15-8 穏やかな午後
初夜が明け、新婚二日目。エリーゼは着々となじんでいきます。
運営からの指摘に従い、改稿を施しました。
着替えをすませて昼食を頂いたあとは、いったんエリーゼと別行動になった。彼女は前日がこの家の初日だったニーナを連れて再び使用人まわりをするという。とにかく、彼女はこの家に溶け込むことに全力を挙げているようだ。
ぼくはロジェに宰相のクエンティン侯爵とのアポを最優先で取ってもらうように頼んだあと、リュミエラを伴って拠点に向かった。いちばんの目的はベルメイリアがいないので正攻法ででたが、あまり何度もやりたくない。いちどカフェ「エスカイヤ」に入ってから、馬車を返して徒歩で拠点に入った。
今日の第一の目的はカデルたちとのコンタクトだ。アッピアから戻ってすぐの国王との雑談から拾ったネタをいくつか依頼すること、教皇に近い教会関係者を洗い出していざというときのネタを押さえること、そしてドルニエの貴族で女王国と密かに接触を持っているものがいるか、というのが今日の依頼だ。教会関係をシンシアが受け持つことになったが、これはスキャンダルを作り出す意味合いもあるからだ。
「リュミエラはしばらくこっちでカデルとの連絡を待ってくれる? ロジェには言っておくよ。彼らとの接触はここに限定しておきたい」
「わかりました」
「ビットーリオ、シュルツクでラーム伯爵と接触してくれる? 頼みたいことがあるのでそのかわりに何か仕事をしますよ、と伝えてくれるかな」
まるで仕事のない探偵か何かみたいだが、やむを得ない。本来、ラーム伯爵との関係というのはそういうものとして始まったのだから。
「いつごろから取りかかれるんだい?」
「明後日までは家で過ごして、そのあと領都にいちど戻るから……二週間後くらいかな」
「了解。ところで二度目の新婚生活はどうだい?」
ビットーリオはニヤリと笑って斬り込んできた。
「離婚経験者と誤解されるような訊き方はしないでくれるかな! 問題ないよ!」
「教会のほうは大丈夫かい? シルドラなんかやる気になってたぜ」
やっぱりか……。
「情報収集しつつ、少し様子見。すぐになにか動きがあるようなことはない、ってお義父さんが言ってるから、こっちで勝手に動くわけにもね」
慎重にやらないと、こっちじゃなくてあっちがヤバい。タニアに話が抜けたりしたら「死神」の降臨が冗談ごとじゃなくなってしまう。
「ぼくが何か指示するまでは動かないよう、目を配っておいてね。不必要におおごとには出来ないから」
「わかったよ。本気でやられたらぼくじゃどうしようもないとは思うけどね。テルマさんはシルドラにつきあっちゃうだろうし」
それだよ、心配なのは……。
屋敷に戻ると、ロジェがクエンティン侯爵とのアポが翌朝にセットされたことを伝えてくれた。エリーゼパパの時といい、この有能執事がアポを速攻で取り付けてくるのは、なにかコツでもあるのだろうか。
「朝はどれくらいに出ればいい感じかな」
「朝食は普通にとって頂けると思います。そのあと早めに出発の用意をしていただければ」
「わかった。それからリュミエラはぼくの私用で何日か戻らない。気にする人がいたらうまく言っておいてね」
「かしこまりました」
「そういえば、エリーゼは?」
「エリザベート奥様は、いまはお庭に出ていらっしゃると思います。ニーナと一緒に庭師たちと話していらっしゃるところかと」
「ひょっとして午後はずっと使用人たちと?」
「はい。思わぬ迷惑がかからぬよう、いちいちわたしの許可をおとりになって、ひとりひとりと話されていました。わたしとも四半時ほど。これまでの経験からご自分が他人から距離を置かれがちだと思われているようですね」
それはそうかもしれない。家柄、美貌、気品……初めてエリーゼと会った人、とくに子供がリラックスして接するのは難しい。同じような存在でも、ベアトは自分から他人が作る壁をぶち破ってイヤミなくグイグイ入っていくが、同じことが出来る人間はそういない。寂しい思いをして、そこから抜け出るために考え、努力したのだろう。パーティーの時に彼女は多くの友人に囲まれ、祝福されていた。きっちり成果を出したのだ。
「エリーゼは、本当になんでも全力投球なんだなぁ……」
