15-5 第二夫人披露パーティ
やはり一度目とはずいぶん趣が違うようで……。
リハーサルは朝方まで続いた。使用人の皆が本番用のセッティングをほぼ完了し、調理室でも仕込みが一段落したころ、ぼくはベッドに倒れ込むようにして横になった。
今日はどんなに美味しい獲物が目の前にあっても食いつかないぞ、と思っていたら、空気と状況を読むというスキルをガブリエラに封印されてしまっているアナベラが扉をノックした。この子だけは追い返せない。
「一回だけ……」
「かしこまりました」
カラにされた。最低だな、ぼくってヤツは。
朝食は大食堂で三家の親もまじえて賑々しくいただいた。特に、マリエール、パウラ様、エリーゼママはすっかり意気投合してしまっている。ベアトとエリーゼも参加してかなりかしましい。その横で、ロベール、ニスケス侯爵、フェルナンデス筆頭大司教、ぼくの四人はヒソヒソと話をする。
「アンリ、大丈夫なのか? 話は聞いたし、ぼくはおまえを支持するが、万一教皇猊下が強引にやってきたら……」
「いちおう手は打ってあるけど、ほんとうに来たら力ずくになっちゃうね。あとは祈るだけだよ」
「父は猊下の鼻息はひとまず止まったはずだ、と言ってますよ」
フェルナンデス筆頭大司教は二人に比べると少し年下だ。少し小さくなっている。
「わたし個人は、その力づくが功を奏する状況がいっそありがたい。教会が偉そうに税踏み倒す状況をそろそろなんとかしたいのでね」
ニスケス侯爵、どさくさに紛れて自分の都合を混ぜ込まないで!
「それについては申し訳ないとは思っているんですけどね……いろいろありまして……」
「たくさん出席いただいたのはいいけど……ちょっと行き過ぎじゃあ……」
昼すぎ、ぞくぞくと集まる招待客を見ながら、ぼくは呆然としていた。出席の回答はたしかに多かったが、いざそれを目の当たりにすると「ありえない」感がふつふつと湧いてくる。ぼくとベアトの結婚披露より明らかに多い。
「アンリさん、当然だと思いますの。ド・リヴィエール伯爵家とニスケス侯爵家の結びつきに、教会が関わらせていただくんですもの。いろいろな考えで出席される方がおられますわ」
エリーゼがぼくの腕を取ってニッコリと笑う。何度味わっても幸福感が減らないこの胸部装甲の感触……ではなく、落ちついてるなぁ。なんだかんだで対人スキル高いんだなぁ。
「そうそう。半分ぐらいの方々は、賓客やほかの招待客目当てよ。あまり気にする必要はないわ。アンリくんとエリーゼさんにとって大事なお客様だけ気にしていればいいの。そして、あとの人が気持ちよく話して帰れる場を作るのが宴の主人の役割よ」
ベアトが動じてないのはいつもどおり、と。昨日から、このふたりのコンビネーションにどうも分が悪い気がする。
「すると、王太子殿下の代理の宰相閣下、ぼくの上司の上司にあたる近衛騎士団長、そして外務卿、農務卿、学舎のバックのソレル公爵、学院のエルナンド侯爵……このあたりかな、はずせないのは。エリーゼ、教会関係者では?」
「わたくしの上司にあたります聖騎士団長、猊下の筆頭秘書にあたります教皇官房長閣下、くらいでしょうか。そんなに多くはありませんわね」
そりゃそうだ。キーポイントの二人、枢機卿総代と筆頭大司教が身内だもの。ただ、教皇の秘書役には探りを入れる意味も含め、礼を尽くしたほうが良さそうだ。
「陛下から例の件についてきみと打ち合わせをしろといわれている。明日以降、わたしを訪ねてきてもらいたい。至急というわけではないが、早いほうがいいな」
