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