ロジェはなにも言わず、淹れてくれたお茶を入れたカップをぼくの前に置いた。
「あら、アンリさん、お帰りでしたの? お迎えせずに申しわけありませんでした」
お茶を二口ほど飲んだところでラウンジにエリーゼが姿を見せた。
「そっと帰ってきたから気にしないで。エリーゼはどんな午後だったの?」
「みなさんといろいろお話ししていましたの。すごく楽しくすごせましたわ」
「エリザベート奥様、お茶はいかがですか?」
「いただくわ。ロジェの淹れてくれるお茶、美味しいんですもの。こんど淹れ方を教えてくださいね」
「もちろんでございます。どうぞ」
「相変わらず美味しい。ありがとう、ロジェ」
「それでは、わたしはいったん下がらせていただきます。ご用があればそちらのベルでお知らせください」
そう言ってロジェはラウンジから出て行った。
「エリーゼ、明日は朝食をすませたら王宮に行くことになったんだ。たぶん昼頃には戻ってくると思う」
「あら、わたくしも明日の朝、実家に顔を出すことになりましたの。ニーナにアンリさんの実家に伺うことを知らせてもらったら、お母様がその前にいちど実家に戻れと。すこし話したいことがあるらしいのです」
エリーゼママ、話すことにしたのか。ぼくの予定に合わせてくれたのだろうが、おそらく事態もとりあえず落ち着きつつあるのだろう。
「明日でいいの? お義母さまの用事ならすぐに行ったほうがいいかも……」
その先を言いかけて止めた。エリーゼが上目遣いで睨んでいた。ちょっと拗ねたような表情だが、視線は真剣にぼくを見据えている。
「アンリさん、意地悪ですわ」
ぼくは自分のニブさに気づいた。それだとぼくと過ごす夜が一回なくなる。
「エリーゼ、ごめん。ぼくが悪かった」
ぼくはそう言って頭を下げ、テーブルを挟んだエリーゼに手を差し出した。そして手を取った彼女を引き寄せ、ぼくの脚の上にのせる。
「ア、アンリさん、誰かが通ったら……」
エリーゼがささやくような声で言いつのる。ラウンジの扉は開いたままだ。三階ならともかく、二階のラウンジ前はいろんな人が通りかかる。ただ、彼女は不安定な姿勢のためにぼくの肩につかまっているが、脚から下りようとはしない。ぼくは思い切って彼女の背中に手を回して抱き寄せた。
「アンリさん、そろそろ夕食の時間ですわ」
ぼくの首筋に顔を埋めたまま、エリーゼは小さな声で言った。そしてゆるゆると身体を起こし、ぼくの脚の上を離れた。片手はまだ指を絡めたままだ。ぼくは指に少し力を込めた。
「もう少しこうしていたいな」
「だめですわ。厨房のみなさんに迷惑をかけてしまいます。行きましょう?」
そう言った彼女は腕に力を込めてクイッとぼくを立ち上がらせた。思いがけない強い力に驚き、彼女が鍛え上げられた騎士で変なところが体育会系だったことを思い出す。見ると、つい先ほどまでの余韻のようなものは、ほんの少し赤い頬くらいしかない。
まったく、いろんなところに予測困難なポイントが埋め込まれたびっくり箱のような少女である。立ち上がったぼくを引っ張るように小食堂に向けて歩き出したエリーゼの身のこなしは平常どおりだ。恐るべき切り替えの速さである。
夕食はナターリャも一緒でけっこうな賑やかさだった。彼女はエリーゼに少し品のないネタを投げては様子を見ていたが、やがて普通の話に舵を切っていった。さすがといおうか、ナターリャは普通の話題でも充分食卓を盛り上げてくれたが、途中でボソッと「次からはもっと大ネタで……」とか呟いていたのが気がかりである。
食事が終わって三階に戻る道すがら、エリーゼはそっと手をつないできて躰を寄せた。ニーナは食事が終わる直前にエリーゼが自分の部屋に戻している。ナターリャはデザートを食べないので、ひとあし先に姿を消していた。
「今日もお茶、ごちそうになっていい?」
二晩続けて彼女に言いださせてはいけない。昨夜はあくまでもしきたりなのだ。
「このまま……いらっしゃいます?」
見上げるエリーゼの目は潤んでいる。こちらへの切り替えも早い。
「外出から帰ったままだから、着替えてからお邪魔するよ」
「……お茶を淹れてお待ちしてますわ」
彼女がぼくの手を握る力がほんの少し強まった。
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