15-9 それぞれの二日目
ピンク色からマジメモードへ……
運営からの指摘に従い、改稿を施しました。
「昨日と違う茶葉だったりする?」
速攻で汗を落とし、着替えてエリーゼの部屋を訪れると、ちょうど彼女がカップに茶を注ぎ終わったところだった。ひとくち頂くと、昨日淹れてもらったものと少し香りが違う。美味なのは変わらないが、ちょっとだけお香に近い感じだ。精神が解きほぐされていくような気がする。
「おわかりになります? 香り自体はゆうべ差し上げたものが素直でいちばん好きなのですけど、こちらも香りに包まれていると気持ちが安らかになってきますの。気に入っていただけた?」
今日は最初から別のカップだ。
「うん、美味しい。香りも好きだな」
「よかった。次はまた、別のお気に入りを淹れて差し上げますわね」
ぼくとエリーゼは、しばし躰をくっつけたまま黙ってお茶を頂いた。
「アンリさん……はしたないお願いをしてもよろしい?」
「ぼくに出来ることなら、なんでも」
「先ほどと同じように……していただいても?」
ぼくは組んでいた脚を下ろして頷いてみせ、エリーゼがその上にそっとお尻を乗せてきた。そしてぼくの首に腕を回し、キュッと抱きついてくる。
「こうしていただいていて……本当に幸せですの。全身でアンリさんを感じられて……」
いろいろな部分がエリーゼを感じられて幸せだったのは、ぼくも同様である。
「それじゃ、行ってくるね。エリーゼも夕食までに戻ってきてくれればいいから」
翌朝、朝食が終わって早々にぼくは宰相のところに向かった。エントランスで見送ってくれたエリーゼも、きょうは実家に顔を出すことになっている。
「いえ、今のわたくしの家はこちらですわ。用事がすんだら早々に戻ってまいります。それとも、わたしが早く戻るのがおいや?」
さて、今は明るいエリーゼだが、どれだけ早々に用事がすむか……。周囲の人間の気づかいにひどく恐縮してしまうところのある彼女が、教皇の暴挙の話を聞いてどういう状態になるか、ちょっと想像がつかない。ジュリオラ様がうまく話してくれるとは思うが、ショックは小さくないだろう。フォローできるのはぼくしかいない。
「出迎えてくれたら嬉しいよ。じゃね」
本心は逆だ。できれば、ぼくが出迎えたい。帰ってきたときの表情を見ればそのあとのフォローが少しでもやりやすくなると思うのだ。あんなつまらない話のために、エリーゼが落ち込まなければならない道理はない。ぼくは、ジュリオラ様がうまくやってくれることを心から願った。
「陛下からは、とりあえずやりたいようにやらせてみろ、と言われている。ただ、国の政務を預かる立場のものとして、そういうわけにも行かないのはきみにもわかるだろう、フォーゲル男爵?」
執務室にぼくを招き入れたクエンティン侯爵は、少しの雑談のあと前置きなしにそう斬り込んできた。どういう相手とどういう形で話をするつもりか、それを明かせというわけである。
この答え方がなかなか難しい。話すことをあまり頑なに拒否ばかりしていると、逆にその「安易に口に出せない相手」を想像させてしまう。といって、適当な説明をして情報の信憑性を疑われても、そのあとを続けられなくなる。「王宮の中でそれなりの立場にいる相手」を想像させる必要がある。
「それを問われるなら、宰相閣下が女王国との関係をどうしたいと考えているかを教えていただけますか? そこがわからないままにこちらの手を明かすのは、場合によっては先方の信頼を裏切ってしまいます。自分は陛下に話を進めて見ろと言われましたので、それでは陛下の期待に応える道を自分から閉ざすことになります」
「なるほど、陛下がやらせてみろとおっしゃるだけのことはあるようだ。その慎重さは悪くない。それに、少なくとも女王家に直接接触できる相手はつかまえているようだな」
ヒヤリとした。これだけ言葉に注意して、なおかつそこに直ちにたどりつくか。ぼくはセリアさんを念頭に置いて「女王家にアクセスのある王宮関係者」をでっち上げようとしていたわけだが、最悪の場合、もう少し具体的な情報を明かさなければならなくなる。
