3-4 ある冒険者の週末・春(後)
書いている方からすれば、今回はわりとリズムよく書けたのですが、読まれる方からすればどうなのかわかりません。
思っているような会話のリズムが消えてなければいいのですが。
アンリは愛玩奴隷を買いますが、愛玩目的ではありません。したがって、現時点ではタグ等を追加するつもりもないです。
カルターナに到着し、ねだるシルドラに遅い朝食を食べさせたあと、ぼくらはギルドには寄らず、ちょっとこぎれいな服に着替えた上で、バルデが運営しているという奴隷取引所に向かった。服装で相手になめられると、せっかくの仕掛けもうまくいかなくなるものだ。
「ぼくは、金持ちの坊やのつもりで行くから、シルドラは腕ききの護衛をしっかりと演じてね」
「つもりもなにも、アンリ様は金持ちのボンボンでありますし、わたしもそれなりの腕はもっているつもりでありますが、それを『演じる』といわれると、ちょっとしっくりこないであります」
「まあ、細かいことは気にしないでよ。相手をそこそこ油断させつつ、少しは警戒させる、そのさじ加減が重要なんだからさ」
「そこに反対するつもりはないでありますが……」
段取りのような、むだ話のようなことを話しながら扉をあけて中に入る。意外と殺風景な部屋だ。奥にすわっていた細身で背の低い中年の男が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。本日はいかようなご用件でございましょうか? 買い取りをご希望でしたら、奥へご案内いたします」
そう言った男は、チラとシルドラを見たが、シルドラが不快そうに眼を細めると、あわてて目をそらした。
「失礼しました。では、お買い上げで?」
いちおう立て直して見せたが、この男は凡庸だ。あまりこの男との話で時間をかける意味はなさそうだね。
「うん。女を見せてもらおうと思ってね。今日はどういうのがいるのか、ざっと教えてくれるかな?」
「かしこまりました。本日はあいにく手持ちの玉が少なく、場合によってはご希望に添えない場合もあるかと。用途は厨房でございますか? 雑用でございますか? その他、農作業に向いた娘、馬の世話などに適した娘などがおりますが」
こう、出し惜しみをしているような言い方をするときは、だいたい早めに売ってしまいたい不良在庫を抱えてるんだよね。でも、それはいらないから。
「そうじゃなくてさ」
「はい?」
「そういう用途には向かないようなのがいるんでしょ? 見せてよ」
さすがに中年男の視線が少し厳しくなる。
「ご冗談を。当取引所は王家の認可を得た由緒正しい取引所でございます。表に出せない商品はいっさい扱っておりません」
言い終わると同時に、後ろに控えていた三人の男が一歩前に出る。まあ、パターン化された動きだね。
「建前はいいからさ。場所を移らなきゃいけないなら、行くよ?」
そう言いながら、ぼくは大きめの紅玉をふたつ、これ見よがしに机においた。ちなみに、ひとつで先ほど男が言っていたたぐいの表の奴隷なら、四人ほど買える。
中年男は、三人を目で止めた。そして、ぼくを探るように見る。こいつは背が低いから、ぼく相手でも見下ろして威圧することができない。まあ、こいつなら、見下ろされても全然迫力を感じないけどね。
「確認させていただいても?」
「いいけどさ、遊びに来てるわけじゃないから、サッサとしてよね。余計なことをするようなら、アメリが先走っちゃうよ?」
ぼくがシルドラの方にあごをしゃくると、シルドラが視線をさらに強める。うん、いい感じだ。わかってるね。
「承知しました。少々失礼します」
中年男が紅玉を手に取り、重さを確かめ、光に透かす。そしてぼくに向き直る。
「このまま少々お待ちいただいてもよろしゅうございますか?」
「いいよ。でも、あんたがいなくなるなら、この三人もここから出してくれるかな? はっきりいって目ざわりだよ」
三人が一瞬気色ばむが、中年男がそれをさえぎり、部屋から追い出す。うんうん、それはいい判断だ。まあ、あの三人なら、ぼくでも簡単に黙らせることはできるから、ほんとうは問題はないんだけど。
