15-10 エリーゼ改
教会とのバタバタについて聞かされたエリーゼは……・
運営からの指摘に従い、改稿を施しました。
ナターリャの予想どおり、エントランスに入ってきたエリーゼはいつもどおりだった。ぼくを見つけるとニッコリと笑う。特に無理をしているという雰囲気もない。
彼女の様子が変わらないと言うこと自体は喜ばしいが、あのネタが彼女になにも考えさせなかったはずはないのだ。それを克服したとして、「どうやって?」は非常に気になる。ナターリャの言うように、もっと彼女としっかり話をする必要がある。
「なによりもまず、お詫びをさせていただけます? わたくしと教会とのかかわりがアンリさんやみなさまにご迷惑をかけたこと、わたくし自身がそれを知らずに何もできなかったこと、本当に申しわけありませんでした。そして、アンリさんはもちろん、パーティーを無事に終わらせるためにお力添えいただいたすべての方にお礼を申しあげたいのです」
ぼくが話を切り出したのに対して、彼女の第一声はそれだった。
「お母様からいきさつを伺ったときは、それは落ち込みましたわ。これだけみなさまに支えられているわたくしが、自分の知らないところでもそのような負担をおかけしていたんですもの」
微笑を浮かべながらそう言うエリーゼには、落ち込みの気配はない。事実を見つめ、自分が詫びねばならぬこと、感謝すべきことを正しく認識し、整理できているからこそだろう。
「言っておくけど、負担なんて思っていないからね?」
「お母様もそうおっしゃってました。でも、それを申し訳なく感じたかどうか以前に、アンリさんやお父様、そしてお祖父様がなさっていたことをわたしが知らされなかったことが、たまらなく口惜しいのですわ」
「口惜しい?」
「ええ。その重荷にわたくしが耐えられないとお考えになったからこそ、わたくしに何もおっしゃらなかったのでしょう? もっとわたくしがしっかりしていたら、そしてもっと強かったら、わたくしも一緒に動けたのに、と思うと本当に自分が情けなくて……口惜しかったのです」
「いや、知らせる必要はないと思っただけで、エリーゼが弱いからとかは全然考えてなくて……」
「いえ、わたくしにそのことを受け止める器があれば、必要かどうかをお考えにすらならないでしょう。単純にわたくしが力不足なのですわ」
ええと、エリーゼの握った拳がブルブル震えている。うっすら浮かんだ笑みが少し怖い。
「わたくしの出来ることでアンリさんやベアトリーチェさんを支える、なんて偉そうなことを口にしましたのに、このままでは身の程知らずと笑われるだけですの。でも、力のないことを嘆いているヒマがあるのなら、少しでも成長しなければなりません。そのためには自分を鍛えるのみですわ」
うわあ、マジ体育会系だよ、エリーゼ……。
「教会との関係はどうするの? エリーゼに優しいばかりの場所じゃないみたいだけど……」
「いえ、それは特にどうとは……。猊下のお考えになっていたことは初めて承りましたが、アンリさんと出会うまでは、自分の結婚はお父様やお祖父様の意に沿うようなものになると考えておりましたし、そこに教会の思惑が入っても不思議はないと思っていましたわ。それに、教会が信仰のためだけにあると考えるほど子供ではないつもりですわよ?」
あれ、それじゃあれだけ大騒ぎしたのは、大半がムダだった? ひょっとして、ここにいるのはお義父さんたちすら知らないエリーゼなのだろうか?
「じゃあ、教会と縁を切ろうとかは……」
「考えておりません。いまのわたくしがアンリさんやベアトリーチェさん、そして他のみなさまのお役に立てられるものは教会との関係だけですの。わたくしのすべきことは、少しでも聖騎士団での立場を固めて教会に振りまわされないようにすることと心得ていますわ」
うん、まったくもって地に足が着いている。教会との関係に思い悩む彼女をどう支え元気づけようか、などと考えていた自分がバカに見えてくる。結局のところ、ぼくのエリーゼに対する理解がまだまだ浅かったということだ。ナターリャのほうが正しく彼女を見定めていたのだ。
「ぼくに何かできることはある?」
「そこでアンリさんに頼っては意味がありませんわ。ただ……昨日のように剣のお相手をお願いできればと思うのですけど、よろしい?」
即座に頷いた。反則級に可愛いおねだりのまなざしで言われると断れるわけがない。
「うれしい! では、今からお願いできますかしら?」
早くも、自分のデレかたを後悔した。
庭の一角、昨日と同じ場所で、ぼくは昨日と同じようにエリーゼの太腿に頭を乗せて横たわっている。昨日と違うのは、今日はマジでグロッキー状態だということだ。身体がけっこう鈍っているというのは間違いないが、それにしてもエリーゼの剣がきびしい。
「アンリさんの攻撃の捌き方、とても実戦的で勉強になりますわ。聖騎士団の訓練では、なかなかここまで思い切った動きは出来ませんもの」
エリーゼは脚に頭を乗せているぼくの髪の毛を撫でながら言った。
昨日は型どおりの動きにときおり鋭い一撃を交えてくる程度だったのに比べて、今日のエリーゼは頻繁に必殺級の攻撃を出してきた。なんとか凌ぎきったものの、訓練は半分くらいエリーゼのお情けで終わらせてもらった気がする。エリーゼの衣装は色違いなだけの昨日と同じセクシースタイルで、今日も横たわったぼくの目の位置からは胸部装甲が丸見えだが、疲れてとても手が出ていかない。