「お答えを伺っていませんが?」
「わかったわかった。わたしの立場から想像してみてくれ。それが正解かどうかははっきりと答えよう。念のために言えば、わたし自身はあまり興味を持っていないよ」
さて……国の力の差を考えれば、女王国との関係がどうなるかより、国の中の安定のほうがクエンティン侯爵にとっては重要ということで間違いはないだろう。宰相として考えることは……関係は近くなるに越したことはないが、まとまったコストを払ってまで実現しようとは思わない、というあたりか。
「それであれば、当面はなにも聞かずにぼくに勝手にやらせる方が良いのでは? ぼくの手の内はタダで明かす気はありません。代価を払ってそれを知るより、放置した上で気に入らなければ切る、というほうが宰相閣下の意にもかなうのではないですか?」
「ふむ、ある程度の後ろ盾があればこその自信だろうが、ほぼ正解だと答えておこう。気をつけたまえ。普通の下級貴族なら、わたし相手に代価を払わせようとは思わないものだよ。それが命取りになりかねないことを知っているからな」
「ご忠告、感謝します」
「一年だ。一年のあいだに話を外務卿のナザロ伯爵に移せ。そこまで進められなければ、この話はそこまでだ」
正直、他にもやることがある現状で一年以内はキツい。だが、ここで期限を延ばそうとすればそこに斬り込まれてなにがしかの代償を払わなければならなくなる。また、ナザロ伯爵は宰相に近いはずだ。早めに花を持たせるということだろう。あとでそのあたりを洗ってみる必要がある。
「わかりました。全力を尽くします」
「報告はフォーゲル男爵が必要だと思うときにしてくれればいい」
こうして宰相との打ち合わせは終わった。率直にいって、負けたと思う。女王国とのコネクションは絶対に明かせないから、そこを守り切ったのは上出来だったが、そのかわりに宰相にぼくに対する関心をそれなりに抱かせてしまった。いま払うコストとしては安くない。これから少しずつその関心を消していかなければ、なにかのきっかけで探りを入れられることになりかねない。
(どうしたものかなぁ……悪い人ではないけど、距離は置いたほうがいいタイプの人だよなぁ。いろんな意味で鋭すぎる)
帰りの馬車の中で、ボーッとそんなことを考えた。
ぼくが家に戻ったのは昼食少し前に戻ったが、エリーゼは戻っていなかった。なので、昼食はナターリャと二人でとることになった。
「エリーゼはあの話を聞いて、やっぱり落ち込むでしょうか?」
「どうでしょうね~。わたしはふだんと変わらないと思いますけどね~」
「でも、まわりの人の気づかいにあれだけ恐縮する子ですよ? 自分の知らないところでこれだけドタバタがあったとわかったら、かなり気にするんじゃ……」
「アンリさんは、もっとエリーゼちゃんを信じてあげなきゃダメですよ~。あの子はそういう状況で『どうしよう』じゃなくて『どうしたらいいだろう』を考えられる子ですよ~」
悩むのではなく次になすべきことを考えられる、という意味だろうか。しかし、これまで彼女に降ってきたイベントとはケタが違うのではないだろうか。
「それにしたって教会との関係を考え直さなきゃいけないような話ですよ? 悩んでもおかしくないんじゃないかなぁ……」
「夫を名乗るなら、もっとエリーゼちゃんと話し合ってくださいな~。あの子はたしかに信仰は大事にしてますけど、教会という組織自体とはきちんと分けて考えてますよ~」
「教会のことはそれほど大事には思っていない、と?」
「きっと、聖騎士団をどう考えるかと同じですよ~。あとはしっかり話してみてください~」
お茶を頂きながら、謎かけのようなナターリャの言葉を噛みしめていると、ロジェがエリーゼの帰宅を伝えてきた。
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