ロジェに身内に終了後にあらためて簡単に席を作る旨を伝言させたうえで、宰相のクエンティン侯爵のところに最初に出席のお礼に行くと、とおりいっぺんの挨拶のあと、クエンティン侯爵はぼくの妻二人を夫人に任せて、少し離れたところにぼくを引っ張っていった。
「承知しました。外交ということであれば、本日は外務卿のエデル伯爵もいらっしゃってますが……」
「陛下からわたしへの特命だ。形になるまではわたしときみで動かすことになる。他言は無用だ。いいね?」
「もちろんです」
「しかし、ここ最近の社交界の中で最高の名花を娶ったと思ったら、ほんの一月ちょっとで今度は教会指折りの美姫か。教会で誓いを立てたその舌の根も乾かぬうちに、というところだが、ほんとうに乾かないのはどこだい?」
すまし顔で仕事の話をしていたクエンティン侯爵の表情が一変し、とんでもなく下品な一発をかましてきた。人差し指と中指の間から親指を出してきそうな勢いである,ただ、不思議とそんなにイヤな感じはしない。
「お、お戯れを……。人の耳がありますので、それくらいに」
「なに、今日の出席者の半分くらいは似たようなことを心に思っているさ。それに……」
クエンティン侯爵は話題をそらそうとするぼくを茶化したあと、耳元に口を寄せてきた。
「気をつけるといい。あのふたりを狙っていたものは多いし、貴族というのはあきらめのわるい奴の多い種族だ。きっちり向き合い続けないと、思わぬ時に足下をすくわれる」
「ご助言、感謝いたします」
女王国の件で接点が増えそうな宰相が堅苦しい人でなかったのは良いが、ちょっと先行き不安だなぁ。
クエンティン侯爵夫妻のの次にボクらが向かったのは、教皇官房長のジェラール枢機卿夫妻のところだ。前に立つなり、夫人がエリーゼを抱きしめた。
「エリザベート、今日はいつもにまして美しいわ。ほんとうにおめでとう」
「ありがとうございます、フィリス様。フィリス様にそう言っていただけるのが、いちばん嬉しいですわ」
ぼくはベアトと一緒に一歩下がって二人のやりとりを見つめる。夫人とエリーゼのやりとりには、わだかまりのようなものは感じられない。ふと枢機卿を見ると、彼もこちらを見ている。そして歩み寄ってきた。
「エリザベート嬢には昨日のことは?」
「話していません。ジュリオラ様が自分に委せて欲しいと」
「そうか、ならきみたちに話しておこう。わたしはきみとエリザベート嬢の結婚を祝福している。それは信じてくれていい。だが、昨日の猊下の言動は、必ずしも彼個人のものとはいえないのだ。教会の中には、あの子を教会のためにもっと役立てるべきだと考えていた人間も少なからずいる。それだけの資質を備えた子だからね」
ぼくとベアトは黙って頷いた。
「枢機卿総代と筆頭大司教は、娘の望みをかなえるためにそういう声を黙らせた。きみには、その彼女の思い、彼女の父や祖父の気持ちをしっかりと受け止めて欲しい。小さいころから見ている子だからね。わたしもかわいいのだよ、彼女が」
重い言葉を噛みしめていると、ベアトが半歩進み出た。
「ジェラール枢機卿さま、今回のことは、自分の未熟も顧みずに慌てて事をなそうとしたわたしの責任が大きいのです。いまのお言葉を胸に刻み、微力ですがエリザベートさんを支えていくつもりです」
「そうか。第一夫人にそこまで言ってもらえる第二夫人はそうはいない。よろしくたのんだよ。フォーゲル男爵もな」
「妻にだけ重荷を背負わせるつもりはありません。ともに背負っていきます」
ジェラール枢機卿は黙ってぼくの肩を軽く叩き、ベアトに笑いかけた。
「なんのお話しですの?」
エリーゼとともに近づいてきた夫人が枢機卿に問いかけた。
「わたしにとっても娘みたいな子を悲しませたら許さん、とちょっと脅しをね」