三人を部屋の外に押し出した中年男は、一礼して部屋を出る。カチャリと鍵のかかる音がした。
「アンリ様、想像以上のクズぶりでありますな。いまの世界の貴族にはほとんどいないほどのクズでありますよ」
「いまはやっぱり少ない?」
「貴族に誇りと緊張感が充分に残っているでありますから。時代によってはいまのアンリ様のような方ばかりでありまして、まさに世紀末という感じだったであります」
「いやな言い方だね。それより、あいつの上役がはいってくる瞬間に、魔力を強めに出してくれる? ムダかもしれないけど、取れる先手は取っておきたい」
「わかったであります」
前世時間にして十五分ほど待って、部屋の外に人が近づいてくる気配がした。合計五人。用心棒が四人、さっきの三人よりもだいぶレベルが上だ。殺気を抑えているところも感心できる。状況次第でぼくらの痕跡を消す気満々、というところだ。
鍵が開き、ドアが開く。その瞬間、シルドラが魔力を放出した。彼女の基準で四割くらいの強さだ。
四人の用心棒はその場に縛りつけられたように動けなくなる。これは計算どおり。そして、中年男の上役らしき男は平然とはいってきた。ある意味、これも計算どおり。こいつがバルデ、ということだろう。さすがに闇の世界の顔役をやっているだけのことはある。
ちなみに、バルデのみてくれは、先の中年男よりずっと若くてイケメンだが、目に闇がある。かなり深い。
男はぼくに笑いかけた。
「ご冗談がお好きと見えますな。お初にお目にかかります。バルデと申します」
「ぼくの名はリアン。ちなみに、あなたほどじゃないと思うよ」
シルドラが魔力の放出を止める。用心棒たちがいっせいに尻餅をつく。あいつらへの先制パンチとしては充分だろう。
「して、今日はわたしどもに、なにをお求めでしょう? できる限りは、ご希望に沿いたいと考えておりますが」
「それは言葉じゃなくて行動で示してほしいな。聞いてるんでしょ?」
バルデはいかにも「もうしわけない」という笑みを浮かべた。
「ええ、ご希望に沿いたいとは思うのですが、あいにく手持ちの商品を切らしておりまして、残念ながら……」
「ふうん、すごいね、そんなにあっという間に売れちゃうんだ。あなたの商品は、よほど質が高いんだね」
「ええ、質には自信を持っております。次に入荷の折にはぜひ……」
「二十人が二、三日で売れちゃうとは思わなかったな」
「……おっしゃる意味がわかりかねます」
「街はずれの倉庫、もう空っぽなんでしょ? 見にいっていい?」
ぼくはなるべく罪のなさそうな笑顔を浮かべてみせる。バルデは消えかけた笑みを強引に表情に戻して貼りつけた。
「ご冗談がすぎますな」
「冗談は好きだけど、いまは別に冗談は言ってないよ。売り切れって聞いて、とても残念だから、確認してあきらめをつけたいだけ」
「わたしが誰だかもご存じで?」
「うん、たぶん知ってる。成り行きによっては、さっきぼくらを片づけちゃうつもりだったでしょ?」
シルドラがまた少し魔力を放出する。うしろの用心棒の顔におびえが走った。うんうん、以心伝心だ。
バルデはいったん笑みを消し、大きくため息をついてみせる。そして改めて笑みを浮かべた。
「これでもAランクに届きそうな冒険者を選んで雇ったつもりなんですけどね」
「相手が悪いよ。ぼく自身はランクFだけどね」
「わたしは、その凄腕の女性を完全に使いこなしておられるあなたの方がこわい。見たところ十歳にも届いていないようですが」
「まあ、そこはいいじゃない。で、どうなの?」
バルデは一度首を振って、今度はしっかりとぼくに向き合った。
「商品はございます。ですが、引き合いが多いのもほんとうでございます。注文の状況を見て仕入れをしておりますので、売れ残りも基本的にはありません」
「売りものになってないのがあるんじゃないの?」
「といいますと?」
「これが必要なんでしょ?」
ぼくはオプシウムの葉の束を出して見せた。バルデは目を見開く。