「エリーゼ、これでローラに手が出ないって? あいつ、どれだけ強くなってるんだよ……」
「十三才で近衛の水準に届いていた方ですもの。でも、いまのアンリさんのお相手としては、わたしぐらいのほうがよいのではなくて? あまり剣を握らないでいると腕が落ちますわよ?」
どうやら、ぼくのトレーニングも兼ねているらしい。
「それなら場所を考えたいな。使用人にも、あまり頻繁にぼくが剣を持っているところを見られたくない」
「昨日、庭師のみなさんにこのあたりに植栽をふやすようにお願いしましたの。それで、簡単にはここが見渡せないようになりますわ」
「ひょっとして、昨日からこうするつもりだった?」
「ごめんなさい」
エリーゼがペロッと舌を出した。久しぶりに見た子供っぽい表情が可愛くて、ぼくは重い腕を動かして彼女の頭を引き寄せ、唇を重ねた。エリーゼのほうから舌を入れてくる。
「こうしていただいているところも見えませんから……」
唇を離してそう言ったエリーゼの頬は赤かった。やはり屋外もアリということなのだろうか。
「やはりわたしの読みが正しかったですね~。アンリさんもまだまだです~」
夕食で一緒になったナターリャにぼくとエリーゼのやりとりを二人で説明すると、ナターリャはしたり顔でウンウンとうなずいた。
「アンリさんは、わたしがそこまで落ち込んで戻ってくると思っていたんですの?」
「はい、その通りです」
ぼくはテーブルに手をついて頭を下げてみせた。
「べつに謝っていただく話ではありませんわ。心配していただけたのはとても嬉しいことですもの」
「しかし、いきなりアンリさんを叩きのめすとは~。エリーゼちゃんもたくましいですね~」
「そんな、叩きのめすだなんて……」
いや、けっこうそれに近いものがあった気がする。
「エリーゼ、魔法をナターリャに面倒みてもらったら? せっかくここにいるんだし、もったいないよ」
「それもおもしろいですね~。学んだ成果をアンリさんに試してみて、その結果を教えてくれるというのであれば引き受けますよ~」
「よろしくお願いいたしますわ!」
ナターリャに矛先を向けたつもりだったが、ナターリャはその矛先を正確にぼくに向けてはじき返してきた。助手という名の実験台であるプリシラさんの代わりをしろと言われているようなものだ。エリーゼもその気になってしまって、今さらなかったことには出来そうもない。ぼくはナターリャの高笑いをうなだれて聞くしかなかった。
いつもどおりナターリャがデザートをスキップして先に姿を消し、ぼくとエリーゼはラウンジに向かう。すぐにエリーゼの部屋に向かわなかったのは、ひとつだけ言っておかなければならないことがあったからだ。
「今回のこと、ベアトにはエリーゼからもお話をしてくれる? ぼくからも話すけど、じつはいちばん悩んで、いちばん落ち込んでいたのはベアトなんだ。ぜんぶ自分の詰めの甘さから起こったことだと思っちゃっていてね」
「そんな……。わたくしこそ申し訳なくて顔向けが出来ませんのに……。明日にでもニスケス侯爵のお屋敷に伺ってご説明したほうがよろしいかしら……」
エリーゼがまたしても身体を小さく縮めた。このあたりは相変わらずだ。
「それは止めたほうがいいかな。いまベアトがいちばん望んでくれているのは、この三日間エリーゼがゆっくりぼくとすごすことだから、ベアトのところに行ったりすると逆効果かも。自分と話すためにエリーゼの時間を犠牲にしてしまった、ってね」
「そこまでのお気遣いを……。わたくしは本当に幸せものですわ。ベアトリーチェさんのためにも、わたくしはもっと成長しなくては」
またまた例の「ムンッ」だ。変な話だが、これでエリーゼが完全な通常運転に戻っていることがわかる。今日見せてくれたエリーゼは、これまでの彼女のようで少し違う。エリーゼ改とでもいえばいいだろうか。
「ぼくも手伝うよ。一緒に頑張ろう」
「はい!」
エリーゼの部屋に入ると、お茶を頂いて間もなく彼女がぼくの脚の上に収まった。もちろんぼくが誘ったのだが、彼女もためらいなく太腿に体重をかけてきた。三晩目にしておきまりの体勢になっている。
「アンリさん、明後日にベアトリーチェさんが戻られたら、わたくしはいちどアンリさんをベアトリーチェさんにお返ししますわ」
「エリーゼ、そんなに堅苦しく考えなくても……」
「ベアトリーチェさんもまだアンリさんと結婚してひと月と少ししか経っていませんのよ? そのうちひと月はアンリさんはお留守でしたし、ベアトリーチェさんにもアンリさんとゆっくりした時間をすごしていただかないと、それこそ申し訳が立ちませんわ」
そこはたしかにその通りなのだ。結婚後、女王国に向かうまではなんだかんだバタバタしていたし、この家でゆっくり彼女と過ごしたのはほんの二、三日だ。この配慮は本当にありがたい。
「エリーゼはその間は?」
「実家に行って参ります。お父様ともじっくり話をしたほうがよいでしょうし、アンリさんの故郷にお邪魔する準備もありますわ」
「結婚してすぐに実家に帰らせてしまうなんて、ひどい夫だなぁ……」
「わたくしがそうしたいのですから、お気になさらず。そのかわり……明日は出来るだけおそばにいたいと思うのですけど……よろしい?」
よろしくないわけがないのであった。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