「ほんとうにそうですわよ、フォーゲル男爵。いやな思いをしたらすぐにわたしに言うよう、エリザベートにはしっかり話しておきましたからね」
「おまかせください」
エリーゼの肩を抱き寄せてそう答えたぼくに、二人は頷いてくれた。
言葉を交わしたほとんどの出席者からありがたいストレートな祝福の言葉を、何人かからは多少下品な祝福の言葉を頂きつつ、無事に宴はお開きを迎えた。引き上げていく人たちをエリーゼと見送っていると、エリーゼがぼくの手をキュッと強く握ってくる。見ると、笑顔で客を見送る彼女の目からは止めどなく涙がこぼれていた。ぼくはなにも言わずに彼女の手を握り返した。
一階の大ラウンジでは、すでに内輪の人たちがリラックスした感じでそれぞれに話に花を咲かせていた。
リシャールたちを見つけて歩み寄ろうとしたぼくは、いきなり後ろからイネスに捕まった。
「恰好のつけ方だけはどんどんうまくなるわね、あんた」
「あんなカッコいい演説をギエルダニア国民の前でやってのけたイネス姉には言われたくない」
睨みあったぼくとイネスのあいだに入ってきたのはエリーゼだった。
「イネスお姉様、初めてお目にかかりますわ。エリザベートと申します。ずっとお会いしたいと思ってましたの。どうかよろしくお願いいたします」
「アンリ、これよこれ! なんて可愛いの! エリザベート、いや、エリーゼ! 困ったことがあったらわたしに言いなさい。出来ることはなんでもしてあげるわ!」
どうやら「イネスお姉様」がいたくツボに入ったようだ。見たこともないほどデレデレになっている。恐るべしエリーゼの人誑しスキル。
ロベールやマリエールと話し、ニスケス侯爵夫妻と話し、エリーゼパパママと話し、エリーゼお祖父さんと話す。その後フェリペ兄様やカトリーヌ姉様、ジョルジュ兄様と言葉を交わし、エリーゼから弟のサムエルを初めて紹介される。なかなか素直ないい子だった。
そうしてやっと、ぼくは級友たちのところに赴いた。ベアトが今日は友人を呼ぶ立場にないこともあり、ちょっと多めに声をかけてあった。人気者の彼女はすでにぶ厚い輪の中だ。エリーゼは学院の友人に捕まってしまっている。
「アンリ、ぼくが騎士見習いの薄給にあえいでいるときに、きみは二人の妻持ちか。しかも仕事をしている様子がない。何かおかしくないか?」
おかしいとは思うが、しょうがないよね。
「ベアトリーチェさんも綺麗だったけど、エリーゼさんも負けないくらい綺麗だよ。アンリは幸せものだね。ぼくは奥さんはひとりでいいと思ってるけど」
ルカが皮肉を言っているわけではないのはわかっているが、無邪気に抉ってくるのは彼のスキルだ。
「右手にベアトリーチェさん、左手にエリザベートさんかぁ。うらやましい。うらやましいぞぉ!」
マルコの素直なコメントがなんとも心を癒やしてくれる。この時点で、何かおかしい。
マルコからは、最近ぼくの実家に養子としてやってきたアレックスという少年についてのウワサを聞いた。なんでも、父母を失った遠縁の子だそうだ。
聞き逃せないのは、彼が街で女の子の人気を集め始めているという情報だった。かなりの美少年で、素直で優しいところが少女たちの心をくすぐっているのだとか。だが、今のところどの子ともつかず離れずのほどほどのつきあいにとどめているらしい。うん、言いつけは守っているようだが、そろそろ一度様子を見に行かなければならない。
そんなこんなで、内輪の宴も賑々しく進み、そしてお開きになる。みなぼくとエリーゼにひと声かけて帰路についた。こんどはエリーゼにも涙はない。笑顔でみなを見送っていた。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