「ふつうの手続きどおり、これをギルドに持って行ってもいい。ぼくたちはふつうに報酬をもらえる。それから、ここであなたに譲ってもいい。たぶん、あなたはいい値段で買ってくれる」
「ほかになにか考えが?」
「これを使えば、商品の価値は下がる。煎じる過程で死人も出る。でも、使わないで商品にできるとしたら?」
「そのような手段があるのですか?」
「いまの状態でぼくが買う。もちろん、あなたが正当だと考える値段で」
「ご冗談を。商品にならないからオプシウムが必要なのですよ?」
「あなたは値段を下げてもその商品を売りたい。下げても充分にもうけが出るほどの商品だからだよね? ぼくはその商品の真の価値が気になる。だから、価値が下がってしまう前に買いたいんだ。なにか変かな?」
「……だからといって、実物を見ずにそれをおっしゃるのですか?」
「そこは、商人としてのあなたの、商品を見る目を信じてるんだよ」
「喜んでいいのか、震え上がった方がいいのかわかりませんな。いま、連れてこさせましょう。ごらんになって、ほんとうにそれでいいとお思いでしたら、先ほどの紅玉、もうひとつ足していただきます」
「安くない?」
「かわりにひとつおたずねしたい。本来、この商品の売買の際は、お客様に関わるいっさいは不問なのですが、それを押して、わたしは知りたい」
「名前はリアン。Fランクの冒険者。年齢は八歳。それだけだよ」
「そういう表面のことではありません。あなたはたかが十年足らずで、どうやってそこまで壊れることができたのですか?」
「壊れてるかな? ちょっと生意気な子供だとは自分で思うけど」
「壊れてますとも。わたしどもの商品は人間です。もちろん、わたしも普段はそのことを頭から切り離していますが、いつなんどきも完全に切り離せる、というわけでもありません。ですがあなたは、最初から最後まで、『商品』としか呼ばない。そこに人間の存在をいっさい感じてないかのようです」
うーん、自覚はなかったな。シルドラをみると、ウンウンとうなずいている。なんか、腹が立つな。
「あまり人間を感じてると、闇にいるのは難しくない?」
ぼくはバルデのの言葉に思ったことをぶつけてみた。
「逆です。人間だからこそ闇が生まれる。人間だから闇が必要になる。人間を相手にするからこそ、闇の仕事が成立するのですよ」
なるほど、深いな。どこかでこのセリフ、使わせてもらおう。
「悪いけど、わからないよ。昔からこんな感じだったし、これが壊れているということだと思ったこともないから」
「わかりました。それで充分でございます」
それ以上は会話はなかった。
そして、ドアがノックされる。少ししてドアが開き、あの中年男に連れられた、もとご令嬢が部屋に入ってきた。簡素ではあるがドレスのようなものを着せられ、銀色の長い髪も整えられている。身長は前世でいえば百六十センチちょいくらいかな。頭の上から足の先まで、すべて出過ぎず小さすぎず、の完璧さだ。全体に、一昨日に見たときよりも、さらに美しさを増しているね。そして…
「そう、その目だよ」
「どういうことでございますか?」
バルデが尋ねてくる。
「オプシウムを使えば、この目の力がなくなってしまう」
それだけを言って、ぼくはバルデに紅玉をもうひとつ手渡した。バルデは中年男にうなずいて見せた。
必要な書類を完成させ、署名と血印をすませ、すべての手続きが終わる。
「馬車を用意させましょうか?」
うん、その方がいいかもしれない。もとご令嬢とシルドラを連れたままで、万一知りあいに出くわすと非常によろしくない。
「お願いできる?」
「かしこまりました。では、あとはこのアベルのご案内で」
バルデは中年男の方を見た。アベルと呼ばれた男も今回は神妙にうなずいている。
「わたしはこれにて失礼いたします。なにかお役に立てることがあれば、バルデのことを思い出してくだされば幸いです」
そういったバルデは、八歳児のぼくに向かって深々と頭を下げ、部屋を出て行った。
読んでくださった方へ。心からの感謝を!




